ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
第二十八話
森の中、陽光差し込む湖の畔、木々の狭間に並び立つ家々。ここは、どこだろうか。体を起こしてみれば尖った耳と、まあるい耳の人たちがあちこち動き回っている。町だ。エルフと人間の交流が盛んな町。小さな、低い視点できょろきょろあたりを見渡す。背後から、なじんだ声が聞こえる。
「ノクシア――」
「おかあさん...」
そううわごとを言いながら手を伸ばせばそこには木造りの天井があった。柔らかなベッドに身を包まれている「私」が目を覚ます。
「夢かぁ...」
伸ばした腕を目にかぶせて柔らかい故郷の香りを惜しむ。いやいや、それはおかしいでしょ。と、寝ぼけて動いてない頭に疑問が浮かぶ。
あれは、どこだ?
そうじゃん、私はノクシア・フッド。でもそれはこの世界の名前、推定母親がこの名前を呼ぶわけがないのだ。記憶が混濁して変な夢が見えたといえばそれまでだけどその割には世界がやけに明瞭だった。あれは、この体の記憶...?いや、だとして私は私が作り出した妄想のキャラクターのはず。
今回見た夢は、前に見た夢とは真逆。あれが「本来ありえた未来の夢」であったならば、今回のは「本来ありえざる過去の夢」だ。何かの因果性を感じる。何でこんな夢を見るのか、今のわたしにはさっぱりわからない。よくわかんないものをうだうだ考えてもね、といそいそ服を着替えようとクローゼットを開けると、あるはずの物がない。
「わ、私の弓ーーー!」
場面代わって、食堂。およよよと泣く私をリィヤちゃんと団長の二人が宥めてくれる。
「私の、私の初めての弓...」
「盗まれたとしか考えられないよね!」
「うちにそんなことするやつがいるとは考えられないが...」
リィヤちゃんはどこから持ち出したか虫眼鏡を持ちながら鼻をスンスンして名探偵ごっこをしている。団長が信じられないといった様子で周りを見渡すが他の団員も全員誰がやったんだ、といった風で誰も心当たりある様子が見られない。ただ、一人...いや一柱を除いて。
居座りの悪そうに、今すぐにでもこの食堂から逃げ出したいように、なんならお皿を持ってこそこそ動いている主神様が居た。
「...」
「...」
「...」
三人でそれに目を向ける。どう見ても、あれだ。なんならみんなそっちを見ている。
「あ、いやーその...ちょっとノクシアちゃんだけ来てほしいな!」
という主神の叫びでいったんの犯人捜しの幕は降ろされた。
食事を終えて主神室、私と主神の二人だけがその中に居た。
「ケルヌンノス様のことだから何かわけがあるとは思うんですけど、なんでこんなことを...?」
「いや、それがあの弓はちょっとまずい気がしてて...」
「まずい?」
主神様は明らかに言っていいものか、といったふうで言葉尻がずっと濁っている。
「う~んまあいっか!でも、このことは他言無用でお願いね!」
絶対ね!といったふうに唇に指をあててシーッとしてから、話始めた。
「あの弓、いっちゃあなんだけど本物のアルカナムの結晶...神弓っぽいんだよね...」
「えっ!?でも、あれたたき売りされてましたよ」
「都市外で加工されたものがヘファイストスファミリアに押し付けられたんだろうね。
「で、でもアルカナムなんて込められてたら気づけないわけがなくないですか?」
「あの弓の力は封じられているんだ、それもひどく巧妙に、ね。神々でも同胞じゃなければ気づけないほどだ。僕だって誰と誰がからんでいるかまではわからない」
そう言った主神は立ち上がって一枚の紙を引っ張り出してきた。
「という訳で今ゴブニュに頼んでその解析をしてもらってる最中ってわけ。秘匿契約としてギルドの立ち合いもあった正真正銘の
差し出した紙にはケルヌンノス、ゴブニュ、ウラノスの三神のサインと情報拡散を可能な限り最小化することへの協力契約が厳密に書かれていた。
「黙って持ち出したのは悪かったけど、こういう訳だからしばらく我慢しててくれるかな」
「わか、わかりました...」
ひぇ~~~と内心強く混乱している。たまたま手にした武器が神の武器そのものだったってこと!?しかも括りとしてはヘスティアナイフとか、この前の事件のトウテツとかとは別種、むしろアルテミス様の月の弓みたいなものじゃん!
