自分はいつまで泣き叫んでいたのだろうか。
すでに全身の水分は枯れ、喉からは血の味がして何も出なくなっても。
声なき慟哭は未だ止まず、鈴導カミラの亡骸を胸に抱いたまま、引きつったような嗚咽を繰り返し続けている。
いつの間にか、ガラス張りの天井からは、目に染みるほど眩い朝日が差し込んでいた。
「お時間でございます」
淡々とした声がかけられ、リュートは虚ろに声のした方へと顔を上げると、褐色肌の執事が無感情にこちらを見下ろしていた。
カミラを渡すまいと、反射的に亡骸を抱き寄せる。
「カミラ様をご両親にも引き合わせてあげなければなりません。カミラ様もそれを望んでおいでです」
「!?」
あろうことか執事は、子どもをあやすような優しい口調になってリュートを諭してきた。
それで少し我に返ったリュートは、カミラを抱いていた腕をゆっくりと放す。
リュートの膝の上に、物言わぬカミラが横たわる。同年代の女性の中でもとびきり軽いはずのカミラの身体が、今は鉛のように重く感じられた。
「よろしく……お願いします」
「はい。承知致しました」
執事は恭しく一礼すると、丁寧にカミラの躯を抱き上げる。
朝日に照らされるカミラは、死してなお、職人が魂を込めて作り上げた蝋人形のように美しかった。
「ようやく……陽の下に出られるようになったのですね」
鉄面皮――表情を変える時と言えば愛想笑いか、本性を現した時の他人を見下したようなせせら笑いくらいしかない――の男が、娘を慈しむ父親のような表情を浮かべて、カミラの髪を撫でる。
「さらばだ、如月リュート」
かと思えば、執事――
「カミラ様の葬儀には呼んでやる。そして、その日を境にもう二度と会うことはあるまい」
「そう、ですよね」
ふたりの関係は、カミラを通してこその繋がりである。カミラが亡くなった今、たしかにふたりが会う理由はもうないだろう。しかしそれを、リュートは少し残念に思った。
決定的なところで考えこそ合わなかったものの、リュートはこの慇懃無礼な完璧執事を最後まで嫌うことはできなかった。
だって――
「もしまた会う時があるとすれば――」
リュートの物思いを遮るようにして、ロウが言葉を続ける。
「その時は、また敵同士なのだろうな」
そうなることがまるで楽しみだとでも言わんばかりに、牙のような犬歯を見せてロウが笑った。
スマホにセットしていたアラームの無機質な音で、如月リュートは我に返った。画面を見ると、時間は朝の5時を指している。
(何でこんな時間に……?)
次に日付に目を向けると、いよいよリュートの目が覚めてきた。
1月1日。新年。
この日は、カードファイト部で初詣に行く約束をしていたのだ。人混みを嫌うジュジュの提案で、朝早くに向かうことになっていた。
急いで着替えながら、さっきまで見ていた夢のことを思い出す。
(今日が新年ということは、さっきのが初夢か。あれはカミラさんが亡くなった日の――)
それは何を暗示していたのだろうか。
だがしかし、朝の支度の慌ただしさに、リュートはそんな夢を見ていたことさえ自然と忘れ。
「いってきます!」
元気よく、まだ朝靄のかかる外へと飛び出していった。
「おひさしぶりですね。“砂塵の銃砲”殿」
「ああ」
丁寧に頭を下げる女魔術師に対し、ユージンは軽く肩をすくめただけで答えた。薄暗い洞窟の中、ふたりの声が静かに反響する。
「ご活躍はかねがね聞いております」
「まぁな」
「最近はリリカルモナステリオへと覗きに入られたとか」
静かな調子で、不意打ちの如く言い放たれたその言葉に、ユージンは危うく出された茶を噴き出しかけた。
「待て。それは誤解だ。あんたほどの予言者になら、そのくらいは見通せるだろう?」
