ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

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第5羽「どこまでも飛べる翼」

「はい! お父さん、お母さん! これが期末テストの結果だよ」

 少女が居間のテーブルにバンと5枚の答案を叩きつけた。5枚中、4枚には100の数字が神々しく輝いている。

 本人はさも当然のように振る舞ってはいるが、()()()()()()()()が自慢げにぴょこぴょこと跳ねていた。

 なお、国語のみ80点で、×がついてある問題のことごとくが『この時、○○はどう思ったか答えよ』系の問題であった。曰く「あたしはそいつじゃないんだから、そんなの分かるわけないじゃん」とのこと。

「点数の合計×100のお小遣いをくれるって約束だよね?」

 してやったりとばかりに、にんまりと笑う。

 高槻(たかつき)メイ、小学5年生の一幕だった。

 

 

(とまあ、臨時収入を得たはいいけれど……)

 4万8千円の大金が入った封筒を懐に、近所のデパートへとてくてく向かっていたメイは、物思いに耽っていた。

(要するに、何でもいいからこれで趣味を見つけろってことだよね)

 成績優秀、スポーツ万能。あらゆる部活から引く手あまたな彼女は、それ故に特定の部活には所属せず、これといった趣味も無かった。

 そのことを両親が憂いていたのも知っている。

(そもそもお小遣いの条件が緩すぎるし。全教科50点でも2万5千円はもらえるじゃん)

 そして、有利な条件にあぐらをかくのではなく、1円でも多く搾り取ってやろうと考えるのがメイという少女である。これもきっと両親の想定通りなのだろう。してやられたのは自分の方だったらしい。

(ま、お父さんとお母さんに免じて、何かはじめてあげますか)

 実にませた思考で、さらに考えを巡らせる。

(かけっこなら自信あるし、陸上とかどうかなー? けどあたしの体格だと後々厳しくなってくるかも。いやもちろんこれからグングン背が伸びるに決まってるけどね。

 将棋なら体格どころか年齢も関係ないよね。年上を負かすのとか楽しそう。けど、ちょっと古臭いなー。

 あ、ゲームは嫌いじゃないし、最近流行りのeスポーツとか?)

 ――ワアァァッ!!

 メイの思考を打ち切ったのは、突如として聞こえてきた大歓声だった。

(な、なに!?)

 歓声がした方へと、慌てて振り向く。そこにあったのは、大歓声とは不釣り合いなこじんまりとした店舗だった。それでもまだ歓声の余韻とも言える熱気が、店の外側からでも確かに感じられる。

 店に掲げられた看板に刻まれた名は『カードショップ ニアミント』

(カードショップ……。カードゲームのお店だよね……?)

 今や世界のカードゲーム人口は数億人を超える時代だが、正直に言ってメイはあまり興味が持てなかった。古今東西あらゆる競技と比較しても運の要素が強すぎるように思えたのだ。自分より格下相手にも運で負ける可能性のあるゲームなど、たまったものではない。

(それなのに、これほどまで盛り上がれるものなの……?)

 逆に興味が湧いてきて、メイはちょっと店を覗いてみることに決めた。

「あら、いらっしゃい。はじめて見る子ね。ゆっくりしていって」

 彼女を出迎えたのは、上品な芳香剤の香りと、それに僅かばかり混じる紙の匂い。そして年若い女性の店員だった。

(わあ、綺麗なお店……!)

 カードショップと言えば小汚いところという先入観があったが、それは改めなければならないようだった。気さくそうな店員(後に店長と知る)の笑顔も自然で、好感が持てる。

 だが、メイが気になっているのは歓声の出どころだ。ショーケースに飾られてあるカードには目もくれず、彼女は未だ小さな歓声のあがり続ける、『ファイトスペース』の看板が立てられた領域に足を踏み入れた。

「すごいぜ教授! これで5連勝だ!」

 その瞬間、ギャラリーの誰かが声をあげる。

(ふーん……。何だか強い人がいるのね?)

