第1夜「星落ちる空に響け序曲」
深い闇にぽっかりと銀色の穴を空けたような満月の夜。
ひとりの少年がブランコに腰かけ、虚ろな瞳で空を見上げていた。
春になったとは言え夜風はまだ肌寒く、錆びついた遊具はキィキィと耳障りな声をあげ、それはまるで目に見えない怪物が「ここから出ていけ」と囁いているかのようだった。
「帰りたくないな……」
少年はどろりとした溜息とともに言葉を吐き出した。彼の纏う空気は重たく、放っておけば夜が明けるまでこの場に居座っていそうな気配があった。
公園の中心に立つモニュメント時計の針が、またひとつカチリと時を刻み、文字盤の12時ちょうどを指し示したその時――
「やあ、少年。今宵は月が綺麗だね」
鈴を鳴らしたかのように綺麗な声が夜に響き、少年は声のした方へと勢いよく振り向いた。
そこには夜色のドレスを纏い、日傘を差した女が、妖しい笑みを浮かべて少年を見下ろしていた。その口元からは鋭い八重歯がきらりと覗く。
「ど、どなたですか?」
警戒しつつ尋ねながらも、まるで魔法にでもかかったかのように、少年はその女性から目を離せないでいた。
髪は真っ白で腰まで届くほど長く、それをハーフアップにしてまとめ、青薔薇のコサージュで飾っている。
血管の目立たない肌は白くなめらかで、それでいて生気が感じられず、瞳は血を凝縮して固めたかのように赤い。
絶世の美女であることは疑いないが、各パーツがあまりにも人間離れしすぎていて人形のようですらある。
「おっと、失礼」
少年の無遠慮な視線をよそに、女性は飄々と謝罪すると、片手を胸に当てて名乗りをあげた。
「私は
形のよい唇を、赤い舌がぺろりと舐める。
「さて、少年。こんな私は何に見えるだろうか?」
「へ?」
続けて飛び出した意味不明な質問に、少年は目を丸くした。
少年が答えられないでいると、カミラと名乗った女性は身を屈め、ずずいと顔を寄せて圧をかけてきた。このままだといずれ額と額がぶつかってしまいそうだ。
弧月のように上げられた口角から覗くカミラの牙みたいな歯を見て、少年は咄嗟に閃いた答えを口にした。
「き、吸血鬼、とか?」
パッとカミラが立ち上がり、少年との距離を離して身を震わせる。
(失礼だったかな……?)
と少年は一瞬後悔したが。
「ふっふふふふ……」
どうやらカミラは笑っているようだった。
「吸血鬼かぁ。やっぱりそう見えてしまうかぁ」
ひとしきり嬉しそうに笑ったあと、カミラは満月の下でくるりと一回転し、少年をエスコートするかのように手を差し出した。
「そうとも。私は吸血鬼だ」
幻想的な赤い瞳が何の特徴も無い黒い瞳を捉え、少年は言葉を失った。
「さて。私はこうして素性まで晒したわけだが、君は私に名前すら教えてくれないのかな?」
「あ、すみません……」
呆気に取られていた少年はブランコから立ち上がると、自称吸血鬼と目線がぴたりと合った。男子高校生にしては背の低い彼と、身長はちょうど同じくらいのようだ。
「僕は……
「リュート、か。いい名前だ」
聞き慣れた自分の名も、彼女が舌の上で転がすと天上の音色に化ける気がした。
「気に入った。君のことはリュートと呼んでいいかな? 私のこともカミラと呼んでくれて構わない」
「はあ。まあ、ご自由に……。
それで……その吸血鬼の鈴導さんは、僕に何の用ですか?」
「私のこともカミラと呼んでくれて構わない」
「……カミラ、さんは、僕に何の用ですか?」
初対面の女性(それもたぶん年上)を下の名前で呼ぶことに、どこか気恥ずかしさを感じながら、リュートは言い直した。
「ああ。君が何かに思い悩んでいたようだったからね。お節介でなければ、人生の先達として話を聞いてあげようと思ったのさ。
さあ、お姉さんに何でも話してごらん?」
カミラは胸に手を当てて、頼もしく微笑んだ。
「幸い、私は人を愉しませる手段に通じていてね。後でどんな悩みも吹き飛ぶような至高の快楽を教えてあげてもいい」
何かあぶないことまで言い出した。
「……僕、そんなに悩んでいるように見えましたか」
「それはもう。俺に関わるなオーラが全身から溢れだしていたよ」
そんなオーラを出していた覚えは無いが(というかそんなものが見えていながら話しかけてきたとは)落ち込んでいたのは事実である。
それこそ「俺に関わるな」と突っぱねても、あの手この手で迫ってきそうだったので、リュートは観念して再びブランコに座り込み、俯きがちになって言葉を紡いだ。
「……僕、プロゲーマーを目指していたんです」
「プロゲーマー? eスポーツというやつかな」
「はい、そうです」
スマホすら似合わなさそうな古風な見た目のカミラに通じるか不安だったが、どうやら大丈夫そうだ。案外と世俗的な吸血鬼である。
「小学校の頃から、それを目標にずっと練習してきました。両親も……諸手を挙げてとは言わないけど応援してくれていて。
だから、決めていたんです。高校生になっても芽が出なかったら、すっぱりこの道は諦めるって。
そして去年、高校1年生の間、僕は一度も大きな大会で結果を残すことができませんでした」
