ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
「そこにいるのは…だれかな?」
男神の視線が壁越しに私を貫く。明らかに、こちらを見ている。
ただこちらを見ている、それだけだ。それだけのはずなのに、冷や汗が止まらない。
とっさに室内にあった収納に身を隠してしまう。はやる鼓動を無理になだめ、浅い呼吸を気取られないよう手で口を覆う。
何をしているんだろう。こんなことをしていたら私はやましいことがあります。怪しい人です。と自ら宣言しているようなものではないか。
けれど私は、あの視線に殺意、いやもっと一方的な、獲物を審美する意志を感じてしまった。
玄関の方からうっすらと2人の話し声が聞こえてくる。
「?誰かいるのですか」
「ああ、その部屋だね」
と言う男神の発言とほぼ同時、私の潜む客間の扉がバン!と勢いよく開いた。
収納の隙間から覗き見すれば先ほどの団長らしき人物が槍を片手に扉を蹴破って中に入ってきたのが見える。
部屋中を一瞥すると、なんの躊躇もなくこちらに向かって来て、それで、私の顔面スレスレに槍を突き刺した。
頬からうっすらと伝わる金属の質感。間違いなく、本物の刃だ。
痛い。
はやる心臓も、少し切られた頬も、強張って爪を立てた肌も。
フラッシュバックするのは死ぬ寸前。ベッタリと手についていた私の血。
嘘でしょ、私の人生二回目、ここで終わり?
弁明しようと口を動かすも、哀れにも浅い息があふれ出るだけで到底言語ではない。首を振ろうにも、刃に頰をこすりつけてしまう。
衝撃で板材が粉々になって私と彼は顔を合わせる。強張って一つも動かない身体で、彼と対峙する。
黒い髪、青い瞳のシアンスロープ。完璧に敵にむける、無機質な顔でこちらを見下ろしている。
「団員の不在を狙った、か。エルフとは高潔な種族だと思っていたが泥棒とは頂けないな」
「まあいい。何をしていたかはギルドに突き出せばわかる話だ」
私の姿を上から下まで見て、そしてこの怯えようを見て驚異ではないと判断したのだろう。彼は槍を下ろした。
ひとまず死ぬことはないことに安堵しつつ、それでも泥棒としてギルドに突き出されるのは不本意だ。
少し深呼吸。
少しだけ落ち着きを取り戻した上で
「あ、あの…!」
そう口を開いた瞬間のことだった。目の前の青年を映していたはずの私の視界にはドアップの木目と目が合っている。
曲がってはいけない方に曲げられているがゆえに軋む腕、青年の重量をもろに載せられて圧迫される胴体、頭を床に勢いよく叩きつけられたためにぐわんぐわん揺れる視界。
「発言を許可した覚えはないぞ」
後ろ手に関節を極められ、ぐぁっ、のようなうめき声しか出せない。
あの、あの、弁明をさせてもらえないんですけど。
いや、わかる!私だって怪しい奴がいてなにか言おうとしたらこうするもん!
エルフだから特にね、短文の魔法を詠唱されても困りますよね!
いやー、やらかしたな。絶対他に良い判断あったって。
後ろ手に縛られるのを無抵抗で受け入れていると、玄関の方が騒がしくなる。
「待って、待ってください団長…ラステノールさん!」
声の主は先ほどの少女だ。息を切らしながらこの部屋に転がり込んでくる。
「どうかしたか。それと俺の情報を全部言うな」
「そのっ、人、はっ…はぁっ…はあっ…。泥棒じゃ、なくって…」
「…え?ほんとに?」
「はぁー…ふぅー…。よし」
ぜはー、ぜはーと息を切らしている彼女は相当に焦って来たことがうかがえる。
玄関の方も騒がしい。「吹っ飛んだぞ!」などと断片的に聞こえてくる。
「街の外で思いっきりズッコケて泥だらけになっていたから、着替えあげようと思って私が招いたんです。だから、離してあげてください」
この私に馬乗りになっている人物は、ラステノールと言うらしい。
ラステノールという人物の顔を横目で見れば目が合う。お恥ずかしいもんで、と頭をかいてみようとしたが手の自由はすでになかった。
可能な限りキュルンって顔してみよう。私悪い人じゃないですよ。
そして、無言の時間が流れる。少女はどうしたら良いかあたふたしている雰囲気を感じる。
すると部屋にもう一人入ってきた。いや一柱が正しいか。
「んも〜先走り過ぎだよラスト」
部屋に入ってきたのは牡鹿の男神。両目にかかるほどのボサボサの白い長髪で、少し猫背ながらも天井につきそうなほどに背も大きい。
「その子、
ニコニコとしたその神物は私の上に乗った人物、ラステノールに退くように命じたのだろう、私の上から重量がなくなり、肺にちゃんと息が入ってくる。
「多分リィヤの言っている以上のことはない。こちらの不手際だ。すまないね、ハーフエルフの君」
手に結ばれた紐がほどかれ、その男神の手助けもあって立ち上がる。
「すぐ追いかけようと思ったんだけどね。リィヤ…そこの子供に突き飛ばされて少し意識を失っていたよ」
「ほんっとーに、すいません!」
ははは、と笑うその神物の角が少し折れている。先ほどの玄関のほうの騒動も焦って走り込んできた少女、リィヤちゃんと言うらしい、に突き飛ばされたことで起こったものなのだろう。
「い、いえ。こちらも慌てないでちゃんと説明できてたら…」
「君は悪くない。よく見れば戦える様なエルフでないことは分かる。すまなかった」
