ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
第十一話
長い時間の試着の果て、選んだのは丈の短いさらさらした素材のチュニックとスカート風のショートパンツ。ダンジョンに潜るためではなく、普段着として着るためだ。なんというか、中世風の世界観なのにこんなに現代っぽい服もあるんだと少しびっくり。交易都市としてのオラリオでもあるし、いろんな普段着の文化が入ってきたりしてるのもあって単に中世ヨーロッパというわけではないのかな。
値段は二着で2000ヴァリスとお手頃。現代では高いものが安いのはなんだかお寿司のようなイメージ。
主神と二人で会計を済ませて、外に出るとすでに日は傾き、月が出ていた。街灯もぽつぽつとつき始めている。黄昏の空気の石畳を主神と並んで歩いていると、目の前に見知った人影が現れた。
その存在もこちらに気付いたようで、速足で近づいてくる。
「やあラスト。君も買い物かい?」
「ちょっと北西の路地裏に用事がありまして。ノクシアは新しい服を買いに来たのか」
「はい、ちょっとわがまま言って買わせてもらいまして...」
「よく似合ってるじゃないか」
団長は私の頭にポンと手を置く。そのままわしゃわしゃと撫でまわした。
ケルヌンノスはこちらをほほえましそうに見つめている。
「さて、僕は先に帰ろうかな。それじゃラストくん、ノクシアちゃんのこと頼むよぉ~」
そう言って主神は先に帰ってしまった。一日歩いたからさすがに疲労がたたったのだろう。彼ら神はこの世界ではアルカナムを使えない、要は一般人と同じような体力だ、それも仕方ない。私はこの後周りを見て回ろうと思っていたから、それを察されたのだろう。また団長と、夕方の雑踏の中に二人きりだ。前にいたのは南のメインストリートだから景色自体は違うけど、雰囲気は似ている。
「俺はこの後もいろいろと買い物するけど、ノクシアちゃんはどうする?」
「良ければ私も、ついていってもいいですか」
「うん、いいよ。まあ、面白いところ行くわけじゃないけどね」
横並びの二人ははたから見れば兄妹に見えるだろうか。種族が違うからありえないか。団長の顔なじみの路地裏の個人商には預かってる子供か?といわれおまけしてもらえた。団長はうちのファミリアメンバーだと少し語気が荒くなっていた。
ご飯の食材や、矢などの探索用品を一通り買った後に店の外に出るとすでに日は完全に傾き、星々が空に瞬いていた。南東の路地裏、ダイダロス通りの手前を二人で歩いていると、ふと視界の端に人影が写る。薄汚れたローブに身を包んだ少女が走っていく。その子は、水路に沿って進み、鉄扉を開いて中に入っていった。
「団長、あの」
「今の子供、
団長も気づいていたようで、険しい表情をして水路の鉄格子の扉をにらんでいる。
「少し見てくる。ノクシアちゃんはここで待ってて」
と荷物を私に預けながら水路のほうへ走って行く。腰に挿していた短剣を手に取ってゆっくりと扉を開けて入っていった。あのう、私はどうしたらいいのでしょうか...と呟き、ぼうぜんと立ち尽くす。
団長が入って行ってから大体五分くらいは経っただろうか。少し見てくるの段階を軽く超えているような気がする。団長の身に何かあったのかもしれない、という予感が脳裏をよぎる。人を呼ぶべきか、私も見に行くべきか。いや、万が一があったときに呼びに行っていてはまにあわない。まあ、私が行って何になるんだろうって感じだけど、連れて帰るくらいはできる、はず。
荷物をいったん建物の間の隙間に隠し、水路脇に降りようとしたら、思ったよりも傾斜がきつくて滑っておしりから落ちてしまう。
「きゃん?!」
恥ずかしい。
