ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか   作:舌百

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久しぶりの更新だぁ


第二十二話 呪詛姫(アルディア・レス)

 地下の大空洞に響き渡る剣戟。団長、ラステノール・フリンが間合いを調節しながら、一撃も喰らわぬように慎重な攻撃をするのに対して、かたや呪詛姫、アルディア・レスは余裕綽々という雰囲気で軽くいなしながらもナイフによる攻撃や、体術を繰り出していた。一進一退、速度では確実に勝るラステノール・フリンがこれほどまでの苦戦を強いられているのには、経験の差、ステイタスの差だけでは説明がつかない。

 では何が実力を突き放しているのか。

 からくりは単純、目には見えないが彼には、ともすればこの戦場、闘技場に立つすべての者の足には蛇がまとわりつき、蜘蛛の糸が着実に肉体をからめとっているのだ。

 此れこそが、呪詛姫のもう一つの名の由来、悪名高い戦場呪詛(フィールドカース)である。戦場呪詛、彼女の身に発現した二種類のカースの総称。対峙した冒険者がそう呼んだことで、彼女の呪詛は特別にこの名で呼ばれる。一つ目の呪詛は、蛇に足を取られ噛みつかれ毒を注入される幻痛、二つ目の呪詛は動けば動くほど蜘蛛の糸に全身をからめとられていく感覚と蜘蛛という捕食者による視線を指定した範囲内の全員に強制する。この範囲が異常であり、かの「殺帝(アラクニア)」の持つ結界魔法をゆうに超える、条件さえ整えば下層の一階層まるごと包み込むことのできる戦場を侵す呪いである。

 今の戦場に目を向けなおせば今だ勝負は拮抗している。三人の冒険者に囲まれながら顔色一つ変えずにさばき続けるアルディアレス、鈍い動きながらも攻め手を潰し続け無傷を貫くラステノール。時折撃ち込まれる高速の矢や、鋭く振るわれる銀の鎌によってかろうじて互角を保つ彼らの状況は芳しくない。バシャバシャと水面を飛び跳ねる彼らの足取りは少しずつ重たくなっている。

 

「くっ、もう時間切れか...!」

「どうした鏃、貴様の正義はその程度か」

 

 回避がすれすれになってラステノールは自らの限界を悟る。呪いが回ってきたのだ。服に着いた水滴、足首を浸す水、それらすべてが巻き付く蛇となってラステノールを犯す。彼女の呪いのからくりとはこれのことである。いかにレベル4冒険者、魔力に秀でた彼女といえど直径30M、高さ10Mの半球型のルームに呪いを満たすことなど容易ではない。二種類も使えばマインドダウンは免れない。彼女の呪いは空間ではなく、水に与えられている。

 元来呪いとは、水との相性が良い。オラリオにおいてはその概念は希薄だが彼女のファミリア、その主神の蚩尤がルーツを持つ極東などの異邦の地では違う。停滞した水は呪い、澱、穢れ、そう言った概念と強い結びつきを持つことが呪術に長ける土地では染み付いている。

 着々と重なっていく呪いたちは正義の足を重くし、刃を鈍らせていく。そしてついに、バシャン!という音とともに戦場に変化が起こる。ラステノールが距離を取って攻勢を緩めたその瞬間、アルディアの蹴りが炸裂し近接戦を継続していたラ・フラカが壁に叩きつけられた。うつ伏せに彼女は倒れてしまう。水しぶきが立ち、少しずつ血が水面に流れ始める。

 

「フラカちゃん!」

「お前も退場しておけ、役立たず」

 

 心配でうっかり声が出てしまう。先程までルームの真ん中にいたはずのアルディアが次の瞬間には私の目の前にいる。そして、視界の下の方が一瞬白くなった直後私の意識は途切れた。

 

「さて、これで二人きりだ。運がなかったな猟神の鏃。肉壁になったであろう愚妹も逃げ出したようだしな」

「何を言ってる、むしろ足手まといが退場してやりやすくなったってもんだ」

 

強がり槍を握り直した手は重くなって震えている。口から出たのは全て大嘘、冷静にするためのスイッチ入れ、できるなら今すぐにでも2人とも介抱してディアンケヒト・ファミリアにぶち込んでやりたいが今は目の前にいるパルゥムを打ち倒すのが最優先だ。

 

「此れは精霊たちの円舞曲(ロンド)、終極の竜と戯れる聖者の行進、その力を貸し給え―ロスト・ロア・ロンド」

 

詠唱が通る。仮面の奥の彼女が笑ったような、気がする。まさか、こちらの狙いに気付かれたわけではあるまい。奥の手を切らせたことによる余裕、と好意的に解釈をしておく。呪われた水を吸ってすっかり重くなった外套を脱ぎ去り跳躍、先ほどとは比べ物にならない速度で天井に着地し槍と一体となって突撃する。光の線が着弾したとき巨大な水しぶきがあがり、地面が大きく隆起する。しかし、決着はついていなかった。初撃はわずかコートの端をかすめるに留まり、アルディアの反撃を許さぬほどの連続突きも軽やかな動きで回避される。隆起により堤防が築かれた戦場(コロシアム)のなかで両者はにらみ合う。呪い水の影響のなくなった円形闘技場内部でようやく戦力は拮抗した。

 再び巻き起こる高速の剣戟、駆け回る金の線と中心にて暴威を振るう黒の風。剣槍とクロスしたナイフが火花を散らしながら衝突する。

 

「っはは!やるな鏃め」

「楽しそうにすんじゃねぇ、っよ!」

「だがいまだ拮抗だ。もう一つの魔法を使え!さあ!」

「っ…!」

 