それを口にした瞬間、空気が鉛のように重たくなったのをリュートは感じた。カミラは変わらず微笑を浮かべながら話を聞いていたが。
「今日も高校2年生になって初めての大会で、2回戦敗退してきた帰りです。
そろそろ潮時かなと思って。帰ったら両親にプロゲーマーは諦めると伝えるつもり……でした」
しかしそれを実行に移す勇気はなく、家の近くにある公園でずっと無為に時を過ごしていたわけなのだが。
「ふむ? 素人の意見で申し訳ないが、まだ高校2年生になったばかりなら、諦めるのは早いのではないかな? 上級生には勝てなくても仕方ないだろう?」
カミラの質問に、リュートは首を振った。
「大成する人は高校1年生……どころか中学生の頃から結果を残しているのが大半ですよ。
僕は不器用で重要な場面で操作ミスをしてしまいがちだし、すぐに熟考して手が止まってしまう。はっきり言って、向いてないんです。それでも努力だけは怠らず、そこそこは上手くなったつもりです。
だからこそ、わかるんです。才能と環境に恵まれ、努力すらも欠かさない。正真正銘の化け物みたいなプレイヤーとの決定的で致命的な差が。
どれだけ練習を重ねてもそれを埋められる気はしないし、それでも信じ続ければ夢は叶うのかも知れないけれど。今日まで応援し続けてくれた両親をこれ以上心配させてまで、その道を突き進む勇気は僕にはないです」
「なるほど。君は優しいんだね」
「そんなんじゃないですよ。ただ臆病なだけです。自分の力及ばず夢破れるのが怖くて。親を理由に努力を放棄しただけの、ただの卑怯者です」
「君が自分でそう思うのなら、私はそれを否定しない。ただ、臆病にも卑怯にも、正しいものと正しくないものがあると思っている。人を想い、勇気をもってその道を選んだ君は、きっと正しい」
「なんですかそれ?」
リュートは苦笑した。それでも今日、初めて笑えた気がする。
「好奇心で聞くのだけれど、君は何のゲームをしていたのかな?」
「FPSです」
「えふぴーえす?」
カミラが小首を傾げた。そこまでゲームに詳しいわけでは無かったらしい。
「ファースト・パーソン・シューティングゲームの略です。一人称視点のシューティング・アクションゲームですね。
それに出てくる主人公のガンナーが普段はクールなのに、戦いになるとワイルドでとても格好良くて。気の弱い僕も、そのゲームをプレイしている間は彼のよう強くになれた気がした。本当は全然遠かったんですけどね。
ああ、僕も、あんな人になりたかったなあ……」
俯いていた顔を上げ夜空を仰ぐと、月の光が目に染みて、星の雫のような涙がぽろりと転がり落ちた――その瞬間。
カミラがリュートの頭を胸に抱くようにぎゅっと抱きしめた。
「そうか。それは辛い決断だったろう。お疲れ様」
そう言って頭を撫でてくれるのだが、当のリュートはそれどころではない。細身なカミラからは残念ながら(?)柔らかい感触はあまり感じられなかったが、甘くて蠱惑的な香りが鼻腔いっぱいに広がって幸せ……じゃなくてクラクラする。
「ふぁ、ふぁひふぉふふんふぇふか!?(な、何をするんですか!?)」
控えめに抵抗しながら、どうにかそれだけを胸の中で叫ぶ。
「泣き顔は見られたくないと思ってね」
それは確かにそうなのだが、口に出している時点で台無しだし。何よりそんなに優しくされたら。
本当に、泣いてしまうではないか。
「う、あ、あ、うわあああああああああっ!!」
堰を切ったかのように涙が溢れ出し、カミラの黒いドレスにじわじわと染みを広げていく。
「我慢なんてする必要は無い。今は思い切り泣きなさい」
カミラは子どもをあやすようにして、リュートの背中に優しく手を添えた。
リュートが泣き止むまで、ずっと。
「その、本当にすみませんでした」
号泣した後だから、とは別の理由で顔面を紅潮させ、少し前のようにブランコに座り込んで深く俯いたままリュートが謝罪した。もはや気恥ずかしさで、カミラの顔を直視できない。
「気にすることはない。君の話を聞くと言ったのは私だ。このドレスも安物だしね」
リュートの目には全然そのようには見えなかったが、衣服には詳しくない(まして中世の世界から飛び出してきたようなドレスなど)リュートは「はい」と曖昧に頷く他無かった。
「さて。これから君はどうするつもりなのかな?」
いきなりそんなことを尋ねてきたカミラに、リュートは思わずカミラの方へと振り向き、目が合った。彼女はリュートが目を逸らしている間も、何かを期待するように赤い瞳をじっとリュートに向けていたようだった。
「どうって……? そろそろ家に帰ろうと思いますけど」
「ああ、そうじゃない。私が聞きたいのは、この先のことだ。君は夢を諦めたと言うが、これから何を目標にして生きていくのかは定まっているのかな?」
「そんなすぐには決まりませんよ」
リュートは頭をかきながら苦笑した。
「では、これを機会に新しいゲームをはじめてみるのはどうかな? 興味があるなら、私が知る至高のゲームを君に教えてあげよう」
