気づいたらしずかちゃんだったので道具を借りパクしてみた 作:さわやふみ
1.気づいたらしずかちゃん
『ピンポーン』
ご飯の香り漂う夕暮れ時、古めかしい木造一軒家にチャイムの音が響き渡る。
「誰かしら?のび太〜出てくれる?」
居間の奥からリズミカルなまな板の音と共に間延びした声が聞こえると、ダルそうに階段を降りる音がして、玄関のドアがソロリと開いた。ドアの隙間からはメガネをかけた少年が冴えない顔をのぞかせる。
「あ、のび太さん。ドラえ……ドラちゃんいる?」
「し、しずかちゃん!?どうしたのこんな時間に?ドラえもんなら上にいるけど上がってく?」
可愛らしい女の子の声を聞いてメガネの少年は急にテンションを上げて女の子を招き入れようとする。
しかし、女の子は対象的に淡々と言い放つ。
「もう遅いしちょっと用があるだけだから」
「そ、そっか。いま呼んでくるから待ってて」
メガネの少年が階段を急いで駆け上がっていくと、しずかちゃんと呼ばれた少女はゴソゴソと肩にかけたカバンを漁りだす。そして、機械とも言えぬダミ声が聞こえてきた瞬間、少女はカバンに手を入れながら構える。
「あれぇ?しずかちゃん僕に何か用?」
メガネの少年の次に家から出てきたのは、人の形さえしているが寸胴で背は低く足が短い上に頭が異様に大きな青いロボットであった。
「あ、ドラちゃん!」
外で待っていた少女はその外見に大して驚く様子もなく、チラリと周りを確認すると自然に会話を始める。
「この間、借りていたひみつ道具を返しにきたの」
「ええ?道具なんてしずかちゃんに貸してたっけ……?」
青いロボットは言われたことが記憶にないらしく困惑しているが、少女は平然と続ける。
「覚えてないの?それは良かったわ。想定通りよ」
「ど、どういうことなの?」
少女は狼狽えているロボットをよそにカバンからメガネを取り出し顔にかけた。
その様子に青いロボットの表情はさらに青くなっていく。
「そ、それは喋った相手に催眠術をかける『さいみんグラス』じゃないか!何でしずかちゃんが持っているんだい!?」
「ふふふ、ドラちゃん。その台詞3回目よ?それより、用意しておくようにお願いしていた『アンキパン』3斤を渡して頂戴」
少女はメガネを通して青いロボットの目をジッと見る。するとどういうわけか青いロボットもこれまでの動揺ぶりとは打って変わって素直にお腹にあるポケットから食パンらしい物体を取り出し手渡したのだ。
「ありがとう、ドラちゃん助かるわ。最後に『メモリーディスク』を使って、いま話していた内容の記憶を消してね」
青いロボットは少女に言われるがままにポケットからディスクを取り出し、頭の上に乗せた。
そして、しばらくするとロボットはキョトンとしてから急に驚く素振りを見せる。
「あれ?しずかちゃん!何でここにいるの?」
「なぁに?ドラちゃん今まで喋ってたのに大丈夫?あ、頭に何か載っているわよ」
少女はクスクスと無邪気な笑みを浮かべると先程まで青いロボットの頭に乗っていた『メモリーディスク』を取り、さり気なくロボットのポケットに入れた。
青いロボットは混乱しているようでポケットに何を入れられたかまで気が回らないようだ。そこに少女はたたみ掛けるように喋りだす。
「相談にのってくれてありがとう。ピアノのお稽古に行かなきゃいけないからもう行くね」
「う、うん。またね」
青いロボットは背中を向けて去りゆく少女の姿を釈然としないまま見送ったが、少女の口元が笑っていることに気づくことはなかった。
遡ること1週間前
「……」
俺はカーテンの隙間から差し込む光とスズメのさえずりで目を覚ました。
辺りにはフローラル系の優しい香りが立ち込んでおり実に気持ちのいい目覚めであったが、何かがおかしい。
寝起きのせいか頭がボンヤリとしているが、真っ先に疑問が生じている。
(ここは……どこだ?)
どうやら朝のようだが、辺りを見回すと光が届かない薄暗い一室の片隅には机やら棚があり見覚えのないぬいぐるみが所狭しと並べられているのだ。明らかに自分の趣味ではない。
(昨日は酒を飲んだっけ……)
真っ先に疑ったのは昨日に記憶を忘れるほどお酒を飲んだかどうかだ。しかし、どうも昨日のことを思い出せない。というより思い出せない範囲が大きい。
「え……俺は誰だ……?」
口に出してみることで異常な状況であることを再認識すると共に、さらに疑問が沸いてくる。
「こ……声が……どういうことだ……!?」
声質に違和感があるのだ。イメージとかけ離れて高すぎる。まるで小さな子か女の子が喋っているような可愛らしい声だ。
俺はこんな声だったか?いや、絶対に違う。
でも肝心な自分が誰かを思い出せないのだ。
まるで思い出すことを拒絶するかのように頭の中が霞がかってぼやけている。
記憶喪失---
まさか自分の身にこの言葉が当てはまることになるとは。
動揺を隠せないまま寝ていたベッドを降り、暗さに慣れてきた目で手がかりを探す。
(落ち着け……。寝ぼけているだけだ。机に何か自分を思い出す物があるはず)
綺麗に整頓された机の引き出しを開けてノートやら文房具を漁ると共通して見覚えのある名前らしき文字列を発見する。
(源……静香……?)