 メイは皆が注目する先に視線を向け。

(……うわ、何この人? だらしない)

 その「教授」と呼ばれる男に抱いた第一印象がそれであった。

 よれよれのワイシャツ。ぼさぼさの髪。今にもずり落ちそうな分厚い眼鏡。

 小学5年生にして身なりを気にする潔癖な少女であったメイにとって、男の容姿はありえないものであった。

 メイが「教授」に厳しいジャッジを下している間にも、次のファイトが始まり、また「教授」が勝利する。

「これで教授の10連勝!!」

 そんなサイクルが5回も続く頃には、メイは完全にヴァンガードのルールを把握できていた。

(やっぱり運の要素が強すぎるかなぁ……)

 引いたカード1枚、トリガー1枚で、状況が2転3転している。パーティゲームとしてなら面白いかも知れないが、競技としては失格だ。

(……帰ろっか)

 と踵を返そうとするが。

(…………)

 ふと違和感を覚え、メイはもう少し残ることに決めた。

「教授の15連勝!!」

 メイが小賢しいだけの少女であったのなら、彼女とヴァンガードとの繋がりはここで断たれてしまっていただろう。

 だが、彼女は先入観をも捨て去り、物事の本質を見通すことのできる真に聡明な少女だった。

「16連勝!!」

(たしかに運要素が強い……)

「17連勝!!」

(引くカードによっては、なすすべなくゲームが終わってしまうことさえある……)

「18連勝!!」

(それなら、それなのに、なんで……)

「19連勝!!」

(この人は、なんでこんなに勝ててるの……?)

 一際大きな歓声がファイトスペースに響き渡る。どうやら店のナンバー2と目される男が「教授」に挑むらしい。

「エバのスキル発動! 山札の上から3枚見て、そのうちの1枚を手札に加えます」

 ドローや手札交換を繰り返し、できる限り欲しいカードが手札に加わっている状況を作り上げ。

「そのヴァンガードのアタックはデカルコップでガード。1枚貫通です」

 無謀なようでいて、実に合理的な判断でカードを切り。

「スタンド&ドロー! エバにペルソナライド!!」

「おお! 手札0枚からエバを引くなんてツイてるなあ、教授」

(違う。これまで一度も同名カードを引けてなかった「教授」の運が無かっただけ)

「これで終わりです。エバでヴァンガードにアタック!!」

 他の者がパーティゲームに興じる中、その男だけが競技者だった。

「教授の20連勝達成!!!」

 歓声と「教授」を称える声がファイトスペースを満たし、男は控えめに手を挙げてそれに応えた。

(この人……)

 例えば、メイとクラスの女子が50メートル走で勝負したとして。

 同じ条件であれば、100回やれば100回メイが勝つだろう。だがそれは当然のことだ。強い者が弱い者に勝つのは当然だし、勝負とはそうあるべきだと思っていた。

 だがそれは当然のことを当然のようにしているだけで、本当にすごいことなのだろうか。

 運に左右されるゲームだからこそ、勝ち続けることは困難で。

 その運すらもねじ伏せて勝ち続けることのできる者こそが、真にすごいと言えるのではないか。

 気が付けばだらしないと断じた「教授」の姿が、いつしか理知的な本物の教授にしか見えなくなってしまっていた。

「……かっこいい」

 その想いは自然と言葉になって、未だ熱気の冷めやらぬ虚空へと溶けていった。

 それは、勉強も運動も人並み以上にできるが故に、誰にも興味を持てなかった少女が、はじめて誰かに憧れた瞬間であった。

 

 

「ソルレアロンでガーンデーヴァにアタック!」

 カードショップ『ニアミント』のファイトスペースでは、今日も威勢のよい少女の声が響き渡る。

「うっ……ノーガード」

 少女と対戦していた少年が、タジタジになりながら山札の上からカードをめくる。

「ふっふーん。今日もあたしの勝ち越しね」

 少年、如月(きさらぎ)リュートのダメージゾーンに6枚目のカードが置かれたのを見届けて、少女、高槻メイが勝ち誇る。

「すごい! さすがです、メイ先輩!」

 その隣で太鼓持ちのような声援を送るのは、顔面の右半分に火傷を負った少女、淵導(えんどう)フラン。フランの方が年上ではあるが、ヴァンガードを始めたのはメイの方が早いということで、先輩と呼ばせていた。

