ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

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作中ではまだ2024年1月1日なので、エネルギージェネレーターは実装されておりません。


第8羽「白と黒の翼」

 なんだかふわふわしている。

 そんな感覚を覚えて、淵導(えんどう)フランは目を覚ました。

 目を覚ましたとは言っても、周囲は真っ黒で一筋の光も見えない。自分はまだ目を閉じたままなのではないかと錯覚してしまったほどだ。

 だが、おめめはぱっちり開いている。

 その証拠に、フランが目を下に向けると自分の白い裸身がはっきりと見えた。

 周囲は真っ暗闇なのに、自分の体だけははっきりと見えている不思議な光景。闇の中にいるというよりは、黒く得体の知れない何かに包まれているようで、彼女はその中心を頼りなげに漂っていた。

(って! あたし、素っ裸じゃないですかああああっ!!!)

 この状況では比較的どうでもいいことに気付き、フランは手足を激しくばたつかせた。

 着替えなきゃ! 何でもいいから着替えなきゃ! と強く思うとあら不思議。彼女は一瞬で五洲(ゴス)校の制服を纏っていた。

 そこからさらに姿が変化し、私服、部屋着、寝間着、そしてまた制服と、着ているものが変化していく。

(わわわ! なんなんですか、この状況は!?)

 私服、制服、寝間着、制服、私服、晴れ着、制服、お姫様みたいなドレスに、着たことないようなメイド服。

(何でもいいから、何とかしなきゃ! 何でもいいから……)

 制服、体操服、寝間着、水着、警察官、男装、巫女服、私服、魔法少女、ジュジュが好みそうな黒のワンピースに、天使のような白い翼。

 慌てれば慌てるほど、彼女の姿は変化していく。

 それはもはやコスプレショーの様相を呈しており、正直言って素っ裸より恥ずかしかった。

(……そう言えば、最初に何でもいいから着替えなきゃと望んでからこんな事態になってしまったような)

 さすがにこの状況はマズいぞと、ようやく真剣に考えを巡らせる。

(……制服に着替えたい。あたしはゴス校の制服に着替えたい)

 そう強く念じると、彼女の姿はようやくいつもの制服に固定された。

(……ふう。やっぱりこれが一番落ち着きますね)

 ため息をつき、額の汗を拭う仕草をする。不思議なことに、あれほどドタバタしたにも関わらず、汗は一滴もかいていなかったが。

(あたしのお洋服が、あたしの望んだ形に変化した。となると、もしかしたらこの光景も……)

 フランは祈るように手を組むと、目を閉じて強く念じた。

(あたしは行きたい。どこかへ行きたい)

 その瞬間、周囲の黒がぐにゃりと歪み、無数の色を帯び始める。それはまるで形を変えられることを待ち望んでいる、七色の粘土のようだった。

(やっぱり! これならあたしの望んだ場所に行けそうです!)

 もしかしたら風景が変わるだけで、その場所には行けないかも知れないが。ここではそう言ったネガティブ思考は厳禁だ。そう思ってしまうと、本当にそうなってしまう。ここはそういう空間なのだと仮定できるぐらいの情報は揃っている。

(それでは、やってみましょう! あたしは……)

 再び目を閉じ、強く念じ。

(背をあと10センチ伸ばしたい。背をあと10センチ伸ばしたい)

 まったく関係無いことを願った。

 そして、本当に背が伸びた。やりぃ。

 が、制服がキツくなり息苦しくなってきたので、慌ててもとの身長に戻した。

(世の中うまくいかないものですねぇ。……さて、お遊びもとい実験はここまでにして、そろそろ移動しましょうか)

 こほんと咳払いひとつ。改めて念じる。

(……私は行きたい)

 ――どこに?