「至高のゲーム、ですか?」
思わず身を乗り出しながらリュートが目を輝かせた。
プロゲーマーは諦めたが、ゲームそのものが嫌いになったわけではない。その響きは、彼の好奇心をくすぐるのには十分すぎた。
「興味があります。教えてください」
「其の名はヴァンガード。先導者という意味のカードゲームだ」
「カードゲーム……? ヴァン、ガード……?」
「君もゲーマーなら、名前ぐらいは聞いたことがあるかな?」
「え、あ、はい……」
それは世界的に有名なカードゲームの名前だった。だが、リュートはもっぱらデジタルゲームが専門で、アナログゲームの造詣は浅い。DCG(デジタルカードゲーム)というジャンルもあるにはあるが、アクション性の高いゲームを好んでプレイしてきたリュートにとっては未知の世界だった。
「それを今からここで遊んでみないか?
そこから先は君が決めるといい。プロのカードゲーマーを新たな目標とするもよし。趣味に留めるもよし。この一夜限りの気晴らしとするのもいいだろう」
「…………」
リュートは公園の時計を見た。短針はすでに1時を指している。さすがに家に帰らないとと思ったが、ありがたいことに放任主義の両親は既に眠りについているだろう。ならばもはや、帰るのが1時間も2時間も遅れようが変わらない。
「……教えてください。僕にカードゲーム……ヴァンガードを」
「いいだろう。私は君に最高の一夜を約束する」
カミラは鷹揚に頷くと、片腕を掲げて指を打ち鳴らした。パチンと小気味のいい音が夜陰に響き渡る。
リュートが何事かと思うより早く、燕尾服を着た男がいつの間にかカミラの傍らに立っていた。これまでどこに隠れていたのだろうか。この小さな公園は視界が広く、人ひとりが隠れられるような遊具もない。
「この子に新しいデッキを」
「かしこまりました」
燕尾服の男は慇懃に頷くと、手にしていたアタッシュケースを開いて、その中身がリュートによく見えるよう恭しく差し出した。
「いずれかひとつお選びください」
そこには10種のデッキ、カードの束が収められていた。
一番上に置かれたカードのイラストは多種多様で、ドラゴンや騎士などファンタジーの王道もあれば、大鎌を携えた機神のようなSFじみたものもあり、変わったものではラグビーボールを抱えた偉丈夫なんてものもあった。
「このケースには基本的なデッキが収められている。どれも使い方は難しくないから、イラストで好きなものを選ぶといい」
とカミラが解説してくれた。
(好きなもの……と言われても)
とある1枚のカードから、すでにリュートは目を離すことができなくなっていた。彼が悩んでいるのは、自分にそれを手にする資格があるのか、である。
「気にすることはない。君がもっともなりたいと願う姿を選ぶといい」
そんな彼の心中を見透かしたかのように、カミラがそっと言葉で背中を押す。
リュートを意を決して、気になっていたデッキを掴み取った。
「いいね。そのデッキはきっと君に合ってる」
カミラは微笑みながら日傘を閉じ、燕尾服の男に預けると、代わりに別のデッキを受け取った。
「向こうにベンチがある。あそこで遊ぼうか」
カミラが細い指で示した先にふたりで移動する。燕尾服の男は、少し目を離した隙に姿を消していた。
「分けてある4枚のカードのうち、左上に0と書かれたカードがあるだろう? それをまず真ん中のサークルに置くんだ。残りの3枚は左に。他のカードは……」
ベンチの上にいくつものサークルが描かれたマットを敷き、カミラがテキパキと指示を出す。リュートも言われるがまま、それに従った。真夜中ではあるが、外灯が近くにあるので手元は明るい。
「次に山札からカードを5枚引くんだ。それからカードの引き直しができるのだけれど、慣れないうちはカードの右上にマークのついたものを戻すといい」
そうこうしているうちに、あっという間に準備が整った。
「イメージしたまえ」
「え?」
リュートが素っ頓狂な声をあげたのは、カミラが唐突なことを言い出したからではない。その一言と同時、眼前に見知らぬ世界の荒野が広がったからだ。
「今の私達は地球によく似た惑星、クレイに降り立った霊体だ」
物語のように朗々と語られるそれは、リュートの世界にさらなる肉付けを与えた。すぐ傍に聳え立った崖からは獣達が値踏みするようにこちらを見下ろし、遠く見える森からは鳥がギャーギャー叫びながら飛び去っていくのが見える。
これから何かが起ころうとしている。そんな予感がした。
「か弱い霊体である私達は、惑星クレイでは長く生きられない。よって惑星クレイの
私達がはじめにライドするのが、は裏返して置いたこのカードだ。これをファーストヴァンガードと呼ぶ。
『スタンドアップ ヴァンガード』の掛け声と同時に、ファーストヴァンガードを表に向けるんだ」
「は、はい……!」
「それでははじめよう。スタンドアップ……」
「ヴァ、ヴァンガード!」
「私がライドするのは《憧れのお姉様 フェルティローザ》だ。
さあ、君も新しい自分の名を堂々と読み上げたまえ」
「は、はい!