焦って力任せに切り上げる。力をそのまま利用したアルディアがくるりと瓦礫の端に着地する。俺の情報が、漏れている…?特段魔法を隠しているわけではない。わけでは無いが、無名寄りのファミリアの団長の魔法など覚えているわけが無いのだ。そも、他の冒険者がどのようなスキル、魔法を発現しているかなど同じファミリアや代名詞レベルの有名人でなければ覚えているわけないのだ。

 知られている、というのはまずい。俺だから漏れているのか、それとも全員バレているのか、俺らからは見ることができない。もし後者ならば、計画がバレている可能性すらある。その可能性が頭によぎった時、その懸念は無に帰した。合図が俺の頭上を飛んで行った。閃光弾の括られた矢…目を背け、跳躍した瞬間にカッと光がルーム全体をつつみ込んだ。

 

 視界のチカチカがまだ取れないうち先に聴覚が戻り、耳に詠唱が入ってくる。

 

「それなるは常なる水にあらず。人類を療する薬水たれ―カラベラ・ヴェネノ」

 

先程までの絡みつくような蛇の感覚も、這い回るような蜘蛛の足音も、全てが嘘のように消え失せる。それと同時に水位が引いていくのを感じた。作戦が成功した。

 今回の作戦、それこそがラ・フラカの持つ2種類の解呪による戦場呪詛(フィールドカース)の無力化である。ラ・フラカはもとよりアルディアの呪詛の要が水にあることを見抜いていた。彼女もまた極東とは対極、極西ともいうべき異邦の地の生まれ、呪詛を技術で用いることには明るい。そこで立てられた計画の全貌とは以下である。

 はじめにアルディアの呪詛をラ・フラカのスキル、異常解析(アナライズフィルター)によって解析、唾液として少量の解呪薬を精製する。その解析法は毒や呪詛のかかったものを口にしばらく含むのである。そのために先程わざと蹴り飛ばされ倒れたフリをする必要があったのだ。団長の戦闘中うつ伏せの彼女はずっとこの空間の呪われた水を飲んで味わっていたのだ。

 そして解呪薬が精製できれば次は彼女の持つ魔法、「カラベラ・ヴェネノ」によってこの空間に満ちた水すべてを解呪薬に変質させるのだ。カラベラ・ヴェネノは「泥水を一滴でも垂らしたワインは泥水…」の具現のような魔法である。水に極少量でも何らかの解呪薬、解毒薬を加えた状態で詠唱を行うとその水全体を加えた薬と同じ効力のものに変質させる、そういった魔法である。上限や制限こそあるが都市内のポーション市場を崩壊させかねないレアマジックのため彼女たちは隠しながら使っている。その魔法をふんだんに使用し、この地下水道全てに流れる呪われた水を連鎖的に解呪薬に変質させたのだ。

 そして解呪ができればここの水にもはや用はない。新たな呪いが張られ直されても困るため、エルヴィが水道の元栓を閉めるのだ。ルームの奥にある小道からエルヴィがこちらに顔を出しグッと親指を立てているのが遠目に見えた。

 私も痛む顎をさすりながら立ち上がる。

 

「さあ、これで形勢逆転…あきらめたらどうだ?呪詛姫」

 

団長が槍を構え直し降伏を勧告する。するとアルディアはルームの上方奥に鎮座する蚩尤を一瞥すると笑い始めた。

 

「クッ…ハハハ!上出来だお前たち!諦める?何を言っている、ここからが本番だろう!」

 

異常なまでの殺気が彼女から流れ始める。今度はルーム全体を冷たい威圧感が支配した。ゾッとした次の瞬間、私の目の前に鋭い刃が迫っていた。既のところで回避するが頬を掠めてしまう。中央を見ると、彼女はまだ動いていない。彼女の手から壁に刺さったナイフの間に鎖が繋がっていた。投擲されたのだ。

 

「この()は銘をキュウキと言うんだ…」

 

ジャラと鎖を手繰り寄せながら彼女は言葉を紡ぐ。それと同時にかすめたところが焼けるように痛くなる。

 

「これでつけられた傷は通常の数十倍の速度で腐敗が進む…1時間もすれば顔の半分はお前のものではなくなっているだろうな」

「っ…」

「貴様ッ!」

 

団長が吠え、駆ける。一瞬絶望したがやはり、心が折れて立ち止まっている暇はない、という考えが優勢になる。強く弓を握り、矢を放つがそれは容易く避けられる。団長の槍を捌きながらそんな動きまでできるなんて…彼女の動きはギアが上がったようだ。先ほどまでとテンポが違いすぎる。

 

「ちょっと見せて、ノクシア」

「わっフラカちゃん」

 

二射目を番えている間に懐には痩身の彼女が滑り込み、傷跡を少し舐めてきた。そして、ん、と言いながらポーションを手渡されるとすぐに彼女も近接戦闘へと移った。ポーションをかけると痛みが少し和らぐ。しかし私の弓じゃアルディアには届かない…あっ、蚩尤とか撃っちゃっていんじゃない?額当てにぶつけるぶんには死なないでしょ、多分。向きを少し上に向けて矢を放つ。矢はビュオウ、と音を立ててみるみるうちに蚩尤の方へと飛んでいく。それに気づいた蚩尤は慌てふためき、その前に影が割り込んできた。二度の金属音が空間に響き、弾かれた矢の落ちる音と同時にアルディアが着地した。

 

「どうやらお前から殺すべきらしいな…ノクシア・フッド…!」

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