今夜は満月だと聞いていたが、空を覆うほどに成長した木々の中では、その光は届かず、冷たい暗闇があたりを支配していた。
不気味な植物の蔦がそこかしこに垂れ下がり、聞いたこともないような獣の鳴き声が、侵入者に警告するかのように――もしくは嘲笑うように――響いては消えていく。
ここはストイケイア領、グレートネイチャー大学のはずれ。
むせ返るような臭気に包まれた中を、それぞれ思い思いの銃で武装した一団が行軍していた。
先頭に立つのは特徴的な帽子を被り、左眼を眼帯で覆った長髪の男。長大な銃の下部に取りつけたライトで、行く先を照らしながら慎重に歩いている。
「まったく。
足が沈み込みそうな腐葉土に苛立ちながら、男が毒づいた。
「ユージン、これも依頼ですから。それも我々を直接ご指名の、ね」
その隣を歩く、ターバンと覆面で目を除いた顔全体を隠した男が宥めるように言った。彼は周囲の警戒を仲間に任せ、手にしたコンパスと地図を見比べるのに専念している。
「『グレートネイチャー大学旧校舎に併設された廃植物園に、悪い吸血鬼が住み着いたので退治してください』」
ユージンと呼ばれた男が、その依頼文を暗唱した。
「まず依頼そのものが胡散臭ぇ。この文章の他には地図が同封されていただけで、依頼人の名前も無いくせ、報酬だけが馬鹿高い。周囲の集落や大学で聞き込みをしてみたが、吸血鬼らしき被害も無しときた」
「ですが我々には吸血鬼と因縁がある。だからあなたもここに来たのでしょう?」
「……ちっ」
嫌なことを思い出して、ユージンは舌打ちした。
ちょうど1年前だったか。
ユージン達が根城としている砂漠に、吸血鬼――見た目だけなら少女にしか見えなかったが――の侵入があった。
警告も聞かなかったため、ユージン達はやむなく応戦。しかし銃士達は瞬く間に倒され、残されたユージンもあわやというところまで追い詰められたが、吸血鬼は突如として戦闘に飽きたかのように去っていったのだ。
倒された仲間の中にも死者はいなかった。隣にいるターバンの男、ダスティンは覆面をはぎ取られ『←イケメン』と顔に落書きなぞされていたが。
不可解な事件ではあるが、このままでは、賞金稼ぎであり、
女魔術師との模擬戦を受けたり、海に出没する不死竜退治の依頼を受けたりしたのもその一環だ。
そして今、吸血鬼に関する奇妙な依頼が届いた。
それが偶然だとは、ダスティンも思っていないのだろう。
「着きました」
ダスティンが声をあげる。
森に埋もれた巨大なドームの、今にもはずれかけた両開きの扉が見えた。
ユージンは手ぶりで警戒レベルを上げるよう仲間に伝えると、扉にずかずかと近づき、無造作に蹴り開けた。キィキィと非難するような鳴き声をあげて、無数のコウモリが中から飛び出す。
「この植物園は、もう使われていなかったのでは?」
ダスティンが疑問の声をあげる。
それもそのはず、廃植物園の中では視界を青に埋め尽くすほど、無数の青薔薇が咲き誇っていたのだ。
「きっとあいつの仕業だろうよ」
ユージンが指さすように、銃口を向ける。その先には、青薔薇のステージで、月明かりをスポットライトのように浴びる、亡霊を侍らせた黒衣の吸血姫が暗闇に浮かび上がっていた。
「会いたかったぜ、吸血女――」
ユージンが凄絶な笑みを浮かべながら言葉を続け、吸血鬼の少女も薄桃色の唇をゆっくりと開く。
「――さあ、楽しい殺し合いを始めようぜ」
「――さあ、楽しい夜会を始めましょう」
銃声が、廃虚に降る雷鳴の如く木霊した。
ロウからカミラが倒れたと聞かされた時、自分の想像力の貧困さを思い知った。
カミラと会うたび、カミラの命が保たないと聞かされていた4月の誕生日まで「あと9ヵ月ある」「あと半年ある」「あと3ヵ月ある」と心の中で唱えながら、自分の気持ちを落ち着かせてきた。
本当はそんなことなかったのに。
病気の人間が、まるでタイマーで計ったかのように決められたタイミングで死ぬとは限らない。死を目前にした人間には、大抵の場合には予兆があり、それを迎える数か月前から動けなくなることも珍しくはないのだろう。
その程度のことすら思い至らなかった。
いや。あえて考えないようにしていたのか。
彼女に会えなくなる日が来るなど、考えたくもなかったから。
カミラと過ごした毎晩は、本当に楽しかった。
だが、楽しかったことは覚えているのだが、内容についてはほとんど思い出せない。それらは本当に他愛の無い話ばかりで、帰って床に就けば、その時点で記憶の大半は忘却の彼方へと消え失せる。
まるでそれが一夜の夢であったかのように。
何故もっとカミラの声を心に留めておかなかったのだろう。何故もっとカミラの姿を目に焼き付けておかなかったのだろう。
彼女とは、いつ会えなくなってもおかしくなかったのに。
理解していたようで、まったく理解できていなかった。
拳を机に叩きつけても、胸を爪でかきむしっても、頭を壁に打ち付けても、自分をどれだけ痛めつけても、この愚かな自分を罰するには足りない――。
リュートがいよいよ精神を病みかけた時、一通の手紙が届いた。
青薔薇があしらわれた便箋を、赤い封蝋で留めた古風なそれは、差出人の名を見るまでもなくカミラのものだと直感できた。
そこにはこう記されていた。
――来週の日曜日、いつもの時間に、いつもの場所で会おう。体調をしっかり整えて来てくれたまえ。
それはリュートの今を見透かしたような、彼女らしい言葉だった。
(来週の日曜日――)
リュートがカレンダーを見やる。
それは3月最後の日曜日だった。
鼻歌なぞ歌いながら、ベッドの上に並べられた3着のドレスを指さし指さし楽しそうに悩んでいる。
「ふむ――。来週はどれを着ていこうか。こちらはフリルが愛らしくて素敵なのだが、あちらの大人びた雰囲気も捨てがたい。そちらのゴージャスなのも気分があがる」
いずれも夜色をしたゴシックドレスで、傍から見ていると大差は無いのだが、彼女にとっては大きな違いらしい。
「ああ、楽しみだ。もう少しでリュートに会える。会えなくなってまだ数か月しか経っていないのに、もう1年以上も会っていなかったような気がするよ」
そんなカミラの様子を静かに見守っていた、彼女の執事である
「まるで恋人にでも会いにいかれるようなご様子ですね」
「? そうかい? そう見えるのかい? なら、そうなのかも知れないね」
恥じらうでもなく、ごまかすでもなく、平然とカミラは認めた。
「実のところ、私もよく分かっていないんだ。この体でまともに恋愛できるだなんて思っていなかったしね」
「そうですか。まあ、あの男でしたら、私もとやかくは言いますまい」
