ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

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第3羽「前へと進むための翼」

「本日のショップ大会、優勝は淵導(えんどう)フランちゃんです!」

「えへへ、やっちゃいましたぁ!」

 カードショップ『ニアミント』の店長が高らかに宣言すると、隣に立つ少女が満面の笑みを浮かべた。顔面の右半分が赤黒い火傷痕に覆われた少女だが、その笑顔は痛々しさを補って余りあるほど、弾けるような魅力に溢れていた。

「フランちゃん! おめでとう!」

「最後のダブル(クリティカル)すごかったな!」

 同じショップ大会に参戦していたファイター達が、口々に彼女を称賛する。

 カードショップ『ニアミント』に来て早3ヶ月。淵導フランは、その人懐っこさと、裏表の無い性格で、すっかりショップの人気者になっていた。

 1年前から『ニアミント』に足しげく通う常連であり、今日も決勝戦で彼女と覇を競った割に影の薄いリュートは、多くの人に囲まれる年下の少女を少し離れたところで眺めながら、嬉しいやら寂しいやら複雑な心境で眺めていた。

「遅かったか!」

 そんな活気と哀愁漂うファイトスペースに、一人の珍客が飛び込んだ。

 その男を見て、リュートは目を丸くし、思わず声をあげる。

教授(プロフェッサー)!?」

「はい。お久しぶりですね、リュート君」

 そう言って、白衣のようなよれよれのワイシャツを着た男性が、ズレた眼鏡を直しながら気さくに微笑んだ。

「……ショップ大会、もう終わっちゃってますよねえ?」

 かと思いきや情けない表情を浮かべて尋ねてくる。

「はい。ついさっき、決勝戦が」

「ああ……今日は講義が早く終わったから急いで来たのに」

 そんな会話を交わしていると、他の人も次々と教授に気付き。

「うそっ、教授!?」

「本当だ、教授だ!」

 ついさっきまでフランを取り囲んでいた人の群れが、今度は一斉に教授へと群がった。

「え? え? 何が起きたんですかぁ?」

 取り残されたフランが、目に見えるほどの疑問符を浮かべながら首を傾げる。

 さもありなん。教授――本名、(たちばな)キョウジは、アマチュア限定とは言え、全国大会で準優勝するほど。プロのスカウトからも注目される猛者である。かつてはニアミントの常連だったが、今は大学が忙しいらしく、滅多に会えないレアな人物なのであった(去年にも同じことを思ったが、夏休みなのに……)。

「あはは。いい機会だから紹介するよ」

 リュートはフランの手を引き、キョウジに歩み寄る。意図を察してくれたのか、人垣もさっと二手に分かれて道を作ってくれた。

「教授。この子は五洲(ゴス)校のカードファイト部に新しく入部してくれた、僕の後輩です」

「淵導フランと言います! よろしくお願いしますっ! えっと……教授さん、ですかぁ?」

 礼儀正しくペコリと頭を下げてから、小首を傾げる。

「教授はここで付けられたあだ名みたいなものですね。本名は橘キョウジ。ですが、ぜひ皆と同じように教授と呼んでください。よろしくお願いします、淵導さん」

「あっ! ならなら! あたしのことも名前で呼んでください! ここではもうみんな名前で呼んでくれるので、そっちの方が慣れてるんです!」

「はい。わかりました、フランさん」

「フランはすごいんだぜ、教授!」

「そうそう! 初心者だけど、すっごく強いの!」

 ふたりの会話がひと段落したのを見てとってか、他のファイターも話に加わってきた。

「今日もショップ大会で優勝しちゃったんだから!」

「……ほう?」

 それを聞いた教授の気配が、僅かに変わった。

「それはこのリュート君を破って……ということですか?」

 眼鏡の奥、怜悧な瞳がリュートとフランを交互に見据える。

 これほどのファイターに一目置かれていることが、リュートにとっては誇らしい。

「え、ええ。まあ、僕も未完成のデッキを試したかったので、本気ではなかったというか何というか……」

 しなくてもいい言い訳をしてしまうほどに。

「なるほど。フランさん、君に興味が湧いてきましたよ。今から俺とファイトをお願いできますか?」

「はいっ! 喜んで!」

「面白そうね! じゃあ、『ニアミント』最強のファイターと、期待の新人でエキシビジョンマッチといきましょう! 勝った方には、プロモーションパックをプレゼント!」

 離れたところで様子を見守っていた店長の、突然の提案に。

「いいですね! 燃えてきました!」

 お祭り少女のフランが一も二も無く乗っかり。

「それはありがたい」

 教授もそれに同意した。

(……何気ないセリフだけど、教授はもうパックをもらった気になってるな)

 負けるつもりも、その懸念も無いということか。だからと言って油断するような、甘い人物でもない。

 店長も半ばそのつもりで提案したのだろう。わざわざ駅から走って店まで来たキョウジに、参加賞だけでも渡せる口実が欲しかったのだ。

「読者のみなさーん! 今月はフランちゃんVS教授回ですよー!」

 そんなこととは露知らず、フランはメタなセリフを吐きながら張り切っていた。

 

 

「《炎華のドラグリッター ラディリナ》でヴァンガードにアタック! ラディリナはモモッケのパワー分、パワーが上昇。合計パワーは50000です!」

「え、あ……《切なる望み ハナエル》で、完全ガード! 完全ガードですっ!