(……どこがいいんでしょう? とりあえず家に帰りましょうか。

 そう言えば、初詣で神社に向かっている最中だったような。そのあたりの記憶が曖昧ですが。

 制服着てますし、やっぱり学校? ……部室! そうですね。やっぱりあたしの居場所と言えば、そこしかありません)

 ジュジュのオカルト趣味が色濃く反映されたおどろおどろしい内装をイメージする。その不気味さも今や愛おしくすら思える憩いの場所を強く念じ――。

「……へ?」

 フランは草原の真ん中に突っ立っていた。

 かつてガールスカウトに所属していた彼女にとって慣れ親しんだ光景のひとつではあると言えるが。

 空には鳥に混じってドラゴンが舞い、地を武装したハイドッグが駆け抜け、遠くには豪奢な城すら見える。

 そんな光景はフランが初めて目にするものだった。

 ……いや、そうでもないかも知れない。

 もしかしてここは。いやまさかしかしそんな。

「ようこそ惑星クレイへ」

 恐れ多くてフランが出せなかった答えを、少女の声がズバリと言い当てた。

 声のした方へと振り向き――絶句する。

 いつの間にフランの傍らに立っていた少女は、彼女と瓜二つの容姿をしていたのだから。

 

 

「……僕の、勝ちだ」

 膝から崩れ落ちるロウを憐れむように見下ろしながら、リュートは堂々と宣言した。

「約束です。フランから手を引いてください。どうすれば彼女を解放できる?」

 間髪入れず問いかけると、壁にもたれかかったロウがのろのろと顔をあげた。

 疲れ切ったその顔は、整った顔立ちで年齢不詳なその男を、老人のように見せていた。

「この部屋で焚いてある香を消せ。まあ、お前の賢いお友達がとっくに動いているのではないか?」

 実際、香に目をやると、ジュジュが砂をかけて火を消しているところだった。

 ……いや、その前に香をふたつまみほど小瓶に入れてポケットにしまうところも見逃さなかったが。

 まあ彼女なら香を悪用することはあるまい。たぶん。

 信用?しながら、再びロウに向き直る。

「これでフランは目を覚ますんですか?」

「それはどうかな」

 ロウが嗤った。

 リュートの望む答えを返せないことが、楽しくてたまらないとでも言いたげに。

「今、淵導フランの心は遠く離れた場所にある。香が消えた以上、普通の人間であればすぐに自分を見つけ出して現実に還って来ることができるのだが、心の弱い者は自分を見つけられず還って来れないケースも稀にある」

「そんなことなら心配ない。フランは強い子だ。必ず僕らのもとに還ってくる……」

「それはどうかなと言っている」

 安心したリュートに、冷や水を浴びせかけるかのように追撃する。

「心が強すぎる者は、同時に大きな闇を抱えているものだ。ああいう己を律して正しくあろうとしている手合いは特にな。

 心が肉体から解放され自由になった今、彼女は心の闇とでも言うべき存在と出逢い、それに乗っ取られる危険性を孕んでいる。

 無事に目覚めたとしても、まったくの別人に成り代わっているかもな。

 いや、自分が押さえつけていた感情に乗っ取られたのだから、ある意味、真の淵導フランに戻ったと言えるか」

「そんな! そうだとしてもフランがそんなこと望むわけない! 僕達が助けてやれることはないのか!?」

「無い。ファイトに負けた以上、淵導フランに関わるどんな質問にも答えるし、どんなことでもしてやるが、ここから先は彼女自身の問題だ。

 彼女はこれまでずっと顧みようとしなかった感情と向き合っている。それに他者が手を貸すことはできないし、してはならない。彼女の成長を望むのならな」

 ロウの他者(特にリュート)を小馬鹿にした態度は、いつしか諭すようなものに変わっていた。

「ここで心の闇に乗っ取られるようなら、今日という日がなくとも、いずれどこかで壊れるだろうさ」

「でも……」

 なおも食い下がろうとしたリュートに。

「では、ひとつアドバイスしてやろう――」

 ロウが面倒くさそうに口にしたその言葉は、とてもささやかで、彼らしからぬものだった。

 

