夜空をイメージした天蓋付きのベッド。それを中から見上げている。
自分のいつもの寝床である。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
だが、いつ、どこで、どれだけ寝ていたのかが思い出せない。
夢を見ることすらなく、五感の働かない暗闇の中に延々と閉じ込められていたかのような感覚。
「死ぬとは、きっとこれが永遠に続くことなんだろうね――」
ぼそりと独りごち、自分の想像に寒気を覚え身体を抱いた。
とは言え、いつまでも怯えてはいられない。とにかく現状を把握するため、カミラはゆっくりと身を起こし、ベッドから床へと足をつけた。
「お目覚めになりましたか」
するとそこで、執事である
まったく、この男はいつも自分が欲しいタイミングで現れる。
「ロウ。私はいつからいつまで眠っていた?」
恐怖心を抑えながら、堂々とした態度で尋ねる。この男の前では、彼に相応しい偉大な主として振る舞いたい。
「はい。1月の1日。年始の挨拶を御両親にされている最中、突然倒れられ、2月1日の今日まで眠っておられました」
「なんと。ひと月まるまる無駄にしてしまったのか。それはもったいない」
カミラはふと気になって自らの臭いを嗅いでみたが、特に何も臭わなかった。寝間着も新品同様に綺麗なままだ。きっと目の前の執事が甲斐甲斐しく世話をしてくれていたのだろう。
「1月1日だと、ダイナミックを観戦してから1週間しか経っていないね。やっぱり無茶だったのかな」
「いえ。医者の見立てによりますと、関係性は無いとのこと。ダイナミックに行った行かない以前に、これまで外を出歩けていたことが不思議なくらい、カミラ様の体は弱っておいででした」
「そうか。ダイナミックという一大イベントを終えて、気が抜けてしまったのもあるんだろうね。リュートにはずいぶんと心配をかけてしまっただろうね」
「リュート様には、カミラ様が倒れられたのはダイナミックが直接の原因ではないと説明しておきました」
「……へえ。君がリュートに気を遣うとは珍しいね」
「主の御意思を遂行するのが執事の務めにございます」
要するに、リュートのためにしたことではなく、カミラのためにしたことだと。
「君はリュートのことになると、素直ではなくなるね」
「お戯れを」
「……まあいい。父様や母様も心配されているだろう。ご挨拶に行ってくるよ」
そう言ってカミラはベッドから立ち上がろうとし、両脚が自らの体重を支え切れず、危うく転倒しかけたところをロウに支えられた。
「ひと月も寝たきりだったのです。しばらくは立つことも難しいでしょう」
「……これはリハビリが必要だね」
ロウに支えられたまま、ゆっくりとベッドに腰かけ、素直にそれを認めた。
「リュートに会えるのは、まだ当分先になりそうだ」
そう言って、物憂げな溜息をひとつつく。
「御両親には私から御報告しておきましょう。後で見舞いにもいらっしゃるでしょう。リュート様にも今夜、カミラ様が目覚めたと伝えておきます」
「助かるよ。
……そう言えば、ヴァンガードの情報もここ1ヵ月のものが抜け落ちてしまっているね。1月には戦略発表会もあったはずだが」
「はっ。それでしたら、こちらにまとめております」
ロウが差し出したタブレット端末には、カミラが倒れてから発表された新規カードや、今後発売されるパックの情報が丁寧にまとめられていた。
「相変わらず気が利くね。
……なるほど。グランフィアはプラントをゲージとして扱えるのか。コストにも余裕があるから、いろんなデッキが組めそうだね。
アーヴァガルタはファーストヴァンガードをパイロットに見立てているんだね。作戦オーダーのフレーバーテキストもお洒落だ。
アストロア・ユニカは、星と
ブルースは、3ターン目から一気呵成できるようになったんだね。
