私は、自分を見下ろす小猫の瞳と僅かに漂う気から漸く会うべき存在と邂逅したのだと理解した。
そう、自分が全てを狂わせ、歪めてしまう前のシオン。
『姉ヶ崎詩音』
今のシオンは自分と出会う前のシオンではあるけど、そうではないわ・・・・今、意識の一部が小猫に憑依している形の方が本来の彼に近い。
「あ、ああ・・・・」
身体がガタガタと震えて、録に言葉が出ない。
彼にした仕打ちを考えれば、今ここで・・・・いえ、違う!それは冥界にいる彼の前でやる事。
「『先輩』?ファーブニルは異次元にいますから、魔王や主神ですら手は出せません。今は、ビナーさんか冥界にいる方の俺が戻るまで耐えるべきです。アーシアは気に入られたから暫く安全でしょう」
唐突に聞かされた事は、自分が知りたかった事とわかりやすい対策だけど・・『呼び方』・・そうね、オカルト研究部に来てくれた時の記憶までは・・・・それよりも私がした事への言及が一切無い事に・・・・。
「わ、私に・・・・その」
「アーシアが先です」
「そ、そうね」
察してくれている?そう・・・・そうよね、自分や私よりもアーシアの方が優先。そう、だからこそ私は・・・・私は、せめて。
「あ、あの・・・・少し、お話ししてくれる?」
今のシオンなら、私からの言葉で自我を奪ったりはしないハズだからそうできる好機なハズと判断したわ・・・・こんな事を考えてしまう自分が卑しいけど・・・・けど、そうしたい・・・・せめて、せめて・・・・。
「別に・・・・良いですけど・・・・その前に?」
「そ、その前に?」
やはり、何か言われるのだろうけど・・・・それが怖い・・・・本来なら私はとっくに、と思って覚悟をするしかない。
「服、着て下さい」
呆気に取られたけど、私が今は裸なのに気付いた。そう、彼はそういうのには免疫が無かった・・・・けど、結果的に自分が無意識に今の窮状に繋げてしまったのだ。
「搭城でしたっけ?こいつの身体・・・・多少話すくらいしか好きに動かせないんで」
言われて、今の状況が不可抗力の賜物だと漸く冷静にわかってきて取り敢えず入浴の際に用意されていたバスローブを羽織って小猫の身体を動かしてベットの縁に並んで座ったけど・・・・どう言えば良いの?自分から言い出したのに、私はどう言えば・・・・そ、そうよ・・・・聞くべき事から。
「あ、あの・・・・アーシアが何故、異次元に連れて行かれたってわかるの?」
「経験があります」
『経験』
そうよね・・・・七歳の頃から禁手に至っていた神滅具の宿主というだけで、それくらいわかるようになる事を経験しててもおかしくはない・・・・把握している理由は私の中からだろうけど、それよりも。
「何故、私に・・・・『吸うのを促すの?』そうしたら、貴方は・・・・」
カタカタと震え出してしまった。
そう、仮に自分が本当にそうしてしまったら完全に『取り込んでしまう』・・・・そうしたら。
「そうなれば、貴女が後はどうとでもすれば良いんです。少なくとも俺の・・っ・・?」
私は咄嗟にシオンの憑依した小猫の口を塞いでしまった。
駄目・・・・言わせては駄目・・・・。
何を言おうとしたかはわかる。
私の事は良い・・・・けど、シオンにそれだけは言わせては駄目!
「シオン・・・・私が言う資格は無いわ!けどね、言葉にしては駄目な事があるのよっ!」
小猫のではなく、きょとんとしているシオンの顔が目に移る。幻影なんかじゃない・・・・絶対、絶対に・・・・だから。
「イングヴィルドさんを再現しただけのものに惨敗したばかりの私じゃ信用してもらえないだろうけど、私はやるわ・・・・だから貴方は・・・・自分の事だけを・・・・」
最後まで言いきれなかった。
自分の事だけを考えれば良いと言えば良い・・・・と。
だけど、それならシオンは恐らく・・・・アーシアやイングヴィルドさんを優先させる・・・・それだけでは・・・・『あの横流し品で見た夢の中で見た事が現実となる』・・・・。
私が、自我を失ったシオンの前で雑誌に載っている恥ずかしい姿勢を次々と再現する痴態の限りを晒し、椅子に座る彼に向けて背中から倒れ込んだ時だった。
絶対に聞いてはならない事だったわ。
ゴシップ記事を読むまで、冥界に行っていた事を僅かに幸いに思っていた程にシオンに顔向けするのを怖がっていた。
『発情』
そうとしか言いようが無いくらいに身体が芯から焼かれそうになるまで熱くなっていた。
この熱を彼に沈めて欲しくて、仮に雑誌の内容が『そういう行為』のものならば夢の中だからにしてもシオンに私の全てを・・・・堪えきれなくなるものを誤魔化す為にも息も絶え絶えにシオンについて、気になっていた事を『二つ』聞いてしまった。
次の瞬間に力が抜けたようになったシオンから滑り落ちるように離れて、何事かと振り返って見上げたら、シオンは血涙を流してこの場にいない『 』に謝り始めた。漸く只事ではないと理解した私が目にしたものは?
