ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

10 / 25
第10夜「閉幕へと至る前奏曲」

 ――人、人、人。

 見渡す限りは人ばかり。

 近隣で最も大きな神社に、家族と一緒に初詣へと来ていた如月(きさらぎ)リュートは、その人混みに押し流されるようにして、見事にはぐれてしまった。

 ただでさえ広くない参道には所狭しと屋台が立ち並び、焼きそばやお好み焼きの香ばしい匂いや、りんごあめやわたあめの甘い香り、果てはヨーヨーつりやスーパーボールすくいのゴム臭さまでが混ざり合い、ただでさえ人混みが苦手なリュートは吐き気すら覚えた。

 先月のヴァンガード全国大会『ダイナミック』もなかなかの賑わいだったが、あの時はスタッフの努力の甲斐もあってどこか整然としていた。ここは輪をかけて人が多いうえに、人混みの中で突っ立っているだけの警備員は、死んだ魚のような目で漫然と人混みを眺めているだけで、何の役にも立たなかった。

 どうにか参道をはずれた屋台の裏に退避したリュートは、よくわからない動物の石像にもたれながらようやく一息つけた。

 両親はもちろん、自分ももう子どもではない。お参りは済ませたし、あとは個別に帰宅でいいだろうと考えながら、連絡のためスマホを取り出した、その時だった。

「おや、リュート君ではないですか?」

 爽やかに声をかけられ、リュートが振り向くと、そこには白衣のようなコートを纏い、スクエアフレームの眼鏡をかけた青年の姿があった。

「教授!?」

「奇遇ですね、リュート君。あけましておめでとうございます」

 にこやかな笑みを浮かべながら、教授――(たちばな)キョウジ――が歩み寄って来る。

「あ、あけましておめでとうございます! それと、ダイナミックの準優勝……おめでとうございます、でいいんでしょうか?」

「ふふっ。たしかに悔しい気持ちもありますが、自分の実力が足りなかったまでのことです。結果は誇らなければ、俺が倒してきた対戦相手にも失礼でしょう。ありがとうございます」

 そう言ってキョウジは丁寧に頭を下げた。

「それで、教授はどうしてここに?」

「ああ。大学のゼミ仲間と初詣に来ていたのですが、この人混みの中、はぐれてしまいまして。お恥ずかしい……」

「あはは。僕も同じです。家族とはぐれて、この歳で迷子になっちゃいました」

「けど、最終的には別行動を取ろうと考えていたので、都合がよかったのかも知れません。こうしてリュート君と出会えたことも含めて、ね」

「?」

 意味深な言い方に、リュートが首を傾げる。

「実はこの近くに新しいカードショップができたらしいんですよ」

「えっ!?」

 その一言で、リュートの目が興味に輝いた。

「ここで会えたのも何かの縁です。一緒に行きませんか?」

「は、はいっ! ぜひ!」

「よかった。それでは善は急げです。さっそく行きましょう」

 そう言ってリュートを先道するキョウジは、まるで遊園地で親の手を引いてはしゃぐ子どものように生き生きとしていた。

 

 

 その新しくできたというカードショップは、建物から新築されたらしい。店内に入ると、新築の建造物独特の匂いが僅かに残っていた。

「いらっしゃいま……えっ!? もしかして、橘キョウジ!?」

 若い男の店員が笑顔で声をかけてきたかと思うと、キョウジの姿を認めるや、目を見開いて硬直した。

 キョウジは世界中に動画配信もされている全国大会での準優勝者である。カードショップの店員なら、当然チェックもしていたのだろう。思わぬ大物の来店に、気が動転するのも無理はないか。

 キョウジは苦笑しながら、人差し指を自らの唇に押し当てた。

「あ……失礼しました。どうぞごゆっくり」

 店員が笑みを戻し、深々と一礼してカウンターへと戻っていく。

「さすが教授。有名人ですね」

「俺としては、落ち着いて買い物をしたいんですけどね」

 キョウジは苦笑しながら答えた。

 そんな彼の願いが天に通じたのか、店内にいるのはお年玉を抱えた低年齢の少年少女が多く、店員以外で、キョウジに気付くものはいなかった。

「おおー! そんなことよりも見てください、リュート君! 新しい店なだけあって、品揃えは完璧ですよ!」

 全国大会の優勝者が目をきらきらさせながら、真新しいショーケースを見て回っている。すべてのカードテキストが頭に入っているであろう彼にとっては珍しいものでもないだろうに。

