ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
「ぜ、ゼー...ハー...ゼーハー...オエッ」
息も絶え絶え、人目もはばからず今にでも大の字になりたい気持ちを抑えながら、私は今バベルの一階、ダンジョンの出口かつ入り口の真上に立っている。あのまま十八階層リヴィラの町、
ミノタウロスの咆哮を背中に受け、ヘルハウンドに背中を焼かれ、シルバーバックに腕を持ってかれかけた。おかげで今の私は世紀末みたいなボロ切れを身にまとい、死にかけの巡礼者のようなぼろぼろの体になっているのだ。
十六階層で大量に食べた直後に走ったせいで盛大にリバースをしてしまったのはとても恥ずかしく、普通に死にたくなった。今も、小ゲロを飲み込み、なんとか息を整えようと頑張っているのだ。そんな私を置いて、団長はすでにバベルを出ている。
その非情さに涙ちょちょ切れるが急がないといけないのは私も重々承知なので、よたよたとだが歩き始める。外に出ると、東のほうがほんの少しだけ明るくなっている。嘘、私ざっと8時間は走りとおしたの...?よく頑張ったよ、私。
もうその事実に意識を落としそうになるが、ダンジョンならそれは死につながることだ、弓を地面に突き付けて歩みを続ける。もはや無意識な気もするが、それでも止まらずに進んでいると、ようやくファミリアのホームが視界に入った。燃えている様子も、戦いの音が聞こえるでもないから、多分大丈夫だったんだろう。
「あ!ノクシア帰ってきた!」
ようやくのホームに向けて、暗転を繰り返す意識を無理やりたたき起こして歩いていると、ホームから一人の少女が私のところに走ってきた。
「こんなぼろぼろになっちゃって...頑張ったんだね」
「リィ...ヤちゃ...」
膝から崩れ落ちそうになったノクシアを、ケルヌンノスファミリアの副団長、リィヤ・ブリギッテが抱きしめ、頭を撫でる。最後の意識を振り絞って抱きしめ返そうとして、名前を呼んだノクシアは、そこで糸が切れたように気を失った。
次に目を覚ましたのはベッドの上であった。
「知らない...天井だ...」
寝起き一発の回ってない頭でそうつぶやく。体を起こそうとするが、どうにも動かない。もう痛いとかじゃなくて、動かない。
筋肉痛って極まるとこうなるんだね~。ともうなんだかおかしくなって筋肉痛のせいで笑いになってないけど笑っていると、部屋に一人が入ってきた。
「あ!起きたんだね!」
この軽快で明瞭な話し方、声は私をこのファミリアに招き、しばらく出番がなかったシアンスロープの少女、リィヤちゃんだ。
「起きたんだけど...マジで動けなくて...」
「そりゃそうだよ!団長に聞いたら、ノクシア、とんでもない冒険させられててびっくりしちゃった」
まったく団長ってばとリィヤはぷりぷり怒っている。
「しばらく休んでても大丈夫だけど...ていうか、休まないといけないんだけど、動けるようになったらケルヌンノス様のところに行ってね」
「わ、わかった...」
「ねえ、ノクシア」
「?どうしたの」
「なにか、私に手伝えることがあるなら何でも言ってね。事情は秘密だって団長が言ってたけど、私のほうがノクシアよりも、強いし、なにより、友達が傷ついてるのは、やだよ...」
かろうじて動く首をリィヤちゃんの方に向けると、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。頑張って隠そうとしてはいるけど、ズビズビと鼻をすする音とエグ、エグとしゃくりあげる音が無音の部屋に響いているから見なかったことにはできない。
ぎこちなくギギと動く腕を軽く上げ、右手でリィヤの頭を撫で、目じりにたまった涙をぬぐう。
「大丈夫、大丈夫だよ。絶対、死なないで帰ってくるから...」
「ゔん...!ぜったい、約束だからね!」
リィヤは一気に鼻水をすすりきり、涙を豪快に拭ってから、私の撫でる手を強くつかんでそう言った。リィヤは多分、私と団長が遠征に出ていた三日強の間、ずっと不安だったのかもしれない。ならば、悪いことをしたなと思うと同時に、改めて、今回のシユウファミリアとの戦いで死ぬわけにはいかないと覚悟を新たにした。
「あの...痛い、かな」
「あ!ごめん!」
筋肉痛の手を強く握られると、めっちゃ痛くて、これで死ぬかと思った。
おそらく昼過ぎに起きて、そのまま日が落ちるのを動けないまま眺めていると、ようやく手足を動かせるようになってきた。これは好機と意を決して飛び起きてみると、全身に激痛が走ってうつぶせで倒れ伏してしまった。こいつぁ難敵だぜ、とズリズリ地面を這いながら、扉を開けて廊下に出る。目指すは一階にある主神の部屋だ。
えっちらおっちら芋虫がごとく這っていると、後ろから声をかけられる。
「あの...ノクシアさん...だったっけ。大丈夫か?」
首が動かないので、後ろを向くことができないが、声の主はどこかで聞いたことが...あ!初日のご飯の時に隣で本を読んでた人だ!