執事というよりは父親のような表情を浮かべながら、ロウは小さく頷いた。
というか、とやかく言うつもりだったのか。
「へえ? 意外だね。君はリュートのことが嫌いだと思っていたよ」
「人としては認めておりますよ。ただ、決定的なものが相容れなかっただけで。ですがそれも――もはや争う理由がございません。
結局、貴方を幸せにできたのは、私のやり方ではなく、彼のやり方でした」
「それは違う!」
カミラは声を張り上げると、その勢いとは裏腹に、ロウを包み込むように優しく抱きしめた。
「貴方とは10年ほどの付き合いになるが、本当に世話になった。
貴方は私にとって師であり、兄のようであり、よき友人であった。貴方がいなければ、夜中に外を出歩くこともできなかったし、でなければリュートとも巡り逢えなかった。
私は貴方と出逢えて幸せだった。本当に感謝している。
心から、ありがとう」
「……もったいないお言葉」
優しい香りに包まれながら、ロウは深々と頭を垂れた。
「わかってくれればいいんだ。
さて、それでは来週の準備を再開するとしよう」
名残惜しそうにロウから離れながら、彼女の中ではもう決着がついたのか3着のドレスもクローゼットに片付け、今度は鏡台へと向かう。
「……ああ、ずいぶんとやつれてしまったね。ここ最近、あまり食事もできていなかったし、仕方がないのだけれど」
落ち窪んだ頬に触れ、カミラが寂しそうに微笑む。
「それでは、私が化粧を施して差し上げましょう。自然な感じで、12月頃のカミラ様を再現させて頂きます」
「君はそんなことまでできるのかい? それでは、当日はお願いするよ。まったく、最後まで君にはお世話になりっぱなしだったね」
「カミラ様をお世話するのが、私の生き甲斐ですので」
そう言って、主従は楽しそうに笑い合った。
約束の日――。
指定された時間から、1時間以上も早くいつもの公園についたリュートは、目に見えてそわそわとしていた。
ひさしぶりにカミラと会える。会ったらまずは何て言おうか。何を話そうか。
鼓動が早鐘のように鳴り、呼吸も落ち着かない。まだ少し冷たい春の夜風に当たる顔は、すでに真っ赤だった。
この日のためにギリギリまで調整を続けたデッキを、胸の中でぎゅっと抱きしめる。
このデッキは、カミラさんに通じるだろうか――。
自問の中、周囲が見えなくなったリュートに、背後からかける声があった。
「やあ、少年。今宵は月が綺麗だね」
振り向くと、蒼銀の月明かりを背にして鈴導カミラが立っていた。
闇にふわりと広がる夜色のドレス。おぼろげな光を浴びて白銀に輝くハーフアップにした髪に、それを飾る青薔薇のコサージュ。爛々と好奇心に煌めく、強い意志を湛えた紅玉の瞳。そして、笑うと覗く牙のような八重歯。
「……綺麗だ」
言いたいことも、話したいことも山ほどあったのに。
リュートの口をついて出てきたのは、そんな陳腐な、しかし本心からの感想だった。
「おやおや。ひさしぶりに会った第一声がそれとは。しばらく会わないうちに、リュートもタラシになったものだね」
いつもと――数か月前と変わらない、飄々とした態度でカミラがリュートをからかう。
いつもならそれにリュートも真っ赤になって反論するのだが、今日はそんな余裕もなく、その瞳からぽろぽろとにわか雨のように涙が溢れ出した。
「カミラさん……。僕は、僕は……」
カミラは苦笑しながら肩をすくめると、おいでとばかりに軽く両腕を広げた。
リュートはそんな彼女に飛び込み、その胸に顔をうずめた。
「カミラさん、ごめんなさい!
僕はカミラさんに時間が無いことを忘れてた! もっとあなたと一緒に、いろんなところに行きたかった! いろんなことを経験したかった!
あなたに何かしてあげたいと思って、結局、何もできなかった!」
「やれやれ、この子は。何を言い出すのかと思いきや。
君は私をカードショップに招待してくれたし、デラックスにも連れていってくれたじゃないか。
それに君と過ごした何気ない時間が、日常が。私の人生に彩りを与えてくれた。
君は何もできなかっただなんて、とんでもない。君と共にいた一分一秒すべてが私の宝物だ」
「カミラさん……カミラさん……!!」
リュートはしばらく、カミラの胸の中で泣き続けた。
が、やがてふと我に返ると、勢いよくカミラから離れ、顔を真っ赤にしながら、弁解するように言葉を繋げる。
「そ、その、何か、僕、ものすごく、失礼なことを……」
「構わないよ。君が来なければ、私の方から抱きしめにいっていたに違いないから」
「……へ?」
「けど、残された時間も少ないし、そろそろ行こうか」
間抜けな顔になったリュートが問い返すよりも早く、カミラがさらりと話題を変えた。
「え? いつもみたいに、ここでファイトするんじゃないんですか?」
「いつもリュートに連れて行ってもらうばかりじゃ悪いからね。今日は私の一番好きな場所に、リュートを招待させてもらうよ。
ただ、1年間お世話になったこの公園にも挨拶くらいはしておきたくてね」
そう言うと、まるで博物館の展示品を見て回るかのように、カミラはゆっくりと公園を巡る。
リュートとはじめて出逢ったブランコのチェーンに、愛おしそうに触れ。
ずっとふたりを見守るように照らし続けてきた外灯を労うように叩き。
この1年間、ずっとファイトテーブル代わりにしていたベンチを、慈しむように撫でる。
「お待たせ。それじゃあ行こうか。向こうでロウが車を停めて待っているよ」
そしてカミラは手招きし、まるでリュートをエスコートするかのように、細く白い指でその手を取った。
「……ロウ。今日の目的地と、少しルートが違うようだね」
ロウの車に乗せられてからしばらくして。窓から外の景色を眺めていたカミラが口を開いた。
「この道は……」
少し懐かしそうに言葉を続ける。言われてみれば、リュートも窓から流れゆく景色に見覚えがあった。
「はい。僭越ながら、私の独断で少々寄り道をさせて頂きました」
ロウが言いながら、ゆっくりと車を停車させる。
そこはカードショップ『ニアミント』だった。
もちろんすでに閉店しているが、シャッターには僅かに隙間が空いており、そこから温かな光が漏れ出していた。
「このような時間なのに、店長様はまだいらっしゃるようですね」
ロウが不思議そうに言う。
「きっと収支の計算が合わないんでしょうね」
苦笑しながらリュートが答えた。
店長は仕事ができるように見えてド文系で、人の気持ちを汲み取るのは上手いが、数字には弱いのだ。
リュートがバイトしていた頃も、しょっちゅう難しい顔をしてレシートと電卓を見比べながら「計算が合わない」とボヤいていた。