(この人は、本当にヴァンガードが好きなんだな……)

 自分もヴァンガードは大好きだ。という想いはリュートにもある。ただ、その半分くらいはヴァンガードの競技性という点に向けられており、カードの効果を覚えるのも、勝利への欲求からだ(もちろん自分の使っているカードには愛着もあるが)。

 キョウジのように、今は使い道の無いカードにも等しく興味を向けられるというのは、もはやひとつの才能であった。

 結果的には、彼のような人間が誰よりも早く新たな構築やコンボを見つけ出し、環境を牽引していくのだから、やはりカードゲームは面白いと思う。

「《電磁怪獣 エレヒレシーデ》! このカードを軸にしたデッキも好きなんです。打点を出せる怪獣として、アルキテ軸でも採用できますね。

《リファブリッシュメント・ドック》なんかは、俺がずっと注目しているカードですね。いつか日の目が当たる時がくると思いますよ。

 あっ! これはエバのSPですね! 俺は実用性を重視するので、わざわざ高いカードを買ったりはしないのですが、自分の使っているカードの高レアリティは、やっぱり少し憧れますね」

 キョウジはストレージやショーケースからカードを指しては、ウンチクを語り出す。落ち着いて買い物をしたいと言っていた本人が、まったく落ち着いていない。

「おっと! 失礼しました。俺ばかりがしゃべってばっかりで。カードの話をしていると周囲が見えなくなってしまうのは悪いクセですね」

「いえ。勉強になります」

 一応、これは本心だった。

「それでも、リュート君はいい加減に退屈でしょう。デッキは持って来ていますか? よければファイトしましょう」

「えっ? いいんですか!?」

「もちろん。俺がダイナミックの準優勝者だからって、変に遠慮はしないでください。『ニアミント』の皆は、今でも仲間だと思っています。時間が合えば、ファイトの挑戦はいつでも受け付けていますよ」

「は、はいっ!」

 リュートはキョウジと知り合えたことを、改めて嬉しく思った。彼が全国大会でよい成績を収めたからではない。それで驕ることのない、人の良さこそが誇らしかった。

 店の奥に設えられたファイトスペースは、テーブルやマットも新品で小綺麗だった。

「こういったものは逆に、多少使い込まれている方がやりやすかったりするのですけどね」

 キョウジがわかるようなわからないようなことを言いながら席につく。

 ファイトに慣れたふたりの準備はすぐに終わった。

「それでは、はじめましょうか」

「はい! よろしくお願いします!」

「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

「《砂塵の双銃 バート》!」

「《知識の渇望者 エバ》!」

(エバ……!!)

 そのファーストヴァンガードを見て、リュートが凍りつく。

 デッキの中身まで同じとは限らないが、キョウジがダイナミックで使用していたヴァンガードもエバであった。

「なるほど。リュート君はユージンですか。お互いが最も使い慣れたデッキを使っての対戦ははじめてですね。1度目はリュート君がタマユラでしたし、2度目は俺がケイオスでした」

「そ、そう言えばそうですね」

「そしてどちらの軸も、あれから大きな強化をもらっている。どちらがより成長できたのか。これは興味深いファイトとなりそうです」

 ギラギラと知識の渇望に輝く瞳が、彼のヴァンガードである少女に重なって見えたような気がした。

 

 

「俺のターン。スタンド&ドロー。

《お昼寝はどこだって エバ》にライドします。

 山札から研究カード《ここからは実験の先》を手札に加え、セットします」

(やっぱりまずは《ここからは実験の先》を貼ってくるか……)

「俺はこれでターンエンド。どうぞ、リュート君のターンですよ」

「あ、はい。スタンド&ドロー。

 ライド! 《砂塵の重撃 ナイジェル》!