 

 惑星クレイの中心で、ふたりの少女が向かい合う。

 ひとりは淵導フラン。ひとりは彼女と瓜二つの少女。ただし、白髪のフランに対し、少女の髪は漆黒。闇を凝縮したかのような黒である。

「ど、どちらさまですか……?」

 おそるおそるフランが尋ねる。

「あたしはあなたよ」

「それはまあ見たらなんとなく分かりますけど」

「けど、名前が同じだと不便よね。あたしのことは、そうね……フィアって呼んで。淵導フィア」

「フィアさんですか? 綺麗な響きの素敵なお名前ですねー」

「そうかしら?」

 フィアと名乗った黒髪の少女は、可愛らしく小首を傾げた。フランに自覚は無いが、そう言った仕草の端々も彼女とよく似ている。

「それでフィアさん! ここは何処なんですか? あなたは誰なんですか? 何であたしにそっくりで、あたしの前に現れたんですかぁ?」

「そんないっぺんに聞かれても……。ここはさっきも言ったように惑星クレイ。あなたはここでとある女性の魂をお迎えする使命を帯びていた」

「へ? そうなんですか? あたし、そのあたりの記憶が曖昧で……」

「いいのよ。その計画は失敗したみたいだし」

「?」

「次。あたしの名前はさっきも言ったよね? 淵導フィア」

「いやお名前を聞いたわけではなくて……」

「次。あなたにそっくりなのは、あたしがあなただから」

「いやだから……」

 フィアは早口でフランの質問に答えていく。

「次で最後ね。あたしがあなたの前に現れた理由?」

 まるで4つ目の質問に早く答えたくて仕方がないかのように。

「あなたの体が欲しいからよ」

 フランなら絶対にしないような、驚かすような笑みを浮かべてフィアが宣言した。

「あなたの体を私にくれない?」

 カクンと人形の首が落ちるように小首を傾げる。そこにはもはや先の可愛らしさなど微塵も残ってはいなかった。

「え? ええええええっ!? それって、どういう!? あたしはどうなっちゃうんですかぁ!?」

「これからはあたしがあなたになるの。あなたはあたしの心の奥底に封じ込められて、何を見ることも聴くことも感じることすらできなくなる」

「い、イヤですよぉ、そんなの!」

「そりゃそうよね。けど、問答している時間はもう無い。もうすぐあなたは目覚めてしまうから。

 だから、こうしましょう? あたしとあなたでファイトして、あたしが勝ったらあなたの体を譲ってちょうだい」

「えええ!? でも、あたし、今はデッキが……」

 わたわたと自分の制服に触れ、スカートのポケットに触れたところで指先が堅い感触とぶつかった。

「……ありました」

 ついさっきまで何も無かったはずのポケットの中からスポッとカードケースが抜き出される。

「ここはあなたの心の中。あなたがイメージすれば何でも手に入るわ」

 フィアもカードケースを取り出しながら言った。

 いつの間にかふたりの間にはファイトテーブルまで現れている。

「けど気を付けて。この世界では、デッキにあなたの深層心理が反映されるの。普段あなたが使っているデッキとは構築が変わってるかも知れないわよ」

「よくわからないけどわかりました! とにかくデッキさえあれば怖いものはありません! そのファイト、お受けしましょう!」

「……自分で提案しておいてなんだけど、いいの? あなたにこのファイトを受けるメリットなんてものは無いんだけど」

「ファイトができるってだけで、あたしにとってはメリットですよ」

 能天気に笑いながらフラン。

「それに……乗っ取られちゃうのは嫌ですけど、あたしはあたしを名乗るあなたの事、もっと知りたいんです。

 その人のことを知りたいのなら、伝えたいことがあるのなら、ファイトするのが一番なんです。あたしの先輩なら、きっとそうします」

「……そう。そうやって、あなたはまたあたしを蔑ろにするのね」

「え?」

「なんでもない。じゃあ、始めましょう」

 イメージの世界であるが故か、気が付けば手の中には5枚の手札があり、ヴァンガードサークルには1枚のカードが裏向きで置かれていた。

「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」

 ふたりが同時にそのカードをめくり。

「「《白黒の個性 アレスティエル》!」」

 ふたりの声が重なり合った。

 

