ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか   作:舌百

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第二十六話 輪唱(カノン)

 私は、お姉ちゃんだから。お母さんも、お父さんも、みんな居なくなったから、私は妹を…エルヴィを守らないと。

 燃え盛る森の中を、エルヴィをケープの下に隠しながら走り抜ける。肺が痛い、焦げた匂いが鼻を突く。エルヴィが咳き込むのに申し訳なさを感じながらそれでも走り続けた。時折転びそうになる妹の手を引き、おぶり、休むことなく三日三晩駆け抜けてようやく開けた場所に出た。

 もう炎の匂いも、身を焦がすような熱さも感じない。その場所には、人がいた。野営のテントが立てられ、人がそこらじゅうをせわしなく歩き回っていた。もはや動かなくなる寸前の足を、背中に背負った意識のない妹とともに引きずりながら、一人の足に縋り、

 

「なんでも、なんでもしますから…だから、助けて…」

 

意識を失った。

 

 

 次に目覚めた時、そこは敷物の上だった。辺りを見渡しても妹の姿はない。テントの真ん中に寝かされているようで、複数人に取り囲まれている。うつ伏せで寝かされた私の正面には鉄の額当ての男が座っている。

 

「君には武器造りの才能がある。俺らのために、人を殺すための武器を造ってもらうよ」

 

この日を境に、少女(アルディア・レス)も、(アルディア・レス)も死んだ。ただそこには呪詛姫(アルディア・レス)しかいなかった。

 私は鋳造の合間に作った仮面で顔を覆った。エルヴィが私をかまいに来るたびに団員に足蹴にされるのを奥歯を噛みしながら見ているのを知られてはいけないから、毎夜家族で楽しく村で暮らしていた日々を思い起こしながら泣いているのを知られてはいけないから。

 なるべく私をエルヴィが嫌いになるように、距離を置いていた。できるなら私を置いて幸せになってほしいから。あなたの姉は人殺しに身をやつした、悪神(シユウ)に陶酔してしまったと思い込んでほしかった。

 毎日無心で呪いの籠もった武器を造り、シユウがどれほど人を殺したかを高々と語るのを無心で聞く、すべてはいつか来る解放の日までの耐えだった。

 ある日ロキ・ファミリアとガネーシャ・ファミリアが私たちを滅ぼしに来た。希望の光に見えた。でも、矢面に立たされたのはエルヴィだった。シユウからしてみれば私の妹ではなく役立たずの団員だったからだ。その日の私はロキ、ガネーシャ両ファミリアの下級団員の殆どを再起不能にし、現れたフィン・ディムナ、そして…。

 

 

「…ちゃん…お姉ちゃん!」

 

私の走馬灯から意識を引き戻したのは、私の下にいたエルヴィだった。背中が熱い。昔のことを思い出したのはこの温度のせい、かな。

 

「無事だったんだね、エルヴィ…」

 

と今だ朧な意識で頬を撫でる。

 

「いやいや!そんなことしてる場合じゃないよ!」

 

と押し退けられてようやくあの森にいた子供からシユウファミリア団長…いや元団長になった。ひどく焼け溶けた背中の痛みに気付かないふりをしてこの戦場に目を向ける。

 先程よりも広くなった空間。暴れ回る竜とそれに立ち向かう3人の冒険者が、そこにはいた。

 

 姿を見せたその竜は、全身を金の炎で包んでいた。細く長い東洋の竜といった様相で空に浮遊し、明らかにこちらに敵意を向けている。しかし、異常なのはその顔面であった。本来ならば鋭い牙と威圧感にあふれる目がこちらを向いているはずのその場所には、緑の女が咲いていた。4つに割れた竜の頭を花びらとして、めしべのごとく咲いている。私にはあれが、精霊の分身(デミ・スピリット)であることが痛いほど伝わってくる。

 が、素体となったモンスターに見当はつかない。

 サイズからして深層級のドラゴンなのだろうが、少なくとも砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)はあんな見た目をしていなかった。

 

「団長!どうするんですかあんなの!私たちじゃ無理ですよ!?」

「少なくとも、エルヴィたちが目を覚ますまでの時間を稼ぐぞ…!」

 

団長が駆け出す。光臨を足に纏いながら凄まじい速度で竜を牽制する。私の矢は空中で炎に焼き尽くされ、フラカちゃんは鎌に水をまとわせようとした瞬間に蒸発してびっくりしている。

 団長がワンマンで切り結んでいる中、私も腰に下げられた剣の存在をようやく思い出した。

 

ローザ

 