《砂塵の双銃 バート》!!」
右手にカードを。心には銃を携え。
如月リュートは、はじめて惑星クレイの大地に降り立った。
「さて。説明のため、先攻は私がもらうよ。今回はルールを覚えることを重視したいので、カードの下に書いてあるテキストも無視してやってみよう」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「ターンの開始時、手札から1枚のカードをドロップゾーンに置くことで、ライドデッキからグレードがひとつ上のユニットにライドすることができる。
ライド。グレード1、《麗しの休日 フェルティローザ》
フェルティローザは、アイドル養成学校であるリリカルモナステリオの学生だ。とは言え油断してはいけない。彼女は高位のヴァンパイアで、その膂力は銃身をも容易くへし折り、鋭い爪は鉄板すらバターのように斬り裂くことができる」
イメージの中で、薄桃色の髪を二つ括りにした少女が、カミラによく似た余裕の笑みを浮かべて、妖しい仕草で手招きする。
「そのフェルティローザでアタック! ……と言いたいところだが、先攻の1ターン目はアタックすることができない。ここは君のターンを譲ろう。
さあ、私と同じようにやってごらん?」
「え、と……まずは山札からカードを1枚引いて。手札からカードを1枚ドロップゾーンに置いて……グレード1にライドする。
ライド! 《砂塵の銃撃 ナイジェル》!」
覚束ない手つきで、リュートも新たなユニットにライドする。
「君の使うユニットは
カミラはまるで物語を読み聞かせるように、ルールだけでなくユニットの出自も教えてくれた。それこそが重要なのだと言わんばかりに。
「では、次はアタックを教えよう。ユニットを
「さ、《砂塵の銃撃 ナイジェル》で《麗しの休日 フェルティローザ》にアタック!」
言われた通りに、リュートがアタックを宣言する。
「ヴァンガードがアタックした場合、ドライブチェックという処理が入る。まずは山札の上からカードをめくるんだ」
「ド、ドライブチェック……!」
リュートがめくったカードは《急行竜 スティルディロフォ》というカード。
「トリガーゲットだ。おめでとう。ドライブチェックで右上にマークの付いたカード――トリガーユニットを引いた場合、好きなユニットにパワー+10000を与えることができ、マークに応じて特別な効果も発動する。このカードは引トリガー。山札からカードを1枚引くことができる。あと、ドライブチェックでめくったカードはトリガーの有無に関わらず手札に加わるよ。
そしてアタックの結果だが、アタックした側のパワーがアタックされた側以上のパワーに達していればアタックがヒットする。今回のケースはナイジェルの8000にトリガーの+10000が加わって18000。フェルティローザのパワーは8000なので、アタックは成功。私は1ダメージを受ける」
カミラは山札の上からカードを1枚めくると、盤面の左端に置いた。
「ここがダメージゾーン。1ダメージごとに山札の上からカードを1枚ずつ置いていく。ここに6枚のカードが置かれたファイターはゲームに敗北する。
アタックを終えたらできることはもう無いので、ターンをもらうよ。
スタンド&ドロー。
ライド。《享楽の才媛 フェルティローザ》」
グレード1のカードに、新たなグレード2のカードを重ね合わせる。「こうしてヴァンガードを少しずつ成長させていくんだよ」とカミラは語った。
「さて。ユニットがヴァンガードだけでは少し寂しいね。けど、大丈夫。私達には手札のユニットをリアガードとして呼び出す能力――コールも与えられている。
コールできるユニットは、ヴァンガードのグレード以下のグレードを持つユニットだ。《享楽の才媛 フェルティローザ》のグレードは2。
グレード2《親衛隊長 マルレーン》と、グレード1《儚げ乙女 ハンネローレ》をコールするよ」
言いながら、カミラは右上と右下のサークルにカードを並べた。
「では、まず《享楽の才媛 フェルティローザ》でヴァンガードにアタックだ。ドライブチェック……トリガーは無し」
「ダメージチェック……」
リュートはカミラがやった通りに、ダメージゾーンにカードを置く。置かれたカードは《忍竜 ジャエンゴク》
「ダメージチェックでトリガーが置かれた場合も、トリガー効果が発動する。そのカードは前トリガー。前列のユニットすべてにパワー+10000する。