 

「あ、あなたもアレスティエルなんですかぁ!?」

「当然よ。あたしはあなたなんだもの。

 スタンド&ドロー」

 悪戯っぽく笑ってから、先攻のフィアがカードを引く。

「《逡巡の空 アレスティエル》にライド。山札の上から1枚バインド。G0だったので黒翼効果を得る」

「あたしのターン! スタンド&ドロー!

《逡巡の空 アレスティエル》にライド! G0アレスティエルのスキルでドロー! バインドされたカードはG1だったので、白翼効果を得ます!

 ア、アレスティエルでアレスティエルにアタック!」

 何だか自分自身にアタックしているような変な感じである。

「ノーガード」

「ドライブチェック! (クリティカル)トリガー! 効果はすべてアレスティエルに!」

「ダメージチェック……2枚目で(ドロー)トリガーがでたので、1枚引かせてもらうわ。

 あたしのターン。スタンド&ドロー。

《ありのままで輝く アレスティエル》にライド。バインドしたカードはG2なので黒翼。

 オーダーカード《揺るぎなき緋》をプレイして、2枚引いて1枚を捨てる。このカードはソウルへ。

《天上リサイタル エマエル》、《ハウリングバラード ファナエル》をコール。ファナエルの効果でソウルチャージ。このカードはブーストを得る。

 アレスティエルでヴァンガードにアタック! 黒翼効果を持つこのユニットのアタックは、トリガーユニットでガードできない!」

「うっ! ……ノーガードです」

「ドライブチェック……引トリガー。1枚引いて、パワーはエマエルに」

「ダメージチェック! ……★トリガー! パワーはヴァンガードに!」

「ファナエルのブースト! エマエルでヴァンガードにアタック!」

「《青空を舞う翼と アンティア》でガード!」

「アタック終了時、エマエルのスキルでファナエルを手札に戻す。ターンエンド」

「あたしのターン! スタンド&ドロー!

 白翼効果で手札を捨てずにSB1して《ありのままで輝く アレスティエル》にライド! バインドしたカードはG3! 白翼です!

 アレスティエルの白翼効果を発動して、★+1!

 さて。エマエルさんをやっつけないと、もう一度ファナエルさんとコンボされてしまいますね。けど、アレスティエルの★も無駄にするわけには……」

 悩んだ末、フランは前列に《小さな平和 プラエル》をコールする。

「バトルです! プラエルでエマエルにアタック! プラエルは白翼効果でパワー+2000されてます!」

「《傲岸不遜お嬢様 アロエル》でガード」

「うっ! さっきの引トリガー……。アレスティエルでヴァンガードにアタックです」

「《珠玉の一曲 エドウィージュ》でガード」

「ドライブチェック! ……トリガーはありませんでした。あたしはターンエンドです」

「スタンド&ドロー。

《双翼の大天使 アレスティエル》にライド。ライドコストで捨てた《籠めた願いは何色に ヴァルシュブラン》のスキルで1枚ドロー。

 アレスティエルのスキルでバインドされたカードを手札に加え、山札の上から1枚をバインド。バインドされたカードはG2なので黒翼! 相手ユニットすべてのパワー-5000!」

 黒い翼が世界を抱くように広がっていく。空は闇の帳に覆われ、舞い散る羽根がフランの視界をも埋め尽くす。

「ファナエルをコール。ソウルチャージして、ブーストを得る。さらにもう1枚エマエルをコールし、《アウェイティングスマイル マルエル》もコール。

 バトルよ。アレスティエルでヴァンガードにアタック」

「ううう……ヴァンガードのパワーが5000しかありません。ノーガードです」

「ツインドライブ……!!