 ふう、どうにか凌げました……」

「では、ラディリナとモモッケを退却させ、手札の《迷いなき炎剣 ラディリナ》をスペリオルコールします。ラディリナでヴァンガードにアタック」

「……へ? あ、ノ、ノーガード……」

 龍騎士(ドラグリッター)の少女が振るう、紅蓮に燃ゆる炎剣が、唖然とするアレスティエル(フラン)へと振り下ろされた。

「ううー……あたしの負けです」

 残念ながら、フランちゃんVS教授回にはならなかった。

 それほどの隔絶した実力差が、ふたりの間にはあった。

「ほえー。ヴァンガードってここまで一方的に負けちゃうことってあるんですかぁ?」

「このゲームが運否天賦に左右されるだけだと思っているならまだまだですね。リュート君も先輩なら、そのことを教えてあげなくては」

「すみません……」

 何故かリュートが叱られた。

「ですが、興味深い構築もありました。完全ガードにデシエルだけでなく、特別な効果を持たないハナエルも入れてましたね。あれはいったい……?」

「かわいいからです!」

「なるほど、かわいい! たしかにイラストの良さは重要なファクターですね。

 この前、俺も思わずお掃除三姉妹を使ったデッキを組んでしまいましたよ」

「あっ! わかります! あの子たち、かわいいですよねー!

 教授さんはブラントゲートも使われるんですか?」

「ええ。すべての国家を使いますが、中でも気に入っているのはブラントゲートですね」

「すべて! わー、やっぱり強い人は違いますねー。

 あたしなんてまだまだリリカルモナステリオ以外は知らないデッキが多くて……」

「自分の好きなデッキを勝たせてあげたい。そう思えば自然と覚えられますよ。カードの知識は勝つ為には必要不可欠ですからね」

「なるほど!」

「……ところでリュート君。俺が今日ここに来たのは、大会に出るためだけではないんです。ここに来たら君に会えるんじゃないかと思って」

 不意に話を振られ、それもその意図が掴めず、リュートは訝しんだ。

「僕に、ですか?」

「はい。メイちゃんから聞きましたよ。君と一緒に鈴導(りんどう)カミラさんのお墓参りに行ったのだと」

 ちなみにそのメイはと言うと、夏休みに入ってからほぼ毎日『ニアミント』に入り浸っているのだが、今日は家族旅行に出かけているため来ていなかった。

 店でも指折りの教授ファンだと言うのに、間の悪い少女である。

「彼女と一度しか会っていない俺が図々しいと思われるかも知れませんが、どうか俺も連れて行ってくれませんか?」

「そんなことありません! きっとカミラさんも喜びます! あの『ダイナミック』の日だって、カミラさんはずっとあなたのことを応援していたんですよ」

「ああ。あの日のファイトを見ていてくれたのですね。それは嬉しいような、恥ずかしいような……」

 そう言ってキョウジは、眼鏡の位置を何度も直しながら照れくさそうに笑った。

「あ、あのっ!」

 そこに手を挙げて大きな声をあげたのはフランだ。

「カミラさんのお墓参りなら、あたしも連れてってください!」

「君は……フランさんもあの人に導かれた者のひとりですか?」

「はいっ! あたしのこの火傷にも関係してる人で……」

 そう前置きして、フランは顔面を火傷した経緯と、それで落ち込んでいる時にカミラと出会った時のことを話し始めた。

 キョウジはそれを興味深そうに聞いていた。そもそもが好奇心の権化みたいな男である。大人として気にしていないフリをしていたが、内心では気になっていたに違いない。

「カミラさんに励ましてもらったから、今のあたしがいるんです! あたしはもう一度、カミラさんに会いたい! たとえそれがお墓越しにだったとしても……」

「……だそうです。もちろん構いませんよね、リュート君?」

「はい。フランもいずれ連れていくつもりでしたけど、これがいい機会なのかも知れません」

「決まりですね。では日程を決めてしまいましょう。俺が忙しくて行ける日が限られているのですが……この日はいかがですか?」

 スマホのカレンダーを見せながら、キョウジが提案する。

「僕は大丈夫です」

「あたしも空いてます!」

「それはよかった。ではこの日にしましょう」

 キョウジがカレンダーに印を付ける。

 8月15日。

 それはこの国において、故人が現世に還ってくるとされる日であった。

 