 バートの効果で1枚ドロー!

 ナイジェルでヴァンガードにアタック!」

「《警邏ロボ デカルコップ》でガード!」

「ドライブチェック! っ……(クリティカル)トリガー! 効果はすべてナイジェルに……」

「ですがアタックは通りません。残念でしたね

 俺のターン。スタンド&ドロー。

《研究は順調 エバ》にライドして、エバのスキルで《奔流エネルギーの研究》を手札に加えます」

「!?」

「《奔流エネルギーの研究》をセット。スキルで山札の上から5枚を公開。《巨岩怪獣 ギルグランド》を手札に。《電波怪獣 ウェイビロス》をドロップへ」

(ギルグランド……怪獣名称の完全ガード……!)

「さあ、エバでナイジェルにアタックします!」

「……ノーガード」

「ドライブチェック……ノートリガーです」

「ダメージチェック……」

 リュートのダメージゾーンに置かれたカードもトリガーでは無かった。

「僕のターン。スタンド&ドロー。

 ライド! 《砂塵の凶弾 ランドール》! ナイジェルのスキルでソウルチャージ!

 ランドールでヴァンガードにアタック時、ランドールのスキルも発動! CB(カウンターブラスト)1して、パワー+5000! ソウルチャージ!」

「ふむ。ここでランドールを使いますか。今度はしっかりとアタックを通しにきたか、それとも……。

 いいでしょう。ノーガードです」

「ドライブチェック! ……★トリガー! 効果はすべてヴァンガードに」

「……ふむ。俺のダメージチェックはノートリガーです。

 では、俺のターン。スタンド&ドロー。

《知識の泉 エバ》にライド!」

 氷で覆われたブラントゲートの大地のように、白銀に輝く髪を黒輪でふたつに括り、白衣を羽織った無垢なる少女。

 その正体は、研究のためならば人の命すら平然と実験体(モルモット)にできる、悪意無き害悪。

 果て無き知識欲に飢え乾く、少女の姿をした怪物。エバという生き物が、この世界に解き放たれた。

「ライド時に捨てられた《お助け怪獣 テクタン》のスキル発動。山札の上から5枚を見て、《奔流エネルギーの研究》を手札に。

 その《奔流エネルギーの研究》をセット。《巨岩怪獣 ギルグランド》を手札に。《荒躙怪獣 メガグラーゴ》をドロップへ」

(またギルグランド……。教授のエバは怪獣との混合構築。ダイナミックで使っていたものとは違う)

「エバのスキルを発動。山札の上から3枚を見て、1枚を手札に加えます」

 だが、その本質はいつもの彼と変わらない。先を読み、最終的に必要になるカードを取捨選択しながら確保していく戦い方だ。

「このデッキはね。次の大会で使おうと考えているデッキなんです」

 ユニットをコールしながら、リュートの視線に気づいたキョウジが楽しそうに説明してくる。

「リュート君。あなたならいい実験台になってくれると信じていますよ!

 エバでヴァンガードにアタック!

 アタック時、スキル発動! 山札から《黒暗の騎士 オブスクデイト》をスペリオルコール!」

「それは光栄ですね! ノーガードです!」

「ツインドライブ!!

 1枚目、ゲット、★トリガー! ★はエバに。パワーはオブスクデイトに。

 2枚目、ゲット、これも★トリガー! ★はエバに。パワーは《溶変怪獣 オルシディラン》に!」

(《奔流エネルギーの研究》とエバのスキルでデッキが圧縮できる分、トリガーの出る確率も上がるというわけか……。本当にソツがない)

「ダメージチェックです……。

 1枚目、★トリガー。効果はすべてランドールに。

 2枚目、これはトリガーではありません。

 3枚目、(フロント)トリガー。前列のパワー+10000」

「《電波怪獣 ウェイビロス》のブースト。オルシディランでヴァンガードにアタックです!」

「《堅城竜 ジブラブラキオ》でガード!」

「《発破怪獣 ボバルマイン》のブースト! オブスクデイトでアタック!」

「《コンダクトスパーク・ドラゴン》でガード!」

「バトル終了時、ボバルマインをソウルに置いてカウンターチャージ。俺はこれでターンエンド」

「僕のターン! スタンド&ドロー!

