ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
食堂は昼時以上の賑わいを見せている。長机のほとんど全ての椅子に人が座っている。私は、昼の時と同じ入り口から近い席に座りソワソワとしながら周りを見ていた。部屋の燭台の全てに火が灯り、部屋は優しい明るさに染められている。窓の外には少し星が見え始めた夕暮れと夜の混ざった空が広がっている。時刻は大体18時頃だろうか。相も変わらずキッチンにはラステノールさんが出入りしている。だが、流石に晩御飯をワンオペはキツいようで二、三人くらい手伝っている音が聞こえる。なんというか、ただ待っているだけはどうにも居た堪れないので手伝うために席を立つ。喧騒を傍目に見ながらカーテンを潜ると、中で忙しそうに動いている3人が見えた。その全員が見たことある、というか名前を知っている3人だった。ラステノールさんを筆頭に、リィヤ、ケルヌンノスの2人と1柱。こちらがカーテンをめくった気配を感じたのかケルヌンノスが振り返る。
「お、ノクシアちゃん。お腹減った?もうちょっと待っててね〜。」
と料理を皿に盛りながら言う。振り返って分かったが、ケルヌンノスは割烹着を着ている。ほか2人はエプロンなのに。めちゃくちゃツッコミたいが今はそれどころではない。
「あの、私も手伝います!」
気分はさながら千となんちゃらの神隠し。仕事させてくださいってこんな気持ちなのね。
「じゃあ給仕お願いしよっかな。このお皿とか持ってってね。」
「わかりました!」
大量に並んだ料理の載った皿を両手に持ってひた走る。速度はラステノールと比べると圧倒的に遅いけどそれでも確実に配給はなされている。6往復くらいした頃、置いてあった皿は全て配り終えられた。
エプロンなんかを片付け終わった3人と共にキッチンから出てきて各々の席に着く。通称お誕生日席に座っているケルヌンノスが立ち上がる。
「さあ諸君。今日の夕餉はメレンでの交渉の祝勝会と新入りの歓迎会を兼ねて少し豪勢にしてみた!存分に楽しんでくれたまえ!」
そしてお酒の入ったグラスを掲げて。
「乾杯!」
その宣言を皮切りに宴が始まった。
テーブルの上には骨のついた大きな肉の煮込みにアクアパッツァのような料理、大量に盛られたパンとかの漫画でしか見たことないような光景が広がっている。大皿に盛られた料理を取り分ける方式なのだが、多すぎて何から食べたらいいか迷ってしまう。取り皿を片手にトングをカチカチしながら眺めていると、みるみるうちに料理が減っていっている。ハッとして周りを見ると、団員のことごとくが死に物狂いで食べている。迷宮帰りでお腹が減っているのだろうか、その速度は凄まじく早回しを見ている気分になる。恐ろしや冒険者の胃袋。私も負けてられないと隙を突いて自分の取り皿に少しずつ載せていく。
宴が始まってからおよそ一時間、大量にあったはずの料理が全て綺麗さっぱり消えていた。冒険者たちは椅子に座ってお腹を膨らませており、うち何人かは寝ている。当の自分も、前世ではテレビの向こう側でしか見たことないくらい胃袋が膨らんでいる。恐ろしや冒険者の胃袋。
先程の料理人衆は片付けを始めている。手伝おうとしたが、今度は大丈夫と言われた。他の団員たちは片付けが始まると部屋に戻って行ったので、今の食堂は先程の喧騒はすっかり姿を消し、がらんとしている。手持ち無沙汰になり、食堂の椅子に座って食休みをしていると、食器洗いを終えたのか、団長が手を拭きながらキッチンから出てくる。
「あ、ラステノールさん。ごちそうさまでした。」
「どう?美味しかった?」
「はい。とっても。」
「そりゃあ作った甲斐があるってもんだな。さて、そろそろ行こうか。」
今は南部のメインストリートを2人ならんで歩いている。向かう先はバベルのある方だ。夜風が宴で火照った体に心地いい。道には、今から帰りと思しき冒険者たちが歩いている以外にほぼ人通りはない。
「悪いね、いきなり連れ出しちゃって。」
