気づいたらしずかちゃんだったので道具を借りパクしてみた 作:さわやふみ
翌日
やはり朝起きても俺はしずかちゃんだった。
着替えるため前日と同じようにタンスを漁りだすが、心なしかスムーズに服を着替えられた。
まるでしずかちゃんの記憶が共有されているかのようだ。
朝食で両親とも顔を合わせたが、あまり長いこと喋るとボロが出るので体調が良くなったことだけ手短に報告する。
そしてサッと朝風呂に入ってからすぐに学校に向かった。
今日は余裕を持って家を出たので若干早い時間帯だ。
昨日と比べて慌てる要素もなくズンズンと進んでいると、見覚えのある後ろ姿が目に入ってくる。
(あの子は……)
出木杉くんだ。
学業優秀でスポーツ万能、かつ誠実で容姿端麗な優等生であり、しずかちゃんと仲の良い友達だ。
その分、勘もするどいはずだろう。
話が噛み合わないと人格が変わった事を悟られる可能性がある。
(まずいな)
ここは距離を置いて様子を見ることにする。のび太のように探りで不用意に近づけるような相手ではない。
しかし……漫画におけるしずかちゃんは結婚相手になぜ出木杉くんではなくのび太を選んだのだろうか。
女性が男性を選ぶ基準としては、容姿、経済力、性格あたりだろうけど、のび太は性格だけしか勝負できない。
しかし性格で戦ったとしても出木杉くんには勝てないと思う。
確かに出木杉くんは弱い人の気持ちを察するのは苦手な反面、のび太は自身が弱い分、人の痛みが分かる。
ただ、しずかちゃんも優秀だから出木杉くんの欠点なんぞ大したマイナスポイントにはならない気がするのだ。
と、つまらぬ考え事をしていたら知らない間に出木杉くんに近寄っていってしまっていた。
「あ、しずかくん!おはよう、良い朝だね」
「あ、あら出木杉さんおはよう」
よく周りが見えている男だ。当然気づかれて会話が始まる。
漫画ではあまり出木杉くんの台詞は多くないが、なるほど話すと確かに小学生のくせに興味を引く話題を次から次と投入してくるではないか。
話をしていて飽きないし好感が持てる。しずかちゃんとしても相づちを打ったり微笑んだりするぐらいで非常に楽だ。さすが出木杉くん。
気がつけば時間を忘れ校門に到着していた。
そのまま何事もなく出木杉くんと別れ、2日目の授業に突入するも特に問題なくこなすことができ、ついに放課後のび太くんの家へ訪問する時が来る。
俺は帰り支度しているのび太に詰め寄り一緒に帰ることを提案した。
もちろんこれはのび太の家の位置が分からないからだ。
しずか邸には帰らず直接のび太家へ押し入る。母親にバレると怒られるだろうけれど、これしか方法はないのだ。
のび太は疑問に思ったようだが、難色も示さない。流石はのび太だ。誰にでも優しいというか無思慮というか、とにかくこういう時は扱いやすい。
「今日お家にドラえ……ドラちゃんはいるの?」
俺は思い切って切り出した。もはやのび太には多少ガンガン行っても大丈夫と判断している。
「ドラえもん?たぶんいると思うけどなんで?」
「実はちょっと2人に相談したいことがあるの」
「え!?しずかちゃんが?うん!分かった!」
正直、のび太には用がないので親身な反応をされると心が痛いが、今は気にする余裕はない。
家への道中、のび太は色々な話をしていたが、どれも退屈で記憶に残る内容ではなかった。
やはり現状ののび太と出木杉くんの間には雲泥の差があった。
しかし、のび太の機嫌を損ねないために、今はダルい表情をせず話を合わせなければならない。
お陰で苦痛な時間になったがついにのび太家に到着できた。
「お、お邪魔しまーす」
のび太の部屋は二階にある。
ワクワクしながら玄関をくぐり木造の古びた階段を音をたてながらのぼっていく。
そして襖をあけるとあのドラえもんがそこにいた。
ロボットだと言うのにどら焼きを美味しそうに食べているではないか。(どこから排出するのか)
見れば見るほど21世紀初頭では考えられない存在だ。
彼なら……ドラえもんならばこの状況を何とかしてくれるはず。
ドラえもんの姿を見た俺は憧れの存在に出会えた喜びと安心感で自然と目頭が熱くなっていた。
「しずかちゃん?どうしたんだい!?」
変わらぬダミ声で優しく語りかけてくるそのさまは暖かみとどこか懐かしさを感じさせてくれる。
「ドラちゃん……」
相談したいことは決まっていた。
まずは自分の記憶を呼び戻すこと。
恐らく使うひみつ道具は『わすれとんかち』になるだろう。
わすれとんかちは、忘れた記憶を叩き出すトンカチだ。
身の丈ほどもある巨大なトンカチで人の頭を叩くと、その人の目から映写機のように映像が照射される。
映像は数秒であり、対象者が忘れている記憶からランダムに抽出される。
ただし記憶そのものは蘇らなかったはず。
記憶のピースを埋めるには、映像を足掛かりにして自力で思い出さなくてはならないのだ。
俺がここまで道具のことを詳しく知っているのが自分でも意味不明であるが記憶喪失といったらこれしかない。
早いところ俺がしずかちゃんなのか他人の人格なのか。まずはそこをハッキリさせたかった。
しかし
記憶喪失を打ち明けようとする直前。
ふと頭の中に疑問がよぎる。
俺がしずかちゃんではなく他人の人格であった場合、どのような対処をすることになるのだろうか。
ひみつ道具の中には『タマシイン・マシン』という物があり、一時的にタマシイだけ抜け出して指定した過去の体に乗り移れる道具があった。
