気づいたらしずかちゃんだったので道具を借りパクしてみた 作:さわやふみ
6.未来の異変
数日経つと結局道具を使わない平凡な日常にも飽きが来る。
せっかくこの世界に来たからには色々な人と会ってみたい。特にジャイアンの妹ジャイ子はまだ見ておらず無性に会いたくなっていた。自分が無意識にジャイ子と百合を目指しているとは考えにくいがとにかく彼女を一目でも見たいのだ。
剛田家の八百屋の場所はもう知っていたので訪ねてみたが、どうやらジャイ子は公園にデッサンしに行っているとのこと。そうだ、たしかあの子は将来、漫画家志望だった。
(今日は特にやることもないしこのまま公園に行ってみよう)
追いかけるように公園に行くとそこにジャイ子はいた。スケッチブックを持って好奇心に満ち溢れた顔でウロウロしているが、そのさまは愛くるしくどこか懐かしさすら感じる。
しかし……どうも様子が変だ。
周りに男の子が3人ほど囲うようについてきており何かを言っている。そしてしまいにはジャイ子からスケッチブックらしき物を奪い取ったのだ。男の子達の表情も一緒に遊んでいるというより侮蔑を込めた嘲笑だ。
大方、書いている絵をバカにしているのだろう。一方のジャイ子は取り返そうとして半泣きになりつつある。
これを見た俺はなぜだか分からないが全身の毛が逆立つほどの怒りが込み上げてくるのが分かった。
「お前ら……!」
言いかけて自分がしずかちゃんであることを思い出す。年下の男の子達を追い散らすことはしずかちゃんの身でも簡単だが、この体で乱暴なことはしたくない。そしてやるならば道具を使って徹底的に懲らしめたくなってきた。
しずかちゃんになってからここまでは主に金と教養力を揃えてきた。
ピアノやバイオリン等のお稽古は既に『集中力増強シャボンヘルメット』と『三倍時計ペタンコ』を使って集中力と時間を増やすことで習得していたので、最後に欲しいのはやはり力であった。
半グレ、暴力団、煽り運転にモンスターペアレント。一般の人様に理不尽に迷惑かけている奴ならば何でもいい。一度、そんな奴らを圧倒的な力をもって成敗してスッキリしてみたかった。
「こらぁー!おめぇら俺の妹をイジメっと許さねーぞー!」
気づくとジャイアンがすごい形相でいじめっ子達を追い散らしている。さすが妹想いのジャイアンだ。こっそりついてきていたのだろうか。
ここはそのまま彼に任せておいて大丈夫そうだから、俺はドラえもんから借りる戦闘系の道具を頭の中で考え始めた。
『イナズマソックス』履くと目にもとまらぬ動きが出来る。
『スーパー手袋』はめると力が強くなる。効果は手だけではなく、全身に及ぶ。
『ウルトラリング』指の力が何千倍になる。
『ガンジョウ』体が鉄のように硬くなる。
『コンチュー丹』虫の能力を使える。
『空気ピストル』指先から空気の衝撃波を出せる。
『スーパーダンごっこふろしき』低空ながら飛ぶことができ、空気銃の弾もはね返し、ものを透かして見ることもできる。
種類は割とあるが正直なところ、目立たず簡単に悪い奴を倒してスッキリしたい。
そう考えると人外の動きはNGなので空は飛ばないほうがいいし、弾も出さないほうが良さそうだ。『コンチュー丹』なんて某テラ○ォーマーズと被るしそこまでの特殊性は求めていない。
また、悪の相手も政治家レベルの大物に手を出すと、下手すると身元がバレた上に国家権力とも戦わないといけなくなるかもしれない。何とかして勝ったとしても、未来が変わることは避けられない。そうなると抹殺しても世間に影響がなさそうな小物を選ぶ必要があった。
(スーパー手袋だけでいっか……)
取り敢えず無難に全身を強化できる手袋だけにしておく。
もうすぐドラえもんが
ガチャリ
案の定、目の前にピンクのドアが突然出現し、ドラえもんが出てきた。
「やぁしずかちゃん。言われてた『畑のレストラン(焼き芋)』を持ってきたよ。今日は他に困っていることはないかい?」
この定期訪問はドラえもんに催眠をかけることで実現している。毎回、しずかちゃんのほうからのび太の家に行っていては面倒な上に不自然だし、メモリーディスクを使った後の後片付け問題があった。
そのため、定期的にしずかちゃんの家に来て貰いそのタイミングで必要な道具があれば借りる方式をとっていた。『どこでもドア』で帰ってもらってから『メモリーディスク』で記憶を消去してくれればメモリーディスクが頭の上に残っていたとしても直接しずかちゃんに結びつく情報はない。
「あら、ドラちゃん。いつものご訪問ありがとう。実はお願いが……」
言いかけてから、ふと考える。
ここまでしずかちゃんとして道具を借りまくっていて日が経過している。
(ここらで一度未来の様子を探っておいたほうがいいかもしれない)
最近はドラえもんから借りた道具を乱用しないようにはしていたが、使用履歴などとっていないか、実は料金がかかっていないか。
ドラえもんに未来と通信させて動きがないか確認しておきたかった。
「ドラちゃんは最近未来にいるドラミちゃんとお話したりしないの?」
「ドラミ?そうだねぇ、あいつも忙しいみたいで最近は話せてないなぁ」
「私、久しぶりにドラミちゃんとお話したいわ」
「んーそう?じゃあ、久しぶりに『タイム電話』で通信してみようか」
「わーありがとう!」
ドラえもんは早速、『タイム電話』を取り出してドラミにかけはじける。
プルルル。プルルル。
「………」
「繋がらないの?」
「うん、そうみたいだ」
発信音だけが空しく鳴り続けるがドラミは電話に出ない。