ゆっくりと鉄格子の扉を開く。寒い風が勢いよく通り抜け、少しびっくりするが、ここで立ち止まってはいられない。先ほど団長が買っていたクロスボウのボルトを片手に構えながらゆっくりと進んでいく。少し進むと、水路の反対側に扉が見えてきた。少し扉が開いているのか、わずかな光が漏れ出している。
団長がいる可能性が高そうだけど、この水嵩の水路を進むのはどうにもしり込みしてしまう。なにより今日買ったばかりの服を濡らすのはちょっと、キツイ。
でも、そんなことかかってるかもしれない人命に比べれば安いものだ。意を決して足をつけ、スカートのすそを抱えながら速足で通り抜ける。
バシャバシャ鳴っちゃったけど、大丈夫だよね。さて、目の前に現れた重そうな扉のドアノブ代わりのわっかに手をかけ、ゆっくりと扉を開けていく。中をのぞくと、視界に移る範囲では誰もいない。壁に掛けられた松明がパチパチと火の粉を散らしているだけの、書庫室のような部屋だ。何があるのだろう、という興味がわき、安心したこともあって中に入る。にしても団長はどこに行っちゃったんだろうなどと考えていると、口を掴まれ、首にナイフを当てられる。そのまま倒され、声帯を一突き、というところでお互いを認識した。
「って、ノクシアちゃんか」
団長は、勢いよく私の上から飛びのく。
「走ってくるからイヴィルスの仲間かと思っちゃったよ」
「し、死ぬかと思いました」
「敵地の可能性もあるしどんな状況でも油断は禁物だよ」
「はい...」
「さて、と。心配かけちゃったみたいだしそろそろ帰ろうか」
団長は体の埃を払い、机の上に広げていた書籍を棚に戻しながらそう言う。
「さっきの子供はみつからなかったけど、この周辺にイヴィルス残党の拠点があることが分かっただけ僥倖かな」
「そういえば、団長が読んでいた本は何に関してのものだったのですか?」
「ん、あー。まあ、拠点に戻ったら話すよ」
団長ははにかみながらそういった。と思った次の瞬間、その表情は険しいものになった。
「まずいな、一歩遅かったみたいだ」
「え?」
「奥から歩いてきてる。数は二人...ノクシアちゃんでは太刀打ちできない相手の可能性が高い。隠れてて」
「えっえっ」
訳も分からないまま、奥の棚の隙間に押し込まれる。ちらりと覗くと団長は先ほど私に奇襲をかけた場所と同じところに身を隠している。すると扉が開き、外から白いローブに身を包んだ二人組が中に入ってくる。団長が背後から後ろにいた人に迫り、膝を蹴り飛ばし、首筋を半月状に切り裂いた。
息絶えたその人物はドシャという音を立てて崩れ落ち、その音を不審がったもうもう一人が後ろを振り返るのに合わせて目の部分を巧みに切り裂いた。美しい流れ作業のような暗殺に、初めて目の当たりにした殺人だというのに、恐怖も、気持ち悪さもなく、ただ見惚れてしまった。その動きが映画のタテのように洗練されていて、目の前で起こっているという実感を喪失したためだろうか。細い隙間をスクリーンに決着を見ていると、先ほど確実に首を裂いて死んだはずの人物がゆらりと体を起こすのが見えた。
まずい、と思って声を出そうとするが、映画のピンチのシーンで、わざわざ声を出す人間は多くないだろう。私の脳みそは今、映画を見ている気分になってしまっている。声が、出ない。目を切り裂いたその人物の頭蓋を的確に突き刺した団長の背後から団長目掛けて凶刃が振り下ろされる瞬間に、ようやく口が動いた。
「だんちょ,,,」
私の声を聴いて、振り返ったときには団長の瞳の前まで振り下ろされていた。反射で目をつむり、次の瞬間にぐしゃりと音が響いた。
再び目を開くと、そこには、血まみれの団長、団長に覆いかぶさる白いローブの死体、そして、剣を死体に突き刺すぼろぼろのローブの女の子が、立っていた。