これで私の《親衛隊長 マルレーン》のアタックは通らなくなった。だが、後列のリアガードは前列のユニットをブーストすることができる。
《儚げ乙女 ハンネローレ》でブーストした《親衛隊長 マルレーン》でアタック。この場合、ブーストしたユニットのパワーが、そのままアタックしたユニットのパワーに加算される」
「つまり、マルレーンのパワーは18000。僕のナイジェルのパワーはトリガーで+10000されていても18000だから、アタックがヒットするわけですね」
「その通り。物覚えがいいね」
リュートは再びダメージゾーンにカードを置いた。今度はトリガー無し。
「さあ、君のターンだ。ターンの開始時、レストしているユニットはすべてスタンドする」
「はい。スタンド&ドロー。
ライド。《砂塵の凶弾 ランドール》
そして《爆砲竜 ブラキオフォース》と《鉄球竜 アンキボーラー》をコールします」
「ふふふ。さっそくコールはマスターしたようだね。並べ方もバッチリだ。さすがはゲーマーと言ったところかな?」
「そ、それほどでも……」
褒められてまんざらでもなさそうな笑みを浮かべながらリュートが答える。
「いきます! ランドールでフェルティローザにアタック!」
「そんな君にもうひとつのルールを教えよう。
ガード! 《魂を込めた指揮 リヒャルダ》」
「ガード!?」
「そう。相手からアタックされた時、手札のユニットでアタックをガードすることができる。ガードした場合、カードの左に書かれてある数値が、アタックされたユニットのパワーに加算される。リヒャルダのガード値は15000。よってフェルティローザのパワーは25000だ」
「トリガーを引いてもアタックは通らないというわけか……。
ドライブチェック……!? またトリガーだ!」
リュートがドライブチェックでめくったカードは《コンダクトスパーク・ドラゴン》。
「それは★トリガーだね。相手に与えるダメージを1点増やすことができる。これはパワーと同様に、他のユニットに振ることもできる」
「なら……パワーと★はすべてブラキオフォースに! アンキボーラーのブースト、ブラキオフォースでヴァンガードにアタック」
「《ゆるだるまったり マルグリット》でガード。さらに《親衛隊長 マルレーン》でインターセプトだ」
「インターセプト!?」
「インターセプトはグレード2のユニットだけが持つ特別な能力で、前列からガードに参加することができる。これでフェルティローザのパワーは30000になった。パワー28000のブラキオフォースのアタックは通らない」
「な、なるほど……」
「それでは私のターンだね。
スタンド&ドロー。
ライド! 《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」
惑星クレイの荒野に陽が落ち、満月が昇る。
銀色の月光を浴びながら、リリカルモナステリオの制服を纏った少女は、軽やかにスカートを翻し宵闇の空を舞った。
夜は――吸血鬼とお化けの時間だ。
「《月夜に溶かして メヒティルト》をコールして、バトルに入るよ。
フェルティローザでヴァンガードにアタック……ツインドライブ!!」
「ツインドライブ!?」
「そう。グレード3のユニットはドライブチェックを2回行うことができる」
「……ということは、下手にガードするのは危険ですね。ノーガードです」
「では、改めてツインドライブ。
1枚目、★トリガー。フェルティローザに★+1、パワー+10000。
2枚目、引トリガー。1枚引いて、メヒティルトにパワー+10000」
「よかった……やっぱりガードしていても防ぎきれなかった」
息をつきながら、リュートが4枚目のカードをダメージゾーンに置く。トリガーは無し。
「けど、危機が去ったわけではない。メヒティルトも、君にダメージを与えるには十分なパワーに達している」
「うっ……」
続くアタックも防ぎきれず、リュートは早くも5点のダメージを負った。
「僕のターン! スタンド&ドロー!」
焦りを滲ませながら、リュートがカードを引く。しかし、その手つきにはすでに淀みは無い。
「ライド! 《砂塵の重砲 ユージン》!!」
惑星クレイの荒野に、眼帯で左目を隠した屈強な青年が降り立った。
口元では戦場を楽しむような笑みを浮かべているが、その両腕に抱えられた巨大な重砲は油断なく吸血鬼の少女に向けられている。
「《砂塵の穿弾 メイナード》をコール!