たったそれだけの事で自分の行動がバレて大騒ぎになっているのではないかと不安になる。
「なんか心配ね。『タイムテレビ』とかでドラミちゃんの様子を見たいわ」
絶対に大丈夫だとは思うが念の為にドラミの状況を確認しておきたい。
「んー、忙しいだけだと思うけどしずかちゃんがそう言うならのび太くんの家に戻ろう」
タイムテレビは大きいためのび太部屋の押入れの中にしまってあるのだ。
早速どこでもドアを介してのび太の家へ向かう。
部屋ではのび太が座布団を枕にして昼寝をしていた。口からはヨダレが垂れており実にだらしのない表情だ。しずかちゃんは将来この男に嫁ぐことになるが、恐らく俺の人格のままであればそんなことは絶対にあり得ない。しかしのび太は結ばれる未来を確信した上でストーカーの如くアプローチしてくるのは必至だ。
それを退けるのは並大抵のことではないと思うと憂鬱になった。
タイムテレビのセッティングが終わりドラえもんは何気なくドラミを呼び出し始める。
ザザザザ、ザー……
しかし画面にはノイズのような音と共に砂嵐が表示される。
「おかしいなぁ、押し入れに入れている間に壊れちゃったかな?」
バンバンとテレビの横を叩いていると静止画像が表示された。
しかし、写し出されるその内容に二人は言葉を発することを忘れるほど固まってしまう。
未来の建物らしき物体は写し出されてさえいるが、どれもが半壊しており、空はどんよりした赤い雲で覆われていたのだ。
「なに……これ?」
しかし、ドラえもんの表情はモニターを凝視したまま動かない。
「ここは……ドラミがいつも通っているセンターだ」
ドラえもんは半壊した未来の建物を指して、声を絞り出すように応えた。
「え!?破壊されているわよ!?」
「……」
またドラえもんは黙り込んでしまう。
しずかちゃんの声でのび太が昼寝から覚めたようで、目が数字の3のような寝ぼけ眼で問いかけてくる。
「……あれぇ?しずかちゃん。いつの間に来てたの?」
「あ……のび太さん。何か……未来の様子が変なのよ!」
「ええ〜……?」
プルルル。プルルル。
すると突然鳴り響く『タイム電話』の音に3人はビクリとなる。
そしてドラえもんは恐る恐る電話をとった。
「もしもし……?」
「おにぃ……ん!聞こえる!?ドラミよ!」
「聞こえてるよ!そっちはどうなっているんだい!?」
「電話にでれなくてごめんなさい!どうやら重大な歴史改変があったようなの!未来はいま大変なことになっているわ!」
ドラミが喋る後ろからは発砲音やら爆撃音のような音も聞こえてくる。
「一体どういうことなんだい!建物が破壊されているようだけどドラミは無事なのか!?」
「私はいま子供たちを避難させている最中なの!落ち着いたら後で詳細を話すけど、とにかく今は
未来でとんでもないことが起きていることが分かるが、出木杉くんを見る必要があるのが不明だ。それをドラえもんが代弁するように問いただす。
「なんで出木杉くんを見る必要があるんだい!?」
一瞬の間の後、ドラミの口からは驚愕の内容が告げられる。
「……未来では今ロボット戦争が起きているの!発端は出木杉コーポレーションのロボットよ!!」
その言葉を最後に『タイム電話』は回線不安定で切れてしまった。
(で……出木杉くんが戦争を起こした……?)
ドラえもんやのび太もドラミの話に呆然としている。
いや……。しかし聞こえたのは出木杉コーポレーションのロボットだと言うこと。出木杉くんがやったとは言い切れない。関連しているのは確かだろうけど。
しかしなぜ彼が?
これが皆が抱いている疑問だろう。
あんなに誠実で好青年である出木杉くんが戦争
勃発に関わることなどあり得るのか?
漫画では将来仕事で火星に出張するようなエリートになっていた気がする。
(まさか……)
歴史改変に繋がる要素があるとしたら……
自分しかいない。しずかちゃんの人格が変わったというあり得ない出来事が歴史の変化に大きく関わっているのかもしれない。最近、自分が出木杉くんに興味を持ったことも関連がありそうだ。
しずかちゃんの美貌をいかして出木杉くんをたぶらかしたことにより、出木杉くんが戦争を引き起こすような人間になってしまったとしたら原因は完全に自分だ。
全身から血の気が引いていくのを感じる。
その様子を心配そうに見つめる男がいた。
のび太だ。
しずかちゃんに好意を持たれている出木杉くんに対する嫉妬と単純にしずかちゃんへの思いやりが入り混じった複雑な感情ではあるが、青ざめているしずかちゃんに対してのび太は優しく声をかける。
「だ、大丈夫だよ!未来が大変なことになっているのなら現在の僕たちがまた戻してあげればいいんだ!出木杉くんが原因だと分かっているなら彼にそうならないように助けてあげればいい!」
普段はだらしがないのに周りが落ち込んでいると急に男前になって皆を勇気づけたり励ましてくれたりする男、のび太。
(のび太のくせに生意気な奴……。でもこの男の言う通り原因にアタリはついている)
いま俺がやるべきこと。まずは目を背けていた記憶喪失に手をつける必要がある。俺がしずかちゃんの中に居続ける事を避けるためには、どのような理由でどのようにしてしずかちゃんになってしまったのか記憶から探っていかなければならない。
記憶が蘇ることで自分の真実を知ることに耐えられるのか不安があったが未来が悲惨なことになっている今、何もしないわけにはいかないのだ。
「ドラちゃん。『わすれとんかち』を出してくれる?」