「まあねー」

 となおも長いサイドテールを揺らしてふんぞり返っていたメイだったが、ふと何かを思いついたかのように言葉を止め。

「リュートってば、本当によわよわすぎぃ。中学生に負けちゃって恥ずかしくないのぉ? ざぁこざぁこ」

 いきなり口調を変えてリュートを煽りはじめた。

「そ、そんな言葉どこで覚えてきたの!? 今すぐやめなさい!」

「あはは! リュートったら、先生かお母さんみたいだよ」

 慌てるリュートに、口調を戻したメイがからかう。

「おやおや。楽しそうですね」

 そんなふたりの上から、穏やかな声がかけられた。

「あ、教授。おひさしぶりです!」

 リュートが顔を上げ、声の主に挨拶をする。

 教授と呼ばれた男の名は、(たちばな)キョウジ。メガネをかけ、白衣のように伸びたワイシャツを着た男性で、小脇にはコートを抱えている。

「はい、おひさしぶりです。フランさんも。

 ……ところで彼女はどうしてしまったのでしょうか?」

 キョウジが指さしたのは、テーブルに突っ伏しているメイだ。そんな体勢でも顔面が真っ赤になっていることがわかるほど、耳が赤くなっていた。

「たぶん、ふざけているところを教授に見られてしまったことを恥じているんじゃないでしょうか」

「なるほど。そんな気にする必要はないのですけどね」

「あっ、そう言えばもうすぐ『ダイナミック』だよね!」

 バッと音をたてて起き上がったメイが、強引に話題を変えていく。

「だいなみっく、ですか?」

 フランが小首を傾げて尋ねる。

「知らないの? 『ダイナミック』は高校生以上のアマチュアなら誰でも出場できる、全国規模の大会よ。と言っても本戦に出場するには、全国各地で開催される予選で3位以内に入らないといけないんだけどね。

 あたしも高校生になったら、絶対に出場してやるんだから」

「わあ! 日本最強のアマチュアファイターを決める大会というわけですね! おもしろそうです!」

「実際、『ダイナミック』で好成績を残したファイターの多くがプロになっているんですよ」

 とキョウジが補足する。

「そして去年の『ダイナミック』で、準優勝という輝かしい成績を収めたのが教授よ! すごいでしょ!」

 メイが我がことのように自慢し、当の教授は「いやあ、お恥ずかしい」と眼鏡をかけ直していた。

「今年も当然出場するんでしょ!?」

「いえ。俺は今年のダイナミックには出場しませんよ。その報告のため、今日はここに立ち寄ったんです」

「そうだよね! 今年こそ優勝は間違いなし!って……え?」

 期待していた返答とは真逆の答えが返ってきて、メイはしばらく茫然としてしまった。

 キョウジはにこやかに微笑んだままで、やむを得ない理由で出場を断念したようには見えない。

「……どうして?」

 やがて、メイが静かに口を開く。顔には表情が浮かんでおらず、悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。

「それを口で説明するのは簡単ですが……ここはひとつファイトをしてみませんか?」

「なんで!? このタイミングでファイトだなんて、今は何の関係も無いじゃない!」

 キョウジとファイトできるとあらば、いつもなら喜んで飛びつく少女が、今は噛みつくように声を荒げた。

「ファイトを通して伝えたいことがあります」

 キョウジは真摯な瞳でメイを見据えながら言葉を続ける。

「……わかった」

 メイは憮然とした表情で承諾した。これがキョウジの言葉だから仕方なくといった様子で、納得はしていないのだろう。彼女はロマンチシズムな言い回しを嫌うリアリストなのだ。

 同様の発言をリュートがしようものなら。

「は? アニメの見過ぎなんじゃないの? ファイトで想いが伝わるわけないじゃない。言いたいことがあるならちゃんと言葉にしなさいよ。ざぁこ」

 などと罵倒されたに違いない。

「どうか本気で来てくださいね」

「教授を相手に、手加減なんてするわけないよ」

 メイはこれまで使っていたデッキをしまい、お気に入りの翡翠色をしたデッキケースを取り出した。

「うわ。あたし、あのデッキに1回も勝てたことありませんよー」

 休日にしょっちゅうメイと対戦をしているフランが顔を引きつらせた。

「それでは、始めましょうか」

「うん……」

 ファイトの準備を終えたふたりが、小さく頷き合う。

「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

「《起点の魔法 スタリリ》」

「《知識の渇望者 エバ》」

 

 

「あたしのターン。スタンド&ドロー。

《天悠の騎士 トランキリア》にライドしてターンエンド」

「おや、それはオールデンデッキですか?