 ライド! 《砂塵の重砲 ユージン》!!」

 銀世界に落雷が降り注ぎ、粉々になった氷の粒が砂塵の如く吹き荒れた。

 その中心に立つのは、長大な砲を抱え、左眼を眼帯で覆った砂漠の銃士。

 煙る銀華の中から、標的の少女に狙いを定める。

「《堅鋭竜 ゲイツフォート》、《砂塵の襲弾 オズワルド》をコール!!」

「やはりオズワルドを入れていましたか!」

 キョウジがしてやったりとばかりに笑う。

「ヴァンガードのユージンをスタンドさせる厄介なカードですが。

 俺のオーダーゾーンに《ここからは実験の先》がある限り、オブスクデイトはカードの効果で退却しない!

 たとえ《メテオールフレア・ドラゴン》であっても、この盤面を崩すことは不可能!」

「承知の上です!

 まずは、ゲイツフォートとオズワルドをレストさせ、ウェイビロスを退却! ユージンのパワー+10000! ゲイツフォートはスタンド!

《砂塵の榴砲 ダスティン》をコールし、手札をソウルに置いてオルシディランも退却!

 ユージンのスキル発動! 山札の上から4枚を見て……よしっ!」

 4枚のカードを確認したリュートが拳を握りしめる。

「《砂塵の双撃 オーランド》、そして……《ヴェルリーナ・エスペラルイデア》をスペリオルコール!!」

 竜を模した紅鋼を纏いし勇士が、人々の儚き祈りに応え、白銀の世界に顕現した。

「エスペラルイデア……!! ヴァンガードでの連続攻撃が無理ならリアガードで、ということですか」

「バトルです! エスペラルイデアでオブスクデイトにアタック!」

「ノーガード」

 紅鋼の勇士は、黄金色に輝く爪を振り上げると、黒鎧の騎士に突撃した。黒鎧の騎士は身の丈ほどもある大剣を盾代わりにして、それを受け止める。擦れ合う両者の武器が激しく火花を散らすが、やがて巨爪が大剣をへし折り、黒騎士の胸甲をも貫いた。

「オーランドのブースト! ダスティンでエバにアタック!」

「《スターアグレション・ドラゴン》でガード」

「ユージンでエバにアタック!! アタック時、オーランドをソウルイン! ユージンのパワー+5000! さらにSB(ソウルブラスト)して、エスペラルイデアをスタンド!」

「ノーガードです」

「ツインドライブ!!

 1枚目、(ヒール)トリガー! ダメージ回復し、パワーはエスペラルイデアに!

 2枚目はトリガー無し!」

「ダメージチェック。俺もトリガーはありません」

「ゲイツフォートのブースト! エスペラルイデアでヴァンガードにアタック!」

「《軋む世界のレディヒーラー》でガード。このターン、エスペラルイデアは2回以上アタックしているので、シールド+15000です」

「!?」

「先ほどエバのスキルで手札に加えさせて頂きました。もちろんエスペラルイデアは警戒していましたとも。ずいぶんとソウルを気にされていたようですからね」

 眼鏡の位置を直しながら、キョウジが淡々と言ってのける。

「……僕はこれでターンエンドです」

「では。スタンド&ドロー。

《知識の泉 エバ》にペルソナライド!!

 手札から《世界は蒼き研究室》をセット。山札の上から5枚を見て……《猛黒炎の大剣 オブスクデイト》をスペリオルコール!

 オーダーゾーンのカードを3枚レストして、蒼き研究室の、もうひとつのスキル! オブスクデイトのパワー+5000!

