気づいたらしずかちゃんだったので道具を借りパクしてみた   作:さわやふみ

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7.疑惑

『わすれとんかち』

 

自分の記憶のおさらいになるが、これは忘れた記憶を叩き出すトンカチだ。

 

「それで私を叩いてちょうだい」

 

(しずかちゃん)は真剣な表情でドラえもんに迫る。

 

「ええ?なんでしずかちゃんを?何か記憶をなくしてしまっているのかい?」

 

「……分からない。でも出木杉さんの事で何か忘れている手がかりがあるような気がするの」

 

もちろん嘘だがこの意味深な発言にのび太は反発する。

 

「トンカチで頭を叩いてまで、出木杉くんの事でしずかちゃんが思い出す必要がある手がかりなんてないよ!」

 

「のび太さん……。未来があんなに悲惨な状況になっているのよ。少しでも心当たりがあれば確認しておく必要があるわ」

 

「でも……」

 

「ドラちゃん。お願い」

 

「しずかちゃんがそんなに言うなら……『わすれとんかち』〜!」

 

ドラえもんはポケットを漁って身の丈ほどの大きさのトンカチを取り出した。

 

ゴクリ……

 

思わず唾を飲み込んでしまうような大きさだ。

 

これで頭を叩かれると目から☆が出て口から舌が出てしまうほどの衝撃になる。

しずかちゃんが食らっても大丈夫なのだろうかと心配しつつも、やはりもう引き返せない。

 

ゆっくりと頭をドラえもんに向けると、ドラえもんも意を決したのか両手で構える。

そして剣士の決闘さながら一瞬の静寂の後、ドラえもんは思い切り(しずかちゃん)の頭をぶっ叩いた。

 

激しい衝撃と共に目から光が照射される。

 

「こ……これは?」

 

映し出されている映像は先程タイムテレビで映し出されていた破壊された未来の建物と酷似していたのだ。ただ、異なるのは破壊されていない(・・・・・・・・)、ということ。

 

(どういうことだ?これは今戦争が起きている未来の建物じゃないか?こんな光景を以前に見ていて忘れているとでも言うのか?)

 

ドラえもんも言葉を失っている。

のび太はこの気まずい空気を嫌ったのかよく分からないことを発言する。

 

「これってさっきタイムテレビで見てた建物でしょ?それを思い出しただけじゃないの?」

 

「……いいや、わすれとんかちは忘れている記憶を照射するから、破壊されていない建物の光景を覚えているはずないんだ」

 

「じゃあ、しずかちゃんは前にこの未来の建物を見ているということ?そんなことあり得ないじゃない!」

 

「うん、そうなんだ」

 

この2人のやり取りを聞いて俺はゾッとしていた。

ドラえもんは漫画の世界と思っていたのにまさか自分はこの世界線の住人であり、しかも未来人なのか?そして未来から何らかの方法で現代に来てしずかちゃんに憑依したと言うのか。

 

しかし……一体なぜ?記憶喪失にも関わらず、逆にドラえもんの漫画は記憶に残っているのも分からない。腑に落ちない点がたくさんあるのだ。

 

 

プルルル。プルルル。

 

その場にいる全員の頭が纏まらない中、再度タイム電話が鳴り響く。

 

ドラミちゃんか。

 

「あ、お兄ちゃん!?いま少しだけ時間が取れたので手短に話すわね?」

 

3人は固唾を飲んで聞き入る。

 

「どうやら未来からそっちの時代に何らかの方法で渡った人間がいるみたいで、その人が出木杉さんに何か影響を及ぼしたみたいなの!それが原因で出木杉さんが人類を憎むようになってしまったのよ!」

 

これを聞いて確信する。

記憶は相変わらずないが、未来から来た人間はやはり自分で間違いない。

そしてどういうわけかしずかちゃんに憑依したのだ。これからしずかちゃんの魅力を使って出木杉くんを弄び、最後に捨ててしまうことで出木杉くんは人類を憎んでしまうようになった。

辻褄は合う。

 

自分が未来を壊してしまった。後悔してももう遅い……。出来心で出木杉くんを弄ぼうとした結果が重大な時空犯罪となってしまったのだ。

 

タイム電話が切れた後、ドラえもん達と相談して、今後出木杉くんに近づく人間を注視し、怪しい者がいたら報告し合うことにした。張本人が目の前にいるとも知らずに……。

 

ドラミちゃんは今後の調査と対策について未来で検討するらしい。

もし、しずかちゃんに憑依した事がバレたら自分の存在(人格)はタイムパトロールに排除されるだろう。いや……タイムパトロールは今機能していないだろうからドラえもん達が行うかもしれないが、いずれにしろ『催眠グラス』だけではその力に抗う術はない。

 

どうすれば回避出来るのか必死に考えてみる。そもそもこの悲惨に変わり果てた未来を知ったことで出木杉くんを弄ぼうと思う気持ちはとっくに消え失せているのだ。であれば未来がまた正常に戻ってもおかしくないはずなのだが……。

 

仮に今から出木杉くんを無視し続けた場合、それはそれで出木杉くんは傷心のあまり人類に敵対してしまう存在になるのだろうか。

 

このまましずかちゃんの中に留まるのはやはり危険だ。

 