「あの!ケルヌンノス様はなんで気づけたんですか?」
「ラストから君と二人で潜ったときのダンジョンのイレギュラーの話を聞いてさ。まさかねって思って観察したら残滓が見えちゃったんだよね」
ケルヌンノス様は厄ネタを見つけちゃったときの悪寒を思い出したのか若干や顔色が悪化した。
ダンジョンのイレギュラー、つまるところインファントドラゴンの出現や、第十階層の
あの時の私はあれはフェリドゥーンが居たがゆえに起こった異常だと思っていた。でも、よく考えればそんなわけないのは明らかだ。彼がダンジョンに潜るたびに異常が起こっていたら今頃ダンジョンは異常が正常になっているはずなのだ。
あの異常は、私の持つ弓の神威におびえたダンジョンの引き起こした防衛本能だったのだ。
「ゴブニュに武器を作らせるのを急かしてよかったよ...あの弓でシユウファミリア戦に行っていたらどんなことが起こっていたやら。さて、今日もダンジョンだろう?行ってらっしゃい」
「はい!今回のことは絶対に秘密にします!」
あの事件、シユウの騒動から一週間は経っただろうか、団員の皆たちと安全にダンジョンに潜りながら私は日常を謳歌していた。潜る階層はリヴィラの街まで、日帰りの多い普通のダンジョン攻略だ。
鎧や弓を取りに主神室を出た時、ちょうどドアノッカーが鳴らされる。
「はーい」
開けた先にいたのはエトラちゃんだった。
「どうも〜ノクシアさん。ギルド経由でケルヌンノス・ファミリア指名のクエストが出たのでよろしくおねがいしま〜す」
エトラちゃんは眠そうな目で事務的に文言を伝え、依頼の書かれた紙を押し付けて、それじゃと言って帰って行ってしまった。相変わらずのなまぐさだ。
「クエストかぁ、どんなだろう」
先んじて依頼に目を通せば、依頼元はサンタムエルテ・ファミリア、依頼内容は…都市外への遠征の護衛。必要冒険者数は5人…か。なんてことない、普通の都市外遠征、でもおかしいのは報酬の欄。
なんと破格の1000万ヴァリス。何回目をこすり直しても1000万の文字は変わらない。遅れてやってくる驚きに声も出ない。
ダンまち読者の私含めた諸君に一応説明しておくと1000万ヴァリスとは、ディアンケヒト・ファミリア製のエリクサーが20本買えてしまう金額(ソード・オラトリア、漫画版第五話参照)だ。この報酬量はソード・オラトリアで一番最初にロキ・ファミリアがディアンケヒト・ファミリアから受けていた依頼の報酬量(同章参照)にほぼ同一となる。
サンタムエルテ・ファミリアみたいな極小ファミリアの用意できる報酬量じゃなければ、我々ケルヌンノス・ファミリアが受け取るクエストの報酬量でもない。どこかにとんでもない条件が書かれてるんじゃ…。
と、開いた口をそのままにしながら邪推をしているとすでに用意を終えた団長が視界に入る。
「団長!これ見てくださいよ」
「うぉっ!ノクシアか。どうしたっ…てクエスト?依頼主はサンタムエルテ・ファミリアか」
「報酬欄見てくださいよ!」
「なになに…一、十、百、千…万…1000万ヴァリス?ま、待て、数え間違いじゃ…」
団長にも何度も再確認させる。
「1000万ヴァリスぅ!?!?!?!?」
現実を受け止めた団長の絶叫がホームを揺るがした。