 

 ――8月15日。

 リュート達3人は、カミラの住んでいた家。小さな町くらいはあるのではないかという広さの豪邸に集まっていた。

「お待ちしておりました、リュート様。それに橘キョウジ様に、淵導フラン様ですね」

 門前で彼らを出迎えたのは、白い口髭を蓄えた初老の執事だった。

「カミラ様の墓前へご案内致します。どうぞこちらへ」

 リュートがカミラの墓を訪れるのはこれで3度目である。1度目はひとりで。2度目はメイと仲直りしてからふたりで。

「あの……執事長さん。ロウさんは……?」

 そのいずれでも尋ねた質問を、今回も尋ねてみる。

 初老の執事――大神(おおがみ)ロウから新たに執事長として任命されたという男性は悲しそうに首を振った。

「ご主人様からお暇を頂いた後、まったく連絡が取れません。今頃、何処で何をされているのか」

 その答えも、これまでとまったく同じものだった。

「ふええー。とんでもない広さですねー。このお庭だけで、野球とサッカーとアメフトの大会がまとめて開催できそうです」

 暗い雰囲気を断ち切ったのは、フランの素っ頓狂な声だ。

「まったくです。水分補給はしっかりとね」

 スポーツドリンクを片手に、キョウジが同意した。歩くことになるとはリュートから聞いていたので、その対策は抜かりない。

「メイちゃんなんかは『モノレールでも敷設したら!?』って言ってましたよ」

「ふふふ。あの子らしいですね」

 たっぷり10分以上は歩き、簡単なハイキング気分を満喫した後、リュート達はようやく鈴導家の墓地に辿り着いた。こちらも相当の広さを誇る洋風の墓地で、芝生の上に大理石の墓石やプレートが整然と並んでいる。

 その中の、少し離れたところにカミラの墓石はあった。

「おや? またあの方がいらっしゃっていたようでございますね」

 墓前に供えられている青薔薇の花束を見て、執事長が嬉しそうな寂しそうな複雑な表情を浮かべた。

「ロウさん、ですか?」

 墓石ときっちり平行になるように供えられた花束は、なるほど几帳面なあの灰色の髪をした執事を想起させた。

「はい。カミラ様の好きだった花を把握されている一般の方は多くありませんし、ご家族が墓参りされる場合は、私どもにも予定が共有されます。私の知らない青薔薇が供えられているということは、きっとそういうことなのでしょう」

 鈴導家の執事を辞められた今、不法侵入ではあるのですが。と執事長は苦笑した。

「しばらくしたらお迎えにあがります。それまでどうぞごゆっくり……」

 そう締めくくって、執事長は去っていった。

「カミラさん……」

 青薔薇の花束を抱えたフランが一歩、カミラの墓前に進み出る。これはリュートからカミラが好きだった花を聞き、3人でお金を出し合って用意したものだ。

「あなたのおかげで私は前を向くことができました。リュート先輩とも出会えました。今では毎日がとっても楽しいです。どうか安らかに……」

 そう言って、すでにあった花束の隣に自らの花束を捧げ、両手を合わせて静かに目を閉じた。仏教的な祈り方だが、今は細かいことをとやかく言うまい。

 キョウジも黙祷しており、リュートもそれに合わせてゆっくりと目を閉じた。

 

 ――幽世にも似た暗闇の中、遠く蝉の声が聞こえた。

 

「そろそろいいでしょう」

 ずいぶんと長い間そうしていたように思うが、キョウジに言われ、ゆっくりと目を開く。眩しい夏の日差しがそこに突き刺さった。

「ところで……ずっと気になっていたものがあるんです」

 カミラの墓が少し離れたところに作られた原因にもなっている、彼女の墓前に鎮座して広いスペースを占有する、テーブルにも似た黒と白の大理石でできたオブジェクト。

「これはいったい何なのでしょう?」

 それを指さしながらキョウジが尋ねた。

「見ての通り、ファイトテーブルです」

 胸を張ってリュートが答えた。

「ここでカミラさんにファイトを捧げることができるんです。ロウさんの提案ですよ」

「なんとまあ……」

 キョウジは眼鏡からはみ出しそうなほど、目を見開いて驚いた。

「ロウさんとは、先ほども名前が出てきましたが……たしか、カミラさんに付き従っていた方が、そのように呼ばれていましたね」

 さすがの記憶力である。

 フランはよく分かっていないようだったが、わざわざ説明はしなかった。カミラという繋がりが断たれた今、もはや自分とロウが関わる理由は無いのだから。フランにとってはなおさらだ。

