ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
作戦立案から3日後、エルヴィと初邂逅したときの水路入口に、私達4人は立っていた。
私、団長、エルヴィ、フラカちゃん…この4人だ。3日の間に、エルヴィを連れてきて万が一捕縛されることを考えると本当に連れてきて良いものかという話し合いがあったが、エルヴィ曰く大丈夫だそうなのでそれを信じて行くことにした。
団長の服装は、シユウファミリアの一般装束である白装束。体型誤認のために詰め物や厚底、パンパンに物を詰めたカバンなどが服の下にはしまわれている。メインの獲物は団長の背中に全員分しまわれている。エルヴィの話だと団員の武器は基本的にナイフで、武器を丸見えにしている人はいないらしい。そのため、隠す必要があったのだが、エルヴィ以外が長物使いなせいで厚底を履いた団長の背中に突っ込まなくてはならなくなったのだ。
そのせいで団長は2mの姿勢のいい人になってしまっている。
団長以外の私たちは目以外を覆う黒い布を巻きつけ、ふぅ、と深く息を吐いて全員と目配せをする。団長が扉に手をかけ、ゆっくりと開けられるそれはキィという金属音を響かせる。
水流で冷やされた空気が寒々しく満ちる中を、手持ちの魔石灯の灯りだけが頼りな暗闇の中を慎重に進み続ける。
分かれ道が現れたときには立ち止まり、団長が地図を見て先導する。
3度目の分かれ道を右折したところで、目の前に光が現れた。いや、それはランタンを手にした白装束…シユウファミリアの団員だった。今回の作戦は、あくまでもアルディア・レスの捕縛…可能なら対話、説得から脱出。団員との無用な戦闘は回避するようにということだった。隠れることを前提として、万が一のためにと団長の偽装服と私たちの暗闇に隠れられる格好だったのだがいきなり役に立つとは思わなかった。
私たちは曲がる前の暗闇に身を潜め、すれ違う団長を見守る。
「お前」
すれ違ったところで、団員の男が口を開く。
「魔石灯なぞ、どこで手に入れた?」
そこでその場にいる全員がハッとした。団員の男が手に持っているのは、蝋燭を燃やしたランタン。団長が持っているのは魔石灯だった。
「……シユウ様に、下賜いただいた」
「そうか」
静かな空間に緊張感が走る中、いち早く私の横にいた人物が動いた。フラカちゃんだ。
朱い光に照らされた黒い影は一瞬で男の白装束を赤に染めた。倒れる男の体を団長が支え、ランタンを奪う。
もう一方の手から何かがこぼれ、それも落とさぬようにフラカちゃんが拾い上げた。拾ったそれは白い笛、ホイッスルだった。
「危なかった」
「悪いね、フラカ」
団長は隠匿のために死体を水流の中へと転がし、フラカちゃんは血のついたナイフを水で清めた。
そこからは、小部屋…何個かのルームを経由し、水路を飛び越え、いくつもの分かれ道を曲がってきた。それを通過する間、運が良かったのか一度もシユウファミリアの団員と遭遇することはなかった。
「そういえば、シユウファミリアってスミス系も兼任してるんですよね?ルームを見ても鍛冶セットらしきものが見当たらなかったんですけど…」
「ああ、シユウファミリアのスミス系は、団長であるアルディア・レスが一人で担ってるからな」
「え?」
「お姉ちゃん…アルディアは、たった一人の身でこのオラリオのカースウェポンの大部分を作っている、まさしく呪詛の姫なんです」
「す、すご…」
そんな雑談を交わしながら歩き、そして今、たどり着いたのは地図で言うところの最奥。エルヴィの言うところでアルディア・レスの工房である大部屋。そこに入るための道は大きな鉄扉で閉じられている。
「よし、行くぞ」
団長が私たちに振り返ってそう問いかける。全員で頷き、ゴクリという生唾を飲み込む音だけが耳に届く。今から対峙するのは、オラリオの暗部。闇派閥の一角を担うシユウファミリアだ。
扉に手をかけ、力を込めて押し始める団長を見て、一つの違和感が私の中に生まれる。
あれ?最初の作戦立案のとき、このルートを選んだ理由ってなんだったっけ…?