 1枚目……トリガーは無い。

 2枚目……★トリガー。★はアレスティエルに。パワーは右列のエマエルに」

「ダ、ダメージチェック! ……どっちもトリガーじゃありません!」

「ファナエルのブースト。エマエルでヴァンガードにアタック」

「ノ、ノーガード! ……★トリガーです! パワーはヴァンガードに!」

「エマエルのスキルでファナエルを手札に。

 マルエルのブースト。エマエルでヴァンガードにアタック」

「《柔らかな光 プルエル》でガードです!」

「バトル終了時、エマエルは手札に。

 マルエルのスキルでソウルの守護者を手札に加え、この子はソウルへ」

「わっ! マルエルさん、そんなことまでできちゃうんですねー」

「……アレスティエルはあなたも使ってるでしょ?」

「そうなんですけど……黒翼軸はあんまり使い慣れていなくて。そんな面白い動きができるんですね。楽しそう……」

「何を呑気な事を言ってるの。あなたはこのファイトに何を賭けているのか忘れたの?」

「それはそうなんですけど……この気持ちは、ワクワクはやっぱり止められませんよ! 存在を賭けたファイトでも、楽しいものは楽しいです!」

「……あなたのターンよ。さっさと引きなさい」

 有利にファイトを進めているはずのフィアが、苛々した様子でドローを促す。

「はいっ! スタンド&ドロー!

 ライド! 《双翼の大天使 アレスティエル》!!

 バインドゾーンのカードを手札に加え、山札の上から1枚をバインド! G1なので白翼ですっ! ★+1! パワー+5000!」

 フランの手にしたカードが白い輝きを放ち、舞い散る黒い羽根と、空を覆う闇の帳を吹き飛ばした。

 白光を伴い降臨した天使が、暗黒を纏う天使と相対し、互いが互いを憂うように視線を交錯させる。

「白翼だって負けてはいませんよー!

《天声の代弁者 ヘリュエル》をコール! ドロップから《包み込む恩情 トルクエル》をスペリオルコール!

 手札から《晴天の恵光 ラーシエル》と《空震わせる躍動 マリブエル》をコール! トルクエルとプラエルの位置を入れ替えて、バトルです!

 ヘリュエルのブースト! アレスティエルでヴァンガードにアタックです!」

「《プライベートは塩対応 デシエル》で完全ガード」

「ツインドライブ!!

 1枚目……引トリガー!! パワーはトルクエルに!

 2枚目……こっちはトリガーじゃありません!

 マリブエルのブースト! ラーシエルでヴァンガードにアタック! マリブエルは白翼効果でパワー+10000! ラーシエルはパワー+5000! 合計パワーは33000です!」

「エマエルと《サリーアルボイス ヒルベルタ》でガード。マルエルでインターセプト」

「プラエルのブースト! トルクエルでヴァンガードにアタック! こちらはそれぞれの白翼効果と、さらにトリガーが乗って、パワー+43000です!」

「白翼、さすがのパワーね。……誰よりも強く正しくあろうとする、あなたにお似合いの構築だわ」

 ノーガードを宣言したフィアのダメージゾーンに3枚目のカードが置かれる。

(けど、その白い輝きが、いつもあたしを追い詰める……!!)