ああ、どの子もファイトできる日が待ち遠しいよ」
タブレットのページを細い指で
「5月に発売されるパックは、フェスティバルブースターか。
そうか。いよいよフェルティローザが強化されるのか。それは楽しみだ――」
うっとりと夢見るように目を閉じて。
「4月以降に発売するパックだけどね。私の分の予約はもう必要ないよ」
ロウにタブレットを返しながら、変わらぬ笑顔のまま告げた。
「それは――!!」
「リュートにも伝えて欲しい。次に会えるのは3月だ。そしてそれが最後になるだろう、と」
「……かしこまりました」
珍しく反射的に問い返そうしたロウだったが、すぐさま次の指示を言い渡され、項垂れるように頭を下げるしかなくなった。
こんな時、それでもリュートならば反論していたのだろうが。
そして、カミラに言いくるめられるようにして諭されるのだ。
「さて。カードの情報を見ていたら、抑えられなくなってしまったよ。こっちのリハビリにも付き合ってくれるかな?」
カミラは枕元に置いてあったデッキを手に取ると、ロウにまっすぐ突き付けた。
「……承知致しました」
カミラの体調を鑑みれば、ここでファイトをするのに不安はあったが、こうなった彼女は簡単には止められない。ならば、さっさとファイトをして、落ち着いてもらうのが寛容か。
ロウはすぐさまそう判断して、自らのデッキを取り出した。
カミラはベッドに座らせたまま、テーブルをカミラの前まで移動させる。
「準備はできたかな? それじゃあ、はじめようか」
引き直しまで終えたカミラが微笑み、ロウが丁寧に頷く。
「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」
「《憧れのお姉様 フェルティローザ》!」
「《アンキャニィ・バーニング》!」
5ターン目。カミラのダメージ2に対し、ロウのダメージは1点。カミラはユニットをコールしていないが、ロウのリアガードには《クリムゾン・イクスペラー》と《ブレインウォッシュ・スワラー》がいる。
「スタンド&ドロー!
ライド! 《宵闇月の輪舞 フェルティローザ》!!」
先行のカミラが、まずは自らの分身――G3のフェルティローザにライドする。
「フェルティローザのスキルで、《巡り星の綺想曲 イングリット》をデッキの上に置く! ドロップから《くいしんぼう ノーラ》を手札に。
《心弾む指先 エデルガルト》、《わがままお嬢 ヘルミーナ》をコール! ヘルミーナの効果で自身を+5000!
そして……2枚の《クーリング・ハート ユイカ》をコール!」
「……ほう?」
盤面に出された2枚のカードを見て、ロウが面白そうに眉を動かした。
「カミラ様がゴースト以外のカードを入れるとは。思い切ったことをなされますね」
「フェルティローザを極めたいからこそ、色々なことを試してみないとね。
さあ、バトルだ!
ユイカのブースト! ヘルミーナでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード。ダメージチェック……トリガーはありません」
「ユイカのスキルで、ヘルミーナは手札に戻る。
もう1枚のユイカでブースト! エデルガルトでヴァンガードにアタック!」
「《フリンティ・スラッシャー》でガードします」
「ユイカのスキルで、エデルガルトは手札に戻る!
フェルティローザで、ヴァンガードにアタック!!」
「ノーガードです」
「ツインドライブ!!
1枚目は、もちろんイングリット! このユニットをスペリオルコールして、ドライブ+1! イングリットの効果でカウンターチャージ!
2枚目……《結い上げた憧憬 ハイルヴィヒ》! このユニットもスペリオルコールして、ドライブ+1! ハイルヴィヒの効果は使わないよ。
3枚目……★トリガー! ★はフェルティローザ! パワーはイングリットに!
