怒鳴り込んできた珍客はシオンの幼馴染みである紫藤イリナと、相棒のゼノヴィアだった。
実は教会関連にまでシオンのお見合い話が流れていた為に誤解したイリナは憤慨して怒鳴り込んで来たのだ。
この段階で一番頭が回るレイヴェルからの提案で、部室内で落ち着いて話す為と言うより、外に騒ぎを広めない為に、来客用の机を挟みシオンとリアス、イリナとゼノヴィアが向き合って、落ち着いて場が整えられた。
周りはシオンなら、何やら意図も何もまだ把握出来ず興奮気味なイリナの罵詈雑言を自分なりにゆるりゆるゆると回避すると思ってはいたが?
「全く!何だってお前は昔から先入観で大騒ぎしたがるんだ!?」
「シオン君がはっきり否定しないからよ!」
「否定してもお前が納得しない限りは平行線だろ!?お前のレベルで収まる範囲内ばかりが当たり前になったら、この世の終わりだぞ!」
「終わりは何かの始まりよ!」
「何で無駄なポジティブさと頭の回転力を思慮深さに振り分けられんのだ戯け!!」
部室内の皆は目を丸くしていた。
幼馴染みであるとは聞いたが、こうも明け透けなシオンは初めてであった。
その光景に思うところがあった面子内の一名であるリアスは、間に入って真面目な話をしようと提案した。だが、リアスを見るイリナの眼はこれまでとは違った色があった。
とにかく、シオンとイリナの毒舌合戦後に本題を聞き出したのだが。オカルト研究部の部室は重々しい空気が流れていた。
『聖剣が盗まれた』
過去の大戦で折れたものを、七本に分けて再構築されている。その内の三本がこの辺りに持ち込まれた情報があり、二人が派遣された迄はわかるが?
『下手人と疑われているのは堕天使幹部のコカビエルが特濃?』
聖剣の破壊を視野に入れての任務を言い渡されてこの地に赴いた割には人選がおかしい、悪魔側からすれば、相手はいきなり現れたら、冥界にいる現魔王達に救援を求めるしかない強者である。
しかし?例えば、迂闊に教会側のトップ級を送り、それをキッカケに大戦争が始まるのは避けたいとも取れる。
意図は不明で、この二人の立ち位置なら不干渉を持ち掛けるハズだが?
「この地の管轄者なグレモリー眷属には聖剣や堕天使の関係者・・・・何より、お前と顔見知りで勢力間の均衡を保つ為の慈善事業みたいな事をしている俺がいるから、協力を申し込めと言う指示が来た・・・・か、の割には俺に各勢力から見合いやら婚約云々の話が来てる真相について聞き出す方を優先にしてるノリだったな」
シオンの簡単なまとめと感想に木場と朱乃の目が鋭くなるが?
「か、神様の御慈悲に縋る前に性根を叩き治してあげようとしただけよ!・・・・まあ、一方的な話が何十も来てただけってのは納得してあげたけどね?」
「そうか・・・・」
やはり、イリナは自分なりの道を行くスタイルであった。
全員が事態の重さは理解していたが・・・・懸念はシオン絡みである。まとめると勢力間の均衡を保つ為の慈善事業と唄われるに足る行動をシオンがしていたのは事実だ。現にアーシアはそれに救われている。だが、それだけで悪く言えば融通が効かない教会が他勢力に協力を要請させるであろうか?