「せっかくですので、ご挨拶をしていきますか?」
ロウが尋ねる。
「……いや。まだお仕事をされているのなら、邪魔をするのは悪いし、私の覚悟も鈍ってしまいそうだ」
カミラは車を降りると、深々と店に向かって頭を下げた。
「これだけで十分だ」
10秒ほどそうしていたカミラが車に戻り、晴れやかに微笑んだ。
「最高の寄り道だった。ありがとう」
「カミラ様の御意思を汲み取るのが私の本懐です」
ロウが淡々と答えながら、エンジンをかけ直す。
思い出を振り切るようにして、再び車が走り出した。
それから辿り着いた先は、小さなドーム状の建物だった。天井にあたる部分が透明になっていて、まるで巨大なレンズのようでもある。
「……ここは?」
リュートがカミラに尋ねる。
「植物園だよ。子どもの頃はよく訪れていた。同種の施設の中では規模は小さいが、その分、人も少ないし、空気も綺麗だから私も体を壊しにくい。私が許されていた、数少ない外出先だった」
「今宵は貸し切りにしております。どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」
ロウがいつも以上に慇懃に頭を下げた。執事というよりも、まるでエンターテイメントのアトラクターだ。
「ロウ。これまでご苦労だった。君に最後の命令を言い渡す。夜明けが来たら、必ず私を
そんなロウに、カミラは尊大な口調で言い放った。
「承知致しました。必ずや
それをロウは訂正するように復唱した。
「……ありがとう」
様々な感情をその言葉ひとつに込めるように口にすると、カミラはまたひとつ未練を振り払うように、植物園に向かって歩き出す。
「ロウさん……」
この執事と話をするのも、これで最後になるかもしれない。
リュートも言葉を探したが、どうしても見つからない。
そうしているうちに、ロウに無言であごをしゃくられた。
まるで、一瞬たりともカミラから離れるなと言いたげに。
「……失礼しますっ! 今まで、ありがとうございました!」
一礼し、リュートはカミラの後を追うと、ダイナミックの時と同じように、されどその時よりもずっと自然に手を繋いだ。
ふたりは横並びになって植物園へと入っていく。
「……最後まで世話の焼ける」
不機嫌そうに呟きながらも、執事はその後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと見守っていた。
「……う!? 何、この臭い……ごほっ! ごほっ! げほげほげほっ!!」
植物園に入るなり、急激に上昇した湿度と、鼻をつく緑の臭いに、リュートは盛大にむせ返った。空気が綺麗と言うが、とてもそうは思えない。
「あはは。都会の空気に慣れた私達にとっては、新鮮な空気の方が、もはや毒なのかも知れないね」
嫌なことを言いながら、カミラがリュートの背をさする。
「けど、慣れてしまうと空気が美味しく感じるよ。ほら、大きくゆっくり息を吸ってごらん」
言われたままに、吐き出してしまった分をむさぼるようにして空気を吸い込む。
「……言われてみると、たしかに呼吸がしやすくて、空気もおいしく感じるかも?」
「さすがにそれはプラシーボ効果だろうけどね」
「ええ……?」
「ともあれ元気になってよかった。さ、少し園内を見て回ろうか」
そう言って、カミラが子どもみたいにリュートの手を引く。
植物に興味などない、むしろ早くファイトしたかったリュートだったが、それは思った以上に楽しかった。
見慣れない花などは、カミラが解説してくれるのだが、それがまた分かり易くて面白く、リュートを飽きさせない。
「そうそう。これが見たかったんだ」
順路も半ばを過ぎたあたりで、カミラは声を弾ませピタリと立ち止まった。
それは青薔薇の庭園だった。
本来は日の光を集めるのであろう透明な天面からは、今は蒼銀の月光が差し込み、宵にも似た濃紺の花弁を、より幻想的に美しく際立たせていた。
「綺麗ですね」
「ああ。まるで夜が地上に降りてきたかのようだ」
ふたりは感嘆の声をあげながら、しばらく眼下に咲く青い夜空に見入っていた。
「私はね、リュート。数ある花の中でも、青薔薇が一番好きなんだ。君は青薔薇の花言葉を知っているかい?」
やがて、青薔薇のコサージュに触れながら、カミラがそんなことを尋ねてきた。
「? いいえ」
「青薔薇の花言葉は“奇跡”だよ。
けど、その昔、青薔薇の花言葉は“不可能”だった」
「え、どうしてですか?」
「青薔薇という品種は、自然界に存在していなかったからだよ。それでも青く咲き誇る薔薇を一目見たいと望んだ人々が品種改良を重ねた結果、青薔薇が生まれた。
その瞬間、“不可能”は“奇跡”となったんだ」
「へえー」
「私はこのエピソードに心を打たれてね。ある日、私の体にも“奇跡”が起きて、病気が快復しないかとね。まだ夢見がちだった子どもの頃のお話さ」
コサージュに当てていた手を、今度は自らの心臓へと添える。
「けど、私は私が望んだ以上の“奇跡”に出逢えた。私が出逢えた本当の“奇跡”は……」
紅玉の瞳に熱を宿して、カミラがリュートを見た。
「へ? 何ですか、その“奇跡”って?」
鈍感な少年は間抜け面で問い返す。
「……さあ、何だろうね?」
カミラは少し呆れたような口調ではぐらかした。
「ええーっ!?」
「リュートに期待した私が馬鹿だったよ。それよりも少し疲れた。休ませてくれないかな?」
「えっ、あっ、はい!」
ロウの手ほどきを受けただけあって、こういう時のリュートは迅速だ。
周囲にはテーブル席もあったのだが、ふたりは自然とふたり掛けのベンチを選び、そこに腰かけた。
その背後では、爛漫と青薔薇達が咲き誇っている。
「花ばかりの話題で、君も退屈だっただろう? そろそろヴァンガードの話をしようか。君の近況とかも聞きたいな」
「ヴァンガード……そうだ! 僕、教授に勝ったんですよ!!」
「へえ。それはすごい」
「けど、それ以来、教授もますます強くなって、1回も勝ててないんですけどね」
「あはは。教授を本気にさせてしまったようだね。まあ、そうさせただけでも上出来なんじゃないかな」
「メイちゃんも、また急に張り切り出して、最近は僕が負け越してます」
「リュートが教授に勝ったと知って、彼女も何か感じるものがあったんだろうね」
「ジュジュは墳竜で災厄オーダーを使えないかいろいろ試してて、今はめちゃくちゃ弱くなってます」
「あの子はいつも通りなようだね……」
「あと、リリカルモナステリオでグリフォギィラ使って楽しんでました」
「相変わらず退廃的な趣味をしてるねえ。まあ楽しいなら何より。