と先ほどまで馬乗りになっていた人物が深々と頭を下げる。
律儀だなこの人。
「申し遅れたな、俺はこのケルヌンノス・ファミリアの団長をしているラステノール・フリンという者だ。君の名前を聞かせてくれ」
「え、えと…」
言葉に詰まる。
なんと名乗るべきか、私にはわからない。自認は完全に福永沙凪その人である。でもこの肉体に、そんな日本人の名前…この世界でいうところの極東風の名前は合わない。
名乗るべきはやはり…。
「ノク…」
「ちょっとだんちょ〜!初対面の女の子に名前聞くなんて失礼ですよっ!」
意を決して挙げた名乗りに割り込んできたのは、リィヤちゃんだ。
彼女は一瞬こちらに目を向けたかと思うと小さいグッドポーズをしている。彼女は私が怖がっていると思って気を使ってくれたのだろう。
「あーっ!ほっぺに傷!乙女に傷は天敵だから早く治療しないトー!」
彼女はケルヌンノス様、そしてラステノールさんにとてもわざとらしく、演技とわかりやすすぎる態度で私を連れてすたこらと客間を出る。
そのまま階段を登り、連れて行かれたのはある一室。
「あ、あのリィヤ…さん」
「リィヤだけでいいよ。私はリィヤ・ブリギッテ。あなたの名前、聞いてもいいかな」
ベッドに座らされ、頰の傷にポーションを塗られていると、しゃがんだ彼女が目を合わせてくる。
目尻の下がり、眉の下がった、安心させるための顔でこちらを見ている。迷子の子供に、大人が話しかけるような、そんな顔だ。
窓から指す陽光に照らされた彼女に幼少の頃の記憶が蘇る。やっべぇ涙出そう。もうノスタルジーで泣かないって決めたのに。
「ノクシア…ノクシア・フッド…だと思います」
「だと思う…?」
涙を抑えるために目をそらし、目を閉じて言う。目を合わせただけで泣いてしまったら、彼女にいらぬ心配をかけてしまうだろう。
そして、ついポロッと頭の中の考えが口に出てしまう。やっべ迷ってたばっかりに。彼女はきょとん?とした顔で首を傾げている。
「いや、えと、これは違くって…」
とあたふたして弁明するが、はたから見れば意味が分からないだろう。
「記憶が、曖昧なの?」
「あ、まー。そんな感じっていうか、ちょっと違うっていうか…」
「そっか…」
彼女はそっと私を抱きしめる。
「実はさ、さっき草原で泣いてるとこらから見てたんだ」
「ゑ」
メレンの港との交易の帰り道、ギルドへの使いのためにリィヤちゃんが一足先にオラリオに戻っていた時、道の外れから泣き声がしたという。
そちらを見てみると、大きな声で泣いている白い髪のエルフ、要するに私のことなんだけど…、を見つけた。
リィヤちゃんが声かけて良いものかとアワアワしていると、エルフの少女は自分の顔をパンと叩いて歩きだして、そして、盛大にコケたので我慢できなくなって声をかけてしまったらしい。
「おぅふ…」
誰もいないだろうがゆえの自制心オフでギャン泣きしてたというのに、見られていたことに内心死にそうになる。
「ノクシア、今まで一人で頑張ってきたんだもんね。大丈夫、これからは一人じゃないからね」
そして一層リィヤちゃんに強く抱きしめられる。お母さんの顔がちらつく。そう思ったらなんか涙出てきちゃった。
年下っぽい女の子の勘違いによる優しさに、お母さんの姿幻視してるのやべー。とちょっぴり惨めになる。
私が一人で頑張ってきたと思い込んでいるリィヤちゃんは辛かったね、と頭を撫でてくれる。そしてそれが一層惨めを助長し、涙が止まらなくなって、しばらく続いた。
そして、窓の外を見ればちょっと日の傾いてきた頃、嘘でしょそんな長いこと抱きしめられてたのか。
「落ち着いた?」
「う、うん....ありがとうリィヤちゃん」
私の涙が止まったのを見て、リィヤちゃんは私を開放する。私の両の手を握る彼女はえへへと子供のように無垢に笑う。しっかし、初対面の私にここまで気を使ってくれるのは優しすぎじゃない?ダンまち世界の優しい人ってこんなものかな?
「お腹すいてきちゃった!ご飯食べよ!ご飯!」
「このファミリアってわけでもないのに、いいんですかね....?」
「いいんだよ!あと、敬語禁止。もう友達でしょっ!」
パッと立ち上がって彼女は私の手を引く。勢いに姿勢を崩し、もたつきながら歩調を合わせる。階段を駆け下り、くるくると回り、魔石灯に照らされた二人きりの舞踏会。
「こっちだよ!」
階段に挟まれた大扉。ノブに手をかけたリィヤちゃんに手を引かれ、中に入ればホールの比にならない光が視界を覆う。
2本の長いテーブル、部屋を照らす天井から吊るされた巨大な魔石灯、部屋の奥で煌々と火を湛える大きな暖炉。
そしてその部屋を包み込む喧騒。ファミリアの団員が勢ぞろいしている。
大皿のならぶ食卓を囲む人々の顔は明るい。
「おっまたせー!」
リィヤちゃんの声に皆が一斉にこちらを見る。その視線は、リィヤちゃんだけでなく私にも同様に注がれている。いや、私に注がれているのだろう。
いかに私に害がないとしても結局部外者は部外者。人のファミリアに長居するべきじゃないのだ。みんなもおそらくそう思って…
「おうようやく来たか二人とも!」
「遅かったですね」
「どんな蜜月をしてたのかしら。フフ、ウフフ…」
だが、迎えたのは思いのほかに温かい言葉だ。
なんか変なのも混ざってたけど。