4枚目……
「ふっ。やりますね。ダメージチェック。
1枚目はトリガー無し。
2枚目は……
「ハイルヴィヒでイクスペラーにアタック!」
「ノーガード。イクスペラーは退却します」
「イングリットでヴァンガードにアタック!」
「それも《生彩の光華 ウアニア》でガード致しましょう」
「イングリットは山札の下へ。
……5回アタックして、2点しか与えられなかったか。さすがだね」
「カミラ様もお見事でございます。とても病み上がりとは思えません」
「その言葉は勝ってから聞きたいものだね。さあ、ロウのターンだよ」
「それでは……スタンド&ドロー。
《重力の支配者 バロウマグネス》にライドします」
その男が一歩踏み出すと、満開の花を咲かせていた花畑が無惨に潰れた。
男がさらに一歩を踏み出すと、その近くにあったゴミ箱が潰れ、中身を地面にブチ撒けた。
清濁等しく、あらゆる存在を圧し潰す。
重力の支配者たる異名を持つ異能の傭兵――バロウマグネスが、自らに跪くすべてを嘲笑う。
「スパルタンのスキルで、手札の《フレイミング・ポニー》をソウルイン。1枚引いて、ソウルチャージ。
《幻想の奇術師 カーティス》をコール。カーティスのスキルでソウルチャージ2。
オーダーカード《磁極反転・天則決壊》をプレイします」
重力の支配者が異能を解放すると、自らの力を抑えつけていた拘束具が破壊され、他の異能者にもその力が波及するように広がっていく。
「ソウルチャージ3。バロウマグネスに前列のパワー+5000させる能力を与えます。
そして、ソウルにある《フレイミング・ポニー》のスキルを2枚分発動。この2枚をバインドしてソウルチャージ2を2度……」
「これでソウルは15枚かな? 相変わらず美しいとしか言いようがないね」
「お褒め頂き恐縮ですが、この程度は造作もございません。
《デザイアデビル ゴーマン》をコール。スワラーを前列に移動させます。
バトルフェイズに進行します。
ゴーマンのブースト。カーティスでヴァンガードにアタックします」
「ノーラでガードだよ」
「スワラーでヴァンガードにアタックします。このターンのソウルチャージは10回。合計パワーは63000でございます」
「《光華瞬く夜想曲 ユーディット》で完全ガードするよ」
「バロウマグネスでヴァンガードにアタック。
アタック時、バロウマグネスのスキルを発動します。ソウルが15枚あるので1枚ドロー。バロウマグネスのパワー+10000、★+1。そして、私とカミラ様のユニットをすべてソウルへ。ソウルから《ライラック・ラッシャー》と《デザイアデビル インケーン》をスペリオルコール。
ゴーマンのスキルで、このアタックは2枚以上同時にガーディアンをコールしなければガードできません」
「……ノーガードするしかないね」
「ツインドライブ。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、……超トリガー。《怨恨の冥竜神 ゴルマギエルド》でございます」
「……っ」
カミラが笑顔のまま顔を引きつらせた。
「ゴルマギエルドを除外し、1枚ドロー。パワー1億はインケーンに。さらに永続的にバロウマグネスのパワー+10000。★+1します」
冥竜神の怨念をその身に宿らせた異能者が、瞳を真紅に血走らせ、鉄砲の形にした右手の人差し指を吸血姫に向ける。
『バン!』
ふざけた調子で放たれたそれは、極小のブラックホールだった。
黒点に胸を穿たれた吸血姫の華奢な体躯が、ミシミシと嫌な音をたてて潰れていく。
「ダメージチェック……。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、トリガー無し。
3枚目、……治トリガー! ダメージ回復し、パワーはフェルティローザに!」
「ライラックでヴァンガードにアタックします。ソウルは16枚あるので、パワーは39000」
「ノーラとザスキアでガード!」
「パワー1億のインケーンでヴァンガードにアタック……は致しません」
「……点止めか。ゴルマギエルドも引けたし、次のターンに4点からでも仕留め切れるという算段かな?」
「私はこれにてターンエンドでございます。どうやら今日も私の勝ちで終わりそうですね」
そう一礼しながら慇懃に言ってくるが、今はそれが嫌味たらしい。
(だが、相変わらず強い。完璧とは彼のためにある言葉だろう。……だからこそ)
「ありがとう。きっとロウならば最速でソウルを15枚にしてくれると思っていたよ。おかげで私のソウルは潤沢だ」
「ほう? お手並み拝見と参りましょうか」
「ああ。とくと見るがいい! スタンド&ドロー!」
引いたカードは引トリガー。点止めで引かされた形だ。つくづく勘もいい。
「ペルソナライド! 《宵闇月の輪舞 フェルティローザ》!!」
重力に抑えつけられていた吸血姫の体が強く輝いたかと思うと、次の瞬間には黒のドレスを纏って、重力から解き放たれたかのようにふわりと宙を舞った。
すべてを圧し潰す超重力の闇とは違う、すべてを包み込む宵のように穏やかな闇が、今、優しく世界を覆う。
「コール! 《貴方に捧ぐ小夜曲 エレオノーレ》、《わがままお嬢 ヘルミーナ》! ヘルミーナのスキルで、自身のパワー+5000!
バトルだ!!