 おっと、俺のターンですね。スタンド&ドロー。

《お昼寝はどこだって エバ》にライド。

 エバのスキルで山札から《奔流エネルギーの研究》を手札に加え、プレイします。山札の上から5枚を見て……《火山怪獣 ゴウカテラ》を手札に。

 エバでヴァンガードにアタック」

「……ノーガード」

「ドライブチェック……トリガーはありません」

 メイがダメージゾーンに置いたカードもノーマルユニット。

 静かな立ち上がり。

「スタンド&ドロー。《天朗の騎士 サーディオス》にライド。ライドコストとして《スパイラルキューティ・エンジェル》が捨てられたので1枚ドロー。

 トランキリアのスキルで手札を3枚公開する……!」

「……ああ、安心しました。いつものデッキですね」

 キョウジが朗らかに微笑む。

 メイが公開したのは、G0《円環の女魔術師》、G2《短形詠唱の女魔術師》、そしてG3《六角宝珠の女魔術師 “藍玉”》の3枚。

「ライドラインを、ノーコストでアドバンテージを稼げるオールデンに変更したんですね。いいアイデアです」

「山札の上から5枚見て……《リプレニッシュメント・エンジェル》を右後列にコール。

 サーディオスでヴァンガードにアタック」

「《スターアグレション・ドラゴン》でガード」

「ドライブチェック……トリガー無し」

「俺のターンですね。スタンド&ドロー。

《研究は順調 エバ》にライドします。エバのスキルで《ここからは実験の先》を手札に加えてプレイ。

 エバでヴァンガードにアタックします」

「……ノーガード」

「ドライブチェック……トリガーはありません」

「ダメージチェック。トリガー無し」

「ここまでで教授のダメージ0に対して、メイ先輩のダメージは2。ずいぶんと差がついちゃいましたね」

 フランがリュートへと囁く。

「メイちゃんのデッキはG3になってからの圧力がすごいから、教授もダメージを抑えたいのもあるんだろうけど……」

「あたしのターン……スタンド&ドロー!

 ライド! 《六角宝珠の女魔術師》!」

 聖域のはずれに存在する洞穴、その奥に巨大な翠緑の宝玉が鎮座していた。そこに映り込むのは絶世の美女。

 コツンとブーツの足音を立てて、闇の奥からゆっくりと、宝石を纏った女魔術師が姿を現した。

「サーディオスのスキルで手札を3枚公開……!」

 メイが公開したのは、先と同じ3枚。

「たしかにオールデンのライドラインはノーコストでアドバンテージを稼げるけど……」

 今度はリュートがフランにだけ聞こえるようにポツリとつぶやいた。

「教授を相手に3枚も手札を晒したくはないな……」

「え? けど、同じカードを見せることで、できる限り情報の流出は最小限に抑えたように思えますけど」

「それならそれで手札の予想がつくんだよ。いや……教授の場合は手札どころか、もうメイちゃんのデッキすら9割は把握できてるんじゃないかな」

「きゅ、9割……!?」

 フランが驚きながらキョウジに目を向ける。なるほど、確かに眼鏡越しの瞳がせわしなくメイの手札、盤面、ドロップを行ったり来たりしているのがわかった。

 相手ターンでも思考を止めず、あらゆる情報を統合し、隠された秘密すら暴き出す。

 それこそがキョウジというファイターの真骨頂だ。

「山札の上から5枚を見て……《イファルジェント・ウィザード》をコール」

 メイもやりにくさを感じているのだろう。悪くない展開ができているのに、額には小さく汗が浮かんでいた。

「《双連の大魔法 トトーネ》をコール!」

「なるほど! やはりトトーネですか!」

 何がなるほどで、何がやはりなのか、フランにはさっぱり分からなかったが、キョウジには予想の範疇だったらしい。

「バトルフェイズ!

 リプレニッシュメントのブースト。イファルジェントでヴァンガードにアタック!

 アタック時、リブレニッシュメントのスキルで山札の上から2枚見て……2枚とも山札の下に。さらにイファルジェントのスキルで山札の上から1枚見て、そのカードをソウルへ!」

「《アメリオレート・コネクター》でガードします」

「六角宝珠でヴァンガードにアタック!」

「ノーガードです」

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……(フロント)トリガー!! 前列のパワー+10000! 六角宝珠のスキルで、トトーネにさらに+10000! イファルジェントも自身のスキルでパワー+5000!」

「ダメージチェック……トリガーはありません」

「バトル終了時、トトーネのスキルでイファルジェントをスタンド!

