4時58分。すっかり染みついたタイマーがなるきっかり二分前の起床。同室の子を起こさないようにベッドから出てジャージを手に取り、キッチンへ向かう。冷たい水で顔を洗って目を覚ます。ラインでトレーナーと連絡を取りつつ、シリアルを牛乳で流し込む。トレーナーと通話をつないで、今日のメニューを確認する。
ダービーまで二週間弱。最高のパフォーマンスにするために高めの負荷をかけるトレーニング。メイクデビューの後に故障した分を取り戻さないと…。
5時30分。学園の外周へ出る。ストップウォッチをトレーナーに渡して走り始める。今の自分には少し厳しいラップを設定して自分を追い込む。焦る気持ちを抑えながら体内時計に磨きをかける。少し肌寒いからか足に少し違和感がある気がするけど、そのうちその違和感は消えていった。
7時30分。いったんシャワーを浴びてカフェテリアに向かう。学園への道でチヨちゃんたちを見つけて声をかける、チヨちゃんには調整を手伝ってもらったからダービーが終わったらお礼しなきゃな。
相変わらずエメラルドちゃんの食べっぷりは見ているこっちまで元気がもらえる。その笑顔に見とれていると、始業の時間が間近まで迫っていた。
8時45分。始業。今日は朝から授業がつまらないや。ノートの端に落書きをする。なんだかずっと座っていたらまた足に違和感が出てくる。ここで上積みをなるべく大きくしないとダービーには勝てない。気合を入れなきゃ。
13時00分。エメラルドちゃんとご飯を食べているとトレーナーから電話がある。新人トレーナーの研修があり今日のトレーニングは見れないと伝えられる、ちょうどいいのでエメラルドちゃんにトレーニングのお手伝いを頼む。最初は断っていたけれど、少しお願いするとすぐオッケーしてくれた。なついてくれてる後輩だから大事にしないとね。
「エメラルドちゃん、重くない?持とうか?」
「いえっ…。持てます!でも、ほんとにわたしでいいんですか…?」
「大丈夫大丈夫。練習内容はいつもと変わらないから。タイムを計るのとドリンクだけお願いしたいかな。」
「はい…。がんばりましゅ。」
まさか皐月賞ウマ娘のトレーニングを手伝うことになるなんて…。トレーニング内容を見ても、教科書の後ろのほうに書いてあるようなものばっかりで…。もし失敗しちゃったらどうしよう…。そんな思いが頭をよぎります。
「エメラルドちゃん、柔軟手伝ってもらって大丈夫?」
「あ、はい!スターさん、今行きます!」
わぁ…スターさん、やわらかい…。この柔らかさが勝利の秘訣なのかな…。
「ありがと、この後はここのコースを使ってトレーニングするつもりだから、あそこのベンチにタオルとか用意してもらってていい?」
「はい!わかりました!」
「ほんとありがとね!じゃ、私はアップしてくるから。」
軽やかに走り始めたスターさんを見送ってタオルの準備を始めます。…すごい量のドリンク。これ全部スターさんが作ったのかな…。
「お、すごいきれいにしてくれたね、私のトレーナーとは大違いだよ~。」
「あ、こんな感じで大丈夫ですか?」
「ん、エメラルドちゃんが座るスペースが必要だから、っと。はい、これでオッケー。ありがとうね。」
「ん…ありがとうございます。」
スターさんに頭をなでられてついつい顔がほころんじゃいます。えへへ…。
スターさんのトレーニングは順調に進んでいます。設定したタイムぴったりに走れるの、すごいなあ…。私がこの前タイム計った時にはがったがたでひどいものだったけど…。
「ふぅ…。次のメニューなんだっけ?」
「えーっと、学園の外周です!」
おっけー。エメラルドちゃん、自転車乗れる?」
「あ、はい!乗れますよ!」
「倉庫のほうに自転車があるから撮ってきてもらっていいかな?それに乗ってついてきてくれればいいからさ。」
「あ、わかりました。行ってきますね!」
私は体育倉庫に走って自転車を探します。えーっと…。“ランボー号”…これかな?前後にかごのついたママチャリを奥から引っ張り出してスターさんのところへ向かいます。
「あはは、エメラルドちゃん、それ選んでくるのはセンスあるねw。それ結構奥のほうにあったでしょ。」
「あ、はい…。もしかしてこれじゃないのが…?」
「ううん、これでだアイ上部。ドリンクとか多めに載せられるしね。」
スターさんがテキパキとタオルを積んでいきます…。やっぱり先輩はすごいや。
「タイム気にするトレーニングじゃないから、後ろをついて着てくるだけでいいよ。じゃ、いこっか。」
そういって走り出したスターさんを自転車をこいで追いかけます。聞こえるのはスター先輩の息遣いと車の走る音だけ。頬を春のさわやかな風が吹き抜けます。
ゆるやかな坂を上っていた瞬間、スターさんが急に体勢を崩し立ち止まってしまいます。
「スターさんっ!?大丈夫ですかっ!?」
ランボー号を乗り捨て、スターさんのもとに駆け寄ります。そこには、顔をゆがめながら足をかばうスターさんが…。
「だ、だ、d大丈夫ですかっ!・えっと…救急車?あわわわ…」
「ごめっ…ん。エメラルドちゃん、」
どうしたらいいのかわからずあたふたしていると、反対車線のおばさんが声をかけてくれました。おばさんにお願いして車に乗せてもらい、私はトレセン学園に連絡します。
「スターさん…大丈夫ですよ…。」
私は、ストレッチャーに乗せられ検査室へ運ばれていく皐月賞ウマ娘、サクラスターオー先輩を見送ることしかできないのでした。