「それにしても、ちょうどよかった。リュート君、ここで俺とファイトしませんか?」

「はい! 僕からもお願いしようと思ってました!」

 キョウジのファイトであれば、カミラにとって最高の供養になるはずである。

「それはよかった。そこでひとつお願いがあるのですが、リュート君にはこちらのデッキを使って欲しいんです」

 そう言って、リュートが自分のデッキを取り出すより早く、ひとつのデッキを裏向きにして手渡してきた。

「? 中を見てもいいですか?」

「もちろん」

 リュートは何気なしに、ライドデッキの一番上に置かれたカードをめくる。そして全身に寒気が奔った――。

 

《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》

 

「!? これって――」

 リュートが他のカードもめくって確認する。

《巡り星の綺想曲 イングリット》

《貴女に捧ぐ小夜曲 エレオノーレ》

《光華瞬く夜想曲 ユーディット》

《世界周遊スペシャルライブツアー!》

 すべてカミラが愛用していたカードだった。

(いや、それだけじゃない。この構築は……)

「あの深夜ショップ大会の日、俺が負けたカミラさんの構築を再現しました。うまくできた自信はあるのですが、リュート君に最終確認をして頂きたくて」

「うまくできたも何も……完璧ですよ」

 自分がカミラのデッキを再現しようとしたとしても、ここまでできる自信がない。カミラと何度も対戦を繰り返し、たまにデッキを見せてもらったりもしていたのに。それをこの青年はたった一戦交えた時の記憶だけで、完全に再現してしまったのだ。

 リュートが最初に感じたのは、まさに死者が蘇った感覚だったのだ。デッキとはその人そのものを映し出す鏡なのだから。

「それを聞いて安心しました。それでは改めてお願いしますが、そのデッキで俺と対戦して頂けますか? 図々しいお願いだとは承知していますが、これを使いこなせるのは、彼女をよく知るリュート君しかいないんです」

「それは構いませんけど、どうしてそんな……」

 愚問だった。キョウジの顔がみるみる険しいものに変化していく。

「彼女に負けた後、俺はすべてのデッキの構築を見直しました。そのおかげで『ダイナミック』で準優勝という成果を残すことはできましたが、そうしている間に、新しいデッキで彼女にリベンジする機会は永遠に失われてしまった。

 もちろん仕方のないことだと理解はしています。でも、どうしても、あの日の雪辱を果たせぬままでは、俺は自分自身を認めることができない……!!」

 それはいつもの人の好い青年の顔ではなく、誇りと意地に塗れたトッププレイヤーとしての顔だった。

「今の俺が彼女より強くなれたのか。その解を出すまでは、俺はフランさんのように前に進むことができないんです……!!」

 リュートやメイだけではない。きっと彼も彼なりに苦しんでいたのだ。カミラという大きすぎる存在を失って。

「わかりました。僕にどれだけカミラさんのプレイングを再現できるかわからないけど、このデッキを使わせてもらいます」

「ありがとう」

 キョウジの表情が穏やかなものに戻り、大理石のファイトテーブルにカードを置いた。リュートもそれに倣う。

「はじめましょう。スタンドアップ……」

「ヴァンガード!」

「《午後のダンスレッスン ミチュ》!」

「《憧れのお姉様 フェルティローザ》!」

 

 

「ミチュ……!?」

 ピンク色の髪をした、幼い顔立ちのアイドル……その背から伸びる巨大なガトリングの砲塔を突き付けられるイメージに、リュートの背筋が凍り付いた。

「何を使うかは悩みましたよ。あの時と同じケイオスか、もっとも自信のあるエバか。

 ですが、ファイターとしての実力を証明したいのであれば、同じ国家でファイトするのが最も公平でしょう」

「な、なるほど……」

「俺のターン。スタンド&ドロー。

《ハッピーショッピング ミチュ》にライドします。ミチュの効果で、山札から《準備は万端!》をオーダーゾーンに。

 さらに《準備は万端!》をレストすることで、ソウルチャージ。《花の祝砲》をオーダーゾーンに置いて、さらに祝砲のスキルで1枚ドロー。

 俺はこれでターンエンドです」

「ぼ、僕のターン。スタンド&ドロー。《麗しの休日 フェルティローザ》にライドします。

 このターン、できることは何もないので、フェルティローザでヴァンガードにアタックします!」

 キョウジはノーガードを宣言する。

「ドライブチェック……★トリガー!」

 キョウジのダメージゾーンに2枚のカードが置かれる。いずれもトリガーは無し。

「俺のターンですね。スタンド&ドロー。

《キラキラなサマー! ミチュ》にライドします。

 山札の上から5枚を見て……《はにかみの歌声 ノクノ》を手札に加えます。《準備は万端!》をレストしてソウルチャージ。

《切り取る一瞬 イルセ》をコールし、バトルフェイズに進行します。

 イルセのブースト。ミチュでヴァンガードにアタック」

「っ……ノーガード!」

「ドライブチェック……トリガーはありません」

 リュートのダメージチェックでもトリガーは出なかった。

「ブーストしたアタックがヒットしたのでイルセの効果を使います。山札の上から5枚見て……《花の祝砲》を手札に。イルセは山札の下に」

(このアタックは防いでおきたかったのに……)

