ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
「さーてさて、終わったよ、って何その雰囲気」
「いやなに昔話を、ね」
「人の話を勝手にするのはあんまり関心しないなぁ」
「ねぇ、どうだった?私のお話」
左足をずるずると引きずる彼女は、こちらの目をしっかりと見て、接近した。空間に広がるのは真っ暗な領域、光を浅く反射する、黒曜石の鏡。そこに映るのは白い髪、目じりを赤く泣き腫らした少女。唇が徐々に開いていき、喉が音を鳴らす。
「悲しい、物語でした」
「物語?」
「私には、遠い物語です。自分がそうなったらと思うだけで、身の毛もよだつような怖くて悲しい物語です」
「悲劇は嫌いかな?」
「絶望だけの悲劇は現実味を帯びすぎていて、好みじゃありません」
少しの静寂の後、一つ笑いが聞こえた後彼女の声が聞こえてくる。
「今は、それでいい」
世界に光が戻ってくる。ギルドの喧騒、目の前に立つ背の低いけだるげな少女、燭台と日の光に照らされた冷たい石の内装。
「ぼーっとしちゃってどうしちゃったの?」
「あ、え、あれ?」
記憶にもやがかかっている。今、私は何を口にしていたのだろう、何を見ていたのだろう。はっきりとは思い出せない。
しかし、ただ唯一、与えられた肯定は何となく覚えている。
「今は、それでいい」。今は、これでいい。意味は理解できない。何へのなのかも思い出せない。
だがしかし、信じるに足る感じがする。不明な感覚は記憶の片隅に落ちていった。
「まあ、ひとまずギルドでやりたいことは終わったし、今日のところは帰ろうか」
「あ、はい。それでは」
と一礼をする。手をひらひらとさせるだけで先に行った神様を駆け足で追いかける。
「まだ、それでいい。でもいずれ間に合わなくなる時が来る」
深い青い髪の少女は、だれともなくそう言い放つ。
「ねぇ、アーディ。あんたはちょっと、間に合わなかったわね」
その日もまた、いつも通りの時間が流れる。オラリオは今日も冒険都市である。
「あの」
「ん?どしたの?」
「服を買いたいんですけど、時間をお借りしてもよろしいですか?」
「あー全然問題ないよ。この辺だと...あそこかな」
時刻は正午、歩幅の問題で先を行く主神を呼び止める。日に照らされる主神は、陽だまりの干し草のような温かみをもって振り向いた。そして進行方向真逆へと歩を進め始めた。
案内をしてくれるのだろうか、悠々と歩く主神の後ろをついていく。
ギルドへ向かう人々の流れを逆流し、群衆を抜ける。
「うん、ここなら満足できるものもあるかな」
立ち止まる主神にぶつかりそうになるのをすんでのところで立ち止まり背中からひょっこりと顔を出すと、そこには一面の服屋が広がる通りだった。周り一体見渡すと、どこもかしこもキラキラとした服のショーウィンドウに、道を行くおしゃれな女性たち。場違いな気がして少し委縮してしまう。
そんななか、遠方にお城のような建物が見えた。どこかで見たことのあるお城だ。
「ん?あれが気になるのかい?」
「え、あっすいません。あのお城、どこかで見たことがあって...」
「まあ、あるだろうね。何せあれは、このオラリオ最大級派閥のロキの居城だし」
ロキファミリアのホーム!?!?
