部室内には緊張が走っていた。
『サイラオーグ・バアル』
朱乃から聞かされたアーシアを除き、この場でその名を近年知らない者はいなかった。冥界の名門の一つであるバアル家に生まれた時から彼の苦難は始まっていた。
バアル家に代々伝わる滅びの力を持たずに生まれ、そのせいで産んだ母もろともに捨てられ、捨てられた先でも聞くに耐えない仕打ちを受けていたが、ある日からどんな仕打ちにも正面から立ち向かい続けた彼は身一つを鍛えて戦う事を始めた。周囲が無駄な事だ嘲る中で何度敗北してもその度に一から鍛え直し、中級悪魔相手にすら魔力無しの素手の格闘のみで戦えるようになり、いつしか神器や各家系が受け継ぐ力すら馬鹿らしく思える程の身体能力と闘気を身に付け、後に生まれた腹違いの弟と党首の座を賭けた果たし合いを行い、歯牙にも掛けずに下してバアル家党首の座を文字通り自力で得た。
更に、彼の生まれの境遇を感じさせない豪放磊落でありながら野性的に紳士であり、どこかお茶目さを見せる人格は多くの悪魔から慕われ、冥界において、賛否あれど若手世代期待の一角どころか最強の実力者とまでされた。
反面、彼に完敗した弟同様に特に影を落としたのが他でもない、従兄弟であるリアスだった。
母がバアルの家系であり、自身が滅びの力を受け継いでいるが、最強の魔王サーゼクスの妹として凡庸の烙印を押されていたリアスの評価は、サイラオーグに比されて更に厳しいものとなった。
そして、リアスはいつしか人間界の管轄予定地に家出同然に逃げ出したのだ。
そう、リアスは逃げた。
グレイフィアと言う魔王級の義姉を持つのも含めて女性である等は関係無く、リアスには従兄弟のように自分の境遇と正面から向き合う気骨すら無かったのだと知れ渡ったのだ。
そのサイラオーグとリアスは机を挟んで向き合っていた。リアスは平静を装ってはいるが、周囲は先に来訪していた者達すらリアスの心中を察して余りある心境であった。特に眷属達からすればシオンとの一件で不安要素は増やしたものの、見方によっては前向きになってもいるリアスがこのまま良い方向に行く事を望んでいるのだ。
「粗茶ですが・・・・」
「む、おかまいなく・・・・」
朱乃が淹れてくれた紅茶を一口飲み、サイラオーグは本題に入った。
「今日訪ねたのは他でもない・・・・フェニックス家の方々と同じだ。俺の眷属にも女性悪魔がいるが、その者達にもシオン・アネガザキとの見合いについての話が来てな」
「あ、貴方の眷属のところにも?」
「うむ、バアル家の?父を始めとした上層部にも何か動きがある。何代か前の赤龍帝はかなり冥界の記憶に残っているらしくてな」
改めて驚愕させられた。シオンは勿論、赤龍帝の存在の大きさにだ。
だが?
「俺も噂には聞いていた。その赤龍帝は女性絡みには逸話が多い、記録によるとだ?女性の胸を使った何かで敵対した死神の大軍は愚か、戦闘フィールドをぺんぺん草すら生えないような有り様にする程の威力で殲滅してしまう兵器に変貌するような恐るべき男だったとまで記述されていた」
一気に空気が変わった。本当に何者だったのだ?と聞きたいが、シオンに聞くのは酷だろうとした。当人は、そんな事を真顔で言ってのける来客に複雑そうにしている。
「だが、俺は周りの思惑より当人達の意志が第一だと思っている。眷属の女性達とシオン・アネガザキがお互い会ってみたいと思ってはいない内は関与する気は無い・・・・正直、俺は政治的な事には疎いからな、下手に動いて逆効果になるのを怖がっているだけかもしれんが、それが一番正しいと思っている」
余りにも正直な言い分だ。
着飾らない態度に部室内にいる皆はサイラオーグに好感を抱いた。
リアスは、シオンやアーシアに会う前ならどう反応してしまうかと頭によぎったが、最早言うまいと思った。そう・・・・今の自分には眷属達に加えてシオンとアーシアがいるだけで充分、この男をひがむような事は無い。
「今日来たのは、それを伝える事と・・・・本題は・・・・」
そして、サイラオーグは立ち上がりシオンに向き合った。
「シオン・アネガザキ・・・・お前の噂は前々から聞いていてな?是非、一度・・・・」
サイラオーグは、ビナーに忠告された事を思い出した。
『シオン君に不用意に手合わせを申し込んだりしない事、それが会わせる条件です』
「ああ、一度会ってみたいと思っていてな?見合いや婚約云々は複雑だろうが?冥界では、お前と善意でよしみを結びたいと考えている者も多いのでな?ただそれだけを知って欲しかったのだ」
それは真実であり、サイラオーグの手合わせ関連を除いての本心だった。清廉とすら言える態度に他は何も干渉しようとはしなかった。リアスですらだ・・・・そしてサイラオーグはシオンに近付いた。握手の一つでも求めるような自然さである・・・・だが。
「・・っ!?」
そして、サイラオーグは理解した。
シオンの状態を・・・・彼は修行の中で得ていたのだ。今のシオンがどのようになってるか感じられるものを。
「!?」
事態を察したリアスは目を見開いた。
完全に油断してしまったのだ。シオンを不用意に一定のレベルの実力者に近付けてはいけなかった。だが遅い。
「・・・・っ!(・・・・どうなっている!?)
サイラオーグには目の前の少年から『生気』が感じられなかった。別に気配を消している風でもないと理解した瞬間である。
「シ、シオ・・・・」
リアスがシオンに呼び掛けようとした瞬間、シオンから僅かにだが何かに抗うような気が発せられたのを見落とすようなサイラオーグではなかった。今のシオンは・・・・とした時。
「っ!?」
サイラオーグはリアスを見据えた。その瞬間のリアスの青ざめ、目を見開いた表情で確信出来た。
「リアス!お前・・っ!」
部室内に集まった者達は、シオンとビナーを除いて完全に身体の自由を失っていた。
野性的であるが、紳士であった男から発せられたのは紛れもない『怒気』であった。その余波だけで木場に朱乃に小猫、場馴れしているハズのイザベラにゼノヴィア、イリナですら身体を震わせて、レイヴェルにアーシアは腰を抜かしてしまう有り様となった。
今のサイラオーグは、正に牙を剥いた黄金の獅子そのものであった。その獅子がリアスと言う愚者に露にした怒りを本格的に向けた時。
「・・・・」
「っ、シオン・・アネガザキ・・・・」
サイラオーグは見た。自分とリアスの間に入ったシオンの眼を・・・・まるで底無しの澄んだ湖だ。だが、その湖を僅かに揺るがすものは?
「大丈夫だ。安心しろ・・・・」
サイラオーグからは怒気が完全に消えた。告げるべき事を告げなければとして、去る事にした。
「リアス、今回は失礼する。お前にもわかっただろ?咄嗟に庇ってくれた男が、どうなっているのかを・・・・お前が何をするべきか?」
「わかっているわ、だから私は・・・・」
「言うな・・『今は』な・・」
そして、獅子王は去った。残された者達は事の真相をリアスに問い質す事は出来なかった。
ただビナーは、思った。
『想像通り』・・・・と。
リアスの外壁が限りなく削がれた。ドレスブレイクとどっちがましだろ?な回。