ユージンがこうして話している相手も、ただの魔術師ではない。六角宝珠の名を冠する、聖域でも最高峰の予言者なのだ。
「許可なくリリカルモナステリオに侵入したところまでは事実ですよね?」
穏やかな笑みを湛えたまま、すべて知っているぞとばかりに、そんなことを言ってくる。女性の立場からしてみれば、男子禁制の女子高に忍び込んだ時点でアウトなのだろう。
「冗談はここまでにして、話を聞こうか。直接会って依頼したいことがあるとは、只事ではないのだろう?」
分が悪くなってきたので、ごまかすように本題に入る。
「そうですね。あなたをここまでお呼びだてしたのは、他でもありません。
――ゼドランス殿」
魔術師も目を僅かに細めた後(彼女なりのジト目なのだろうか)、真剣な口調になって、とある名を呼んだ。
すると、洞窟の奥から大柄な赤竜が身を屈めながら現れ、担いでいた竜の身にとってすら長大な銃を丁寧に石造りのテーブルへと置いた。
役目は果たしたと言わんばかりに、赤竜は無言で、洞窟の外へのっしのっしと去っていく。
「この銃は、我が聖域が技術と魔術の粋を凝らして設計、開発し、帝国の名工が形にした、世界にひとつしかない狙撃銃です。
弾は使い切りの一発ながら、その射程は惑星から別の惑星まで。惑星間射撃をも可能とします」
「そいつは凄いな……」
ユージンがこれまで稼いできた賞金の100倍は費用がかかっていそうな銃を見下ろしながら、平静を装って相槌を打つ。
「この銃を使って、あるモノを狙撃して頂きたいのです。“砂塵の銃砲”殿」
「待て。そういうことなら、俺以上に適任がいる。狙撃を専門にした銃士を紹介しよう――」
狙撃の腕に自信が無いわけではないが、彼の本領は敵味方入り乱れる乱戦である。彼の部下になら、彼以上に長距離射撃を得意とする者が何人かいた。
だが、魔術師はユージンの提案を片手を挙げて遮ると、言葉を続けた。
「あなたでなければ駄目なのです。惑星Eのとある少年と、目に見えないところで深く繋がったあなたでなければ」
「?」
「大いなる嘆きが惑星Eの理を覆し、この惑星の秩序すらも乱そうとしている。救世主無き今、秩序の維持はこの世界に住まう者すべての義務。世の理を見通すことのできる予言者ともあればなおさらです」
魔術師の言っていることは半分も理解できなかったが、要するにユージンにしか頼めない依頼らしい。彼にとってはそれだけで十分だった。
「厄介なミッションになりそうだ。報酬は弾むんだろうな」
「六角宝珠の名において、あなたに科せられた覗きの件は濡れ衣であったと、世界中に流布してあげましょう」
「そいつは助かるな」
不敵に笑いながら、身長の倍以上はあるであろう長大な砲を、軽々と担いでみせた。
「ふんふんふふー♪ ふふふんふー♪」
下手くそな鼻歌を歌いながら、一目見てわかるほど上機嫌に。
顔の右半分に火傷痕を残した少女で、今はその小柄な体躯にシンプルだが美しい仕立ての振袖を纏っている。
今日は部活の先輩達と一緒に初詣に行く約束をしているのだ。大好きな先輩達に、この晴れ着姿を見てもらえるのが、今から楽しみでたまらない。寒さのためか、それともまったく別の理由か、左半分の頬がまるで果実のような桃色に紅潮していた。
そんな彼女の行く手を、曲がり角から不意に現れた男が遮った。
「? どうしました?」
普通の少女であれば、見知らぬ男に道を塞がれると警戒するものだろうが、そこは人を疑うことを知らない淵導フランである。可愛らしく小首を傾げ、その意図を尋ねた。
「突然失礼致しました。どうか私めに少々お付き合い頂けますでしょうか」
灰色の髪をした、薄汚れた身なりの男が慇懃に、されど有無を言わせない口調で恭しく頭を垂れた。