 ここでカウンターコストを稼いでおかなければ、フェルティローザの効果が使えなくなる。キョウジもそれを知って、悠々とミチュの後列にイルセをコールしたのだ。

「スタンド&ドロー!

《享楽の才媛 フェルティローザ》にライド!

 G1フェルティローザの効果で、ライドコストで捨てた《結い上げた憧憬 ハイルヴィヒ》を手札に加えます!

 フェルティローザでヴァンガードにアタック!」

「ノーガードです」

「ドライブチェック……よしっ! また★トリガーだ!」

 早くも4枚目のカードがキョウジのダメージゾーンに置かれた。だが当のキョウジはどこ吹く風で、淡々とゲームを進めていく。

「俺のターンですね。スタンド&ドロー。

《夢に向かって一番乗り! ミチュ》にライド!」

 蒼穹から音速を越えるスピードで空を切り裂き、ピンク色の影が飛来する。

 見た目はピンクの髪をした小柄な少女。しかしその背には可憐な容姿とは不釣り合いな、背丈よりも長大なガトリング砲が二門接続されている。

 かつてはブラントゲートが誇る超兵器であった異色のアイドルが、今日も()()をぶっ放す。

「《準備は万端!》をレストしてソウルチャージ! 《花の祝砲》をオーダーゾーンに置きます。祝砲のスキルで1枚ドロー。オーダーゾーンにカードが置かれたので、ドロップからノクノをスペリオルコール!

 さらにオーダーゾーンの《花の祝砲》をドロップに置いて、ミチュの砲弾能力を変更します!」

 ガゴンッという音と共に、ミチュの背にある砲塔が重々しく回転する。

「ユニットをコールして、バトルフェイズです!

 ノクノのブースト! ミチュでヴァンガードにアタック時、砲弾スキル発動! SB2することで、ミチュ、レモリィ、ヴィーネのパワー+10000!」

「ノ、ノーガードですっ!」

「ツインドライブ!!

 ファーストチェック、ノートリガー。

 セカンドチェック、ゲット、(ヒール)トリガー。ダメージ回復し、パワーはレモリィに」

 巨大な金属同士の擦れあう耳障りな音を立てて、二門のガトリング砲が起動する。次の瞬間、爆音をあげて無数の砲弾が吸血鬼の少女めがけて放たれた。

 だがそれは、着弾の寸前、吸血鬼の目の前で弾けるように花を咲かせ、空をピンク色の花畑に染め上げる。

「わぁ、綺麗!」

 フランも思わず歓声をあげた。

「ダメージチェック……トリガーはありません」

「《クーリング・ハート ユイカ》のブースト。《スケジュール調整中 レモリィ》でヴァンガードにアタック!」

「ノーガード。ダメージチェック……こちらもトリガーはありません」

「レモリィのアタックがヒットしたので、ドロップから《花の祝砲》をオーダーゾーンに置いて、祝砲のスキルで1枚ドロー。さらにユイカのスキルで、レモリィを手札に戻します。

《太陽より輝いて ヴィーネ》でヴァンガードにアタック。オーダーゾーンに《準備は万端!》があるので、パワー+5000」

「《くいしんぼう ノーラ》と《永遠に分かたぬ夜明曲 イレーネ》でガード!」

「俺はこれでターンエンドです」

 ダメージは3対3。早くもキョウジが追いついた。

「僕のターン! スタンド&ドロー!

《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》にライド!

 G2フェルティローザのスキルで手札からハイルヴィヒを置いて……。えっと、ドロップから……この場合、どっちを回収すべきなんだ?」

 何度も見てきたデッキのはずなのに。自分で動かしてみると、まったく感覚が掴めない。

「使い慣れていないデッキなので無理もありません。ゆっくり考えてくださって大丈夫ですよ」

「は、はいっ。すみません……。僕はドロップからイレーネを手札に加えます。僕はイレーネ、エルネスタ、ディートリンデをコール。ディートリンデの効果でヘルミーナをスペリオルコール。ヘルミーナの効果で、エルネスタのパワーに+5000します。

 バトルです!