 続いて手札から……《火山怪獣 ゴウカテラ》をコール!」

 それはエバがかつて友と呼んだ少女。怪獣研究の第一人者、アルキテの最高傑作。

 全身を覆う黒い甲殻の隙間から、灼熱の溶岩を絶え間なく垂れ流すその姿は、少女達の運命を憂い、血涙を流し続けているようにも見えた。

「ゴウカテラのスキル発動! ゲイツフォートを退却!」

 黒き怪獣が、大きな空洞となっている腕からマグマを噴出させ、堅い甲羅に覆われた竜を易々と焼き払う。

(ゲイツフォートが除去された……)

 実際に熱を感じるほどのイメージに晒されながら、リュートは心中で独りごちる。

(教授はオズワルドを警戒していない。僕の本当の狙いはまだ悟られていない……!!)

 汗の滲む右手で、リュートがキョウジに気付かれないようぎゅっと手札を握りしめた。

 そうしている間にも、ユニットのコールとスキルの発動を終えたキョウジが、バトルフェイスを宣言する。

「まずは邪魔なエスペラルイデアを処理させてもらいましょう。

《荒躙怪獣 メガグラーゴ》のブースト。《猛黒炎の大剣 オブスクデイト》で前列すべてのユニットにアタック!!」

 一度は胸を貫かれた黒騎士が、ゆらりと幽鬼の如く立ち上がる。折れたはずの大剣もいつしか元通りとなり、禍々しい黒炎をその刀身に纏わしていた。

(……どうする? エスペラルイデアを守る? いや。そんなことをしたら残りのアタックを防ぎきれないし、エバのスキルでもう一度G2オブスクデイトをコールされたらどうしようもない……)

「……《コンダクトスパーク・ドラゴン》、《白光竜 パラソラース》で、ユージンをガードします!」

 黒騎士が顔の上半分を覆う仮面のような兜を被り、黒炎の大剣を一閃する。そのたった一振りで、熟練の戦士達がまとめて薙ぎ倒された。

「……ダスティン、エスペラルイデアは退却します」

「いい判断です」

 熟考の末に出した結論を、キョウジはそう評価した。

「ですが、危機的状況に違いはありません。

 メガグラーゴのブーストしたアタックが2回ヒットしたので、カウンターチャージ2! これでエバのスキルも使えるようになりました。

 ゴウカテラでヴァンガードにアタック!」

「パラソラース、ダスティンでガード!」

「エバでヴァンガードにアタック! アタック時、《黒暗の騎士 オブスクデイト》をスペリオルコール!」

「ノーガードです!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガーはありません。

 2枚目……ゲット、★トリガー! ★はエバ! パワーはオブスクデイトに!」

 怪しげな紫色の液体が入ったフラスコを、白衣の裏から取り出した白髪の少女は、その中身を盛大に眼帯の銃士めがけてぶちまけた。

 飛沫のかかった銃士の衣服が異臭と共に煙をあげる。特に顔面を庇った左腕の袖は一瞬で溶け落ち、得体の知れない薬品が腕にまで侵蝕し始めたことを認めると、銃士は拳銃で迷いなく、左腕の変色した部分を撃ち抜き、抉り取った。

「ふむ。瞬間の判断力はなかなか」

 少女がアリジゴクに落ちた蟻の観察日記をつける子どものような口調で言う。

「仕方ありません。とどめはお願いしますよ、オブ」

「承知した」

 少女が下がり、それを庇うように黒鎧の騎士が前に出て、左腕を押さえうずくまる銃士に剣を振り上げる。

「《四精織り成す清浄の盾》で完全ガード!!」

 脳裏に浮かびかけた敗北のイメージと、続くオブスクデイトのアタックを、リュートの叫びが断ち切った。

「……お見事です」

 キョウジが素直に賞賛する。

 リュートの手札は0枚。ダメージは5。それでも、耐えきった。

「僕のターンですね……スタンド&ドロー」

 荒い息を吐きながら、リュートがカードを引く。

「……よし! 《砂塵の重砲 ユージン》にペルソナライド!!」

 さらにペルソナライドで引いたカードを見て、リュートは小さく頷いた。

「……教授」

 そして、思わず浮かびそうになる笑みを抑えながら、真剣な顔でキョウジと向き合った。

「どうしたんだい?」

「僕は《メテオールフレア・ドラゴン》なんて入れていないんですよ」

「……なんと?」

「友人の使う《彷徨の獄竜》にはいつも悩まされてますし、ユージンを使っていると《悪逆非道?のモスガール メープル》や《コンバイン・ラッシャー》のような、何度でもドロップから蘇るユニットには、どうしても苦戦させられます」

「……まさか!」

「だから、僕はメテオールフレアの枠に、このカードを入れました!