「ふふーん! トルクエルをソウルに置いて、あたしはこれでターンエンドです!」

 フィアの憎悪に満ちた呟きは届かず、フランは小鼻を膨らませながら宣言した。

「あたしのターン! スタンド&ドロー!」

 これまで淡々とプレイしていたフィアの声に熱がこもる。

「《双翼の大天使 アレスティエル》にペルソナライド。バインドゾーンのカードを手札に。新たにバインドしたカードはG2だったので黒翼。

《揺るぎなき緋》で2枚引き……揃った!!」

 そして、このファイト中に初めて笑顔を浮かべた。羽虫をいたぶる子供のような、純粋で悪意に満ちた残酷な笑み。

「手札を1枚捨てて、《揺るぎなき緋》はソウルへ。

 さあ、楽しいだなんて言っていられない、二度と覚めることのない悪夢を見せてあげる。

 そして思い出せ! あたしのことを!!」

「……へ? あたし達、どこかでお会いしましたっけ?」

 疑問の声を無視して、フィアが3枚のカードを同時に繰り出す。

「《彼方を目指して ピアエル》3枚を後列にコール!!!」

「G2のカードを後列に!?」

「ピアエルは黒翼効果で後列からヴァンガードにアタックできる!!」

「と、言うことは……」

「このターン、あたしは6回のアタックが可能!!」

「ふええーっ!?」

「まだだっ! 《秘めたる宝 フェナエル》! 《儚き憧れ バルエル》をコール!

 あたしの盤面には偶数ユニットが5枚! よって2体のユニット……アレスティエル、ヘリュエルのパワーを-5000!

 さらにパワー0以下のリアガードを山札の下に送る!!」

「ううう……。ヘリュエルを山札の下に……」

「それだけじゃない! 元々のパワーが5000のマリブエルも、アレスティエルのスキルでパワー0よ!」

「あっ! 2枚も除去されてしまいました……」

「バトルだ!!

 アレスティエルでヴァンガードにアタック!!」

 フランのダメージは既に4点。

「このアタックを通すわけには行きません! プルエルと《救いの歌を トゥラエル》でガード! トゥラエルは白翼スキルでガード値+10000! さらにラーシエルも白翼スキルでガード値+5000され、インターセプトできます! これで2枚貫通です!!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し!

 2枚目……」

「あ……」

 めくれたカードを見て、フランが小さく悲鳴をあげる。

(オーバー)トリガー!! 《神恩天唱 グリザエル》!!

 このゲーム中、あたしのリアガードすべてのパワー+10000!! パワー1億をヴァンガードに与えてガード貫通!!」

「うう……。ダメージチェック……トリガーはありません」

 フランの手札は5枚。強化されたリアガードのアタックを5回防ぎきることは、もはや不可能だった。

「これでお別れね」

 次にアタックさせるリアガードに手を添えながらフィアが言う。

「はい……」

「あたしだけじゃないわ。お父さん、お母さん。メイちゃんに教授。カードショップ『ニアミント』の皆。クラスメイト。ジュジュ先輩。……そして、リュート先輩。

 あなたはもうそれらのすべてに会えなくなる」

 その言葉を聞いた瞬間、フランの目が見開かれ、心臓が大きく跳ねた。

「あ……」

「何? もうやり直しなんて効かないわよ。あなたはここで消え去り、あたしが淵導フランになるの。リュート先輩にはよろしく言っておくから、安心して失せなさい」

「そ、それだけは、やめてください……」

「どう? 恐ろしいでしょう? 怖いでしょう? あなたが何も考えずに突き進んだ結果がこれよ。

 思い出した? あなたが勇気の名の下に蔑ろにし、人助けの旗の下に軽んじ続けてきた、あなたの心の闇! それがあたしだ!

 さあ、あたしの名を言ってみろ!!」

恐怖(fear)……」

「そうよ。ようやく思い出してくれたのね。あなた、英語の成績悪いでしょ?」

「恥ずかしながら……体育以外の成績はダメダメです」

「本当に恥ずかしいわね」

「けど、ごめんなさい。あたしはまだ死ねません」

「何を今さら。もうやり直しは効かないって言ったでしょ……」

「あたしがいなくなったら、リュート先輩が悲しみますから」

「は?」

 今度はフィアが目を見開くように丸くした。

「ちょっと待って。あなた、自分が死ぬのは怖くないの?」

「え? はい。そりゃまあイヤっちゃイヤですけど。自業自得なら仕方がないかなって。少なくとも、大切なものを守ろうとして、その結果としての死であればあたしは後悔しません。そのつもりでした」

