「うっ…」
目が覚めた瞬間、鈍い痛みが私を襲います。うぅ…。一昨日、雨の中で練習したのがいけなかったのでしょうか。完全に風邪をひいてしまいました。今日はエメラルドさんとお二人とのお茶会の日なのに…無念…。今日はトレーニングをせず一日寝ていましょう。エメラルドさんたちに迷惑をかけるわけにはいきませんからね。お茶会は彼女たちだけで楽しんでもらうことにしましょう。残念ですが…。
とりあえず薬を飲んで、体をあっためて寝ます。えーっと風邪薬は…。
「ヤエノ先輩、おはようございます…。何かお探しですか…。」
「おはようございます。エメラルドさん。風邪をひいてしまったので、薬を飲もうかと。」
「えっ!?大丈夫ですか!?」
「はい。軽いものなので数時間寝れば快方に向かうかと。」
「無理しないでくださいね…?今日のお茶会、無理ですよね…。」
「心配させてしまってすみません。私は欠席の連絡をしておきますので、エメラルドさんは楽しんできてください。」
「いえいえ…!ヤエノ先輩、結構辛そうですし…。また今度の機会にしましょ…?」
「いえ。アルダンさんもいろいろ用意しているでしょうから、今更変えるわけにはいきません。」
「うぅ…でも…心配で…。」
「お気持ちだけ受け取っておきますね。せっかくの機会ですから、私のことは気にしないで楽しんできてください。」
「はい…。わかりました。ヤエノ先輩、無理だけはしないでくださいね?」
「はい。寝ているだけなので、心配することはありませんよ。」
出かける準備をするエメラルドさんを横目に見ながら、布団に入ります。エメラルドさんは先ほどから、私が心配なのかこちらをちらちらうかがっています。目が合った時の彼女の微笑みが頭痛に苦しむ私に潤いを与えます。それにしても彼女は本当にかわいい…。初めて彼女の私服姿を見ましたが、彼女の雰囲気に合ったすっきりとした感じがとても似合います。薬が効いてきたのか、先ほどまでの頭痛と悪寒は収まってきました。忌々しい頭の重みが和らぐと、睡魔が襲ってきます。落ちていく意識の中、彼女に声をかけ、意識を手放します。
ああ、私は夢を見ているんだな。直感でそう感じる空間にいます。目の前で大泣きしているのは幼いころの私でしょう。ああ、なんだかこの光景に見覚えがある気がします。あれはレース場に連れて行ってもらった後、コースに出ようとしてひとしきり叱られた後でしょうか。
ふわふわとした感覚で、私は河川敷にたたずむ幼い私を眺めています。
気が付くとそこはまっしろな空間でした。私は自室で寝ていたはずですが…。試しに歩いてみると、今までよりも体か軽く感じます。このまま走っていくとどこまで速く走れるのでしょう。試しに走ってみようと右足を踏み出したその瞬間――ずしり、重いものに踏みつぶされたような感覚になり体が動かなくなります。それと同時に、大きなマグカップに水滴が落ちるような、何とも言えない恐怖感が頭の中でぐるぐる回ります。
ぽつ。
ぽつ。
ぽつ。
不快感は次第に大きくなっていき、頭の中を飛び出てからだ中を駆け巡ります。それでもなんとか左足を踏み出すと、周りの景色はレース場に変わっていました。前には私の友人のウマ娘がスパートをかけています。
『なにとまってんだ!!』
観客の罵声が耳に響き、体中を駆けずりまわり、こころにぐさりと刺さります。
前を走るアルダンさんが、チヨノオーさんが、こちらを振り向いて、冷たい目を向けて走り出します。
そして、次の瞬間、エメラルドさんがこちらを振り向きー。
「ヤエノ先輩!?大丈夫ですか!?」
目を開けると、そこには顔を真っ青にしたエメラルドさんが立っていました。
「ヤエノ先輩…?すごいうなされてたので心配になって…。」
「いえ…その…」
声を出そうとしますが、胸の奥からこみ上げてくる激情に阻まれます。
「ヤエノ先輩…?涙が…大丈夫ですよ…」
彼女がやさしく私の頭をなでてくれます。エメラルドさんの前でこんなに情けない姿を見せてしまうなんて…。不甲斐ない…。
「すごい汗…。悪夢でも見てましたか…?大丈夫ですからね…。」