 コール!! 《サブリメイトランス・ドラゴン》!! そのスキルは……」

「……サークルを指定し、そこにあるカードをすべてバインドする」

「僕はCB2を支払い、《黒暗の騎士 オブスクデイト》のサークルを指定する! バインド!!」

 ユージンがさっと片手を挙げると、それを合図に、遥か彼方から炎に包まれた槍が飛来し、黒騎士の足元に突き刺さった。

 そこから火柱が天を衝くほどに燃え上がり、黒騎士を焼き尽くす。

 鎧が砕け、ゆっくりと仰向けに倒れていく黒騎士を、白髪の少女は大きな目をさらに見開いて、ただ見ていることしかできなかった。

「っ! ですが、まだオブスクデイトは残っています!」

「はい。だからこれが最後の賭け。さっきのペルソナライドで、ユージンのソウルは5枚になっています」

 リュートがユージンと、その下に重ねられたカードを指し示す。

「ユージンのスキル発動!! SB5して、山札の上から3枚を確認……《突貫竜 トライバッシュ》! 《白光竜 パラソラース》! そして……《サブリメイトランス・ドラゴン》!!」

「!?」

「《猛黒炎の大剣 オブスクデイト》をバインド!

《突貫竜 トライバッシュ》と《白光竜 パラソラース》をレストして、ユージンふたつめのスキルを発動! メガグラーゴを退却!

 ……よし! これで教授のリアガードはいなくなったぞ!」

「……ふっ、ふふふふっ、ふははははっ! 素晴らしい!」

 ガッツポーズをして喜ぶリュートに向かって、キョウジが声をあげて笑った。

「まさかこのデッキで、すべてのリアガードを除去されてしまうとは! 素晴らしいですよ、リュート君!」

「……たまたまですよ」

「それでも《サブリメイトランス・ドラゴン》を2枚以上入れていなければ、この結果は無かったし、4ターン目にランドールのスキルを使ってまでソウルを確保したのも、エスペラルイデアを運用するためだけでなく、エスペラルイデアを除去された場合のリカバリも兼ねていた!

 構築とプレイングにおいて最善を尽くした結果であれば、俺は偶然とは呼びません。それらはすべて起こり得る確率が低いだけの必然です」

「教授……」

「……ですが!!」

 賞賛をぴたりと止め、厳しい声音になって掌を突きつける。

「これだけのことを成してなお、あなたはまだオズワルドのスキルが使えるようになっただけにすぎない!

 俺のダメージは3点。手札は見ての通り6枚あり、そのうちの2枚は知っての通り、完全ガード!

 ここから先、あなたが勝つには、それこそ奇跡を起こす覚悟でなければならない!」

「それなら、奇跡を見せてみせます!

 オズワルドのブースト! ユージンでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード!!」

「ツインドライブ!!

 1枚目、★トリガー!! パワーはサブリメイトランスに! ★はヴァンガードに!」

「!?」

「2枚目……」

 リュートがカードをめくる。

「……ノートリガー」

 静かな宣言が、客の少ないファイトスペースに虚しく響き渡った。

 

 

(賭けに勝った――!!)