失礼、オタクが出てしまいました。美少女の面が崩れないように内面に驚きを隠しつつ、へぇ~そうなんですねぇ~と当たり障りのない返答をしながら、件の城を凝視してしまう。
「お!牡鹿がこないなところに来るなんて珍しいやないか!」
「ふふ、噂をすればなんとやら、だね」
まさか、この声は。このえせ関西弁は。主神とともに背後の声の主のほうへと振り返る。
そこにいたのは赤い髪、糸目、うっすい胸の、神様。アイズヴァレンシュタインの主神、ロキ本人であった。
「女侍らせるなんてスミに置けへん...ってなんか失礼なこと考えとらんか?そっちの」
主神にからもうとしていたその神物は、こちらの思考を読んだのか怪訝そうな顔でこちらの顔を覗き込んでくる。目を合わせたらやばい気がして、極力目を合わせないように下を向き続ける。
「ロキ、僕の新しい眷属にダルがらみするのはやめてもらっていいかな」
「新しい眷属ぅ?ほ~、ここ最近新入り作っとらんかった牡鹿サマのお墨付きっちゅうわけか」
そういうと今度は好奇の目線が注がれる。顔色を窺うようにちらと顔を上げると、ちょうど目が合ってしまった。
彼女の細い目の向こう側、黄色の神威を持った瞳が見えてしまった。それは、意思の介入を挟むことなく、貧弱な私の精神を震え上がらせる。
ヒッと漏れ出た声を聴いたかはわからないが、彼女は目が合うや否や私の肩を掴んだ。
「いや~ええ目をしとるなぁ自分。ところでうちの
「へ?」
「うちのほうがええ暮らしさせられるで?どや、な?」
そういえば、この神様も美女好きだった。さすがはハーフエルフ、自らのキャラデザながら素晴らしく美人だ。ぐへへぐへへと近づこうとするロキだったが、次の瞬間には地面にめり込んでいた。
煙を出す手刀を構えるのが二人、やばい笑みを浮かべるケルヌンノスと、軽蔑の目を地面にめり込むそれに向けているエルフの女性である。
高貴な恰好に身を包んだ白髪の女性、私は彼女を知っている。ロキファミリアの実質的な保護者こと
「すまないな、うちの馬鹿が」
「あ、いえ...」
委縮してしまって言葉が出てこない。あのリヴェリアが、私の、目の前にいる。
意味が分からない。
しんどすぎて脳が蒸発しそう。実際に見るの美人すぎ~、画風は結構アニメ寄りなんですね~、あ、でもヤスダスズヒト先生風って言われてもわかる気がする~。
そう、私の妄想がロキファミリアを舞台にしていたことからもわかる通り、私はダンまちの中ではロキファミリア推しなのだ。ファミリア単位で推している。幸せ~。
「...み、君」
「えっ、あっ、はい!」
「確かにウチ結構きもかったけど...そんなに?」
「黙っていてくれロキ」
気が付いたら目の前でロキが土下座をかましていた。し、リヴェリア様に心配されていた。幸せホルモン過剰分泌のせいで現実からトリップしている間に、何かが起こったんだろう。地面に水たまりができていることからロキが泣いていることしかわからない。
「えと、よくわからないんですけど、気にしないでください」
「ホンマに?!いやあ、女神にも負けん懐の広さやで!リヴェリアママにも見習ってほしいわぁ」
オロオロしながらもそう答えると、ロキは瞬時に土下座の構えを崩し、私の足に縋りついてリヴェリアのほうへと涙ぐんだ目を向けた。再び二人の怒りを買ったのだろう、もう二つたんこぶを増やした。
「それでは、我々はこれで失礼する」
すっかり伸びてしまったロキを肩に担ぎながらリヴェリアは一礼をする。なにかあったら頼ってくれと残して彼女は去ってしまった。
「行っちゃった」
「いやぁ、やっぱりロキは愉快だね。うん、
にっこりと張り付けた笑みに愉しんでるような口ぶりだが、ルビに本音が隠せていない。
「同胞が馬鹿でごめんよ、ノクシアちゃん」
「いえ、私は楽しかったです、よ」
「あ、そう?不快だったらちゃんと言うんだよ」
緊張が抜けないためかぎこちない受け答えになってしまう。
「にしても、ラストがいなくてよかったなぁ」
「ラスト?えっと、それって...」
「ああ、ラストってのはラステノールの愛称。何分フィン・ディムナと確執があるもんだから、ロキファミリアとちょっと、ね」
「そうだったんですね、確執っていうのは...?」
「それはちょっと本人からきいてほしいな、ささ、お洋服を探そう」
はぐらかされ、背中を押される。人ごみの中を駆ける二人はショーウィンドウに映っていた。