北欧の神々が住まう場。
草原に悠然と立つ片目の老人は空を見上げていた。 全知全能の神と呼ばれるオーディンは、人間界で起きた事をある程度見通していた。
「……人間界も気の毒よのう」
そう、人間界は僅かにだが不安が広まり始めていたのだ。長年待ち続けた希望になりうる存在が幾重もの要因で陰りを見せたのだ。世界そのものにも意思はある。
「オーディン様!またお仕事をサボってますね!」
思考を中断させたのはスーツ姿の美女、付き人であるロスヴァイセだった。
「まあ、そう固くなるな…そんなだから折角の『誘い』が歯牙にもかけられんのだぞ?」
悪戯好きな老人の顔で以前に勝手に進められた話題を振られたロスヴァイセは顔を真っ赤にした。
「と、匿名希望の相手から見合相手にどうか?なんて送られた写真と手紙からの話なんて、進むワケがありません!そもそも相手は住んでる国の法律じゃ結婚出来ない年ですっ!!」
「そう言って、可愛らしい外見な赤龍帝に気に入られたかったのではないか?上手く行けば種族間の架け橋にもなるからのう♪」
「か、彼氏は欲しいですが……知りません!」
目的を忘れて、退散するロスヴァイセを見送った後のオーディンはつい先程の軽薄さが嘘のような表情となっていた。
「…退散したか、まだ時期ではないし、あの赤龍帝にあやつの例の論文を見せるだけでもしたいと思ってはいたが…こうなっては、論文はともかく早目にあちらにロスヴァイセを回してやる方向が良いやもしれんのう」
……。
聖剣デュランダルを振るう戦士ゼノヴィアは困惑していた。
はぐれの討伐等は頻繁にやってはいるが、今日は相方の様子がおかしい、自分以上に荒々しく剣を振るう紫藤イリナは何かを振り払うように、ひたすら戦いを続けていた。
「か、片付いた…けど、何なの!?何なのよっ!?」
全身に走る悪寒に戸惑っていたイリナは何故こんな事になっているのかわからなかった。
「詩音、君…詩音君!……ねえ…教えてよぉぉ……」
イリナはもう十年近く会っていない幼馴染みに問い掛けた。子供の頃に自分のヤンチャのとばっちりを受け続けても、それでも自分の味方をしてくれた男の子、こんな時は必ず彼が自分を助けてくれた…そして、自分が日本を離れて間も無く今代の赤龍帝であったと判明した存在だ…彼の噂は歴代『最恐』とまで言われる…自分が知るのとは遠く掛け離れたもの。いつか日本に戻って再び会うのを心待ちにしていたのだ。
「元気よね?おかしな事に、なってないよね……?」
イリナはただ会いたい相手の身を案ずるだけしか出来なかった。
……。
「っ!……っい、痛……っ」
日本にあるマンションの一室、ベットから飛び起きた少女は身体が上手く動かせず肩から床に落ち、肩の苦痛に呻く。
彼女は一日の大半を寝て過ごしている。『百年』……百年の眠りの後遺症で身体も録に動かない。
周りにいた皆、いなくなった。
だが、彼女は赤い龍との出会いで救われた。厳重な結界が張られ、構造に細工をしたマンション内と彼と同居する部屋でのみリハビリを兼ねながら過ごして、彼とお話しする時間を少しでも長くするのが当面の目的。
オレンジ色の瞳が揺らぎ、涙が溢れる。本能がこの場にいない同居人の危機を察していた。
「詩音…早く…帰って、来て…よ?いな、く……ならない、で…」
唯一の心の支えである少年の名を呼びながら立ち上がるのは、魔王の正当なる血を引く者……レイナーレ以上にセラフォルーが便宜を図った……否、図らずを得ずにいて詩音の存在をひた隠しにする一因である重要な存在。
『イングヴィルド・レヴィアタン』
学園で起きた事態は確実に波紋を呼び、彼の知人達も、見えない意思すら浸食し始めていた
察しの良すぎる知人に、試作読んでもらった時期に?
イングヴィルドが早期に登場してる理由を詩音がスケベ技に縁が無いのだけで、ある程度は見抜かれてた。