姫島朱乃は漸く立ち上がれる程度になった身体を必死に動かして自分が暮らしていた家に入ったが、突然空間が歪んだのを認識していた。正確には朱乃が這い進んでいる間に何度も起きていた事であるが、這い進むのが精一杯だった朱乃は気付けなかったのだ。そして、またしても空間が歪み、場目は変わる。母に聞かされたあの男との出会いの場を具現化したような光景が広がり、丁度自分とその光景の間にこの状況に招いた後輩が立っていた。
「来たんですか?」
「えぇ・・・・前言撤回を求めるわ!わたくしが塵や埃ですって!?撤回なさい!」
「事実です」
「・・・・っ!」
「だから、この状況が証拠でしょう?何やら話が進んでますが、此方には目もくれない・・堕天使特有の力を放ち続けた時からそうだった」
「黙りなさい!」
冷淡に告げるシオンに朱乃は尚も喰い下がる。
「わたくしは塵や埃なんかじゃない!母様と、あの男にとって私・・・・は」
『わたくしは?』
何だと言うのか?
(・・・・駄目、それを認めてしまったら・・・・わたくしは・・・・)
「何を言いたいのかはともかく、バラキエルさんが元に戻ってからにしたらどうですか?先は長いんですから」
「も、戻せると言うの?」
朱乃はシオンの言葉に食い付いた。まだ向き合えない朱乃は何かしらそうしなければもたないのだ。
「難題がありますが」
「難題?」
シオンは緊迫感を増した表情となる。朱乃も他のグレモリー眷属もアーシアすら、この顔は知っている・・・・何度か共闘した際に、敵として攻めて来た相手を躊躇なく抹殺した時にしていた表情だ。
「バラキエルさんの意識を此方に向けなければならないんですが、この世界の核となっているのはバラキエルさんの一番大事な思い出でトラウマにもなっている部分、それを下手に刺激したら?バラキエルさんと戦う事にもなりかねません、それを含めて説得出来るかが勝負ですが、それまでの過程でバラキエルさんの精神は破壊される可能性が高いし、此方も自我の力に押し流されて二度と元に戻れなくなるかもしれません」
朱乃は生唾をゴクッと飲み込んだ。事態の深刻さは理解したのだ。と同時に抱いた疑問がある。
「待ちなさい、そんな状況に自分も飛び込んでどう言うつもりなの?」
朱乃は、シオンにしてみればそこまでしてバラキエルを救おうとする理由はあるのか?と疑問に思った。
極端な話で原理はわからないがあの時点で内部に入り込むよりも、例えば暴走したリアスにやろうとしたように凍結させて、事態が落ち着いた後に冥界にいるサーゼクスとグレイフィアのように知っている者達の元に送れば良いのではないか?と、実際にバラキエルがこうなった原因である名も無き堕天使陣営の横流し品について暴走し元に戻せた実績があるのだ。
「簡単です。時間を多少置くだけで危険なんですよ、積もり積もったものが内部で膨れ上がるとそれだけで暴走します。俺も契約者から聞いたのですが?サーゼクス様もそれが一因で暴走してグレイフィア様に止められました。それまでの犠牲には諸説ありますが?『出した被害の実情』を考えたら、こうするのが正解です」
朱乃はシオンの言う事を理解した。
ロマンスにおいて記された事、暴走したサーゼクスが出した被害、死傷者については旧魔王派のみであるのは事実だが、それは当時サーゼクスを止めに入った新魔王派はサーゼクス以外の現魔王達であったからだ。
リミッターが外れてしまったサーゼクスの強さは言うに及ばず。
近くに居合わせたグレイフィアと共闘の末、どうにかサーゼクスを元に戻した。これも皮肉な事にグレイフィアが現魔王達を全員集めた中ですら精神的な力関係で抜きん出ている一因にもなっていた。
これを今の状況に当て嵌めると?
「堕天使陣営屈指の武人がそんな感じになったら、確実に外にいる何名かとマンション近くの街に犠牲者が出ます。ロマンスと違ってバラキエルさんクラスの力を持つ者は近くにはいないです。ビナーさんが来てくれても被害が出てからでは遅い、それに?はぐれならともかく、勢力間の均衡について良識派なハズのバラキエルさんが経緯が経緯と言ってもそんな事をしたら、また大戦のキッカケになりかねません、理解したなら大人しくしてるかバラキエルさんの核まで辿り着く協力をするかを要請します」
「・・・・仕方、ありません・・・・わね、あの男に変に暴走されては迷惑ですわ」
朱乃は悪態を付きながらも取り敢えず同意をした。そうこうする内に場面がまたも歪んで来たのでシオンと朱乃は二名で辺りを観察し始めた。
実を言うに、シオンは朱乃の協力を得れて安堵していた。バラキエルの大事な思い出と言う事の意味を読み誤っていたからだ。
そう、朱乃が這い進むながらシオンの元に向かっていた半ばの事である。
・・・・・・・・。
「さて、バラキエルさんの核を探すとして?」
『・・・・っ!・・・・よっ・・・・』
「男性の声?」
恐らくはバラキエルの声で、しかも何かを押し殺しているような声のように聞こえた。
「まさか、話に聞いた姫島朱璃さんが殺害された場面か?いきなり核心に当たる部分が来てくれたか!」
そう思ってしまって、声の聞こえた場に向かってしまったシオンの目に映ったのは?
「ぅ・・・・しゅ、朱璃よ・・・・」
「声を上げて良い許可は出していませんっ」
ベシンっ!べちんっ!
見た事がないやり方で拘束されたバラキエル、そのバラキエルを朱乃と良く似た女性が妙な格好をして鞭で打ち据える図であった。
シオンには一切知識が無いが、要はSMプレイであるのだ。その光景に固まるシオンに助け舟が出た。
(おう、相棒?ここは一旦引け)
左腕が変化して、シオンに語り掛けるのはご存知赤龍帝ドライグ、その指示に本能的に従い距離を取るシオンであった。
(お、おいドライグ?)
(何も喋るな)
そう言う他は無い、嘗ての相棒ならまだしも?今のにあんなもの見せ続けては以前の自分のようにスケベ絡みが戦闘に支障を来す寸前かそれ以上なトラウマにでもなりかねないし、どのみち探している核とは違うので、ドライグは最善の手段を取ったのだ。
全く、上手くシリアスでまとめられんものか?ってのは困りものだ。
最後に台無しな一言が得意技な奴が言うなや!!