 イレーネのブースト、ヘルミーナでヴァンガードにアタックします!」

「《寧静の歌姫 オルタンス》でガードです」

「ヘルミーナはデッキの下に。

 エルネスタのブースト、ディートリンデでヴァンガードにアタックです!」

「こちらもオルタンスでガード」

「イングリットもデッキの下に。

 フェルティローザでヴァンガードにアタック!」

「《珠玉の一曲 エドウィージュ》でガード」

「ツインドライブ!!

 1枚目はハイルヴィヒ! フェルティローザの効果でスペリオルコールし、ドライブ+1! このカードをソウルに置いて1枚ドロー! エルネスタもスタンド!

 2枚目……《光華瞬く夜想曲 ユーディット》……っ!?」

 完全ガード。

 リュートはこのカードをコールするか、手札に加えるかの選択に迫られる。

(エルネスタの前列に置けばアタックは通るけど、次のターン、このカードを山札に送る手段も無い。イレーネの前列に置く場合、山札の上に戻すことはできるけど、トリガーを引かなければアタックは通らない。

 カミラさんなら、どちらを選んだ? あの人はこんなデッキをなんでノータイムで回せてたんだよ!?)

 改めて、カミラの凄さを思い知る。

(いや。次の教授のターン、ヴァンガードが2回アタックしてくるはずだ。ここで完全ガードを手放すわけにはいかない……)

「……僕はフェルティローザの効果を使いません」

 熟考の末、リュートは宣言した。

「3枚目……っ!? (ドロー)トリガー……。1枚引いて、パワーはフェルティローザに……」

「ですがアタックは通りません」

「はい。僕はこれでターンエンドです」

(グダグダだ! 教授に1点も与えることができなかった……。変に守ることを考えた僕のミスだ)

 リュートは心中で悔しがった。

 これでは苛烈な攻めを得意とした、カミラの代わりには程遠い。

「……すみません」

 自然と謝罪の言葉が口をついて出た。

「いえ。亡くなった人のデッキとプレイングを再現しようとした、俺の試みが間違っていたのかも知れません。

 もう終わらせてしまいましょう。

 スタンド&ドロー。ミチュにペルソナライド!」

 ミチュのリミッターがはずれ、彼女の動力が唸りをあげる。

「ミチュのスキルで1枚引き、レモリィをスペリオルコール。《準備は万端!》をレストしてソウルチャージ。祝砲をドロップに置いて、ミチュの砲弾スキルを変更。《気配り委員長 シャズネイ》もコールして、バトルフェイズに進行します。

 ノクノのブースト。ミチュでヴァンガードにアタック。砲弾スキルで、ノクノ、レモリィ、ヴィーネのパワー+10000です」

「……ノーガード」

「ツインドライブ!!

 1枚目……ノートリガー。

 2枚目……ゲット、★トリガー。★はミチュに。パワーはノクノに」

「!? ……ダメージチェック」

 リュートの弱気がデッキにも伝わったのか、2度のダメージチェックでもトリガーはめくれない。

「ノクノのスキル発動。《花の祝砲》を捨て、このカードとノクノの位置を入れ替えます。

 ノクノでヴァンガードにアタック」

 ミチュと入れ替わるようにして現れたのは、青い髪をしたマーメイド。

 彼女が祈りを込めて唄を歌うと、無数の泡が生まれては弾け、すべてを洗い流していく。

「こ、《光華瞬く夜想曲 ユーディット》で完全ガードッ!」

「ドライブチェック。ゲット、(オーバー)トリガー……」

 キョウジの冷たい宣言が追い打ちをかける。

「!?」

「《焼尽の精霊王 ヴァルナート》」

「ヴァルナート!?」

「レモリィのパワー+1億。さらにアタック終了時、スタンドさせる能力を与える。

 レモリィでヴァンガードにアタック」

(……終わりだ)

 リュートは手札を取り落とすように、左腕をゆっくりと下ろした。

 

「諦めないでくださいーーーーっ!!」

 

 とそこにフランの絶叫が静かな墓地に響き渡った。

「今、リュート先輩はカミラさんの代わりなんですよね!? だったら、絶対に諦めちゃダメですっ! カミラさんはこんなところで諦めるような人じゃありませんっ!」

「……っ! 君に何が分かるっ! たった1晩、カミラさんに会っただけの君にっ!」

 リュートは思わず言い返した。

「分かりませんよっ! それでも分かりますっ! だってだって、あたしがカミラさんに会えなかった分、リュート先輩はカミラさんのこと、いっぱいいっぱい話してくれたじゃないですかっ!」