皆、元気そうでよかったよ。本気になった教授や、強くなったメイちゃんとは、またファイトしてみたかったね。ジュジュさんに至っては、結局、ファイトできずじまいだった……」
「カミラさん……」
「ふふ。こんな話をしていると、ファイトがしたくなってきたね。そろそろ付き合ってくれないかな?」
これまで宝物のように抱えていたデッキケースを、カミラはベンチの上にすっと差し出した。
「……はい」
リュートもデッキケースをベンチの上に置く。
心臓が 高鳴った。
「覚悟してくれているとは思うが、きっとこれが私達のラストファイトになる。どうか今の君のすべてを私に見せて欲しい」
「……はい」
「……無粋を言ったね。それでは始めようか」
「……はいっ!」
「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」
「《憧れのお姉様 フェルティローザ》!」
薔薇の名を冠した吸血姫が、月明かり差す植物園へと可憐に降り立ち。
「《砂塵の双銃 バート》!」
花とは無縁な、砂漠を根城とする無頼漢達がそこに殴り込んだ。
「私のターン。《麗しの休日 フェルティローザ》にライド」
「僕のターン。《砂塵の銃撃 ナイジェル》にライド。バートの効果で1枚ドローして、ナイジェルでアタック」
ここ1年。毎晩ファイトしてきたふたりには、ある種のパターンのようなものが確立されていた。
「ノーガードだよ」
「ドライブチェック……トリガーはありません」
「ダメージチェック……私もトリガー無しだ。
スタンド&ドロー。
《享楽の才媛 フェルティローザ》にライド。スキルでドロップの《結い上げた憧憬 ハイルヴィヒ》を手札に。
フェルティローザでヴァンガードにアタック」
「ノーガードです」
「ドライブチェック……トリガーはないよ」
「ダメージチェック……僕もトリガーはありません」
フェルティローザで序盤にコールできるユニットは少ないし、相手がユニットをコールしてこないことには、除去を得意とするユージンにもできることが無い。
よって、立ち上がりは粛々と進む。
「スタンド&ドロー
《砂塵の凶弾 ランドール》にライドします。ナイジェルの効果でソウルチャージ。ランドールの効果も発動してソウルチャージ、パワー+5000します。
ランドールでヴァンガードにアタック」
「ノーガードだ」
「ドライブチェック……
「ダメージチェック……2枚ともトリガーは無しだ」
ダメージゾーンに3枚目のカードを置いて、カミラが大きく息を吸い込む。
いよいよファイトの動く音がした。
「さぁ行こう、我が分身!!
ライド! 《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」
薄暗い庭園に、ぽつりぽつりと蒼白い炎が灯る。
それらに慕われるようにして姿を現したのは、
二つ結びにした薄桃色の髪を爆風に遊ばせ、銃士達を妖しく誘うように手招いた。
「フェルティローザのスキルで、手札のハイルヴィヒを山札の上に。ドロップから《紡ぎ重ねる追走曲 ディートリンデ》を手札に加える。
そのままディートリンデをコール。ディートリンデのスキルでドロップから《永遠に別たぬ夜明曲 イレーネ》を蘇らせる。その前列に《心弾む指先 エデルガルト》をコール。
さあ、バトルだよ!
ディートリンデでヴァンガードにアタック!」
「《砂塵の双弾 トラヴィス》でガードです!」
「ディートリンデは山札の下に戻る。
イレーネのブースト、エデルガルトでヴァンガードにアタック! それぞれのスキル発動で、パワー+4000! 合計パワーは25000!」
「15000ガードじゃ防げないか……ノーガード。
ダメージチェック……」
リュートのダメージゾーンに2枚目のカードが置かれる。トリガーは無し。
「イレーネの効果で、エデルガルトも山札の下へ。
さあ、フェルティローザでヴァンガードにアタックだ!」
楽しそうにカミラが宣言する。
「……ノーガード!」
「ツインドライブ!!
1枚目は、もちろんハイルヴィヒ! このカードをフェルティローザのスキルでスペリオルコール! ドライブ+1!
ハイルヴィヒは自身のスキルでソウルイン! 1枚ドロー!
2枚目……《巡り星の綺想曲 イングリット》! スペリオルコールして、ドライブ+1!
イングリットのスキルでカウンターチャージ! イレーネをスタンド!
3枚目……《紡ぎ重ねる追走曲 ディートリンデ》! スペリオルコール! ドライブ+1!
ディートリンデのスキルでハイルヴィヒを蘇らせ、ハイルヴィヒをソウルインして1枚ドロー。
4枚目……★トリガー! ★はフェルティローザに! パワーはディートリンデに!
5枚目……
「……!!」
怒涛のようなクインテットドライブだった。
(このドライブチェックだけで、手札を増やされ、2点を受けて、ダメージまで回復された……)
早くも絶望的な状況。
それでもリュートの胸にはこみあげてくるものがあった。
(やっぱり格好いい……!!
ひさしぶりに会ったけど、何も変わらない。……いや。あの時よりもずっとすごい!
誰よりも強くて、誰よりも綺麗な、僕の憧れ!!)
「ダメージチェック!!」
「おや? 危機的状況なのに楽しそうだね」
「1枚目、トリガー無し。
2枚目、★トリガー! パワーはヴァンガードに!」
これでリュートのダメージは4点。一方のカミラは2点に回復している。
「イレーネのブースト! イングリットでヴァンガードにアタック!」
「《フレアヴェイル・ドラゴン》でガード!」
「イングリットは山札の下へ!
ディートリンデでヴァンガードにアタック!」
「《コンダクトスパーク・ドラゴン》でガード!」
「ディートリンデは山札の下へ。私はこれでターンエンドだ」
「僕のターン! スタンド&ドロー!
砂塵の銃士よ、僕に勇気を! ライド! 《砂塵の重砲 ユージン》!!」
どこからともなく発煙筒が投げ入れられたかと思うと、ガラスでできた植物園の天井が割れ、一人の男が着地する。
白煙の中に浮かぶは、特徴的な帽子に、左眼を覆う眼帯。片手で軽々と抱えた重砲。
降り注ぐガラス片を意にも介さず、晴天の霹靂が如き奇襲を以て、最強の銃使いが吸血鬼に肉薄した。
(……カミラさんのリアガードはイレーネのみ。そのイレーネも、ディートリンデが呼んできたユニット。除去されてもそんなに痛くない。さすがカミラさんだ)
リュートはまず盤面を俯瞰して、状況を分析する。
(けどカミラさんは、イレーネもコールせずにユージンの効果を使わせないという選択肢も取れたはず。
それをしなかったのは……本気で来いというカミラさんからのメッセージ!!)