バトルです!
ユージンでフェルティローザにアタック!」
「ふむ。ここは君を見習って、私もノーガードとしようか」
「ツインドライブ!!
1枚目、★トリガー! ★はユージン! パワーはメイナードに!
2枚目、……このトリガーは?」
2度目のドライブチェックでめくれたのは《白光竜 パラソラース》というカード。
「おめでとう。それは治トリガーだ。君のダメージが相手のダメージ以上なら、ダメージゾーンからカードを1枚ドロップゾーンに置くことで回復することができる」
「やった! これで僕のダメージは4点ですね!」
その後のアタックも1回通り、互いのダメージは4点で並んだ。
「やるね。君は本当に筋がいい」
「カミラさんの教え方が上手いからですよ」
「では、これに耐えられるかな?
スタンド&ドロー!
ペルソナライド! 《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」
フェルティローザの背から蝙蝠の翼が生えたかと思うと、身に纏う制服が黒革のドレスへと一瞬で変化した。
より吸血鬼らしい装いとなったフェルティローザは、ふわふわと優雅に浮かびながらユージンを睥睨する。
「ペルソナライド!?」
「君はいちいち教え甲斐のある反応をしてくれるね。
そう。グレード3のユニットは、同名のユニットにライドすることでカードを1枚引き、前列ユニットのパワーに+10000することができる」
「なっ!?」
「《結い上げた憧憬 ハイルヴィヒ》、《知識を力に ザスキア》をコール。
さあ、
ザスキアのブースト。フェルティローザでヴァンガードにアタック!」
「合計パワーは18000……いや、28000か! パラソラース、コンダクトスパークでガード!」
「私は2枚のトリガーを引かなければダメージを与えられないというわけだね。
では、ツインドライブ!!
1枚目……おや?」
カードをめくったカミラが、形のよい眉を軽く上げて驚く。
「私の運がよかったようだ、リュート君。私の引いたカードは《決意の精霊王 オルバリア》。超トリガーだ」
「超……トリガー……?」
カミラがめくったカードを見せつける。月明かりを浴びて燦然と輝くそれは、これまでのトリガーとは一線を画する存在であることは感じ取れた。
「このカードをゲームから取り除き、1枚ドロー。そして、ユニット1体のパワーに1億だ」
「いっ、1億!?」
「強力な代わり、デッキに1枚しか入れられないけどね。
1億のパワーは当然フェルティローザに。
2枚目のドライブチェック……★トリガー。★はフェルティローザ。パワーはハイルヴィヒに」
「……これで6点のダメージ。僕の負けですね」
「いや。そうとも限らないよ。治トリガーがあるからね」
「そ、そうですね……!
ダメージチェック……トリガー無し」
リュートはダメージゾーンに5枚目のカードを置き、次のカードを引くため山札に手をかける。心臓がバクバクと高鳴る音が聞こえた。
(もう少しだけヴァンガードを……カミラさんとゲームを続けていたい)
リュートはすっかりヴァンガードの虜になっていたが、それだけではない。目の前の女性とこうして他愛のない話をしながら遊ぶのが、ただただ純粋に楽しかった。
(だからお願いだ。治トリガーよ、来てくれっ!)
祈りを込めてカードを引き、恐る恐る確認する。
「……このカード? このカードをダメージチェックで引いた場合はどうなるんですか?」
リュートが引いたカードも超トリガー。《決意の精霊王 オルバリア》だった。
「さっきと同じようにゲームから取り除かれ、1枚引くことができる。ダメージゾーンに置かれることもないのでゲーム続行だ」
「よ、よしっ! 1枚引いて、パワー1億はユージンに!」
「では、残りのユニットはリアガードにアタックしよう」
それを防ぐことはできず、リュートの前列にリアガードがいなくなる。
「私はこれでターンエンドだ。
ふふっ。実は少しほっとしているんだ。この楽しいひと時が、あんな唐突に終わったのでは、少し味気なかったからね」
(僕と同じことを思ってくれていた……!!)
たったそれだけで、何故だろう。不思議と心が弾む。
「さあ。これで教えられることはすべて教えた。このゲームの集大成を見せてくれたまえ」
「はいっ! スタンド&ドロー!!
ペルソナライド! 《砂塵の重砲 ユージン》!!