隣に腰を下ろしたエメラルドさんが、私を優しく抱きしめてくれます。彼女の甘いにおいと、かすかに香る紅茶のにおいに、ぐちゃぐちゃになった頭がすっきりしてきます。
「エメラルドさん…ご迷惑をおかけしました…。」
「いえ…気にしないでください!それにしてもヤエノ先輩…すごい汗ですよ…?一緒にシャワー浴びましょうか。」
「いえ…風邪をうつすわけにはいかないので…。」
「大丈夫ですよヤエノ先輩。私、風邪ひいたことありませんから!」
「いえ…でも…」
「ヤエノ先輩はここに座っててくださいね。すぐタオルと着替え用意しますから!」
…ひとしきり寝たらずいぶん楽になったのですが、エメラルドさんと一緒にシャワーに入るのは楽しみなのでお言葉に甘えることにしましょう。小津路だとどうしても距離が遠いですからね…。
「ヤエノ先輩、準備できましたよ!あ、おんぶとかしたほうがいいですかね?」
「いえ、ちゃんと自分で歩けますよ。行きましょうか。」
「はい!ヤエノ先輩、さっき怖い夢でも見てましたか?帰ってきたらうなされてたのでびっくりしちゃって…。」
「はい…。そうですね…。」
「私、風邪ひいたときに見る夢は怖いって聞いたことあります。やっぱり心細いからですかね?あ、つきましたよ!」
エメラルドさんに手をひかれるまま脱衣所に入ります。…これは思ったより狭いですね…。普段一緒にお風呂に行く時とはまた違う恥ずかしさがあります…。少し意識すると、すべてがいつもと違う風に感じられます。そして、わたしのふくがあれよあれよと脱がされていきます。生まれたままの姿になったところで、エメラルドさんに促されてシャワーブースに入ります。少し志向が変な方向に向かっていますね。冷たい水でもかぶっていったん頭を冷やしましょうか。
「きゃっ!ヤエノ先輩、何してるんですか!?お水ですよ!?風邪ひいちゃいますよ~!」
「あ。すみません。少しぼーっとしてしまって…。」
「も~っ。私が洗ってあげますから、ヤエノ先輩はおとなしくしててくださいーっ、」
エメラルドさんが適温のお湯を出し、私の髪を、体を洗っていきます。さすがに前は自分で洗うよう言われましたが…。汗が流れてすっきりして、今はエメラルドさんに髪を乾かしてもらっている途中です。エメラルドさんの鼻歌が心地よくて、なんだかうとうとしてきてしまいました。
「ヤエノ先輩~寝ちゃだめですよ~。これからご飯ですから。朝から何も食べてないですよね~。」
「はう…そうですね。たしかに、おなかが減ってます…。」
「食欲はありそうですか?私がおかゆ作ってあげますね!」
「はい、ありがとうございます…。」
その後、部屋でアルダンさんとチヨノオーさんに謝罪のLINEを入れていると、エメラルドさんが手作りの卵がゆを持ってきてくれました。
「ヤエノ先輩、作ってきましたよ~!」
「ありがとうございます、いただきます。」
「あ、ヤエノ先輩、あーんしますよ~。はい、あーん。」
「…あーん」
他人に食事を食べさせてもらうというのは…恥ずかしいものですね…。しかし、幸せそうなエメラルドさんの顔をみていると、そんなことは頭から吹き飛んでしまいます。
「えへへ…ヤエノ先輩、なんだか小動物みたいですね。もぐもぐしてるのがかわいいです。あ、最後の一口です。あーん。」
「あーん。もぐもぐ…。ごちそうさまでした。エメラルドさん、わざわざありがとうございます。」
「いえいえー!いいんですよ!まだちょっと顔が赤いですから、お薬飲んでもう一回寝ましょうか~。」
「ふふ。エメラルドさん、なんだか母親みたいです。」
「うぇっ!?ヤエノ先輩、驚かさないでくださいよ~。」
「いえ…本当のことですが…。」
「むーっ…。ほらヤエノ先輩、寝ますよっ。」
エメラルドさんに布団に寝かされ、満腹になったということもあって眠くなってきました。握っているエメラルドさんの手の温かさを感じながら、私は眠りに落ちました。
翌日
「ヤエノ先輩~~。頭痛いです~。寒いです~。うぇ~…。」
「エメラルドさん、しゃべっていると頭に響きますよ。お薬を飲んで寝ましょうか。」