先手を打って憑依している事実をドラえもんに打ち明けて未来に戻してもらう、という和解案も考える。貢献することで恩赦という形で赦してもらう手だ。

 

いずれにしても即決できる話ではないし精神的にまいっていたので今日は大人しく家に帰してもらうことにした。

 

 

 

夜、湯船に浸かりながら今後のことを考える。

残された時間は少ないだろう。

 

(この張りのある肌に触れられるのもあと少しかもしれないな……)

 

そもそも自分はなぜ記憶を失くしてまで現代に来たいと思ったのか。恐らく最初の感覚から元の人格は男だったことは間違いない。酒も知っていたからある程度年齢もいっていたはずだ。そんな人間がしずかちゃんの体に憑依したい理由なんて……もはや変態的な発想しか思い浮かばない。美少女の体を手に入れることだ。

 

俺はそんな人間だったのか、と落胆する。

 

『○歳独身男!21世紀の女児の体を乗っ取り未遂!』

 

なんて平和に戻った未来で大々的に報道されるのだろうか。

 

いずれにしても暗い未来しか待っていない気がするが、せめて途中になっていた『わすれとんかち』で記憶を戻す作業をしたい。有耶無耶になっていたが、記憶が戻ることで解決の糸口があるかもしれないのだ。

 その日、俺はそのまま寝ついてしまった。

 

 

 

 

 

 

チュンチュンチュン

 

朝のスズメのさえずりをしずかちゃんの部屋で聞くのは何回目だろうか。今までで一番憂鬱な目覚めだ。

 

今日は日曜日で学校が休みだが最早登校も今後はしたくない。自分はどうせもうすぐ抹消されるのでもう意味がないのだ。

思えばドラえもんの道具も小銭稼ぎ等くだらないことに使っていたな。結局、ドラえもんの道具は夢のある部分が魅力的だったのにコソコソと間接的にお金集めや楽することに使ってきた。

 

今さら悔やんでも仕方がないか。

俺はドラえもんからの非情な宣告を大人しく待つことにした。

 

 

 

すると急にガチャリと音を立てて目の前にどこでもドアが出現する。

 

(もう来たのか……)

 

毎日の定期連絡は16時のはずなのに朝早くからドラえもんが来るということは、ドラえもんの意思でしずかちゃんに用があって来たということだ。

 

「待っていたわ。抵抗はしない」

 

「何を言っているんだい?ドラミがしずかちゃんも一緒にと言っているから来てほしいんだ!」

 

ドラえもんは嘘が苦手だからまだ知らないのだろうけど、ドラミちゃんから呼ばれたということは既にしずかちゃんに未来の俺が憑依したことまでバレたのかもしれない。

 

「あ!しずかさん!体は何ともない!?」

 

ドラミちゃんの第一声だった。

ドラミちゃんは優秀だから演技も出来るだろう。白々しく(しずかちゃん)に対して体調を聞いてきてはいるが、出木杉くんをはめた女性が俺だというとこまで既に調べはついているはずだ。

 

「ドラミちゃん……もういいのよ」

 

半ば諦めて神妙にしている(しずかちゃん)をよそにドラミちゃんは続ける。

 

「出木杉さんをたぶらかした女性が分かったの!つまり憑依された人が分かったわ!」

 

ほら来た。終わった。ドラえもん達の前で暴露して捕まえさせるのか。

 

「誰なんだい!?」

 

ドラえもんやのび太は食い入るようにタイム電話を聞いている。

 

「それは……しずかさんよ!」

 

部屋は静寂に包まれる。

短かったけど夢のような青春をありがとう。

 

ドラえもんやのび太は驚いた表情で自分を見ている。

 

「そ、そんな……!だから『わすれとんかち』の映像は……」

 

(そうだ。そういうことだ、のび太よ。俺は未来から来てしずかちゃんに憑依していたのだ)

 

「お兄ちゃん!落ち着いて!しずかさんに未来人が憑依するのはこれから1週間後よ!今のしずかさんはまだ本人(・・・・)よ!」

 

「え!?でも『わすれとんかち』で未来の映像が出ていたよ?」

 

既に憑依されていると思っているのび太が痛いとこをつく。対してドラえもんも見解を述べる。

 

「いや……。『わすれとんかち』は忘れている記憶が照射されるんだ。これから憑依されるとして誤作動を起こしたのかもしれないよ……!」

 

ふふ……。『わすれとんかち』は正常だよ、ドラえもん。ドラミちゃんが言う憑依の日にちに誤差が出ているようだけど、しずかちゃんはとっくに未来人の俺に憑依されているのさ。

 

事実を知っている俺だけがドタバタしている3人の様子を冷静に見ている。

 

「ドラミ!どうすればいいんだ!?対策はあるのかい!?その未来人は誰なんだい!?」

 

それだ。それは俺自身も知りたかった。

なぜ俺は未来からしずかちゃんに憑依しようと考えたのか。なぜ記憶がないのか。

 

「憑依マシーンは試作段階だったようなのだけどしずかさんに憑依しようとしている女性(・・)は自分の体にコンプレックスがあったようなの」

 

女性という言葉を聞いてドラえもん達を除いて逆に自分だけが驚き固まってしまった。

 


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