 イファルジェントでヴァンガードにアタック!」

 残るメイのアタックもすべてヒットし、このターン、キョウジに3点のダメージを与え、互いのダメージは3対2。メイが逆転した。

「俺のターンですね。スタンド&ドロー!

《知識の泉 エバ》にライド!」

 それは下着同然の格好に白衣を羽織っただけという服装を除けば、どこにでもいるような銀髪の少女。

 だが、その瞳は異常な好奇心に爛々と輝き、すべてを舐めるように観察していた。

 尽きぬ知識欲にただ突き動かされるようにして、少女は世界という名の研究室で最悪の実験を開始する。

「《世界は蒼き研究室》をプレイ! 山札の上から5枚を見て……《猛黒炎の大剣 オブスクデイト》をスペリオルコール!」

 さらには黒衣の騎士が大剣を携え、少女を守るかの如く立ちはだかる。

「エバのスキルで山札の上から3枚を見て……1枚を手札に加えます。

 ゴウカテラをコールし、スキル発動! 《リプレニッシュメント・エンジェル》を退却させます」

「つっ……!」

 メイが露骨に顔をしかめる。

「教授のエバは、怪獣との混合構築。エバのセオリーとは違う動きに、メイちゃんの方が対応できていない」

 とリュートが解説してくれる。

 もしもこの場にカミラがいれば「リュートも解説役ができるようになったんだねぇ」としみじみ感動してくれたことだろう。

「《世界は蒼き研究室》のスキルで、オーダーゾーンの研究3枚をレスト。オブスクデイトのパワー+5000!

《熔熱怪獣 レディアビリオ》もコールして……さあ、バトルです!

 オブスクデイトで前列のユニットすべてにアタック!」

「えええっ!? 前列すべてって、そんなことされたら……」

 素っ頓狂な声をあげたのは、もちろんフランだ。

「六角宝珠へのアタックは《円環の女魔術師》でガード。他はノーガード……」

 そして、黒衣の騎士が振るうたった一太刀が、メイのリアガードすべてを全滅させた。

「まだまだいきますよ! ゴウカテラでヴァンガードにアタック!」

「……《天音の楽士 アルパック》でガード!」

「エバでヴァンガードにアタック! アタック時、山札からオブスクデイトをスペリオルコール! ゴウカテラは退却!」

「ノーガード……!」

「ツインドライブ!!

 1枚目、ゲット、(クリティカル)トリガー! ★はエバ! パワーはオブスクデイトに!

 2枚目はトリガーではありません」

「ダメージチェック……!!

 1枚目……(ヒール)トリガー。ダメージ回復はしないけど、パワーはヴァンガードに。

 2枚目……トリガー無し」

「レディアビリオのブースト! オブスクデイトでヴァンガードにアタック!」

「《アイジスメア・ドラゴン》で完全ガードッ!」

「俺はこれでターンエンドです」

「スタンド&ドロー!

 ペルソナライド! 《六角宝珠の女魔術師 “藍玉”》!!」

 翠緑の輝きを湛えていた宝玉が、ゆっくりとその色を変えてゆく。女魔術師がそっとそれに触れると、彼女を飾っていた宝玉も、深海を思わせる藍色へと変化した。

 翠より深き藍の輝きを抱くもうひとりの女魔術師が、無垢なる悪意と対峙する。

「《スパイラルキューティ・エンジェル》をコール! 山札の上から2枚を確認……1枚を手札に。もう1枚は山札の下に。

《ジェネラスフルート・エンジェル》をコール! 手札を1枚捨てて、山札の上から2枚を確認……1枚を手札に。もう1枚は山札の上に」

「すごいすごい! すごい勢いで山札を回してます!」

「デッキトップ操作を、トリガー操作だけでなく展開にも利用できている。これなら……!」

 フランとリュートが俄然盛り上がる。

「これで仕上げよ! 《三辺累加の女魔術師》をコール! 山札の上から2枚見て、1枚を手札に! 1枚を山札の上に! さらに……前トリガーを山札の上に置く!

《唱導の天弓 レフェルソス》もコールして、バトル!