そしてコール! 《突貫竜 トライバッシュ》を2体! 《白光竜 パラソラース》! 《焔の巫女 ゾンネ》!」
「さっそくペルソナライドを自分のものにしたね。それに、ガード値の高いトリガーユニットのコール。次のターンは耐えられないと判断しての総攻撃か。君は本当にいいセンスをしている」
「バトルです!
パラソラースのブースト! ユージンでヴァンガードにアタック!!」
「ノーラとマルグリットでガード。これで合計パワーは43000。2枚のトリガーを引かなければアタックは通らない」
「ツインドライブ!!
1枚目……引トリガー!! パワーは……! パワーは……」
(どうする? ヴァンガードにパワー振るべき? けど、トリガーを引くだけでは勝てない。★トリガーじゃなければ。
それならリアガード? けど、カミラさんのダメージは4。リアガードにパワーを与えても、ノーガードで凌がれる。
いや、まずはトリガーでカードを引いてからだ……)
考えがぐるぐると回転して定まらない。
目を見開いたまま硬直して動かなくなったリュートに、カミラが優しく声をかける。
「ゆっくり考えて構わないよ。夜は長いのだから」
「!!」
それは思考の海で溺れるリュートに一筋の光明をもたらした。
(……そうだ。これはアクションゲームじゃない。瞬間的な判断力は重要じゃないんだ。カミラさんの手札は、これまでの展開である程度は予測できる。そこから求められる、僕が選ぶべき最善の行動は……)
目を閉じ、思考の海へと潜り込む。あらゆる状況を想定し、勝てるパターンを拾い上げ、そこに至るまでの道筋でもっとも可能性の高いものを選び取る!
「……お待たせしました」
目を開くと、カミラは変わらず穏やかな笑みを浮かべながら待ってくれていた。
「いや。そこまで真剣に考えてもらえて嬉しいよ」
「パワー+10000はヴァンガードに!
そして、2回目のドライブチェック……!!」
勢いよく山札から次のカードを掴み取る。
「……★トリガー!! ★とパワーはすべてユージンに!! いっけええええぇ!!」
拳を突き出しながらリュートが吠える。それと同時、彼の意識は再び惑星クレイへと飛び立っていった。
崩れかけた崖に身を隠しながらユージンは時を待っていた。
吐息は荒く、避けた衣服から覗く肌からとめどなく血が流れ続けていたが、心は冷静に、五感を総動員して周囲の気配を探っていた。
やがて、背筋が凍りつくような悪寒が奔る。
ユージンは崖から僅かに顔だけを覗かせると、夜空を漂いながら大袈裟な仕草で周囲を見渡す吸血鬼の少女が視界に入った。ユージンは再び崖に身を潜めると、音も無く重砲を構える。
ドン! ドン! ドン!
あらぬ方向に放たれた3発の雷撃は、空中で向きを変え吸血鬼へと飛来する。吸血鬼はすぐさま回避行動を取ったが、それらは猟犬の如くどこまでも彼女を追尾した。
ユージンが知覚できる範囲であれば、電光の疾さで果てしなく目標を誘導し続ける。一度放たれれば逃げることはかなわぬ不可避の弾丸。それはユージンを狩人たらしめる、彼の切り札であった。
だが、吸血鬼は身に纏った黒い薄布のヴェールを振るうと、まるで虫でも払うかのように雷弾を弾き飛ばした。
「バケモノめ……」
ユージンが毒づきながら場所を変えようと動く。が、その先には吸血鬼が澄ました顔で腕組みをしながら待ち受けていた。
「ちっ!」
ユージンが舌打ちしながら重砲を持ち上げるより早く、吸血鬼のしなやかな脚がそれを踏みつけた。
ユージンが銃を取り落とし、吸血鬼が勝利を確信した笑みを浮かべて爪を振り上げる。その形のよい唇が「私の勝ちね」と動くのが、やけにゆっくりと見えた。
「いいや。俺の勝ちだぜ」
ユージンは外套を跳ね上げると、隠されていた拳銃を抜き放ち、吸血鬼の眉間に突き付けた。装填しているのはもちろん吸血鬼の弱点たる特注の銀弾だ。
吸血鬼の大きな瞳が驚愕に見開かれると同時、ユージンは躊躇なく引き金を引いた。
パンと軽い音がして銀の弾丸が吸血鬼の眉間に突き刺さる。その刹那、彼女は無数の蝙蝠となって一斉に空へと舞い上がった。
(かわされたか!?)
ユージンは油断なく周囲に銃口を向けるが、追撃は無かった。
意を決して崖から飛び出すと、飛び去る蝙蝠の群れが遥か遠くに見え、その先では陽が昇りつつあった。
(夜明けを嫌ったか……?)