「だが、今の俺は悪魔に転生してグレモリー眷属の兵士になった身だ。お前の質問にも要望にも個人で答える事は出来ないな、まさか幼馴染み絡みでなんて甘い言い分が通用すると思ってはいないだろ?」
「・・・・っ」
イリナの目は図星を突かれたと言うものだ。部室にいる者達はわかっている。シオンはどこか人の良い所があり、有事には無条件に協力してくれる予感があった。付き合いが短い自分達がそうならば、幼馴染みの少女には尚更と思っていた。
「と言うより、最初から此方が協力するとは思ってはいなかったろ?」
シオンは核心を突いた言葉をゼノヴィアの方に向けた。そう、彼女は単に相方の気分を優先させたに過ぎない。
「察しが良いな、私達に其方と協力を持ち掛ける話には真剣味が無かった。恐らく、君の存在を考慮しての事だろうな、他が協調的な態度なのに自分達は排他的では見栄えが悪い、とにかく私達の任務に不干渉をお願いしたい」
無難な事だ。
面倒でも世間体は大事である。それに関しても人選ミスのようだが、本当に教会の目的は何なのだろうと考えを及ばせる面々だが、その答えは不意に出された。
「わかったわ、貴女達の聖剣関連の任務には干渉はしない・・」
「感謝します。では行くぞイリナ・・イ、イリナ?」
ゼノヴィアは相棒の異変に気付いた。イリナはいつの間にか戦場で敵に詰問するような空気を纏っていたのだ。そして、イリナから事態を加速させる言葉が発せられた。
「リアス・グレモリー・・?私個人からの質問なのですが・・・・・・貴女は・・・・貴女、は・・・・っ!貴女!?シオンくんに何をしたのっ!?」
それは、グレモリー眷属の抱える爆弾と言える事。
だが、こうも真っ向からハッキリとリアスに問い質した者はいなかった。
(っ、これが狙いですか)
貴族間の裏のやり取りを学んだ経験が高いレイヴェルは、これこそが教会がイリナを差し向けた理由であったと見抜いた。リアスも知識と経験はあるが、数年前からは個人的な事に集中していて疎かになりがちであり、対応出来ないと踏まれたようだとまで察した。
意図はどうあれ、直球な質問に部室内には緊張が走った。
だが?
「眷属になってもらった。それ以外に言う事は無いわ」
リアスは、さも当然と言った返答をしたが、それだけでイリナは納得しない。
「なってもらった?『どうやって』!?」
『どうやって』
それこそが、リアスとシオンを除く全員が抱いている疑念だ。尤も、シオンは状況を全て理解しているわけではないが・・・・特に場に居合わせた者達からしたら二名が自分達から離れて、駆け付けた時にはシオンは悪魔に転生していた。その間に何があったか?
シオンに泣き縋り、ひたすら謝罪していたリアスの構図から推測出来るのはイリナが問い質したようにリアスがシオンに何をしたのかと質すべき方向になる。
「守秘義務です。他は勿論、シオンも承知しています」
「シオン君が?・・・・つまり、悪意は無い。あったとしても反省はしてると認めてもらっていると言う事?」
「・・・・」
イリナの解析は的を射ていた。当のシオンが気にはしていない雰囲気だけで理解した。
幼馴染みであり、誰かが害を振り撒いた際のシオンの在り方を完全に把握してはいる。それがリアスの心に突き刺さっていた。
「や、やめて下さい!」
一見は毅然としているリアスが内心で、いたたまれなさを膨らましている事を悟ってしまえるようになったアーシアが堪らず流れに待ったを掛けた。
「何よ?貴・・・・女・・・・っ!貴女、アーシア・アルジェントね!話は聞いているわよ!」
「私も聞いているぞ、例の悪魔に騙された結果、魔女の烙印を押されて教会を追われた元聖女・・・・それだけなら、騙されてしまったとして同情の余地はあるが、今度は行き場を失くしてた君の受け入れを認めた先に向かう途中で、秘匿しなければならない力を人目につく場で使うご法度を犯した愚か者!その場に居合わせたのがシオン・アネガザキでなく私のような者ならば、悪意とは無縁な分始末に悪い咎人として斬られてもやむ無しな女とな!」
