ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
私は今目の前に多量に広げられた食事に目を回している。それだけにとどまらずに次々に目の前に置かれていく皿、皿、皿。
「あわ、あわわわ」
私の懸念はどこへやら、歓迎ムードのままにあれよあれよと席に案内され、今や大量の食事を提供されている。
大きな魚の身、果物のサラダ、ドデカイスープ。全体的に素材の味を活かす料理なのだろう。ここまで並べられても匂いが潰れ合うことなく鼻腔をくすぐっている。
「ノクシア食べないの?いただきっ!」
とむかいに座ったリィヤちゃんが
華奢なこの
「あまり無理しないほうがいいですよ」
そう声をかけてくれたのは隣に座るメガネの男性。キレ長の目と清潔感のある黒髪で知能の高さをうかがわせるイケメンだ。
私が手を付けられずに苦戦しているのを見て一皿手伝ってくれた。
「どうにも皆張り切っているようで。新入祝いだ、と」
「えっ!!?!?!」
バン!という音ともにテーブルに手を叩きつける。一瞬浮いた皿がカシャンという音を立てる。
聞いてない。ていうか、私入るなんて言ってない。
明確に決まってたわけじゃないけど、せっかくダンまちの世界に来たんだし、ロキ・ファミリアに入ろうと思ってたのだ。
予想外に驚いて、つい台パンして立ち上がってしまった。
私の疑似ではあるが台パンに、先ほどまでやいのやいのと騒がしかった食堂が一気に静寂に包まれ、視線がすべて私に向いた。
「あ、これは…失礼…」
そう言っておずおずと着席すれば、再びの喧騒が帰ってくる。
そんな中私は一人下を向いて頭を巡らせている。
困った〜!!実に困った!
ここまで世話になっていて、さらにいえばもう入団するつもりでいる人たちを裏切って、今更ロキ・ファミリア行きたいですなんて言える胆力私はしていない。
でもせっかくの転生なのに、こんな、言っちゃえば原作で出てこないような無名ファミリアに所属してられないのも事実なんです!
どうしよう…。
とリィヤちゃんの顔を見ればほっぺにご飯パンパンに詰め込んでいる。彼女は私と目が合えば、にへへ〜と笑う。
笑顔が眩しいよっ!
ぐぁ〜と頭を悩ませていると、私の両肩に大きな、角ばった硬い手が置かれた。
「みんな、彼女はどうにも満腹のようだ。寝室に案内するから、僕と彼女は先に失礼するよ」
上を見れば、先ほどまでお誕生日席のような場所に座っていた主神様、ケルヌンノス様が私の肩に手を置いて団員の人たちに話しかけていた。
目が合えば、じゃあ行こうか、とにこやかに笑みを湛え私の椅子を引いてくれる。
リィヤちゃんを見れば、また明日ね!とブンブン手を振ってくれている。
さらに団員の人たちからも、腹いっぱいになったか、とかゆっくり休めよ、とかわたくしのことも頼ってくださって構いませんわよ!むしろ頼ってください!とかの温かい言葉がかけられる。
その言葉が、私の心にうしろめたさを募らせていく。
ケルヌンノス様に連れられて喧騒を背中に受けながら廊下へと出る。
「あ、あのっ、!」
「うん、うん。言わなくても分かるさ。僕だって神だからね。ロキのところがいいんだろう」
廊下に出たケルヌンノス様の背中に向けて話しかければ、かの男神は全てを見抜いた答えを返してくれる。
「今この時間だ。黄昏の館に団員、それにロキも含めて皆いるだろうね」
ケルヌンノス様は窓越しに空を見やると、そうつぶやく。
そしてこちらに向き直り、彼の口はこう言祝いだ。
「いってらっしゃい」
その言葉に含まれた真意は、当たって砕けて来い、なのだろう。
私のロキ・ファミリアに入りたいという欲求を見透かして、そのうえでロキ・ファミリアに何の実績もないただの新人が入団することの難易度という現実を見据えて、やるだけやってみなさいという叱咤激励だと受け取った。
次の瞬間、私は玄関を飛び出していた。
門を越え、メインストリートを駆け、人混みをかき分けた。道には迷わない。なんせ、愛読書の都市だもの。
息も絶え絶え。ほとんど歩くのと変わらぬ速度で走り切った先に見えたのは、幾多もの高層の塔。
黄昏の名にふさわしくピンクの夕焼けに照らされた、巨大な館だ。
「ほ、ほんものだ…」
ロキ・ファミリア本拠地、黄昏の館それそのものである。
自然と緩む顔、あふれるよだれをなんとか袖で拭いながら一歩、また一歩と門に向けて歩みを進めると視界を壁が覆った。
壁ではない。
門番だ。
「何の用だ」
「へっ!?あっ!?」
黄昏の館を目の当たりにした感動でなんにも考えられなくなっていたが、このファミリアには門番がいた。
想定外だったためその門番の問いかけに対して素っ頓狂な返事しかできない。
「あっ、あっあのー…入団…ってできますかね」
「招待状、それか事前の連絡は?」
「ない…んですけど…」
「なら無理だ。お引き取り願おう」
文字通りの門前払いを食らってしまう。それまでのつんのめるような勢いが崩され、あうあうと言葉を漏らして慌てるだけしかできない。