『自分の心臓を魔力弾で撃ち抜いて『自害』をしたシオン』
鮮血が吹き出して、私はただ悲鳴しかあげられずに夢から覚める事が出来たのだ。
そして、最初に目覚めた時に目の前にいた五人組が私のやり場の無い感情の犠牲となった。
『一方的虐殺』
そうとしか言いようが無いくらいにリーダー以外を八つ裂きにし、余波で消滅させて最後まで諦めずに自分に向き合ったリーダーに突貫してマンションの外に飛び出し、落下した果てに皆の前で惨殺する形になった。
何となくわかっていた。
自分は兄とは違い、強弱はさておき?そういう風に力を振るう方に向いていたからこそ自力であの横流し品を破れた。
・・・・・・・・。
忘れようがない事が頭に過って、気付いたら沈黙したままだった。
何を言えば良いのか?
私には、思い浮かばない・・・・せめて、悪し様に罵ってでもくれるなら・・・・。
「『これからどうします』?」
「?」
『これからどうします』
それに尽きるわ。
力も無い、身内を頼れない、意気地もない。
朱乃を介する形で伝えられたように・・・・イングヴィルドさんにシオンを任せるくらいしか無いし、それが一番安全と考えた時に、聞かなければならない事があった気付いた。冥界から帰って来たときに聞くべきなのだけど、今の状態とは少し食い違いがあるのかもしれない・・・・だから。
「イングヴィルドさんの事を・・・・聞かせてもらえる?」
「雑誌に書いてあった事くらいしか言えないですね、多分・・・・冥界にいる方の俺では勝てないかもしれません」
そう、不安要素が多いシオンでは負けはしないけど・・・・と考えたけど、何故戦う事になるのかと思い当たって・・・・最悪の結論が出たわ。
「もしも本物のイングヴィルドが同じ事をしたら、冥界にいる俺は貴女を助けようとしてしまうでしょうね」
そう、私がそうした・・・・けど、その状態のシオンでは普通に戦う場合ならイングヴィルドさんには勝てないかもしれない。仮にイングヴィルドさんを追い詰めたらどうなるかは・・・・。
「逃げるんです」
「え?」
「逃げるんです。事前にそういう算段して、危険を感じたら即なレベルで・・・・恥より大事なものがあるんでしょう?」
逃げろと言われた。恥より大事なものの為にとは言え・・・・けど、私は。
「女性は生きるべきですよ」
『女性』
そう言ってもらえるだけで・・・・いえ、今はそんな事じゃない!話したいのは・・・・。
「私を・・・・恨んでる?」
聞いてしまった。
余りにも直球にだ。
恨まれているべきよ。
私は・・・・シオンを殺して、自分の所有物に作り替えた。
「はい『見られましたから』」
ビクっとした。
震えあがって、腰を抜かして・・・・そんなのばかりよね。けど?
「そこだけ・・・・なの?」
「はい」
即答すぎる。考えてみれば・・・・シオンの本質を見れてなかった気がする・・・・一通り見ただけでは理解出来ないものを・・・・それが悔しくて情けなくて、涙が流れたのに気付いた。
「部長?耳を貸してくれますか?」
「え?」
唐突にそう言われたように、シオンの意志が乗り移った小猫の口元に耳を近付けた。そうして囁かれた内容に青ざめて・・・・離れたら、小猫ではなくシオンの顔が私には映っていた。怜悧で月光のように光る両目が。
「そろそろ・・・・時間切れですね、搭城には何も聞か、ないで・・・・下・・・・さ、い」
言ったように、小猫からはシオンの気が消えた。
『時間切れ』
大して話は出来なかったけど、彼は大事な事を気付かせてくれて、教えてくれた・・・・それを嬉しく思っても、もっと違った話を・・・・『普通の男女』としての話を・・・・それが許されない事と、自分が元凶だから誰よりも知っていても私は・・・・その夜に、決壊する気持ちを抑えられず・・・・眠る小猫を胸に抱いて声を殺して泣き続けた。
燃やしたろかホンマ?
モロトフカクテルですか!?・・・・って、ややこしい要素だらけな回で、遠回しなそれっぽいとこだけに反応すんなやっ!
※
リアス、実は出遅れ振りを認識出来ただけマシな回。