あれは自分の体への憑依であったが、今回は俺のタマシイ(人格?)がしずかちゃんに憑依してしまっている。
道具の使用期間が切れたタイミングで俺のタマシイは元の体に正常に戻れるのだろうか。
実は俺の人格やらタマシイが抜き出た元の体が既になくなっていたとしたら……。
ドラえもんやのび太の立場から見ると未来の結婚相手であるしずかちゃんが乗っ取られているとも取れるこの状況。
なんとかしてしずかちゃんから俺の人格を外に出したいと思うはずだが、出された俺の人格、タマシイの戻り先となる器がないことなど関心はないはず。
だとすると、引っ越し先のなくなった俺の人格はそのまま消滅してしまうのではないか。
「……」
黙り込む
「どうしたの?大丈夫?」
「え、ええ……」
消滅したくない。死にたくない。
死への恐怖が俺を自然と動かしていく。
「ママのピアノの練習が厳しくて……少しだけ休みたいからママに催眠術をかけてピアノの練習をやったことにしたいの」
助かりたい思いから咄嗟に言葉が出てきてしまった。
暫くしずかちゃんの人生を……借りることに決めたのだ。
罪悪感はあった。
小学5年生という楽しい時期を奪うのだから。
いつか状況を把握出来たら早めに体から出ていく。
このときは素直にそう思っていた。
「そうなのかぁ。それは大変だね。じゃあこれがいいかな……『さいみんグラス』〜!」
ドラえもんがお腹の四次元ポケットをゴソゴソと漁っていつもの掛け声と共に取り出したのは怪しげな柄のメガネであった。
「これをかけて人になにかを言い聞かせると、相手はその言葉を額面どおりに信じ込むんだ」
ドラえもんが道具の説明をしている間に俺は心の中で笑ってしまった。
その場で思いついただけの言い訳で最初に借りてみたいと思っていた道具を出してくれようとは。
道具の中には使い勝手が悪い物から世界に影響を及ぼす危険な物まで幅広くある。
その中に無敵最強系の道具もいくつか存在するが俺は最初からそれらを借りることはしない。例えば、『もしもボックス』だ。
もしもボックスは、「もしも○○な世界だったら」を体験できる電話ボックスだ。
これの中へ入って受話器に希望する条件を告げると、ベルが鳴り響き、そのとおりの世界に連れて行ってくれる。
仮にしずかちゃんが世界一の大富豪である世界も実現できる。
ただ、世界の
このような道具は未来の時空警察タイムパトロールが監視しているかもしれない。GPSなりアクセス履歴なり何かしらの監視ツールが仕込まれている可能性があるのだ。
そんな代物をドラえもんから借りて使いまくったらすぐに足がついてしまうだろう。またもしもボックスはデカくて持ち運びにくい。
それよりもマークされていなさそうな道具に絞って長く恩恵を得るほうが安全で得策と判断していた。
その点で『さいみんグラス』は丁度よかったのだ。メガネを通して喋りかけた相手という限定的な範囲ではあるが効果は100%。
これをドラえもんに対して行えば実質その気になればあらゆる道具をいつでも借りられるということだ。
ミスった場合を考えてここですぐにドラえもんとのび太に対して使わない。まずは静香の母親で使い方をマスターした上で次のステップに進むほうが安全だ。
「ありがとうドラちゃん。早速試してみるわ」
俺は表情がニヤけないようにしつつ震えながら受け取ると、すぐに野比家を後にした。
遊ぶと思っていたのび太はポカーンとしながら後ろ姿を見送っていた。
(のび太すまん……。しずかちゃんに慣れていない今遊ぶとボロが出る可能性があるのだ。今回は利用させてもらったがいずれこの借りはきちんと返すからな)
それよりも『さいみんグラス』が使いこなせるかどうかは最重要タスクなのだ。俺は早速家に帰って母親に試すことにした。
丁度居間に母親がいたので話しかけてみる。
「あ、ママ。ただいま。今日は学校終わったらそのままのび太さんの家に行ったの」
「静香、一度家に帰らないとダメと言ったじゃない!ピアノだって練習日じゃなくても毎日弾いておかないとだめでしょう?あら、その変なメガネどうしたの?」
「ママがそのままのび太さんの家に行っていいって言ったんじゃない。それにピアノもさっき弾いたわよ」
メガネを通して母親にウソを吹き込む。
心が痛むがこれは実験だ。ここが我が人生最初の一歩にして革命的な一歩となる。
催眠のかけかたも成功と失敗の境界など念入りに調べておく必要があるのだ。
ピアノなんて帰ってきたばっかりで時間的に無理な事が分かっているのに「さっき弾いた」という言葉が通るのかどうか。
どこまで強引に催眠出来るのか把握しておきたかったのだ。
「……確かにのび太くんの家にそのまま行っていいって私が言ったわね。ピアノもさっき弾いていたのに私どうしたのかしら」
母親は考え込むように部屋に戻って行ってしまった。
(想定通り……!やはり『さいみんグラス』は実用的な道具だ。持ち運びしやすい上に効果は絶大だ)
これさえあればドラえもんでさえ催眠をかけて思いのままにできるだろう。
俺はこれからの詳細の段取りをお風呂に入りながら考えることにした。
家につくと真っ先に風呂場へ向かう。
そして鼻歌を口ずさみながら衣服を一枚一枚脱いでいく。
風呂場の鏡に映り込む美少女の裸体。
成長すれば絶世の美女になることは証明されている。容姿も完璧だ。
考えてみれば全てを手に入れたといっても過言ではないのではないか。
目の前のしずかちゃんは不敵な笑みを浮かべていた。
取り敢えず連投はここまでです(´Д`)