「!?」

「そもそも! こんなところですぐ諦めちゃう人を! リュート先輩は好きになれるんですか!?」

「すっ……! 好きって! そんなこと、君には一言も言ってない……」

 この場にジュジュやメイがいれば、「いや、バレバレでしょ」とツッコミが入ったかも知れないが。

「先輩が話してくれるカミラさんは、あたしにとってもヒーローなんです! だから、こんなところで絶対に諦めたりなんかしませんっ!」

「諦めるも何も……カミラさんは諦めなければならないほど追い詰められたりなんてしなかったよ」

「それは心外ですね」

 ふたりの言い争いに口を挟んだのはキョウジだ。

「深夜ショップ大会のあの日、後攻1ターン目でゴルマギエルドを引かれても、俺のケイオスに5点まで追い詰められても、彼女は決して諦めませんでした。俺はフランさんの意見を支持しますよ」

「あっ……!?」

 そうだった。目の前にいるこの青年は、リュートの知る限り誰よりもカミラを苦しめたファイターだった。

「……すみません。ミスが続いて自棄になっていたようです。フランもありがとう……」

 ふたりに頭を下げてから、手札を握り直す。

 とは言え、ここからリュートにできることはひとつしかなかった。

「……ノーガードです」

 宣言し、6枚目のダメージとなるカードを山札からめくる。

「……治トリガー!!」

 そして、そのカードを堂々と見せつけるように掲げた。

「やった!」

「ふふ……そう来なくては」

 フランが歓声をあげ、勝負を決められなかったというのに、キョウジが嬉しそうに微笑んだ。

「ですが、まだ終わりではありません。レモリィのアタックがヒットしたので、祝砲をオーダーゾーンに置いて1枚ドロー。さらにレモリィをスタンド。もう一度、レモリィでアタックです」

「ユーディットで完全ガード!」

「シャズネイのブースト、ヴィーネでヴァンガードにアタック! 《準備は万端!》があるので、ヴィーネのパワー+5000! ドロップのセットオーダーを山札に戻すことでさらに+5000!」

「ノーラ2枚とザスキアでガード!!」

 耐えきった。

 手札は残り1枚。それでも、このカードだけは絶対に手放すわけにはいかなかった。

「僕のターン! スタンド&ドロー!!」

 引いたカードを見て、思わず笑みがこぼれる。最高のドローだ。

 リュートは、そのカードをすぐさまヴァンガードに重ね合わせた。

「ペルソナライド!! 《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」

(思えばこのファイト。カミラさんのファイトを再現するのに必死で、まったくフェルティローザに向き合えていなかった)

 借り物とは言え、リュートは今、このデッキの先導者なのだ。

(情けない先導者で本当にごめん。だけど今一度! 力を貸して! ……フェルティローザ!!)

 リュートの呼びかけに、吸血鬼の少女が『やれやれ、仕方ないわね』とばかりに肩をすくめるのが、たしかにイメージできた。

「ペルソナライドで1枚ドロー!

《紡ぎ重ねる追走曲 ディートリンデ》をコールして、ドロップから《胸に募る慕情 フロレンツィア》をスペリオルコール!

 そしてこれが僕の! そして、カミラさんの切り札!」

 リュートはずっと手札に温存していた最後の1枚に指をかける。

「《世界周遊スペシャルライブツアー!》!!」

「……来たか!」

 キョウジが口の端を上げる。

「スペシャルライブツアーで、フェルティローザに『すべてのユニットのパワー+5000』の効果を与えます!

 僕はもう大丈夫だ。行こう、フェルティローザ!

 バトルです!!

 エルネスタのブースト! ディートリンデでヴァンガードにアタック!」

「2枚のエドウィージュでガード!」

「ディートリンデはデッキの下へ!

 イレーネのブースト! フロレンツィアでヴァンガードにアタック! このアタックは2枚以上コールしなければガードできない!」

「ベトレア、イルセ、ユイカ、ロノウェアでガード! ロノウェアはスキルでガード値+5000! さらにレモリィでインターセプト!」

 9枚あったキョウジの手札がみるみるうちに削られていく。

 残り3枚……。

「イレーネの効果で、フロレンツィアはデッキの下へ!

 フェルティローザでヴァンガードにアタック!」

「ブリッツオーダー! レガリスピース《艱難遮る碧の結界》!!」

「っ!?」

「これでこのターン、パワー1億以上のユニットの★は-1されますよ!」

「……まだだっ! ツインドライブ!!

 1枚目……《巡り星の綺想曲 イングリット》! このユニットをコールして、ドライブ+1! イングリットの効果でイレーネをスタンド! エルネスタもスタンドする!

 2枚目……★トリガー! 効果はすべてイングリットに!

 3枚目……《貴女に捧ぐ小夜曲 エレオノーレ》! このユニットもスペリオルコール! ドライブ+1!