「ランドールの効果で1枚引き、ドロップのカードをソウルへ!
《堅城竜 ジブラブラキオ》と《堅鋭竜 ゲイツフォート》をコール! ユージンの効果で、この2体をレストしてイレーネを退却! ゲイツフォートはスタンド!
このターン、ユニットが退却しているので、ユージンのもうひとつのスキルも発動します!!」
リュートが宣言すると、カミラが嬉しそうに口の端を上げた。
「山札の上から5枚を確認!
《砂塵の双撃 オーランド》! 《砂塵の榴砲 ダスティン》! そして《砂塵の襲弾 オズワルド》をスペリオルコール!
残りのカードはソウルへ!
ダスティンの効果で、手札から1枚をソウルに置いて、1枚ドロー!
バトルだ! カミラさんのリアガードが1枚以下なので、ジブラブラキオはスタンド!
オーランドのブースト! ジブラブラキオでヴァンガードにアタック!」
「《ゆるだるまったり マルグリット》でガードするよ」
「オズワルドのブースト! ユージンでヴァンガードにアタック! アタック時、オーランドをソウルイン! ユージンのパワー+5000!」
「ノーガードだよ」
「ツインドライブ!!
1枚目はトリガー無し!
2枚目は★トリガー! ★はユージン! パワーはダスティンに!」
「ダメージチェック。
1枚目、2枚目、どちらもトリガー無しだ」
「まだまだ! バトル終了時、カミラさんのリアガードがいないので、手札を1枚捨ててオズワルドのスキル発動!
ユージンをスタンドし、★とドライブを1にする!
もう一度、ユージンでアタックだぁっ!」
「ノーガード」
「ドライブチェック! ……トリガーはありません!」
「ダメージチェック……こちらもトリガーではないよ」
「ゲイツフォートのブースト! ダスティンでヴァンガードにアタック!」
「《くいしんぼう ノーラ》と《知識を力に ザスキア》でガード」
このターン、いっきに3点を与えてダメージは4対5。リュートが逆転した形になる。
「……素晴らしいよ。
君の本気、しかと見せてもらった。まさに電光石火の連撃だった。
君も、君のデッキも、1年前とは見違えるように強くなった。これで私も安心して逝けそうだ……」
「……カミラさん?」
その言い草ではまるで。
もうリュートにターンは回って来ないとでも言いたげではないか。
「このターンが私の集大成となる。どうか見守っていてはくれないか?」
儚さと力強さが混在した笑みを浮かべ、カミラが凛と宣言する。
「ファイナルターン!!」
それと同時、屋内だというのに風が吹き、青薔薇の花弁を舞い上がらせた。
まるで花が彼女の気迫に呼応しているかのように。
「スタンド&ドロー!!
ペルソナライド!! 《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」
青薔薇の嵐の中で、フェルティローザの衣装が変化していく。
まさしく吸血鬼を想起させるレザードレスに、黒の薄布を纏って。
妖艶な笑みを浮かべた吸血姫が、月明かりを浴びながら無邪気に跳ねた。
「《幽魂の抱擁 ベティーナ》をコール! その前列に《貴女に捧ぐ小夜曲 エレオノーレ》をコール! ベティーナの効果で、ドロップのフェルティローザをソウルに置く!
《手を取り合って エルネスタ》をコール! その前列には《巡り星の綺想曲 イングリット》! フェルティローザの後列に《わがままお嬢 ヘルミーナ》! ヘルミーナのスキルでエルネスタのパワー+5000!」
これで手札2枚を残し、カミラの盤面が完全に埋まった。
「そして……」
「!?」
「《世界周遊スペシャルライブツアー!》をプレイする!」
(……!? ついに来た……!!)
未熟だったリュートとのファイトでは、リスクしかなかったため決して使われなかったカード。
彼女が同格以上と認めた相手にだけ振るわれる諸刃の剣。
「スペシャルライブツアーのスキルを使用し、このターン、私のリアガードのパワーは+5000される。
さあ……バトルだ!!
エルネスタのブースト! イングリットでヴァンガードにアタック!! 合計パワーは51000!!」
「ノ、ノーガード……。ダメージチェック……」
ここで★トリガーがめくれたが、リュートに5点目のダメージが入る。
「イングリットは山札の下へ!
ベティーナのブースト! エレオノーレでヴァンガードにアタック! 合計パワーは53000!!」
「コンダクトスパーク2枚でガード! ダスティンでインターセプト!」
「エレオノーレは山札の上へ。
ヘルミーナのブースト! フェルティローザでヴァンガードにアタック!!」
「2枚の《白光竜 パラソラース》でガード! ジブラブラキオでインターセプト!」
「ツインドライブ!!」
リュートが2枚の手札をぎゅっと握りしめ、喉を鳴らす。
緊張の一瞬。
だが、どこかわくわくしている自分もいた。
今度は何を見せてくれるんだろう。何をして驚かせてくれるんだろうと。
「1枚目はもちろんエレオノーレ! エルネスタの前列にスペリオルコール! ドライブ+1! エルネスタもスタンド!
2枚目は……イングリット! ベティーナの前列にスペリオルコール! ドライブ+1! カウンターチャージして、ベティーナをスタンド!」
「!?」
「まだ私のドライブは続く!
3枚目……治トリガー! ダメージ回復し、パワーはイングリットに!
4枚目……
「!? フェルティローザに前トリガー!?」
アタックする際に前列がいないことも多いフェルティローザでは、前トリガーは採用されないことが多い。
(それをこの人は……セオリーを崩してでも攻撃力をさらに高めてきた)
まさしく集大成を冠するに相応しい、リュートが見たこともないような至高の攻撃だった。
「ベティーナのブースト。イングリットでヴァンガードにアタックするよ。合計パワーは66000だ」
(カミラさんがこのターンに命を賭けたんだ……。僕なんかが勝てなくて当然じゃないか……)
リュートの脳裏に諦観がよぎる。手札が力無くベンチの上に置かれた。
「……ノーガード」
放心したまま宣言して、山札に手を添える。
これをめくればカミラとのファイトは終わる。
そしてそれはきっと永遠の別れを意味するのだ。
「……それでも、そんなの、認められるかああああああっ!!」
絶叫と共にリュートがカードをめくる。
「治トリガーッ!! ダメージ回復! パワーはユージンに!!」
(僕は……また後悔するところだった!! 僕はまだカミラさんとのファイトを続けていたい!! そして何よりも、僕はまだカミラさんに勝っていない!! ここで勝たなければ、僕は一生後悔する!! それだけはごめんだ!!)