ヘルミーナのブースト! エレオノーレでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです。ダメージチェック……引トリガー」
「……!!」
絶望という名の重力が、両肩にのしかかったような気がした。
「……やるね」
「いえ。運がよかっただけにございます」
嘘だ。そういえばこのゲーム中、ロウは引トリガーを引いていない。半ばこうなることは予想の範疇だったに違いない。
これでロウのダメージは4。手札は5枚。
「エレオノーレは山札の上へ! フェルティローザでヴァンガードにアタック!」
「《ステムディヴィエイト・ドラゴン》でガード。ライラックとインケーンでインターセプト。これでそのアタックは通りません。……超トリガーを除いて」
「ならばそれを引いてみせよう! ツインドライブ!!
1枚目は当然エレオノーレ! スペリオルコール! ドライブ+1! エルネスタもスタンド!
2枚目、★トリガー! パワーはエレオノーレに! ★は……フェルティローザに!」
「……★はヴァンガードでよいのですね?」
「どうせ完全ガードくらい握っているのだろう?
3枚目……《わがままお嬢 ヘルミーナ》! スペリオルコールし、スキルでエレオノーレのパワー+5000! ドライブ+1!
これが最後だ! 4枚目……!!」
カミラのめくるカードを、両者が固唾を呑みながら注視する。
「……《デモニックフィーバー ガルヴィエラ》! 超トリガー!!
このカードを除外し、1枚ドロー! パワー1億をフェルティローザに!!
いっけええええぇぇぇっ!!」
珍しいことに、カミラが声を張り上げて叫ぶ。
「ダメージチェック……」
一方、ロウは淡々と処理を進めていく。
「5点目はトリガーではありません。
6点目……」
異能者が掌を向けると、再び途轍もない重力が吸血姫を襲った。だが、吸血姫は魔力のこもった爪を振るうと、異能で生み出された重力を細切れに引き裂く。そして、異能の破片が降り注ぐ中を、モデルの如く優雅に歩き、バロウマグネスの眼前まで辿り着いた。
間合いに入ったとばかりに、吸血姫が牙を剥いて爪を振り上げるが、それよりも早く異能者の指が少女の額に触れた。
次の瞬間、重力の異能を直接流しこまれた吸血姫が、異能者に跪くようにして崩れ落ちる。
異能者はこっそり冷や汗を流しつつも高笑いしながら、このまま吸血姫を踏み潰さんと、たっぷり重力を乗せた足を持ち上げた。
それがよくなかった。
例えば、銀の短剣で美しく胸を貫かれるのであれば、彼女も敗北を受け入れていたかも知れないが。
誇り高き
『――――!!!!』
怒りのまま重力に逆らって放たれたアッパーが異能者の顎を捉える。
「……トリガーはありません」
哀れ異能者は重力など無きもののようにふっ飛ばされ、闇に瞬く星となった。
「……お見事です」
6枚目のカードをダメージゾーンに置きながら、ロウが感服したように頭を垂れた。
「ああ。ようやくロウのバロウマグネスに勝つことができた。これで人生に思い残すことが、またひとつ無くなったよ」
「……おめでとうございます」
「まあ、まだ手の内で踊っていた気しかしないけどね。
それにしても、今のファイトはさすがに疲れた。私はまたひと眠りさせてもらうよ。ああ、今度はちゃんと起きるから安心してくれたまえ。
次に目覚める時には、ロウ。お前の淹れた紅茶が飲みたいな」
「かしこまりました。カミラ様のお目覚めに合わせて、淹れたての紅茶をご提供致しましょう」
「お願いするよ。それじゃあ、お、や、すみ……」
カミラは体を横たえ、目を閉じるや否や、安らかな寝息を立て始めた。
掛布団を被る間も無く眠りについたカミラに、ロウは丁寧に布団を掛け直すと、慈しむようにその白髪を撫でる。
(私に勝ってしまわれるとは。ずいぶんと成長なされた……)
もはや残りの人生において、彼女がファイトで敗れることはないだろう。
そう確信しながら、名残惜しそうに立ち上がり、音も無く扉を開く。
「お休みなさいませ、カミラ様」
扉が静かに閉じられた後、薄暗くなってきた部屋に、カミラの満足そうな落ち着いた寝息だけが反響していた。
いよいよヴァンガード・ゴシックも、残すところあと1話となりました。
ここまできたら、私から付け足すことは何もありません。
カミラとリュートの行く末を、最後まで見届けて頂ければ幸いです。
感想等は、いつでもお待ちしております。