ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
夢を、見た。
断片的だけど、良くない夢だった。貫かれる赤土の皮膚、雷鳴に打たれて焼け焦げる白装束の軍隊、そこにケルヌンノスファミリアの姿はなく、首の落ちたエルヴィと、謎の仮面の少女と、赤土で白亜の冒険者の亡骸の転がる悪夢の二十七階層。
それを、傍らから眺めていることに気づいた時に目を覚ました。
外は明るい。時刻にして正午過ぎだろうか。嗅いだことのないはずの焼けた人肉の幻臭と嫌に残る雷鳴が寝起きの私にまとわりついた。不快感に満ちた私だが、もうその程度では吐瀉することもない。成長と捉えるべきか、人間性の衰退と捉えるべきか分からないが、ひどい夢だった。ひょっとすると、本来のオラリオの歴史かなにかが夢に映ったのだろうか。
昨日は、ステイタス更新をして、団長のステイタスの話を聞いて、ふらふらと自室に戻って、意識を失ったんだった。うつ伏せで寝てたから息ができなくて死にかけて、この世界の真理のような部分に近づいてしまったとかそんな感じなのかな。未だにのこる筋肉痛を引きずりながらのそのそとベッドから這い出て、服を着替える。半損したバトルクロスはさすがに昨日着替えたが、それはそれとして今の服も寝汗でびっしょりだ。昨日のうちに誰かが洗濯しておいてくれたであろう本来の服に着替え、廊下へと出る。
太陽の影で涼しい廊下を通り抜け、一階に降りると大広間の端のソファで団長と主神が話していた。
「そうそう…っと、噂をすれば、だね」
「よ、ノクシア」
私に気づいた二人はこちらへと手招きをしている。その手招きを受けて、近寄る。
「ノクシアもいるし、改めて説明しようか。君達はこれからダンジョンで言うところの下層最深部への迷宮行と同じくらいの難易度の事をしようとしている。というわけで、」
そう言った主神が懐からゴソゴソと紙を3枚取り出した。
「君達が迷宮に潜ってる間に武器をオーダーメイドしてきました。ゴブニュファミリアのものだから、性能はピカイチさ。というわけで、今から取りに行ってきてね〜」
「え!?」
「ケルヌンノス様が全部費用を持ったらしい。とんでもないよな」
「い、いいんですか…?そんな、ゴブニュファミリアなんてロキ・ファミリアにも武器を卸してる一級鍛冶ファミリアじゃ…」
「ははは、君達がこれからもたらす戦果を考えれば安い出費さ。3日で作れというのは鍛冶師くんたちに酷だったかもだけどね」
主神から差し出された紙は設計図も兼ねた受領書のようだ。うち2枚が私の弓と剣、1枚は団長の槍のようだ。
「さ!行ってらっしゃ〜い」
と、館の内側から主神がにこやかに私達を送り出してくれた。大通りを都市北西部に向けて移動している途中で、昨日の夜に主神から話された団長のステイタスについて思いを馳せる。
同胞修練
団長がランクアップしづらい原因であり、ケルヌンノスファミリアの強さの軸。
団長が撃破したモンスターから得るエクセリアの半分が、同じ戦場の同ファミリアメンバーに分配される、というもの。私のステイタスの急成長はこれのおかげであるとのことだった。本来ならば団長はレベル5、ともすれば6にまで届きうるほどの場数を踏んでいるが、このスキルが発現しているせいで未だにレベル3で留まっているらしい。発現した原因について、過去の因縁がなんちゃらと言っていた気がしたが、もうほぼ寝ていたため記憶にない。
そんな事を考えていると、気づいたらタクシーに乗っていたし、目的地についていた。ソード・オラトリアコミカライズで見たことのある、工房。ゴブニュファミリアの本拠地だ。
「お邪魔します」
と団長が中にはいるのに続いて肩身をなんとなく狭くしながら入る。中はあちこちで槌を打つ音が響く工房となっており、所狭しと鍛冶師が武器を打っていた。
「お久しぶりです。ゴブニュ様」
「…ラストか」
工房の奥にいた細身の老神、ゴブニュに団長が話しかける。一礼するのに合わせて私も一礼をする。
「そっちのが新入りか」
「はい!ノクシアと言います。よろしくお願いします」
「ふん…礼節がしっかりしてるな。俺はゴブニュだ」
無愛想にそういう彼は一口そばにおいてあった水を飲む。
「座れ」
こちらに目を向けず、ゴブニュは正面の椅子に座るように促してきた。それを受けて団長を上座、私を下座に席につく。
「おい!例のものをもってこい。まったく、お前たちの主神には後で説教をしておいてくれ。3日で武器を三本も仕上げろなどと頭がオカシイのか、とな」
ゴブニュ神は直ぐ側にいた団員に指示を出して、悪態をついた。ひどく疲れているようで、不眠不休で仕上げてくれたのだろう。
団員の一人が、三本の布にくるまった武器を持ってくる。
布を解くと、白亜の剣槍、緑の大弓、薄紅の曲剣が姿を現した。
「それぞれ銘はゲイ・ブラン、アダマンシルフ、ローザだ」
それぞれがそれぞれの獲物を手に握ったり軽く振るったりする。アダマンシルフという翠の宝石のはめられたの大弓は非常に軽く、持っていることを忘れるほどで、ローザと言う曲剣はこれまた軽量で投げれば浮いてしまうのではないかと思うほどだった。素材は、波紋鋼とミスリルだと言う。ミスリルなんていう高級素材を駆け出し冒険者の私なんかに持たせていいものなんだろうか…。
団長のもつ槍もかなり良い出来らしく軽く振るっただけで今までの槍の速度を軽く超えている。
「さすがのレベル4だな」
「それだけじゃないですよ…この槍がとても良いものだからこそできる速度です」
「え!?団長レベル4になってたんですか?」
「ああ、ちょうどこの前の決死行でね」
パシ、と槍を止めて団長がハハと笑う。
主神から預けられた紙をきちんとゴブニュ様に渡して、改めて布にくるまれた武器を持って、ゴブニュファミリアの工房をあとにする。
「さて、拠点に戻ろう。残すは最終調整…作戦の計画の擦り合せと物資の整理だね」
「はい。いよいよ、ですね」
「ああ、残すは3日、十分に作戦を練り、休憩もしっかり取ろう」
タクシーを止めて二人で乗り込み、ケルヌンノスファミリアの拠点を目指す。
近くの大通りで降り、拠点の扉を開き、促されるまま中庭に入った。
ん…?