 ジェネラスフルートのブースト! スパイラルキューティでヴァンガードにアタック!」

「2体のオブスクデイトでインターセプト!」

「レフェルソスのブースト! 三辺累加でヴァンガードにアタック!」

「《チェイン・ライクラスタ》、《お助け怪獣 テクタン》、《電波怪獣 ウェイビロス》でガード!」

「藍玉でヴァンガードにアタック! このターン、ペルソナライドをしているので、藍玉はトリプルドライブ!!!」

「ノーガードです!」

「トリプルドライブ!!!

 1枚目は当然前トリガー! 藍玉の効果でトリガー効果のパワー増加は+10000されるため、前列パワー+20000! 藍玉の効果で三辺累加をスタンド! レフェルソスも自身の効果でスタンド!

 そして2枚目が……(オーバー)トリガー!! 《水界の精霊王 イドスファロ》!!」

「!?」

「★はヴァンガードに! パワー1億とんで1万はスパイラルキューティに! 追加効果でドロップのアイジスメアを手札に! スパイラルキューティを藍玉の効果でスタンド!

 3枚目はトリガーじゃないけど、完全ガード!」

 女魔術師が藍色に輝く宝石を掲げると、無数の青い閃光が放たれ、周囲を焼き払う。

「ダメージチェック、ゲット、治トリガー! ダメージ回復はできませんが、パワーはヴァンガードに。

 2枚目のダメージチェックにトリガーはありません」

「レフェルソスのブースト! 三辺累加でヴァンガードにアタック!」

「《巨岩怪獣 ギルグランド》で完全ガード!」

「スパイラルキューティでヴァンガードにアタック!」

「《巨岩怪獣 ギルグランド》で完全ガード!」

 キョウジが完全ガードのコストで、最後の手札を捨てる。

「おや、手札が無くなってしまいましたね」

「ギルグランドなんか入れてるからでしょ!? 素直に《ヴァイオレート・ドラゴン》とかにしておけばよかったのに……」

「いやぁー。エバと怪獣の混合構築を色々と試してみたくて。リュート君とやった時はうまく回ったのですが、今回は失敗でしたね。ははは……」

「ひどい! 人には本気で来いって言っておいて、自分は遊んでたの!?」

「それはその……失礼しました」

 キョウジが素直に謝罪する。遊んでたのか。

「ですが、このデッキは俺の本気では無かったかも知れませんが、紛れもない俺の本心です」

「まるで意味が分からないんだけど」

「こうして追い詰められている時こそ、俺がもっともヴァンガードを楽しんでいると思える瞬間なんですよ」

「!?」

 その言葉に、メイは僅かに顔をしかめただけだったが、フランが大きく目を見開いて反応した。

「行きます! スタンド&ドロー!」

 引いたカードに教授が恐る恐る目を向ける。

「来てくれたか! 《楽園堕としの好奇心 エバ》にライド!!」

 内側に炎を宿した緑色の宝石が、白衣の少女の手元へとゆっくりと収まっていく。

 その宝石こそ煌結晶。彼女をはじめとする煌求者が求めてやまない、無尽蔵の魔力と生命力を蓄えた結晶体である。

 かつてひとつの街を滅ぼしかけた白銀の猛毒が、今、再び世界を穢す。

「エバのスキルで《世界は蒼き研究室》を手札に加え、ペルソナライドを発動させます!

 研究室をプレイ! 山札の上から5枚見て……《猛黒炎の大剣 オブスクデイト》をスペリオルコール!

 オーダーゾーンの《ここからは実験の先》をソウルに置いて、カウンターチャージ。《黒暗の騎士 オブスクデイト》を手札に加え、コール!

 オーダーゾーンの研究オーダー3枚をレストして、G2オブスクデイトにパワー+5000!

 バトルです!

 G2オブスクデイトで前列ユニットにアタックです!」

「藍玉へのアタックをアルパックでガード! 他のユニットは退却!」

「エバでヴァンガードにアタック!! アタック時、山札から《黒暗の騎士 オブスクデイト》をスペリオルコール!」

「アイジスメアで完全ガード!!」

「ツインドライブ!!

 1枚目、ゲット! 治トリガー! ダメージ回復し、パワーは★2のオブスクデイトに。

 2枚目、ゲット! ★トリガー!! もう1体のオブスクデイトにパワー+10000! ★+1」

「ここでダブルトリガー!?」

 フランが声をあげる。

「そして、オブスクデイトが2体とも★2になった……。片方は完全ガードで防ぐとして、残りの手札で足りるのか……?」

「……やっと、教授に勝てそうだったのに」

 リュートの問いに対し、悔しそうに唇を噛みしめるメイ。それが答えだった。

 それでも諦めず。諦めきれずに、涙目でキッと教授を睨みつける。

「あたしはまだ負けてない! 勝負よ、教授!」

「いいでしょう! レディアビリオのブースト! オブスクデイトでヴァンガードにアタック!