 キョウジはこの時点で勝ちを確信した。

 彼がもっとも警戒していたのは、ダブル★ではなく、まだ見えていない超トリガーだった。

 二度に渡るユージンのスキルで、リュートの山札はだいぶ薄くなっている。

 オズワルドのスキルでスタンドしたヴァンガードに、《再起の竜神王 ドラグヴェーダ》を引かれて、さらにスタンドされるのが最悪のパターンだった。

 だからキョウジは、あえて最初のツインドライブをノーガードで受けた。

 ★トリガーはこれまでの展開でかなり見えているし、リュートは前トリガーも引トリガーも入れているようだ。彼のデッキの中には、多くても1~2枚しか★トリガーは残っていないと読んでいた。

「……ダメージチェック」

 さらにキョウジは、ダメージチェックで2枚の治トリガーを引く。ダメージ回復はしないものの、エバのパワーは33000になり、リアガードにいる《サブリメイトランス・ドラゴン》のアタックは通らなくなった。

(これでさらに盤石……)

 そのはずだった。

(なのに何故……)

 キョウジは怖れをもって、目の前の少年を凝視した。

「オズワルドのスキル発動! 手札を1枚捨てて、ユージンをスタンド! ドライブと★を1になるまで増減する!

 ユージンでヴァンガードにアタック! トライバッシュをソウルに置いて、★+1!!」

(何故、この子は諦めない……!?)

 状況が見えていないわけではない。これまでファイトした経験から、そこまで愚昧ではないことは分かっている。

 負けが決まっていたとしても諦めないことを美徳としているだけか?

 それも違う。リュートの表情はただ諦めていないだけの表情ではなかった。見出した勝機に向かって邁進している人間の表情だ。

 例えるなら、ついさっきまでの(賭けに勝った――!!)と確信した自分の表情とそっくりだろう。

(俺の知らない勝ち筋が見えている――)

 キョウジの背筋に怖気が奔った。

(ドラグヴェーダでスタンドした後、さらに前トリガーを引く? いや。それでもサブリメイトランスのアタックはろくに届かない。★と引は論外。ならば治で耐久するつもりか? 手札の調整が得意なエバを相手に、そんなことができるとでも?)

 事実、山札にも手札にも1枚ずつ《黒暗の騎士 オブスクデイト》が残っている。仮に手札のそれをガードに使ったとしても、《ここからは実験の先》で手札に戻すことさえできる。

(ブラフだ――!!)

 キョウジはそう断定し、手札からカードを抜き放った。

「《巨岩怪獣 ギルグランド》で完全ガード!!」

 リュートがそれすらも予想通りだとばかりに微笑む。

「ドライブチェック……」

 カードがめくられる。

(ああ、そう言えば――)

 為すべきことを為し、クリーンになったキョウジの思考に、ようやくひとつの可能性が思い至った。

(ひとつだけ、この状況を打破できるカードがあったな。

 ならばもし、君が本当にあのカードを入れていて、ここで引くことができたのなら、その時は――)

 めくられたカードがトリガーゾーンにゆっくりと置かれていく。

(――君の勝ちだ)

 

 

 高槻(たかつき)メイは上機嫌だった。

 両親にかわいい振袖を着せてもらって、初詣でお参りしたその帰り道。偶然カードショップを見つけた彼女は、そこで両親と別れ、さっそく中に入ることにした。彼女の懐には、朝から親戚中を巡ってかき集めたお年玉が眠っている。今の自分なら、どんなカードだって買えるのだ。

 万能感に胸を膨らませながら店内を見て回るが、ふとそうしなければならないような予感がして、メイは奥にあるファイトスペースを覗き込んだ。

 メイ憧れの人、橘キョウジがそこにいた。真剣な表情をして、俯くようにテーブルに置かれたカードを眺めている。

「えっ!? うそっ、教授!?」

「おや? メイちゃんですか。あけましておめでとうございます。その振袖、似合ってますよ」

 キョウジは顔を上げて表情を和らげたと思うと、すぐにまた視線を落とすようにテーブルに置かれたカードに見入ってしまう。

「あ、ありがと……! ……じゃなくて、どうして教授が? ファイトしてたの?」

 テーブルの上にはキョウジのカードしか置かれていないが、ついさっきまでファイトが行われていたような熱気のようなものが、まだ残っているようにも感じられた。

「ええ。リュート君と一緒にね。彼はさっき、親に電話で呼ばれて帰宅しましたけどね」

「リュートも来てたんだ! ということは対戦相手もリュー……ト?」

 そこまで言って気付く。

 キョウジのダメージゾーンに、6枚目のカードが置かれていることに。

「……もしかして、教授、負けちゃったの?