「いえ、私もオラリオのこともっと知りたいので。」
「なら良かった。」
「あの、これからどこ行くんですか?」
「それはついてからのお楽しみってやつ?まあそっちの方が面白いかなぁみたいな。」
と、団長がはにかむ。こんなイケメンがいたなんて聞いてないぞ私は。気を取り直して聞きたかったことを聞いてみる。
「あ、それとアイズ・ヴァレンシュタインって言う人って知ってますか?」
「あ〜例の子供か。ついこの間レベル4になったやつだな。それで、そいつがどうした?」
「あ、いえ。なんか噂に聞いたので。」
「いやあすごいよな。レベル3になってから一年足らずでレベル4だとよ。俺もまだまだ負けてらんないな。」
「そういえば、ラステノールさんは今レベル3なんですよね。」
「おうよ。まあもうちょいでレベル4って所だな。」
「何年くらい冒険者やってるんですか?」
「かれこれ7年近くなるのかな。結構ダンジョンに潜ってはいるんだが、スキルのせいで伸びないんだよなぁ。」
「それってどんなスキルなんですか?」
「まあ…と、着いたぜ。」
立ち止まり、前を見る。昼間の帰り道、ちょっと見ただけで終わった白亜の巨塔。そこにはバベルが鎮座していた。読者という観点から言えば何十回見たかわからないが、目の前に来るとおっきくて萎縮してしまう。それはそれとして、ここに来たのってなんでだろうか。
「よし、いくぞ!」
「え、いや。行くぞってまさか…。」
手を引かれて、ランプに照らされたバベルの中に入っていく。
中は外の暗闇とは違って明るく、未だ人の往来がある。そして団長は手を引いて、迷宮の蓋へ向かう…と思っていたら階段を登り始めた。細い回廊のような見た目の通路には高そうな武具が置かれている。そして更にもう一階上がったところで立ち止まった。
「よし、ここだ!」
目の前には、作品内でベルが兎吉と出会った例の武器屋があった。
「え、ここって…。」
「ああ、君の武器を見繕おうかなと思ってな。さあ、好きに見てきな。俺もなんか見てくるからさ。」
そして、一方的に取り残されて解散となった。とりあえず中に入る。
中には夜遅い時間だからか、店員以外にいない。少し進むと、ゴチャゴチャと雑に置かれている防具や武器が自分を覆った。
試しに適当に近くにあった革鎧を手に取ってみる。ざらりとしたなめし皮の感触がリアルにあった。心の中に溢れていくこれから本当に冒険をするという実感がワクワクを加速させていく。
そのワクワクに突き動かされるままに店の奥へと進んでいると、ふと壁に立てかけられている弓が視界に入った。
私の背丈と同じくらいの大きな白い弓。純白の金属光沢と鈍色の二つが美しいバランスで混ぜ合わされている。それに惹かれるように近づき、手に取る。大きいのに、重さはほぼ感じず非常に手に馴染む。近くで見れば見るほどより美しく煌めいた。うっとりしながら眺めていると、後ろから声をかけられる。
「ほぉ、弓か。」
「なんか、発展アビリティに弓の補助みたいなのが出てて…。」
「え、そうなの?いやあ珍しいな。弓使ってたりした?」
「いえ、特には。」
「本当に不思議だなぁ。んで、それにする?」
「はい。これが、多分一番いいと思うので。」
団長は私の目をじっと見つめる。
「そっか。決まってるみたいだね。よし、会計しちゃおっか。」
「私、お金持ってないです。」
「ああ、新入り祝いみたいな感じだから気にしないで。」
「そんな、申し訳ないです!」
「いーのいーの。」
そう言いながら団長は勝手に弓を会計に持っていってしまう。
その後、店の外で弓と剣を手渡される。
「あの、この剣って…。」
「ああそれ?俺のプレゼント。」
「え?!こんなにいいんですか?」
「もちろんさ。」
そして、団長は改めて私に向き合い、目を合わせる。
「よし、行くか。」
「え?どこに?」
「試し撃ち。つまりダンジョンさ!」
「へ?」
そして団長はまた私の手を引き始める。
「えええええええええ!?」
こうして、こんな軽いノリでダンジョンデビューを迎えたのだった。