E-60Aは霊冷モーターを唸らせて木々の間を走る。
部隊の先頭集団の俺たちは泥と混じった雪を踏みしめ、巻き上げながら前方で戦っている味方の元へと走る。
前方の砲声が段々と大きくなる。…敵は近い。
「総員臨戦態勢。何があってもすぐ対応できるようにするんだ」
ふと木々の間から黒い影が覗いた。一瞬敵かと身構えるも、それはエンジンルームから轟々と炎を上げて沈黙する先行偵察隊のE-30軽戦車だった。
顔の前で小さく十字をきり、横を通り過ぎる。先行偵察隊はここら辺で接敵したようだが、敵は後退しているのか?
未だに砲声は続いている。俺はどこかモヤモヤとした違和感を押し殺し、前進することにした。
「…ッ、味方本隊車両交戦を始めた模様!」
サーシャが緊張した声で報告する。
それと同時に前方でマズルフラッシュを煌めかせている先行偵察隊車両の姿を視認した。
『前方のE-30、聞こえるか?こちらは
『本隊到着か!ありがたい。敵はフロンティエールのARL-44と何かの混合編成だ。気を付けてくれ』
E-30が車両一両分下がり、俺らはそこのスペースに滑り込む。
「操縦手、微速前進。装填手、
「任せとけ」
「ピッカピカにしておきましたよ」
「腕が鳴るぜ」
「第二小隊隊長車、敵戦車撃破した模様」
車内から返ってくる各々の了解の言葉を聞き、俺はペリスコープを代わる代わる覗き、敵影を探す。
薄暗い森の中、前方に何か動くものが見えた。
「砲手、敵十一時の方向、あれは…」
「後退中のARL-44だな」
俺が車両名を当てるより早く砲手が応え、発砲した。車体から伝わる反動を体で軽減させつつ弾の行く末を見届ける。
砲弾は寸分違わずARL-44の正面ターレットリングに命中し、砲塔が炎を纏って宙を舞った。
「っしゃ命中!」
ラインハルトがガッツポーズを作って喜んでいる。
「次だ!やっちまいな!」
カールが少し速度を上げ、ラインハルトを急かす。
車内は完全に押せ押せムードで、脇を見ると僚機も速度を上げて敵に追撃をかけている。敵の戦線は瓦解したようだった。
ーーーおかしい。上手くいきすぎていないか?
第一に俺らが到着した時から敵はなぜか後退中だった。味方の損害はあるものの、敵の損害はかなり多い。我が帝国を墜とそうと攻め込んできたにしては装備が貧弱すぎはしないだろうか…?
ARL-44なんて10年以上前から存在が確認されてたやつが前線を張っているなんて………
もしかして……
俺の背筋に冷たいものが走った。慌てて左右のペリスコープを覗き込んだ。
目に留まったのは、森の奥のちょっとした高台で静止してこちらに
それはまるで獲物を虎視眈々と狙っている肉食獣のようだった。
俺は反射的にカールの肩を蹴って叫んだ。
「ッ、左旋回!急げ!!!」
俺の必死な物言いにカールが操縦桿を急いで倒した次の瞬間だった。
まるで釣り鐘の中にいると錯覚するような音が車内に響いた。
旋回中だった車体は弾かれ、もう一回転ほどした後木にぶつかって静止した。
「な、何が…?」
訳が分からないという顔をして目を回しているギルベルトを引っ叩いて起こし、叫ぶ。
「敵襲だ!目の前の後退中は囮、本命は左右から来やがった!いったん後退するぞ!」
俺がそう言った次の瞬間敵の第二射が飛んできた。
カールが必死に操縦桿を引っ張り、間一髪で回避する。目の前に土と雪の柱が聳え立った。
「正面装甲を敵に向けろ!恐らく左右に展開している駆逐戦車はこっちより大きな砲を積んでるはずだっ…」
そう言った瞬間再度衝撃と鈍い音が車体全体に伝わる。
「…ッたく、重装甲な中戦車でよかったぜ!耳はイカれるがな!」
俺は耳を押さえながら嘆く。
「わ、私…どうすれば…」
サーシャが目を回す。初陣で敵のトラップにまんまと引っかかった俺らはパニックになっていた。
「ここから逃げたとしても追われるだけだ…」
「じゃあどうするっていうんだよ!既に味方もだんだんと動かなくなっているというのに!」
回避機動を取るゼーベルティーガーの中でカールとラインハルトによる論争が起こる。
「お前ら黙れ!俺らがやるしかねえんだよ。ラインハルト、指示があったらすぐ撃てるようにしろ。カール、被弾を極力避けて敵駆逐戦車部隊に肉薄しろ!サシャ、大隊長にゼーベルティーガーが討伐に赴く旨を伝えろ。ギルベルト、弾は
こんな状況なのに、俺の脳内はなぜか落ち着いていた。今なら何でもできる気がしていた。
「ア、アクセル…ホントにやる気?」
「俺らは霊術者だぞ?いざとなれば俺が何とかする。霊術者の恐ろしさをフロンティエールの奴らに教えてやろうじゃねえか!」
恥ずかしい話数秒前まで自分が霊術者だったということをパニックで失念していた。思い出した今、そこまで絶望的な状況じゃないことは明らかだった。