 ……ううん。まさか、勝ったの? あのリュートが? 教授に?」

「はい。してやられました。強くなりましたね、あの子は」

 そう言って清々しい笑みを浮かべるキョウジの顔は、ダイナミックの表彰式で、悔しそうに笑っていた時とよく似ていた。

 それを見たメイの瞳から、ぽろりと小さな涙が転がり落ちた。

「メ、メイちゃん!? どうしました!?」

 慌ててキョウジがメイを慰めようとするが、急に泣き出した理由がわからず、彼にしては珍しく取り乱していた。

「もしかして、不甲斐ない俺に幻滅してしまいましたか?」

「ううん。ごめんね。ちがうの」

 メイも袖で涙を拭いながら答える。

「あいつ……リュートは、ずっと教授に勝つことをひとつの目標にしてきて頑張ってたんだなって思ったの。

 なのに、あたしはそんなこと考えたこともなかった。だって教授はあたしの憧れだったから、あたしなんかが勝っちゃいけないと思ってた。差がつくワケだよね……。

 この涙はね。情けない自分に対する、怒りの涙なの」

「メイちゃん……」

「教授」

 メイがまっすぐにキョウジを見据えた。いつもの大人ぶった目ではない。大人びた目だった、

「あたしもいつか教授に勝つよ。リュートとはこれからもライバルでいたいから。そして、本当の意味で教授に認めて欲しいから」

「……ええ。その時を楽しみにしていますよ」

 キョウジはメイの頭を優しく撫でながら答えた。

「とは言え、俺も簡単に負けるつもりはありませんけどね。やっぱり、負けるのは悔しい。こんな気持ちは、そう何度も味わいたいものではありませんから……」

 言いながら、キョウジはもう一度、自分が負けた盤面を真摯に見つめ直した。

 

 

(やった! 勝てた! 勝った! 教授に勝った!!)

 夜中になってもリュートの興奮は収まらなかった。

(今すぐにでもカミラさんに伝えたい! きっとまた褒めてくれる!)

 溢れだす想いを抑えきれずに夜道を駆け抜ける。今は一刻も早くカミラに会いたかった。

 運動が苦手なリュートの息は、公園に着く頃にはすっかりあがってしまっていた。彼が息をつくたびに、白く暖かい煙が真黒の空に立ち昇る。

 カミラはまだ来ていなかった。

 時計を見ると、針は11時半を指していた。

 リュートがいくら急いだところで、いつもの時間にならなければカミラが来るはずも無いのだが、そんなことも気づかないほどにリュートのテンションは上がっていた。

 それからリュートは30分待った。カミラは来なかった。

 さらに1時間待った。カミラは来なかった。

(まあ元日だしね。カミラさんもきっと忙しいんだろうな……)

 夜風に当てられて少しだけ冷静になったリュートは、そんなことを考えながら、その日は公園を後にした。

 その次の日もリュートは待った。カミラは来なかった。

 その次の日の次の日もリュートは待った。カミラは来なかった。

 次の週も、その次の週もリュートは待ち続けた。

 

 

 ――そして、1月の間、カミラが公園に姿を現すことは一度たりともなかった。




新年あけましておめでとうございます!!
今年もヴァンガード・ゴシックをよろしくお願い致します。

今回のファイトは、はじめての試みを試してみました。
リュートが最後に引いたカードは後の話で判明しますが、お暇な方は考えてみてください。
勘のいい人ならすぐにわかるものではありますが、わかってもコメントには記載いただかないようお願いします。
※感想などはいつも通り大歓迎です!

最後の盤面、状況を整理すると

ユージン:パワー33000、ドライブ1、★2
サブリメイトランス1:パワー30000、★1
サブリメイトランス2:パワー20000、★1

エバ:パワー33000

教授のダメージ:5
教授の手札:6(完全ガード2枚、★トリガー2枚、G3オブ、G3エバ)
となります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。