寝起きから心拍数がどんどん上がっていき、最高値を更新したのではないかと思わせるほど心臓の鼓動が大きく早くなってきた。
そう。俺はこの名前を知っている。
あの国民的漫画に出てくるヒロインの名前だ。
「しずかちゃん……」
そして声もしずかちゃんだ。
なるほど。これはあれだな。
キャラクター体験型VRアトラクションもついにここまで来たのか。ご丁寧に自分の記憶を混同させて没入感も醸し出している。
しかし、リアリティを出しすぎでしょう。俺は落ち着いてきたけど、自分自身の記憶がなくなるとパニックになる人がいるんじゃないか?
「すみませーん、ちょっと酔ってきたのでいったんストップしてもらっていいですかー?」
心なしか吐き気はあったし、自分が誰か分からないなんてモヤモヤした状態が継続していることに不快感があったので、
が、反応はない。
「ステータスオープン!ヘルプON!タイム!」
転生憑依物にありがちな掛け声を発してみるも状況に変化はなく、外のスズメの鳴き声が聞こえるだけだ。
(待て待て待て、これ何かしらクリアしなきゃいけないゲームなの?つーか、なんで俺はしずかちゃんの生活を体験しているんだ?)
自分が好んでこのようなアトラクションをやるとは思えないし、そんな年齢でもない。年齢?
そういえば年齢も思い出せない。
このような時は強制停止でしょと言わんばかりに頭に両手をあててみるが、何かをかぶっているわけでもないようだ。
(これどういう仕組みなんだ……)
ベッドに腰掛け、もはや停止するまで待ちに入ったが、そんな自分をあざ笑うかのようにしずかちゃんの部屋は朝の明るさを増していき時を刻んでいるようだ。
リアルすぎる。
体験型ならもっと映画のワンシーンとかあるでしょ。寝起き場面とかって選んだ俺もだけど作った人も変態気質あるような。
その時ふいにある言葉が自然に頭の中に思い浮かぶ。
『同期100%完了』
それと同時に今まで感じていた自分が自分の体を操作しているような、幽体離脱をしかかっているような奇妙な浮遊感が消え、スッキリしていく感覚。まさに良い目覚め状態とも言える気持ちになっていくのが分かった。
(同期……?あれ、吐き気も消えた……。自分を思い出せない不快感も和らいでいる)
体も軽い。
ピョンと飛び起き、目に入った縦長の鏡を覗くとしずかちゃんが写り込んでいる。
(うわぁ〜……パジャマ姿のしずかちゃんだ。改めて見てもカワイイ。髪を結んでないのも色っぽいな)
さらりとしたストレートの髪をまとったしずかちゃんはいつもと違う雰囲気を醸し出しているのだ。
男の
ツンとふくらみかけた胸元に、抱き寄せたくなるようなS字ラインの腰つきはパジャマに張り付いた小ぶりなお尻をより一層引き立てている。
(小学5年だったよな。もう完成しかかってんじゃん)
触ってみたいがこういうアトラクションは画面を見物している人もいるだろうから堪らえるのが無難だろう。
と、まぁ個人的にはもう堪能しきったからいい加減ゲームを終わらせて欲しくなってくる。
最低ノルマとして玄関をでればいいのか分からないが、適当に歩き回ってみることにした。
考えてみればしずかちゃんの家って裕福であることしか分からなかったので、広くて地味に迷う。
作り込みに感心しつつも玄関を発見し、ガチャリと重厚なドアを開けてみるが、視界には眩しい外界が広がるばかりだ。
(いつ終わるのだろうか……)
相変わらず自分が誰か思い出せないし、しずかちゃんの記憶もない。
ただ、他人感はあるものの、自然体として何となく自分がしずかちゃんであることが成り立ち始めていることに気がつく。
もはやしずかちゃん自身が突然記憶喪失となりその拍子で内なる男前の人格が表に出てきてしまったのではないかと思うぐらいだ。
たしか漫画でもしずかちゃんはのび太と体が入れ替わった時に男として活き活きと活動していた。元々しずかちゃんの性格は男勝りなのだ。
「……」
いくら待てども何も状況が変わらない。
何をすれば解除されるのか、記憶が戻るのか分からない。
しかし、取り敢えず受け入れざるを得ないようだ。根拠はないが自分は今後しずかちゃんとして生きていくことになるのだと。
ただ……所感としてはそれほど悪くはない。
漫画の中でも紅一点のしずかちゃんはヒロインということもあって美少女でありお金にも困っていない家庭の育ちだ。そして何よりこの世界にはあのドラえもんがいる。
何をしても冴えないのび太君を助けるために22世紀の未来からタイムマシンに乗ってやってきたネコ型ロボットだ。
しずかちゃんはのび太君の友達ということもあり、『タケコプター』や『どこでもドア』など子供の頃に夢見たドラえもんのひみつ道具にお目にかかるチャンスが非常に高い。
道具があれば記憶喪失すら取るに足らない問題となり解決出来てしまうかもしれない。
そしてそれ以上の恩恵もすぐに思いつく。
この時、自分はこの状況を楽観視し、むしろこれから訪れるであろう出来事(勝ち組生活)に対して期待に胸を膨らませていたのであった。
息抜き('ω')