その違和感の答え合わせは、すぐに行われた。
ズズ、と押し開けられた扉の先から無数の矢が飛んできた。団長は装束を犠牲に身をかがめ、その矢を避ける。
部屋の中には50人ほどの白装束の人間、そして部屋の真ん中に立つ仮面の少女と中国風の衣装に身を包んだ鉄の額当てをした男がおり、こちらを見ていた。
「チッ、バレてたのか」
「ふむ、よく避けた、と言ってあげよう。侵入者よ」
黒い仮面の少女がしゃがんで水流に手を入れて、水をすくって口を開く。
「この水には私の呪いが混ぜ込んである。何かが入れば、すぐに分かる」
先程の、死体を隠すために水流にいれた行為、あれが逆にバレる要因となったのだ。
すると、仮面がこちらを向く。
「そこの女、お前は…前に侵入していたな。前の時よりも、はるかに強くなっている」
「!?なんで…わかって…」
「言っただろう、何かが入れば、すぐに分かると」
「そんなにおしゃべりして、何が狙い?早く囲んで殺せばいいはず」
いつの間にか、黒い布を脱ぎ鎌を手にしたフラカちゃんが吐き捨てるように言う。
「そうだったな。なら、お望み通り」
仮面の少女、推定アルディア・レスが右手を挙げてそう言うと、奥で控えていた白装束の男たちが一斉に飛びかかってきた。
無数のナイフがこちらに迫る。視界いっぱいのそれに尻込みする私を置いて、二人は駆け出していた。
三段に重なった白い濁流を二人は一薙ぎで一掃した。
左半分から迫っていた人間は団長の新たな槍によって切り刻まれ赤い煙となり、右半分から迫っていた人間はフラカちゃんの大鎌によって首のない死体へとその姿を一瞬で変性させていった。
一瞬で積み上げられた
「風よ!答えて!」
その短文詠唱をして魔力を弓に流す。埋め込まれた緑の魔導石が光を放ち、矢を番えて放てば風をまとった矢が直線にいた白装束の半身を巻き込み削りながら貫き、アルディア・レスの目の前に迫った。
その矢はもちろんアルディア・レスの持つナイフに弾かれたが、白装束の男たちにならば有効な一撃となることが判明した。
私が頂いたアダマン・シルフは風の魔導石を伴うマジックウェポン。魔力を込めることで矢に風をまとわせ、異様なまでの貫通力と射程距離を実現した、高性能の大弓とのことだった。以前に持っていた弓よりも取り回しもしやすく、威力も出る。
そして…
気づいたときには私の目の前にナイフを突き出す白装束の男が居た。
そのナイフをねじれた弓の装飾で挟み、ねじ切る。武器を失った男の腹に弓を突き刺し、腰にさしたローザを抜いて首を切り裂いた。
この通り、頑丈な弓なのだ。素材は名前の通りアダマンタイト製…もっとも、低練度のディルアダマンタイトの余りらしいのだが、それでも十分以上の強度を誇る。団長の特訓のせいで白兵戦が得意になってしまった私には嬉しいポイントだ。
私の隣を抜けてエルヴィも戦闘に参加している。手に持っているのは初邂逅の時に白装束の男を背中から突き刺した三つ節の剣。3日の間に知ったが、あの剣もまたアルディアの手になるカースウェポンだそうだ。切った相手のステイタスを自身に加算する、最高クラスのものらしい。なぜそんなものを持っているのか、と問えば脱出用の武器を見繕っている時に武器庫の中に掲げられていたらしい。
手に取りやすいところに、エルヴィが使いやすいサイズで、目立ったカースの反動がないハイクラスのカースウェポンがあるのに何か違和感を覚えるが、アルディアが使うためのものだったのではないかというのが団長の考えだ。
レベル2冒険者を数人暗殺し、3日の間にダンジョンのモンスターのステイタスを吸ったその剣を持ったエルヴィは、この場の白装束の冒険者よりもはるかに強い。団長と遜色のない速度で辺り一帯の白装束の人間をなぎ倒していく。
そうしていると、あっという間に団員たちの亡骸が辺り一帯に広がった。
原型をとどめていない血だまり、首から下の死体、突き刺された死体、上半身などを円形にくりぬかれた死体等々...文字通りの死屍累々である。一度四人で部屋の真ん中に集まり、周囲を見渡していると、上段から声が響く。
そういえば、アルディアレスと隣の男はいつの間にか消えていた。
「随分とかかったな。啖呵を切った割には...と思ったが荷物が多かったのだな」
部屋の奥の暗闇...灯がともり、前方3m上に現れたそれは祭壇だった。その祭壇には鉄の額当ての男、推定蚩尤が座り、アルディアと思しき女性が淵に立ち、軽い跳躍をして目の前に着地した。
次の瞬間、アルディアの足が触れた場所から、水があふれる。部屋の真ん中に細く流れていた水が、その水位をいきなり上昇させたのだ。それと同時に部屋に広がった、爆発したのは不快感。黒い波動のようなものが嫌な風となって私のほほを撫でた時に全身に走ったのは異様な不快感。体中を蛇が這いまわる感覚、あちこちから響く蜘蛛の足音、体中が蛇か糸かに縛り付けられるような圧迫感。祭壇の炎も、部屋に少なくではあるが掲げられていた篝火も、暗く揺らめいている。
水位の上昇はあくまでも足首にとどまっているが、それどころでない不快感が全身を支配している。
「フン...そこのハーフエルフの女も強くなったとはいえいまだLv1...。
アルディアは、懐から二本の短剣を取り出す。右手に握られているのは両刃の太いナイフ、左手に握られているのは、現世の中国においてサイと呼ばれるナイフだ。
呪詛に愛され、呪詛をその身に沈める姫はケルヌンノスの鏃たちと対峙する。
「今の内ならば、まだ返すことも考えてやろう」
「するわけないだろう...!」
「ならば...開戦だ。オラリオの闇派閥被害の半数、カースの巣窟、呪詛の姫...オラリオに巣食う巨悪を、見事倒して見せろ」
武器と武器のぶつかり合う音が、地下水道の大広間にて響いた。