じりじりと門から遠ざけられるのをなんとか踏ん張ろうとするが、男性で格上の冒険者の力に勝てるはずもない。
私の妄想の中のノクシアはもともとロキ・ファミリアにいる団員っていう設定だったからどうやったら入団できるかの算段がない。
「せめて、せめて面会だけでもー!」
「無理なものは無理だ。日を改めてくれ」
どんどん遠ざかっていく黄昏の館に手を伸ばしながらわめく。
「なんやなんや、騒がしいなぁ」
ギイッという門の開く音とともに声がする。耳によくなじむ、聞き覚えのあるエセ関西弁。
視界一面を覆っていた人の壁が退いて、その神物が眼前に現れる。オレンジの髪、細い糸目、ぺっったんこの胸。
「ロキだ....」
目の前に現れたそれに、一切の加工を挟まない見た通りの感想があふれ出る。
「おうおう、初対面でウチにため口とはずいぶんなご身分やないかい。えぇ?」
それになーんか失礼なこと考えてるやろ、と彼女はズカズカと距離を詰め、気が付けば私の目と鼻の先、こちらを覗き込む、もといガンをつけている。
彼女の細く開かれた朱色の瞳と目が合う。
すっげ~美人。
さすが
すごまれてビビるはずの場面で、うっかり伸びまくりそうな鼻の下を頑張って抑える。ほひひと漏れ出そうな笑みをこらえながら、真顔で、可能な限り真顔で相対する。
数瞬流れる沈黙。はたから見れば美少女とロキのにらみ合い、見方によってはロキに恫喝される美少女だろう。
「ほぉ~ん。ええ目をしとるやないか!なぁ、どや、ちょっとそこでお茶でも....」
しばしのにらめっこの後、神ロキは私の両肩をガっと掴み鼻息を荒くしての
ロキからすれば垂涎の美少女、儚めエルフ好きの彼女にはよく刺さるビジュアルの私は、女神様のお眼鏡にかなったらしい。
彼女からすればいつもの調子の美少女へのナンパ。だが私からしても垂涎のチャンスだ!
このままいい感じに入団を決めることができれば私の狙い通り、妄想通りのダンまちライフが....!
だが、私の目論見は目の前のロキが地面に沈んだことで潰えてしまった。
地面に倒れてゆくロキに視線が誘導され、オレンジ色の後頭部....ちょっと朱がにじんでいる気がする....を凝視した後に、ロキの後頭部に打撃を加えた存在、私の目の前に立つ存在に視界が移る。
緑の髪、リヴェリア様だぁーーーーー!!!!!
認識よりも早くふぉうふぉうと脳内小躍りを始める。なんなら体も踊っているような気すらする。BGM:ホドモエシティだ。
半ばフリーズ、半ば興奮の中に居る私を置いて、目の前のその人物は話し始める。
「まったく、こんな夕方に一人でどこに行くと思ったら....」
と石畳に臥せっているソレを見下ろしながら、リヴェリア様は「はぁ」といった風に頭に手を当てる。
「そして....その耳、同族....いや違うなハーフか。我々の神にも節操を身に着けてほしいものだ」
「ところで体を触られたようだが大丈夫か。とにもかくにもロキに変わって謝罪しよう」
妄想の世界、というか半分くらいあの世にボーっと招かれそうで、まともに話が入ってこない私。
その目の前でリヴェリア様は神ロキを担いで一礼をして、そして踵を返して門に入って行ってしまった。
「ハッ!!!!ま、待ってください」
「む....やはり何かされたか」
「い、いえそういうわけでは....!私、ロキファミリアに入りたいんです!」
この機会を逃すまいと勢いで魂を肉体に戻し、そして勢いのまま盛大に口走ってしまった。
冷や汗だらだら、汗びっしょり。血の気の引く感覚から視界がぐるぐる回っている。
普通に舐めてるとしか思われないでしょ。ダンジョンがどんなものかも知らない子供が、ロキ・ファミリア入りたいとか。
でもよぉ!やってみなきゃわかんないよなぁ!一人だけどよぉ、ビッとやってっからよぉ、喧嘩ならいつでもやってやるよぉ!
肝心のリヴェリア様はというと、ふむ....といった様子で私のつま先から頭の先まで眺める。
「ロキのお気に入りのようだし、私としても光る物は感じる。しかし....」
「我々は
少しの逡巡を挟んで、リヴェリア様はそう言ってくださった。なんの変哲もない、ただ通りすがっただけの私に。
可能性はあると、入れてあげたい気持ちもあると、しかし非冒険者をロキ・ファミリアに入団させる理由がないからしぶしぶ断るのだ、と。
普通ならば、例えばベート・ローガならば、「雑魚は失せろ」と一蹴するだろう。けれど、彼女は偉大な優しさでもって、厳しく突っぱねてくれたのだ。
感涙に咽びそうになる。
「断るかわり、と言ってはなんだが」
と彼女は懐から私の手のひらになにかを包ませた。なにかの石だろう、を。
「またいつか力をつけて門を叩いてくれ。その時には、我々も迎え入れよう」
優しく私の手を握る彼女に、その柔らかな表情に嗚咽を抑えてコクコクと頷くと、彼女は今度こそ踵を返してしまった。
遠ざかる緑の背中。締まりゆく門扉。
私はその慈悲に向けて、深く頭を下げざるには居られなかった。
ちなみに作者はベル・クラネルと大森藤ノの夢男です
エルフ同士って手を触っても大丈夫なんでしたっけ?