 4枚目……超トリガーッ!! 《華燭絢爛 エステランザ》!! パワー1億はフェルティローザに! リアガードすべてのパワー+10000の永続効果を与える!」

「……素晴らしい!!」

 キョウジが感嘆の声をあげた。

「そうだ! これだ! これを俺は待っていた……!! 悪夢(ゆめ)にまで見るほどに……!!」

 フェルティローザが深紅の爪を振るうが、ミチュが咄嗟に展開した碧光のバリアに弾かれる。

 もっとも、そんな機能を搭載された覚えの無いミチュは『あれれ?』と首を傾げていたが。

「フェルティローザのアタックは、レガリスピースの効果で通らない。

 けどまだ2回のアタックが残ってます!

 エルネスタのブースト! エレオノーレでヴァンガードにアタック! エレオノーレのスキルでパワー+15000! 合計パワーは73000です!!」

「ノーガード! ダメージチェック……ノートリガーです!」

「エレオノーレは山札の上に!

 イレーネのブースト! イングリットでヴァンガードにアタック! 合計パワーは78000だぁ!!」

「《涼凪の歌姫 クリスティーヌ》で完全ガード!!」

「……あー! やっぱり握ってましたかー」

 とリュートは朗らかに笑った。

 序盤のアタックもノーガードしたくなるような高い要求値だったが、キョウジは終盤の方が要求値が伸びると読み切り、ダメージを抑え、完全ガードを温存したのだ。

 完敗だ。

 手札は2枚。総ガード値も20000しかない。何よりデッキトップをエレオノーレで固定してしまったため、治トリガーの可能性すら無くしてしまった。

 だが、このターンはすべてを出し尽くした。

「僕はこれでターンエンドです」

 今度こそ、清々しい気持ちで諦めることができた。

 あの運命の夜、カミラもきっとこのような心地で自らの敗北と死を受け入れたのだろう。

 

 

「「ありがとうございました」」

 6枚目のカードがリュートのダメージゾーンに置かれ、ふたりの礼が重なった。

「すごいすごい! おふたりも、ミチュもノクノもフェルティローザも、とってもすごかったですーっ!!」

 フランがひとり鳴り止まない拍手を送る。

「これであの日の悔いは晴らすことができました。ですが、ヴァルナートに碧の結界。最新のカードに頼ってしまった感はありますね。当時のミチュをそのまま使っていたら、結果はどうなっていたか分かりません」

 キョウジは寂しそうにカミラの墓石へと目を向けた。

「俺達やデッキは、このようにまだまだ成長していけます。ですが、彼女や彼女のデッキは、俺の中ではあの日から時が止まったままなんです。人が亡くなるとはこうも悲しいものなのか……」

 分厚い眼鏡の奥で、キョウジの瞳が潤んでいた。

「なら……」

 その言葉は、思わずリュートの口をついて出た。

「僕がこれからフェルティローザを育てます! もっとカミラさんのように強くなって、いつかカミラさんのデッキを完全に再現してみせます!」

「……なるほど。俺が記憶から当時のデッキを蘇らせたように、彼女が生きていれば組んでいたであろうデッキを新たに生み出そうという試みですか。それは興味深い!

 ……ですが、それは茨の道です。何故なら、それには確たる解など無いからです。答えの出ない問いに一生苦しめられる可能性だってありえます。それでもあなたはやると言うのですね?」

「覚悟の上です」

 リュートは迷いなく頷いた。

「わかりました。では餞別に、そのデッキはリュート君に差し上げます。まずはそこから改良していくといいでしょう」

「えっ? いいんですか!?」

「はい。フェルティローザは構築が特殊ですからね。ほとんどが余ったカードで組めてしまったんですよ」

「そういうことなら……ありがとうございます! 使わせて頂きます!」

「どうぞ。俺もいつか見てみたいですからね。……現世に蘇ったあの人のデッキを」

 キョウジがゆっくりと空を見上げた。

 どこまでも澄み渡る青い空のその先に、まぁるい月の輝きが彼には既に見えているのかも知れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立ち並ぶ墓石の影に、一人の男が身を潜めていた。

 気配を消し、ファイトを終わりまで見届けると――。

「見 つ け た ぞ」

 その男は狼のように犬歯を剥き出しにして笑い、影に溶け、消えていった。




教授回&カミラの墓参り回をお送りさせて頂きました。
教授はまず何を使わせるかから考えないといけないので大変です。
作中でも語らせている通り、ケイオスが本命だったのですが、さすがに1年前そのままのデッキに、Vそのものが新規になったデッキをぶつけるのはコンセプト的にも違うかなと思い、ミチュになりました。
ブラントゲート出身だし。

メイ回の時にも似たようなことを言いましたが、新エバは必ずどこかで出すので、お待ちください!

それではまた。
次の更新は9月1日を予定しております。
感想等もお待ちしています。
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