 火傷痕に触れながらフランが言葉を続ける。

「けど、もうあたしの命はあたしひとりのものじゃありません。リュート先輩は既に心に大きな傷を抱えている。あたしはあの優しい人を、もうこれ以上傷つけさせたくはありません。

 あの人は何度も注意してくれていたのに。その言葉の大切さに気付けたのは、こんな土壇場になってからでした。本当にダメですね、あたしは……。

 反省は後で大いにするとして、とりあえずこの場は生きて帰ります」

「何を言って……あなたはもうこのアタックで終わるのよ?」

「試してみますか? 勝負ですっ!」

「っ! フェナエルでヴァンガードにアタック! フェナエルのスキルでアレスティエルのパワーさらに-5000!!」

 黒い羽根が嵐となって迫り来る。だが、フランは右手に確かな温もりを感じていた。

 

 

 リュートは冷たくなったフランの右手を握りしめていた。

「では、ひとつアドバイスしてやろう――彼女の手を握っていてやるといい」

 ロウが面倒くさそうに口にしたその言葉は、とてもささやかで、彼らしからぬものだった。

 それに従い、彼はずっとフランの右手を握りしめていた。彼女の魂が現世から離れないよう、繋ぎ止めるかのように何度も呼びかける。

「戻って来い! フラン! 僕には君が必要なんだ!!」

 

 

 この温かさがある限り、自分はもう負けることはないと確信していた。

「今のあたしはスーパー無敵モードですよ!! ダメージチェック……治トリガー!!」

「!?」

「ダメージ回復! パワーはアレスティエルに!」

「ま、まだよ! 1体目のピアエルでヴァンガードにアタック!」

「エドウィージュでガード!」

「2体目のピアエルでアタック!」

「プルエルでガード!」

「3体目!」

「アンティアでガード!」

「トリガーがまだ3枚も……。バルエルでヴァンガードにアタック……!」

「《澄み渡る雪夜 ベレトア》とトゥラエルでガード! 白翼効果でガード値+10000! どうですか!? 生き残りましたよ!」

 フランが誇らしげに宣言する。

「……あたしはこれでターンエンド。

 けど、あなたの手札は0枚。リアガードは1枚。

 あたしのダメージはまだ3点。手札は4枚あり、さっきのドライブチェックで完全ガードも手札に入った。

 そして、次のターンが来れば、超トリガーで強化された3枚のピアエルが今度こそ確実にあなたを葬る。

 ここから何ができるって言うの?」

「あたしのスーパー無敵モードはまだまだ継続中ですよ!

 スタンド&ドロー! アレスティエルにペルソナライド!!」

「なっ!?」

「まだまだ! アレスティエルのスキルで、バインドゾーンの《曇りなき心 ミアエル》を手札に! 新たにバインドしたカードはもちろん白翼!!

 ヘリュエルをコールして、そのスキルで《分け与える幸せ ダナエル》をスペリオルコール!

 手札からミアエルもコール! ドロップから《虹映える翼 エリムエル》を手札に加え、そのままエリムエルをコール!」

「あの状況から、盤面を白翼で埋め尽くした……」

「エリムエルのスキル発動!! あたしの白翼は6枚! よって、エリムエルとトルクエルのパワー+5000! ★+1!

 バトルです!!

 ダナエルのブースト!! アレスティエルでヴァンガードにアタック!! ダナエルのスキルでエリムエルのパワー+30000!!」

「《愛を見つめて ティルスエル》でガード! 黒翼スキルであなたの後列にいるプラエルをレストする!」

「わっ! そんなことまでできちゃうんですか!?」

「さらに2枚のエドウィージュでガード!! 2枚貫通だ!!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……★トリガー!! 効果はすべてヴァンガードに!!」

「貫通狙い!? いや……今のままでは★を2枚引かないと勝てないが、これならもう1枚トリガーを引くだけで6点を与えられる! 確かにそれが最善……!!」

「そんな細かいこと考えてないですよ! あたしはアレスティエルを信じてる! それだけです!