荒い息をつきながら、リュートが心中でまくし立てる。
「……!! イングリットは山札の下に……!!
エルネスタのブースト! エレオノーレでヴァンガードにアタック! ……エレオノーレの効果は使わず、パワーは53000!」
「《四精織り成す清浄の盾》で完全ガード! 手札からはユージンを捨てます!」
すべての手札を使い果たして、リュートはこのターンを凌ぎ切った。
「……私はこれでターンエンド。
……そうか。そういうことか……」
瞳を虚ろにしてカミラが呟く。
だが次の瞬間、彼女はけたたましく笑いだした。
「あははははっ!! まだファイトを続けられる!! 私はまだ高みを目指せるということか!!」
かつて教授とのファイトで一度だけ見せた、鬼か修羅を思わせる凄惨な笑顔。
「さあ、リュート!! まずはこの3枚の手札で、君の攻撃を防ぎきってみせよう!! そして次のターン、より凄まじい攻撃を君に見せてあげるよ!!」
「……僕のターン! スタンド&ドロー!!」
狂ったように笑い叫ぶカミラには答えず、リュートはカードを引いた。
(このターン、カミラさんはあえてユニットを展開して残した。僕にオズワルドを使わせないために……)
ユージンと言えど、手札1枚から4体のユニットを除去するのは至難である。
ファイナルターン宣言しておいて、しっかり後先のことを考えているあたりしたたかだ。
それも引いたカードは……。
「《白光竜 パラソラース》をコールします」
「おや。除去できるカードは引けなかったようだね」
「けど、まだ望みはあります。ゲイツフォートとパラソラースをレストして、ベティーナを退却。ゲイツフォートはスタンド。
これでユージンのもうひとつのスキルの条件が満たされました」
「そうだね。でも……」
「はい。カミラさんの空きサークルは2つ。僕は山札の上から2枚しかめくることができません」
「……それでも、やるんだね」
「はいっ! ユージンのスキル発動!!
山札の上から2枚を確認…………」
山札をめくったリュートがぽつりとこぼす。
「ありがとう」と。
「僕がコールするのは! 《砂塵の撃砲 アンドレア》! そして……《砂塵の穿弾 メイナード》!!」
「!! メイナードっ!?」
「メイナードのスキル! エレオノーレを指定し、その縦列すべてのユニットを退却!!
そしてアンドレアを退却させることで、ヘルミーナも退却!!
これでカミラさんのユニットは全滅です!!」
「す、素晴らしい……。よくぞ、ここまで……」
カミラが感動に打ち震えた、次の瞬間――
「っ!! ごほっごほっ! がはっ!!」
カミラが吐血した。咄嗟に口元を押さえるが、指の隙間から絶え間なく血が流れ続けている。
カードを汚さないよう、床へと向きを変えているのが彼女らしいが。
「カミラさん!?」
リュートが手札を置いて容態を確かめようとするが、それを血塗れの手が制した。
「止めなくていい。ここで止めたとしても、もう運命は変わらない……」
「そんな……」
「それよりも……このファイトの……決着を……」
息も絶え絶えになりながら、カミラが言葉を繋いだ。
(もっとカミラさんとファイトを続けていたい……)
それはリュートの偽らざる本心だ。
それでもカミラのことを想うのであれば……。
(このターンで、カミラさんを楽にする!!)
心が千々に引き裂かれそうな気持ちで、リュートは誓った。
「バトルだっ!!
オズワルドのブースト! ユージンでヴァンガードにアタック!!」
「……ノーガード」
カミラのダメージは4点。★トリガーさえめくれれば、リュートの勝ちだ。
「ツインドライブ!!
1枚目……トリガー無し!
2枚目……★トリガー!! 効果はすべてユージンに!!」
「ダメージチェック……。
1枚目……★トリガー。パワーはフェルティローザに。
2枚目……」
続けてトリガーゾーンに置かれたカードを見て、リュートは信じられないという心地で目を見開いた。
「
カミラが高らかに宣言した。
「このカードを除外して、1枚ドロー!! フェルティローザにパワー+1億!!
ははっ、あはははっ! 私はまだ戦えるぞ、リュートぉ!!」
「まだですっ! オズワルドのスキルで、ユージンはスタンド!!
ユージンよ! 気高き砂塵の銃士よ! どうかこのファイトに幕引きの弾丸を!!
ユージンでヴァンガードにアタック!!」
「《魂を込めた指揮 リヒャルダ》でガード!
これで、たとえ君がドラグヴェーダを引いたとしても、残りの手札で守り切れる!
私のターンは……」
「ドライブチェック……」
カミラが言い終わるよりも先に、リュートはカードをめくる。
不思議と、今なら引けるという確信があった。
「……超トリガー」
「? 言ったろう。もはやドラグヴェーダでも……」
「よく見てください。僕が引いたのは、超トリガー……《決意の精霊王 オルバリア》です」
「!? オル、バリア……!?」
それはロゴの箔押しがされた、ふたりがダイナミックの会場でもらった限定カードだった。
「……そうか。私はあの時、このカードを記念品としか見ていなかったが。君はデッキに入れてくれたんだね」
「カミラさんとの大切な思い出だったから……」
「君の決意、確かに受け取ったよ。さあ、ゲームを続けたまえ」
「トリガー効果でユージンのパワー+1億っ! 追加効果でユージンのパワーさらに+1億っ!! 合計パワーは2億33000!! ガード貫通ですっ!!」
(けど、まだだ! まだカミラさんの治トリガーは2枚しか見えていない……!!)
これでリュートの切り札は出尽くした。
ここでダメージを回復されたら、本当に打つ手が無くなってしまう。
「ダメージチェック……」
しかしカミラは、これまでとは打って変わって覇気の抜けた、穏やかな表情で山札に手を添える。
まるでもうすべてが終わってしまったかのように。
「……カミラさん?
どうしてそんな……。諦めるなんて、らしくないですよ?」
言いながら、不穏な想像が頭から離れない。
カミラは新たに前トリガーを入れていた。
だが、★トリガーも、引トリガーも、これまでと同じように見えていた。
ならば、その前トリガーはどこから出てきたのだ?