「本当にごめん、ノクシアちゃん…昂りが止められないから、鍛錬ってことで相手してくれないかな」
「は?」
「は?」
休養を取ろうねって話をさっきしてたばっかりじゃなかったですか?レベル4になった感覚の擦り合せと新武器の感覚調整も兼ねてるんだろうけど、いきなりなんてそんな…。
そう思ったはずの私だったのに、私の中にも、ワクワクに似た闘志が燃え盛っていることに気づいた。あの迷宮行でどれだけの成長を私が果たしたのか、新たに買い与えられた武器は、どれほどの強さでもって振るえるのか、試したくて仕方がない。
「ふぅ…わかりました。やりましょう。弓…はこの距離では使えないので剣だけで良いですか」
「その意気だ。よし、よろしく」
布にくるまった剣の布を剥ぎ取り、鞘ごと腰のベルトに挿す。そして、それを抜き取り、正対に構える。
団長もまた槍の穂先に巻き付いた布を投げ捨て下段に構えた。
「来いよ」
「なら、いきます!」
身をかがめ地面を跳躍、たったの一歩で今までの間合いの倍近く詰めることができ、スピードに振り回されてつんのめるところだった。着地の左足を急きょくるりと返して右足を地面に叩きつける。そこに、団長が一撃を突いてきたのをかろうじて視界に捉え、右足を軸に跳躍。空中で回転し、左足で後ろ回し蹴りを顔面めがけて放つ。
その一撃は顔面を捉えることはなく、斜めに構えた槍の柄に阻まれる。地面に突き刺した穂先が一切の衝撃を生むことなくスルリと地面を切り裂いたのに戦慄してそのまま距離を取る。
「うん、悪くない。それどころか良い判断だ。技と駆け引きがよくできている。でも…槍使いに距離を取るのは悪手だ!」
今度は自分の番と言わんばかりに団長が正面から突っ込んできた。捌けるように少し後退…と思った瞬間にはもう団長の間合いに入っていた、入れられていた。
ボッという空気を貫く音とともに放たれた一撃は確実に眉間を捉えていて、首を下げ、剣を沿わせて軌道を逸らすことが精一杯だった。それでも頬にピッと切り傷が走り、血が少し飛んだ。でも、のばしてるなら今が好機と前傾の姿勢のまま脇腹から切り下ろそうと槍を滑らせて曲剣が服に触れる瞬間に、私の顔面が石突で真上にかちあげられ、団長の後ろ回しがかち上がって隙だらけの顔面に突き刺さり3M近く真横に吹き飛ばされてしまった。
「ぐ…ぐぅ…」
「あ、わ、悪い…」
幸いにも伸びるほどではなかったため、団長から手渡されるポーションをイッキして傷を癒やす。
「い、良い動きだったぞ」
「興が乗ったんだとは思いますけどココまでします普通?!」
「悪かった…悪かったよ…。でも、成長に伴う問題点は洗えた…だろ?」
「それは…そうですけど、ね」
「さ、作戦立案に行こう。俺の部屋で待ってるよ…」
団長はタオルともう一本のポーションを私に渡してから一足先に中庭を後にしていった。
渡されたものを半分飲み、半分体にかけてタオルで水分を拭い、私も団長の部屋へと向かう。
部屋にはすでに、部屋の真ん中の机に広げられた地図とそれを囲うエルヴィと団長、そしてフラカちゃんの3人がいた。
「そういうこと。了解」
「また私のいないところで話してる!」
「お、早かったなノクシア。よし、ノクシアが到着したことだし本格的に話を始めよう」