薔薇の名を冠した曲剣だ。素材は波紋鋼…そして、ミスリル。ミスリルは本編でヘスティアナイフやフロスヴィルトなどにも使われている鉱物、魔力によって引き起こされた事象への非常に高い耐性を持つことが分かっている。

 弓を下ろし、剣を握る。正直すごく怖いけど突撃する。読み通り、あの炎すらも容易く切り裂き肉体に到達…したはいいがすごく浅い。どのくらい浅いかというと血が出ない。だが、私の後ろから飛び上がった影がその傷に追い打ちを与え、鮮血を吹き出させた。

 

「フラカちゃん!」

「炎さえなければ私が切れる。連携しよっか、ノクシア」

 

団長が意識を引き、その隙に私とフラカちゃんが協力してダメージを与える、チマチマとしてはいるけどそれでも活路は活路。

 そんな中、竜に何かが飛翔する。三叉のナイフだ。

 

「目を覚ますのが遅くなった。私だって、戦え…」

「バカ言わないでよ!いつまで冒険者気取ってるの!」

 

そちらを見るとエルヴィに腕を引っ張られているのをなんとかこらえながら戦おうとしているボロボロのアルディアだ。

 

「すまんノクシア!時間稼ぎ頼んだ!」

 

と団長が地面に降り立ちこちらに任せてアルディアの方へと向かった。

 いや、正しい。多分一番良い判断を下せるのは団長で、逃がすにしても一番速いのは団長だ。でもね、でもね…。

 団長というヘイトタンクが居なくなった今、女の意識はこちらに向いている。小さな鉤爪や裂けた口の真ん中から指向性を持ってこちらに炎が飛び出して来た。

 

「ムリムリムリ!何回やるんですかこの無茶振り〜!」

 

私の反応も限界すぎてギャグ調だが、かすればギャグではすまない。フラカちゃんとの即席の連係で辛うじて回避を重ねているがいつ終わるか分かったもんではない。

 

「ラステノール。私は戦える」

「もうお前は呪詛姫でも冒険者でもないんだ、アルディア」

「だが…」

「だがじゃない。今は、生き残ることだけを考えろ」

「…っ。分かった」

 

アルディアが抵抗をやめたのを確認したラステノールは2人を抱えて、高所にある入水孔に跳び、2人を逃がした。登るための階段は先ほどの熱線ですでに溶けていたのだ。

 

「最後に、これを」

 

アルディアは懐から2つの武器を取り出した。伸縮自在の呪槍トウコツと、神の力の込められた刺剣トウテツだ。

 

「コントンはもう砕いた。魔法はすでに使える。最後の頼みだ、あれを…我ら巨悪を倒してくれ」

 

深く頭を下げるアルディアに団長は背を向ける。

 

「任せておけ」

 

ラステノールは早く、速く、疾く跳んだ。炎の壁すらも容易く貫いて、その竜の体を大きく抉った。

 

「我が槍は猟神の息吹。仇なす者を討ち滅ぼす…」

 

団長のその声が響くのと全く同時、違う声も響き始める。不協和音として混ざってきたのは醜く歪んだ女の声。

 

「火ヨ、来タレ―我ハ炎ノ皇帝(オウ)

 

ソード・オラトリアで披露された、デミ・スピリットの魔法、そのなかでも長文のもの…私はそう油断してしまった。だが、この個体は一文で詠唱を終えた。

 

「ファイアーストーム」

 

先程よりも凄まじい熱量がこの地下空間すべてをつつみ込んだ。私たちは爆発に耐えきれず全員壁に叩きつけられる。地面、壁、天井、それらから余すことなく炎が噴き出してくる。辛うじて回避して顔を上げればルームの真ん中で歌い狂う女体がいた。魔力の制御に注力しているのか、あの竜が身に纏っていた炎は消えている。

 私は弓を手に取った。爆発が運んできてくれたそれを手に取った。矢筒から矢を抜きつがえた。魔力を弓に込める。埋め込まれた緑の魔導石が徐々に強い風を纏っていく。

 そして、矢から手を離した。

 炎の嵐の中を貫くように突き進んだそれと同じように風を切る音が響いた。より低く響くその音の正体は槍だ。高い風切り音と、低い風切り音、重なったそれらは輪唱となって女体の首筋を貫いた。途端吹き出していた炎たちが鳴りを潜める。耳障りな声も、もはや聞こえない。

 

「っは…なんとか、なった?」

「まだだノクシアちゃん。これからだぞ」

 

一瞬の安堵の隙を団長に窘められる。声を失いはしたがあの身体は人間の理では生きていない。およそ怒りのような感情をこちらに向けながら戦闘続行の意思をこちらに向けてきた。

 再び纏う金炎とその熱に怖気づきながらも私たちは、駆け出していた。

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