「違うんだ、リュート」
カミラは静かに首を振った。
「このデッキには治トリガーは2枚しか入っていない。私の負けは、確定しているんだ……」
「そんな……!!」
それではまるで、カミラと同じではないか。
自らの命を顧みず、がむしゃらなまでに前へと進む。
その生き方は儚くも美しいのかも知れないが。
「……それでも僕は、1秒でも長くカミラさんといたかった」
「……ごめんね」
もう結果は決まっている。
それでもカミラは今の時間を惜しむようにゆっくりとカードをめくり――
それが表を向いた瞬間、リュートは惑星クレイの
雷光の弾丸が薄暗い植物園を照らし、青薔薇の花弁を舞い散らす。
天井を覆うガラスが砕け、落ちた破片が悲鳴にも似た音色を奏でる。
亡霊達は弾丸を避けながら無邪気に飛び回り、銃士達をからかうようにして取り囲んでいた。
銃声と怒号、そして笑い声が飛び交う地獄のような喧噪を抜け出し、ユージンは吸血鬼を追い詰める。
(いや、誘われているのか……?)
自問しながらも、ユージンは逃げる吸血鬼の背めがけて引き金を引く。その少女はこちらを一瞥もしないまま、優雅にステップを踏んですべての弾をかわしてみせた。
やがてふたりが辿り着いたのは、大広間のような開けた空間だった。昔は中央に大木でも飾られていたのだろうが、今は青薔薇が絡みついた塔のようなステージがそびえ立っている。吸血鬼はそこにひと跳びで着地すると、そこから無造作に爪を振るった。
悪寒を感じたユージンは、その場から転がるようにして跳び退いた。
次の瞬間、ユージンの立っていた場所に四条の巨大な爪跡が刻まれる。
(爪撃を魔力で射出したのか!)
ユージンもすぐさま反撃せんと銃を構えるが、先の一撃で舞い上がった青薔薇の花弁が吸血鬼の姿を覆い隠している。
「……ちっ!」
ユージンの狙いが定まらない隙に、二撃、三撃と、吸血鬼の爪が振るわれる。
華奢な指の一振りが、まさに巨竜の剛爪が如く。
そのすべてを、ユージンは勘で避け続けた。
四撃目の爪を紙一重でかわしながら、ユージンはどうにか三発の雷弾を斉射するが、そのすべてが吸血鬼のすぐ傍を掠めていった。
「どこを狙ってるの?」とばかりに吸血鬼が笑う。それは思わず見惚れてしまいそうな、魅力的で嗜虐的な笑みだったが。
「ああ、丸見えだぜ。余裕かましてる、あんたの笑い顔がな」
笑う吸血鬼にぴたりと照準を合わせて、ユージンも嗤った。
ユージンが無理な体勢で射撃をしたのは、吸血鬼に当てるためではない。周囲を舞う邪魔な花吹雪を焼き払うためだった。もっとも、ユージンの腕前と、愛銃の性能であれば、あの状態からでも命中は望めたのだが、この弾丸だけは万全の体勢で使いたかった。
狙われていることに気付いた吸血鬼が、笑顔のまま顔を引きつらせ、腕を振り上げる。
「遅ぇよ」
ユージンは引き金を引いた。
精霊王の加護の宿った弾丸が、七色の波動となって、少女の小柄な体躯を呑み込み、天井をも貫いた。それは外から見るなら、植物園からさぞや綺麗な虹がかかったように見えただろう。
愛銃がぶすんと煙をあげて機能を停止し、ユージンは銃を構えていた腕をだらんと垂らす。
その眼前に吸血鬼の少女がいた。
目の良さなら自他ともに人類一だと認めるであろうユージンですら捉えられぬ超スピード。
「私の勝ちね」
吸血鬼はいつぞやのように勝ち誇りながら爪を振り上げた。
「いいや。今回も俺の勝ちだぜ」
ユージンが外套の裏から拳銃を抜き放ち、吸血鬼の眉間へと向ける。装填されているのは、特注した銀の弾丸だ。
銃声が広い空間に響き渡る。
「私が同じ手に引っかかるとでも思ったの?」
吸血鬼の陽気な声が背後から聞こえた。
その疾さを以て、銃弾が放たれる寸前にユージンの背後へと回ったのだ。
「これで今度こそ私の勝ち――」
吸血鬼の爪が振り下ろされる。
その背中を銃弾が貫き、胸の中央に真っ赤な穴が薔薇のように咲いた。
「――ね?」
何が起こったのかわからず、吸血鬼が背後を見る。もちろんそこには誰もいない。
「跳弾だ。俺の弾は、ステージ、天井、柱、床と跳ね返り、俺の背後に届くよう計算して撃った。お前が背後に現れると読んだのは、まあ勘だがな」
「そ、そんなことできるの?」
その問いには答えず、ユージンはにやりと笑った。
「言ったろ? 俺の勝ちだとな」
ぐらりと傾いだ吸血鬼の体が爆発を起こした。血液が真っ赤な霧となって周囲に立ち込め、視界が赤に染まる。
「……やったのか?」
念のため、赤い霧を吸わないように袖口で口元を押さえながら、ユージンは独りごちた。
「あーあ、ざんねん。今回は私の負けにしておいてあげる」
その声は周囲の霧から聞こえてきた。ステレオスピーカーも真っ青の、超サラウンド音声である。
「生きてるじゃねえか」
「このくらいじゃ死なないわよ。吸血鬼だもの」
そう言って赤い霧は笑う(?)と、上空で集合し、一羽のコウモリとなった。
「また遊びましょう」
そしてそれだけ言い残すとキィキィと負け惜しみでもするかのように鳴きながら、満月の輝く夜空へと羽ばたいていく。植物園で暴れていた亡霊達も、彼女を追うようにして天へと昇っていった。
「大丈夫ですか、ユージン!?」
静寂を取り戻した植物園で一息ついていると、足元の破片を蹴散らしながらダスティンが血相を変えて現れた。その覆面はまたひん剥かれており、『←ハンサム』と顔に落書きされている。
「なんとかな。……そっちも大変だったみたいだな」
「ええ、まあ……」
複雑な表情を浮かべながら、ダスティンが顔の落書きされたあたりを押さえる。
「そちらもクリアなら撤退指示を出しますが、よろしいですか?」
「ああ、そうしてくれると助かる。俺は疲れた。少し休んでから帰る」
「はい。では、また……」
ダスティンが踵を返して仲間の元に戻ろうとした時、その足元に白い何かがぶつかった。
石やガラスの破片とは違う、真っ白い1枚のカード。
「おや、これは?」
さすが銃使いと言うべきか、目ざとくみつけたそれをダスティンは拾い上げる。ユージンも何とはなしにそれを覗き込んだ。
「これは……学生証? グレートネイチャー大学のものでしょうか?」
それらしい注意書きが書かれたカードを表に向ける。その瞬間、ふたりは驚愕に目を見開いた。
そこに写っていたのは、つい今しがた戦っていた吸血鬼の少女だからだ。
「これはリリカルモナステリオの学生証……?