 2枚目のドライブチェック……引トリガー!! 1枚引いて、パワーはアレスティエルに!! ガード貫通です!!」

「うっ……ああああああああアアアアアァァァァァっ!!!」

 悲鳴のような雄叫びと共に、次々とダメージゾーンにカードが置かれていく。

 治トリガー、治トリガー。そして、アレスティエル。

 6枚目のカードが置かれた瞬間、フィアはふっと糸が切れたように崩れ落ちた。

 彼女が地面に倒れ込む寸前、それを受け止めたのはフランだった。

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! あたしの無謀な行動が、ずっとあなたを苦しめていたんですね……」

 フィアを自らの膝の上に横たえながら、フランは大粒の涙を零した。宝石のような粒がフィアの火傷痕へと落ちて、さらにその頬を伝う。

「いいの。ただ、あたしはあなたに思い出してもらえるだけでよかった。ほんの心の片隅にでも存在したかっただけなの。

 これからは忘れないで。恐怖はあなたの敵じゃない。あなたの命を守るための大切なもの」

「はい。もうあなたのことは忘れません。これからはずっと一緒です。

 震えながら、怯えながら、立ち竦みながら、泣きながら。それでも共に前へと進んでいきましょう」

「……行動を改める気はないのね?」

「それがあたしですから!」

 一切の淀みも迷いも無い表情で言い切る。

「よーく考えてみましたけど、あたしが行動しなかったことによって誰かが不幸になる。そっちの方があたしは怖いです。そこはもう諦めてください!」

「……仕方ないわね。けど、本当に危険だと判断したら、あたしがあなたを必ず止める。それでいいわね?」

「はい! 生きてリュート先輩の元へと帰るのが最優先です!」

「……それさえ分かっていればいいわ」

 大きくため息をつきながら、フィアがゆっくりと目を閉じた。その姿が光の粒子となって崩れていく。

「……最後に手を握っていてくれない?」

「はいっ……!!」

 彷徨うように差し出された手を、フランはしっかりと握りしめた。

 指と指が絡み合い、掌と掌が重なり合う。

 その頭上では、白い翼の天使と、黒い翼の天使が同じようにして抱き合っていた。

「「今こそひとつになりましょう」」

 その言葉を残して、フィアが消え去った。僅かな光の残滓がするりとフランの左胸へと入り込む。フランはそれを大切そうにぎゅっと握りしめると、すっくと立ちあがった。未だ流れ続ける涙を乱暴に袖で拭う。

(帰らなきゃ。方法は分からないけど、リュート先輩のいる世界へ)

 誓いながら惑星クレイの空を睨みつけた、その時だった。

 

 パチ、パチ、パチ。

 

「いいものを見せてもらったよ。若者の成長とは、かくも美しいものか」

 拍手と共に、若い女性の声――その割にセリフは老成している――がフランを祝福した。

 凛と鈴を転がしたような、透き通ったその声に、フランは聞き覚えがあった。

 というか、忘れられるはずもない。

 目を見開き、勢いよく声のした方へと振り返る。

「ひさしぶりだね、悩める少女よ。いや、もはやその呼び名は相応しくないかな?」

 苦笑しながら肩をすくめる白髪灼眼、夜色のゴシックドレスを纏った吸血鬼がそこに立っていた。




アレスティエルを主人公にするからには絶対にやりたかった。
白翼VS黒翼回です!!
これがやりたがったがために、フランにはずっと白翼を使わせていたのでした。
お楽しみ頂けたら幸いです。
感想等もお待ちしております。

そして、次回はいよいよ最終話となります。
最終話はいつも通り3月1日に投稿。
その次の日に短めのエピローグを投稿して完結とする予定です。
ついに登場した「あの人」の活躍にご期待ください。
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