それでも力ある吸血鬼は陽の下でも活動できると聞くが。
もしくは見逃してもらえたか、だ。
その吸血鬼の「気まぐれ」は、界隈では有名な話らしい。
(ともあれ命拾いしたか……)
ユージンは拳銃を取り落とすと、その場で仰向けに倒れた。
もうしばらくすると、仲間が回収に駆けつけてくれる手筈になっている。
その時まで、ユージンはしばし荒野で眠りにつくのであった。
「これで私のダメージは6点になった。ユニットとの契約は解除され、私は無力な霊体に戻る。……どうしたのかな?」
カミラに声をかけられ、リュートはハッと我に返った。
見ると、カミラのダメージゾーンに6枚目のカードが置かれている。
「僕、勝ったんですか……?」
「ああ。君の勝ちだよ。おめでとう」
カミラが小さく拍手をして祝福してくれた。
「これがカードゲーム……ヴァンガード」
リュートは盤面に並べられたカードを見下ろしながら、先ほどまで見ていた景色を思い返していた。
カードゲームは、デジタルゲームのように画面の中でキャラクターが動くわけではない。だが、1枚のカードからイメージ次第でどこまでも世界が広がっていくような自由があった。リュートはついさっきまで間違いなく惑星クレイの大地に立っていて、そこでは凄腕の銃使いだったのだ!
「すごく……面白かったです」
「そうか。それはよかった」
リュートの率直な感想を聞いて、カミラも目を細めて喜ぶ。
「ご、ご迷惑じゃなければなんですけど! もう1回! もう1回、お願いします!」
「いいとも。今宵はとことんつきあおう。
次はカードのテキストも適用してやってみようか」
「はいっ!」
カミラは自分のカードをひとまとめにして切り直し、リュートもそれに倣う。
――その時だった。
ぽろ、ぽろ、とカミラの手元からカードが零れ、マットの上に落ちた。
「あれ? カミラさん、カード落としてますよ」
カードの扱いに慣れていなかったため、手元を見ながらデッキをシャッフルしていたリュートがそれに気づき、続けて顔を上げてカミラを見た。
カミラは白い肌をさらに蒼白にして、口元を押さえていた。
「……カミラさん?」
間の抜けた声で、その名を呼ぶ。カミラの手にしていたカードがすべて、どしゃっとマットの上に落ちたかと思うと。
「ごほっ、ごほっ! ごぼっ!」
カミラは片手で口を、片手で胸を押さえたまま、激しく咳き込みはじめた。
「カ、カミラさん!?」
「ごほっ! ごほっ! ごぼっ……!」
まるで見えない手に肺をかき回されているかのような、尋常ではない咳き込み方である。
リュートに向けて、大丈夫だと言いたげに震える手が差し出されるが、とてもそうは見えない。
だが、リュートも苦しむカミラに何をしていいか分からず、両手をカミラに伸ばしかけたまま情けなく彷徨わせていると。
「かはっ!!」
悲鳴のような咳と共に、カミラが地面に向かって吐血した。続けて、彼女の体がゆっくりと傾いて、自身の作った血だまりへと倒れ込んでいく。
それを素早く抱き止めたのは、先ほどカミラやリュートにデッキを手渡した燕尾服の男だった。
彼はカミラを抱え上げると、その体勢のままハンカチで器用に、血に汚れたカミラの口元を拭った。
「大変失礼致しました」
男がカミラを抱えたまま小さく頭を下げる。そして、目にも留まらぬ速さでカミラのカードとプレイマットを回収した。
「どうか今宵のことは、一夜の夢としてお忘れください」
男は再び一礼すると、リュートが瞬きした瞬間にその姿をくらませていた。
ひとりぽつんと残されたリュートに、冷たい風が追い打ちをかける。
何もかもが分からないことだらけで、すべて夢か幻だったと言われた方が納得できそうな、荒唐無稽な夜だった。
それでも、一つだけ確かだったものがある。
「忘れられるわけないだろ……こんなの」
手の中に残った《砂塵の重砲 ユージン》のカードに力を込めながら、リュートはこれまで体験したことの無かった鮮烈なイメージの余韻に浸るのであった。
はじめましての方ははじめまして。
おひさしぶりの方はおひさしぶりです。
ここまで「ヴァンガード・ゴシック」をご覧頂きありがとうございました。
栗山飛鳥と申します。
ヴァンガードと小説好きが高じて、3年ほど前からヴァンガードのオリジナル小説を書いています。
Dスタンを盛り上げたいという願いを込めて、今回のお話は書かせて頂きました。
ここから約1年、全12話での連載を予定しております。
今後ともお付き合い頂けますと幸いです。
次回は5月3日の公開を予定しております。
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Vスタンダードが好みの方は、過去作「根絶少女」
https://syosetu.org/novel/187185/
パックやカードのレビューが見たい方は、
「ヴァンガード へっぽこカードレビュー in惑星クレイ」
https://syosetu.org/novel/285456/
もご覧ください。