敵弾はいまだに周りに落ち続けているが、車内には活気が戻ってきつつあった。
「忘れてたぜ…俺らは霊術者だったな。アクセル、発動頼む」
カールが不敵な笑みを浮かべて言った。
それを受けて俺は高らかに宣言する。
「刻印術式発動!「ローフリクション」「ブースト」」
その途端、エンジン部に刻印されていた術式が不気味に光る。
「ッしゃぁきたきたァ!このモーターの回転数が一気に上がる感じ!」
この車両に乗ること自体初めてのギルベルトは何のことかわからず目を白黒させている。それを見たサーシャが簡潔に付け加える。
「モーターの摩擦係数を減らして、回転数を術式で上げたってことよ。…そうね、一つアドバイスするなら…」
サーシャは車内に取り付けられた取っ手をつかむ。
「ちゃんとつかまっておかないと死ぬわよ」
「へっ?それって…」
「前進!」
ギルベルトが言い終わる前にカールが操縦桿をめいいっぱい前に倒した。
その途端車体は弾かれたように前進を開始し、フロントは浮き上がった。
のぞき窓から見える木々は流れるように吹っ飛んでいき、サスペンションをもってしても殺しきれない衝撃が車内を襲う。
「わわわわっ!?えっ?今何キロです!?」
装填手席にへばりつきながら間抜けな声を上げるギルベルトにカールがちらっと速度計を確認して答える。
「110km/h」
「嘘でしょ!?ぐふっ」
驚愕の声を上げるギルベルトだったが、路面の凹凸に黙らされる。
「このまま…飛ぶぞっ」
「カール!右旋回入力忘れんなよ!」
”わかってらぁ!”と声を上げたカールは車体を横滑りさせながら敵が陣取っている高台の斜面を駆け上った。
一瞬ふわっとした自由落下の感触を味わったのち、地面にたたきつけられる。
敵駆逐戦車が慌てたように旋回を始める。
「遅い遅い!」
そう言ってラインハルトは旋回中の駆逐戦車の後部に砲弾を叩き込む。次の瞬間その車両はエンジンルームを爆ぜさせ、沈黙する。
「ギルベルト、装填急げ!早く!」
「はっ、はい!」
ヤケクソ気味にギルベルトが弾を込める。
「次っ!」
相変わらず暴走中のゼーベルティーガーは敵の後ろを常に取りつつフラフラと動き敵を撹乱する。
一両、また一両と動いている車両が減っていく。
不意に敵駆逐戦車の砲が煌めき、ゼーベルティーガーの後ろの敵が吹き飛ぶ。
「うおっ、同士討ちか。怖い怖い」
「もうどうにでもなれぇぇっ!術式発動!「レスポンス」」
半狂乱になりつつあるギルベルトが自身の反射能力を強化し、装填速度を向上させる。
敵は狙撃特化の駆逐戦車ばかりの部隊だったため、肉薄してからの戦闘は比較的簡単だった。次々に爆発を起こしていく敵の中でゼーベルティーガーだけが元気に動きまわっていた。
「ラインハルト、三時の方向敵左翼部隊の指揮車だ。そいつをやったら右翼部隊だ!」
「あいよ!」
次の瞬間、指揮車がこちらに発砲するが、車体側面を掠るだけに終わる。
対するこちらの弾は、敵の砲塔防盾脇を貫き、弾薬庫誘爆を起こした。
「いよっし、こっちの完全勝利だ!次は反対側の…」
そう言って次なる戦いへ向かおうとした時、無線が入る。
『アクセル!こっちは俺がもらったぜ!そっちは終わったんだろうな?』
第二小隊体調で俺の同期のシュミットからだった。どうやら反対側の部隊は撃破できたみたいだ。
俺はサーシャから無線機を受け取った。
『うちの優秀な搭乗員のおかげで終わったぞ!大隊長はなんて?』
『このまま進軍するらしい。この森を抜けた先に野営地を用意すると言っていた』
部隊の結構な数が消えたというのにまだ進むのか…
『分かった。周辺警戒しつつ全速力でそっちへ向かう』
俺はサーシャに無線機を返し、戦闘中に一切座らなかった車長席に腰を下ろして息をついた。
「刻印術式解除……っと。みんなお疲れ様。初陣でこんな戦闘をすることになっちゃったわけだけども…大丈夫?いろいろと」
俺も同じく初陣の身ではあるがな。
「えぇ…なんとかね。もうしばらくこんな戦闘は御免だわ」
「残念だったなサーシャちゃん。明日もだ」
「カールさん…マジっすか…」
「マジだぞギル。諦めな。そして慣れろ」
”ひぃぃ”と声を上げるギルベルトを他みんなが笑い、そのあと少しで野営地へ向かうことになった。
ーーー
「ところでアクセル…」
移動を始めようとした時、サーシャがアクセルに向かって切り出した。
「どうした?サシャ」
「詳しい野営地の場所、どこ?」
「あっ………」
「「「「えっ!?」」」」
どうやら俺らが野営地に到着するのはまだまだ先になりそうだ。
やっぱ強いね。
術式使ったとはいえ110km/h出せる戦車なんてあるわけないだろ!いいかげんにしろ!
初陣で振り回されるギルベルトくんかわいい(小並感)
ではまた