……ああ、そう言えば聞いたことがあります」
ダスティンが言うには、アイドル達の学園都市、リリカルモナステリオにはフェルティローザと名乗る吸血鬼のアイドルがいると。
彼女はAstesiceやEarnescorrectと言った人気どころと比較するとマイナーだが、それもそのはず、彼女のパフォーマンスは何故か死者に向けられるものが多く、今回のような廃墟や、墓場でひっそりと(演出自体は派手らしいが)行われることが多いらしい。そのため、ストイケイアの一部の種族には熱狂的なファンも多いが、帝国の辺境に住む砂塵の銃士達が知らないのも無理は無かった。
そしてその吸血鬼は強大な力を有しており、また、突飛なことを思いついては周囲をトラブルに巻き込む「気まぐれ」でも有名なのだとか。
「つまり……その、何だ? 俺達は力を持て余した気まぐれ吸血お嬢様のガス抜きに利用されたってことか?」
「恐らくは。依頼文を書いたのも彼女でしょう。吸血鬼と渡り合える戦闘力を持ち、彼女の事を知らない我々、もしくはあなたが目を付けられたのでしょう」
「……馬鹿らしい」
大袈裟に溜息をついて、ユージンは頭を抱えた。
「まあいい。依頼通り、吸血鬼は退治したんだ。カネさえ振り込んでもらえればそれでいい。されなきゃ学園都市だろうと殴り込みだ」
ユージンはダスティンから学生証を取り上げると、夜空めがけて高々と放り上げるや、目にも留まらぬ速さで抜き放った拳銃で撃ち抜いた。
粉々になった学生証の破片が流れ星のように降り注ぐ。
ユージンはフェルティローザの消えていった満月に笑いかけた。
「また遊ぼうぜ」
「……私は、まだ生きているかい?」
ファイトを終えたカミラが、心臓を押さえながらぽつりと零した。
その姿は燃え尽きた真っ白い灰のようで、今にも崩れ去ってしまいそうだったが、それでもまだ確かに息づいていた。
「……はい」
「よかった。私にはもう少しだけ時間が残されているらしい。
けれども、少し疲れた。まずは横にならせてくれないかな?」
「は、はい!」
リュートはすぐさま並べられたカードを片付け、ベンチから立ち上がろうとしたが、それよりも早く、カミラがリュートの膝を枕代わりにぽてんと横になった。
「カ、カミラさん!?」
「いいじゃないか、このくらい」
顔を真っ赤にして焦るリュートに、カミラが楽しそうに笑う。
「さて、何から話そうかな?
まずはおめでとう。君は私に勝利した。ようやく私を越えられたね……」
「……それは違う。
今日のファイトは、百回以上ファイトしてきたうちの、たった1回を制しただけなんだ。
これからもっとたくさんファイトして、いつかその背中に追いついて、本当の意味でカミラさんの隣に立ちたかった。
これからだ……これからだったんだ……」
リュートの瞳からみるみるうちに涙が溢れ出し、零れ落ちた一滴がカミラの頬に触れた。カミラはそれを愛おしそうに撫でる。その指先で涙と血が融け合った。
「そうか……。それは、悪いことをしたね」
「カミラさんには、もうないんですか!? これからしたかったこととか! 心残りとか!」
「あるよ」
カミラは即答した。あっけらかんと。
「見てみたかったものはまだまだたくさんあるし、続きが気になっている本だってある。
叶うなら新しいフェルティローザにも触れてみたい。
そして、何よりも……君の将来をずっと見守っていたかった」
「……っ! なら!!」
「けどね。あと何十年生きたとしても、私には心残りなんて無くならないよ。
生きている限り興味深いものに出会い続けるだろうし、ヴァンガードだって、これからもずっと続いていくのだろうから。
『心残りの無い人生だった』なんて言葉、見方を変えれば、『死ぬ直前には何の楽しみもありませんでした』って言っているのと同じじゃないか。
だからね。私はここまででいいんだ」
一分一秒すら自分の時間を無駄にせず生きた女性は、達観したような老成した笑みを浮かべて言った。
「それにね。私には心残りこそ多いが、不安なんてものはなにひとつとして無いんだ。
この1年で、君は立派に成長した。だから私がいなくなったとしても、君のことはまったく心配していない。きっと君はいい大人になる。この私が保証するよ」
「カミラさん……」
買いかぶりですよ。とはさすがに言えなかった。
けど、カミラがいなくなったらどうなるか。自分は今でも不安で仕方がないというのに。
「君なら大丈夫だ。絶対に、大丈夫」
もう目が見えていないのか、虚ろな瞳で、伸ばした手を虚空に彷徨わせ、おまじないを唱えるように、カミラは何度も「大丈夫」と繰り返した。
ああ、この期に及んで気を遣わせてしまっている。
だからせめて最後くらいはと、リュートはカミラの手を握りしめ。
「はい。僕も精一杯に生きます。カミラさんのように」
と力強く宣言した。
「……ああ、私は世界一の幸せ者だなぁ。……大好きな男の子の、膝の上で、逝けるだなんて」
満足そうなカミラの瞳がゆっくりと閉じられ、リュートと繋がっていた掌から力と熱がすぅっと抜けていった。
そうして鈴導カミラは、穏やかな心地で、眠るように。
息を引き取った。
「……カミラさん? カミラさん!? カミラさんっ!?」
リュートの悲鳴のような呼び声が、誰もいなくなった植物園に木霊する。
「カミラさんっ!! カミラさんっ!! カミラさんっ!!
うわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
夜を裂く慟哭が青薔薇の花弁を揺らし、蒼月は泣き咽ぶ少年を静かに見守っていた。
To be continued……
ここまでありがとうございました。
ヴァンガード・ゴシック、これにて完結でございます。
……と言いたいところですが
もう少しだけ続きます!!
もともとエピローグとしてもう1編は予定していたのですが。
そこから先、新しい作品のネタが無いこと。今は歩みを止めたくないこと。もう少しだけ書きたい話が残っていたこと。
などの理由から、あと1年、ヴァンガード・ゴシックを続けることにしました。
ただ、今のように毎月の更新はできず、恐らくは2ヵ月か3ヵ月に1回の更新になると思います。
いつものように月初更新は変わりませんので、月の初めにこそっと覗いて頂ければ幸いです。
とは言え、予定していたゴールラインには無事到達でき、今は安堵の気持ちでいっぱいです。
第2部(仮)は、軽い気持ちで、気は抜きすぎず進めていけたらなと思っています。
ここまでありがとうございました。
引き続きどうかよろしくお願い致します。
感想などもお待ちしております。
次回は4月1日更新!
第1部のエピローグにして、新たなリリモナ使いが登場です。
メインユニットは果たして!?
お楽しみに!!