 レディアビリオのスキルを発動! セットオーダーのグレード合計が7以上なので、パワー+15000! 合計パワーは66000!!」

「《水粒の魔法 ウタタル》でガード! ウタタルのスキルで山札の上から1枚を確認! そのカードを山札の下へ!」

「ウタタル……!! 手札にずっと未知の1枚があることは把握していましたが、なるほど。それが切り札でしたか。

 最後まで諦めず、けして運に己を委ねない。実にあなたらしいラストカードだ……」

 どこか嬉しそうに微笑みながら、キョウジが言う。

 メイは鬼気迫る表情で山札に手を添え、宣言する。

「ダメージチェック……!!」

 白衣の少女がフラスコの栓を開くと、中にある得体の知れない液体がボコボコと膨張して溢れ出し、まるで生き物のように女魔術師へと襲い掛かる。

 女魔術師は藍色の障壁を展開しそれを遮断するが、旋風の如き一閃が液体ごと障壁を斬り裂いた。

『!?』

 真っ二つになって消え去る障壁の奥、女魔術師が見たものは、機械のように淡々と少女の命に従う黒衣の騎士だった。

『オブ、処分しちゃってください』

 少女から非情の命令が下される。

『承知した』

 黒衣の騎士が業炎を纏った大剣を振るい、藍の宝玉が砕けて散った。

 

 

「…………」

 メイが無言で6枚目のカードをダメージゾーンに落とす。

 しばらく誰もが言葉を失っていた。あたりの喧騒すら遠く聞こえるほど、沈黙が彼女の周囲を支配していた。

「あ、あの……」

 やがて沈黙に耐えきれなくなったかのように、キョウジが口を開く。

「俺の伝えたいことは、伝わったでしょうか……?」

「伝わるわけないでしょ!!」

 メイが怒鳴った。

「何でそんな強いのに、ダイナミックに出ないとか言いだすの!? 教授ならきっとプロになることだってできたはずのに……」

「それですよ」

 答えたのはフランだった。メイの両肩に優しく手を添えながら。

「教授は大好きなヴァンガードをお仕事にしたくなかったんですよね?」

 キョウジに確認するように、確信に満ちた笑顔で微笑みかける。

「……そうですね」

 キョウジも目を見張りながら、観念したように頷いた。

「俺はヴァンガードが大好きです。もちろんファイトして勝つことも好きですが、セオリーに無い構築を試してみるのが大好きなんです。

 試みが成功したら笑って、失敗して追い詰められても笑って。みんなでワイワイ楽しんでファイトする。

 競技としてのヴァンガードと同じくらい、パーティゲームとしてのヴァンガードも好きなんです」

「!?」

「けど、プロになってしまったらきっとそんな余裕は無い。一戦一戦が人生のかかったファイトになる。そんなファイトを俺は続けたくなかったんです。

 だから、プロの登竜門であるダイナミックへの出場も辞退しました。プロになる気のない俺が出場しても、いろんな人に迷惑をかけてしまいますからね。

 ここだけの話、俺が大学を卒業したらスポンサーになってもいいと言ってくださった企業の方もいたんですよ」

「まじですか」

 変な声をあげたのはリュートだ。自らの実力を鑑みてプロを諦めた彼にとっても、思うところのある話なのだろう。

「まじです。ですから俺は大学院に上がって、研究者として生きていこうと思います」

「教授が本物の教授になっちゃうんですねー」

 フランはどうでもいいところで感心している。

「もちろんヴァンガードも俺の大切な趣味ですから、一生続けていきますけどね」

 と言って、キョウジは何の未練も感じさせない微笑を浮かべた。

「……そっか」

 メイがポツリと言葉を零す。

「あの日、あたしが憧れた教授は、教授のほんの一部分でしかなかったわけだね」

「……幻滅してしまいましたか?」

「……ううん! ぜんっぜん! ちゃんと将来のこと考えていてすごいなって思う!