イリナとゼノヴィアはアーシアの古傷を疼かせる物言いをするが、アーシアはそれくらいで引かなかった。二名から言い放たれたのはシオンやシトリー眷属に厳しく言い聞かせられとほぼ同じだから以上に、今のアーシアにはそれより優先するべき事がある。
「わ、私の事はどう言われても良いです!リアスお姉様の事は責めないで下さい!」
「随分と肩入れしてるようね?何故かリアス・グレモリーに引き取られたって聞いたけど・・・・貴女?それから何を見て来たかは知らないけど、また自分が致命的な事をわかってないかって考えた事はある?例えば、貴女を騙した悪魔みたいに?リアス・グレモリーがこの場にいる皆に知られたら成敗されて当然な事をシオン君にしてたりとか?」
最初以上にイリナの直球な言い分に更に空気が張り詰めた。そして、リアスは平静を保っていてもそれが決壊寸前だった・・・・何故ならばイリナの推測と言い分は全て正しいのだから。
「それでも!リアスお姉様はシオンさんに何をしていたとしても、少なくとも悔い改めています!真相は知りませんけど!それだけは本当です!」
そう、アーシアにはわかる。
あの夜、リアスが悪夢にうなされている場を目撃したアーシア・・・・その日から、お互いに今言える事の全てを打ち明けてから一緒に寝るようになった。毎晩毎晩・・・・と、自分達が知らない事を悪夢に見て、その悪夢の中でひたすら泣きじゃくってシオンに謝罪しながら自分に縋りつくリアスを妹や娘にしてやるようにあやし、時には思わず起こしてしまいながら、気付いたら朝を迎えているアーシアには。
「そう・・・・わかったわ」
「イリナ?」
ゼノヴィアは意表を突かれたようだ。アーシアの言い分は真摯だが、あくまで感情論だ。信じるには甘過ぎる。
「まあ、納得したワケじゃないけど?思うところがあったわ・・・・あくまで、私個人からの質問だったし、お騒がせしたわ・・・・シオン君?その子をよろしく」
「?・・わかった・・」
イリナは思い出していた。幼い頃に自分がどんなに周りに迷惑を掛けても、最後には自分を庇ってくれてはいたシオン・・・・あの時のシオンの姿が、アーシアと被っていたのだ。だからこそアーシアへの偏見は捨てた。
そして、疑惑は確信に変わった。
悪意は無いにしても、リアス・グレモリーは絶対にシオンを変えてしまう事をした。
何故ならば、あの場でシオンが真っ先に自分を止めなかった事が有り得なかった。両者に何があるのかはまだわからないが、それは確実にシオンを蝕む何かだと。
「じゃあね、シオン君・・・・シ、シオン君?」
イリナは退室しようとしたが、シオンの緊張感が増した顔を見て立ち止まってしまった。この顔は知っている。彼が何か重大な事を感知した時の顔だ。室内にいる者達もそれを察した。
「誰か来るぞ?悪意は・・・・感じない、感じないが・・・・何か」
的を得ないと言うより絞れない言い分、皆が困惑した時である。
「失礼します」
部室に入って来たのは、スーツ姿の美女。先日にリアスを訪ねたビナー・レスザンである。
「グ、グレイフィア・ルキフグス様?貴女が何故此処に?」
目を丸くするレイヴェルに対して驚かせてしまったと、非礼を込めてビナーは説明をする。
「ああ、フェニックス家のレイヴェル様と、其方が確かイザベラ様ですか?私はビナー・レスザン、グレイフィア姉様の双子の妹です。訳ありで姉様とは別の姓を名乗っています」
「訳あり?」
「えぇ、詳しくは後にしましょう・・・・本日は来客を連れて参りましたので、それでは・・・・」
「ご案内、感謝します」
「っ!?」
ビナーの前振りを聞いて、現れた男にリアスは驚愕した。
野性的に整った顔立ち、服の上からでもわかる鍛え抜かれた体躯・・・・この男こそがリアスが冥界から逃げ出してしまう程に劣等感を煽られた若手悪魔最強の男にして、リアスの従兄弟であった。
「久しいな、リアス・・・・」
「サイ、ラ・・オーグっ!」
過去とは簡単に清算が付くわけではないのだ。
内容が内容だけにな。