「大丈夫...って言いたいんですけど、主神の部屋まで行けるか怪しくて...」
「そ、そうっすか...呼んできましょうか?」
「ここまで来て戻るのがなんかみじめなのでこのまま行きたいんです」
「そうですか...」
「あ!そうですよ。良ければ私を運んでいってくださいよ!」
「はぁ!?」
頑張って仰向けになってだっこのポーズをとる。が、目の前の人は狼狽している。とても。
「そんなに重いわけでもないですし、ね?」
「いやいやいや、普通に触ったらダメでしょう」
団長もリヴィラの人たちもよく触ってきてたからこの世界この時期の男女の距離感はこんなもんだと思ってたんだけどひょっとして、違う...?目の前の人にとって今の私は、痴女に写っている可能性が...?そう思うと顔から火が出そうになる。
「はぁー...覚悟決まりました。運びますよ」
「やっぱ触らないでください...」
「は?」
「あ、あの...あんまり見ないで...」
そう言った瞬間に、私の上...要するに、階段を上り終えた場所から聞きなじみのある声が聞こえる。
「あれ?ノクシア、なにしてる...の...」
リィヤちゃんが上に上がってきたその瞬間の光景は、私を抱きかかえようと手を伸ばす男性と、それを拒絶して顔を背けている、私がいるものだった。その光景を見たリィヤちゃんは私が認識する間もなく、そして、男性がヤベ、という顔をして背を向けて逃げ出そうとした瞬間に、ドロップキックを男性に見舞った。
「なにしくさっとんじゃコラぁ!」
「へぶぅ!」
男性は、顔面を革ブーツで蹴り飛ばされて回転しながら気絶した。
「フン、私のノクシアに手を出すのは許さないんだから」
「あ、あの...リィヤちゃん...」
「ノクシア、怖かったね、もう大丈夫だからね...」
そう抱きしめるリィヤちゃんは私の誤解を解こうとする声が耳に届いていないようで、放そうとはしなかった。
誤解が解けたのは、騒ぎを耳にした主神が、ノびている男性冒険者と、リィヤが囲える私を主神の部屋に招いた時だった。
今、主神の部屋には真っ赤になった頬をさする男性と、申し訳なさそうに頭を下げるリィヤちゃん、筋肉痛でベッドに横たえられている私、そしてニコニコとしている主神だ。
「いやあ、何かと思ったけど、大事にならなくてよかったよ」
「なんか...一瞬に理不尽が大量に襲い掛かってきて怖かったです...」
「ほんっとにごめんなさい...!」
「いや、全然問題ないよ」
「私も...提案しておいて、すいませんでした」
「何が起こったのかわかんないけど、何かがあるんだろ。君はエルフだし、あのくらいなんてことないよ」
と、このような一連のやり取りが負えられたとき、主神がパンと手をたたいた。
「もう遅いし、今から彼女のステイタス更新をする。みんな各自の部屋に戻りなさい」
「は~い」
「では、おやすみなさい」
主神が二人を帰るように促し、二人ともおやすみなさいと口にして部屋を後にした。
そして、主神がベッドの上で寝転がっている私の服をはがし、あらわになった背中にまたがった。体重をかけないようにしてくれているようで、背中に伝わってくるのは緩いズボンの垂れた布の感触と、布越しの人肌の温かさだけだった。
「今回の冒険は大変だったね」
「ええ。本当に...」
「怖くなった?」
「え?」
「ラストから聞いただけでも、相当に過酷な冒険だったみたいだね。これから君が相手するのは、もっと過酷で、もっと悪意に満ちた集団だ。怖くなったら、やめるなら今だよ?」
「ふふ、大丈夫です。もう吹っ切れました!ここまで来たら、やり通しますよ!」
一切動くことができないので主神の顔を見ることはできなかったが、一瞬ステイタス更新の手が止まったので何らかのリアクションがあったのだろう。
「そうか。ならば、君の行く道にできる限りの幸運を祈ろう。さ、ステイタスの更新終わったよ」
主神が柔らかい語調でそういった後、背中をトントンと軽くたたいてステイタス更新の紙を渡してくれた。
ノクシア・フッド
Lv.1
《基本アビリティ》
力:C622
耐久:D503
器用:B732
敏捷:C688
魔力:IO
《発展アビリティ》
射手:G
《魔法》
なし
《スキル》
なし
「え、めっちゃのびてませんか!?」
「ああ、君の努力のたまものだろうね。素晴らしい」
目を輝かせてステイタス更新の紙を見つめていると、主神がボソッと何かをつぶやいた。
「ラストにも、感謝しないとね」
「え?」
「あー、いや。...まあ、いずれは知ることだし、話しておこう。君たちの団長、ラストの能力について」