 ファイターとしてだけじゃない。大人としてあなたのことを尊敬できるようになった!」

「……それは光栄です」

「だからあたしも将来のこと、今からちゃんと決めるよ。

 あたしは絶対にプロのファイターになる!」

 その宣言が勢いで放たれた言葉でないことは、この場にいる誰もが理解していた。

 高槻メイは、ここにいる誰よりも現実的な少女なのだから。

「教授がプロにならなくて、とやかく言いだすやつがきっと出てくると思う。プロになる実力が無かっただとか、逃げ出しただとか。

 そんな輩を、教授に憧れてヴァンガードをはじめて、教授にヴァンガードを教えてもらったあたしがプロになって黙らせるんだ!

 だから……ちゃんと見ててよね、教授!」

「もちろんです。あなたがプロになる日を楽しみにしていますよ」

 そう言って、キョウジは満足そうに頷くのであった。

 

 

「この店にあるカードのパック! このお金で買えるだけください!」

「え? ええ……?」

 まるで恋に狂う乙女のようなギラギラとした瞳をして、4枚の1万円札と8枚の千円札をカウンターに叩きつける短いサイドテールをした少女に、これまでさんざん変わり者のファイターを相手にしてきた百戦錬磨の『ニアミント』店長も困惑せざるを得ないようだった。

「あはは。それでは店長も困ってしまいますよ。どんなデッキを組みたいとかイメージはありますか?」

 少女の肩に優しく手を添え、「教授」と呼ばれていた男、橘キョウジが助け舟を出す。

「……ひうっ!?」

 触れられた少女は振り返るなり、キョウジの顔を見て変な声をあげた。

「おっと失礼。驚かせてしまいましたか」

 キョウジが慌てて少女から手を離す。

「あ、違うの……。あたし、その、あなたのファイトをずっと見ていて……」

「橘キョウジです。教授で構いませんよ」

「あたし、教授が使っていたような、運なんかに左右されないようなデッキが使ってみたいと思ったの!」

「面白いわね。あなたくらいの年頃の子から、そんなリクエストを受けたのは初めて」

 店長が興味深そうに顎へと手をやる。

「やっぱり安定感のあるデッキと言えば、教授と同じエバだけど……」

「同じデッキは嫌! あたし、マネっこって大嫌いなの!」

 などと我が儘なことも言いだした。

「では、このカードはいかがでしょう? ちょうど今日買ったパックで当たったんですよ」

 キョウジが、カードケースにしまっていたカードを少女へと差し出す。

「《六角宝珠の女魔術師》……? ……え? もしかしてトリガーを操作できるの? 面白そう!」

「気に入ったのなら、差し上げますよ。ずっと俺のファイトを見てくれていたお礼です」

 実のところキョウジも気付いていたのだ。斜に構えているようで、誰よりも真剣に自分のファイトを知ろうとしてくれていた、熱い視線に。

「あ、ありがとう……。大切にするね」

 受け取ったカードを、少女が大切そうに胸に抱いた。

「どういたしまして。店長は六角宝珠に合ったパックやカードを見繕ってあげてください」

「オーケー。まかせて」

 店長がグッと親指を立てる。

「では、俺はこのあたりでおいとましますよ。

 ……おっと。最後にあなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

 去り際、ふと大事なことを聞いていなかったことに思い至り、キョウジは少女に尋ねた。

「高槻メイ! いつか教授のような凄いファイターになっちゃうんだから、覚えててよね!」

 年上を相手にしても物怖じせず、我も強い。敵は作りやすいが、競技者向きの真っ直ぐな気質。

 彼女の強い個性にも付き合える、よき友人にさえ恵まれれば、きっとファイターとして大成するだろう。

 ひょっとしたら自分などよりもずっと……。

 

 

(あの時からもう、俺はプロになることは考えていなかったのかも知れないな……)

 昔を懐かしみながら、キョウジはそうひとりごちた。

 自分と理想を同じくし、自分より強くなるであろう少女を見出してしまったのだから。

「あの日から俺の夢はね。『プロファイター高槻メイの、最初のファンになること』になったんですよ」

 彼の呟きは、何やらリュートとくだらない言い争いをはじめたメイには届かずに消えていった。




ゴシックを続けるからには絶対に書きたかったメイVS教授回です。
お楽しみ頂けましたでしょうか?
けど、書いていて一番楽しかったのはメスガキメイちゃんです。

次回はいつも通り12月のはじめに投稿予定です。
感想なども頂ければ幸いです。
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