ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

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最終羽「暁と宵闇の翼」

 透き通るような白い髪に、紅玉を思わせる赤い瞳。

 触れただけで折れてしまいそうな、華奢な体躯に纏う夜色のゴシックドレス。

 穏やかな微笑を浮かべた口元には、牙のような八重歯が覗く。

「そう言えば自己紹介がまだだったね。鈴導(りんどう)カミラだ」

 胸に手を当てながら、ゴシックドレスの女性が堂々と名乗った。

「あ、あたし……あたしは……!!」

 感極まったフランは、気が付けばその胸の中へと飛び込んでいた。

「あたしはずっとカミラさんに会いたかった! お礼を言いたかったんです! あなたのおかげで、あたしは前向きに生きる力をもらいました!」

 それからフランは、カミラの導きに従って五洲(ゴス)高に入学し、リュートと出逢ったこと。ヴァンガードを始めたこと。ジュジュやメイといったたくさんの仲間ができたこと。この1年でできたヴァンガードにまつわるたくさんの思い出を、時系列もばらばらに話し始めた。

 そのいずれも、カミラは何度も頷きながら楽しそうに聞いていた。

「そうか。リュートは私がいなくても元気でやっているようだね」

 ことリュートの話題になると、特別楽しそうだったが。

 そう長く話をしていたつもりもないのだが、話がひと段落したところで気が付けば日が暮れており、空を夜の帳が包んでいた。地球とは時間の流れが違うのだろうか。幸い、月明かりは明るく、青白い光はカミラをより美しく、そして儚げに魅せていた。

「気持ちよく寝ていたところを野暮な執事に起こされた時は、彼をどうしてやろうかと思ったが。君とこうして話せたのはよかった」

 宵闇に眠気を誘われたのか、ふああと大きなあくびをしながらカミラが微笑んだ。そんな飾らない仕草すら上品に見えてしまうのがすごい。

「もっとも、その彼もリュートに痛い目に遭わされたようだ。彼もこれには堪えただろう。うん、さすがは私のリュートだね」

「外の状況が分かるんですか?」

「なんとなくだけどね。昔から勘のよさには自信があったが、今ならすべてを見通せる感じがする。この世ならざる者になったからかな?」

 そんなことを言いながら、自嘲するような笑みを浮かべる。

「もうすぐすべては元に戻る。君は何事も無かったかのように目覚め、私は再び闇に還る。

 だけど、それまでにまだ少しだけ猶予があるようだ」

 予言者のように語り、詩人のように詠うと、カミラは細い指をピンと立てた。

「だから1度だけだ。1度だけ――私とファイトをしないか?」

 それはずっとフランが口してもいいのか悩んでいた言葉だった。

 言動から、彼女は生き返りを望んでいないことは明白だ。彼女の本当の望みは――もちろんファイトしたいという気持ちにも偽りは無いだろうが――このまま何もせず、死者は死者として消え去ることなのだろう。

 それでも彼女はフランの想いを汲み、己の矜持を破ってまでそれを提案してくれたのだ。

 フランの記憶よりも、リュートが語る以上に、カミラは気高く優しい人だった。

「は、はいっ!! よろしくお願いしますっ!!」

 フランがこくこく何度も頷くと、ふたりの間に、月光に照らされたファイトテーブルが現れる。

 いつの間にかカミラの手にもデッキが握られており、感慨深そうにそれをそっとテーブルに乗せた。

「あっ、デッキの構築を変えてもいいですか!?」

「どうぞ」

 フランはフィアとの対戦で使ったデッキを抱いてうーんと念じ、中身を確認する。その一瞬で、デッキはフランの思い描いた通りに変化していた。カードゲーマーにとっては便利な世界である。

「お待たせしましたぁ!」

 フランもデッキをテーブルに置いてファイトの準備をし始める。

「夢のようです。こうしてカミラさんとファイトできるだなんて」

「私もだよ。君のことは心配はしていなかったが、ファイターになった君とはファイトしてみたいと思っていた」

 あの日の夜はフランにとっては運命の夜だったが、カミラにとっては少し寄り道しただけの夜だったろうに。

 それでも自分のことをずっと覚えていてくれたことが分かって、フランは心が温かくなるのを感じた。

「いきますよ、カミラさん!」

「ああ。最高のファイトにしよう」

 ふたりがファーストヴァンガードに指をかける。

「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

「《白黒の個性 アレスティエル》!」

 白と黒の羽根がふわりと舞い散り。

「《憧れのお姉様 フェルティローザ》」

 蝙蝠のような漆黒の翼がゆっくりと広がった。

 

 

 フェルティローザとの合同ライブが決定したと告げられた時、アレスティエルは柄にもなく小さくガッツポーズをしてしまった。

 フェルティローザもアレスティエルも、リリカルモナステリオではトップクラスとして数えられる5人のアイドルのうちのひとりだが、その中でもフェルティローザのパフォーマンスこそ至高だという意見は、学園内外問わずよく囁かれていた。

 不死者故の圧倒的な経験値(年長者(ベテラン)扱いすると本人は怒るのだが)もそうだが、精力的に活動を続ける他の4人と比べて、活動タイミングは気まぐれ。たまにライブを開催したかと思えば、深夜に、死者のみを集めてと、変則的すぎるスタイルが多い。にも拘わらず、他の4人と比肩する人気を誇っていることこそ至高である証明とされていた。

 そんな彼女との合同ライブで得られるものは多いだろうし、何より、夜中にふらふらと学園都市を抜け出して遊び惚けている彼女に、お灸を据えてやるいい機会だとも思った。

 フェルティローザの実力は認めてはいるものの、生真面目なアレスティエル(特に白い方)にとって彼女のスタンスは看過できるものではなかった。

「絶対に、負けないから」

 合同ライブという名の戦場に向けて、アレスティエルは静かにその白と黒の翼を磨いていた。

 

 

「あたしのターン! スタンド&ドロー!

 ライド! 《逡巡の空 アレスティエル》! アレスティエルのスキルで山札の上から1枚バインド! 白翼です!

 あたしはこれでターンエンド」

「私のターンだね。スタンド&ドロー。

《麗しの休日 フェルティローザ》にライド。フェルティローザにヴァンガードにアタック」

「…………」

「どうしたのかな?」

「……あっ! いえ、何でもありません!」

 カードを場に出し、傾ける。たったそれだけの所作があまりにも美しくて、思わず見惚れてしまっていた。

 たまにリュートの語るカミラは「またまたぁ。それって思い出補正入ってますよ」とツッコミたくなることも多々あったが、本物はそれ以上だった。いや、むしろあの芸術的センスに欠ける先輩はカミラの美しさを1割も表現できていない。

「えっ……えっと、ノーガードですね」

「ドライブチェック……(クリティカル)トリガーだ」

「げげげっ! ダメージチェック……」

 1枚目は(ヒール)トリガー。2枚目はトリガー無し。

 ここは防いだ方がよかったか。だが、ここで受けなければ次のターンにスキルが使えなくなる。

「あ、あたしのターン! スタンド&ドロー!

 アレスティエルの白翼スキルで、ソウルブラストすることによりライドデッキからライドできます!

 ライド! 《ありのままに輝く アレスティエル》! 山札の上から1枚をバインド……今度も白翼です!

 アレスティエルの白翼スキル発動! このターン、★+1です!

 アレスティエルでヴァンガードにアタック!」

「《くいしんぼう ノーラ》でガード」

「ううっ……! ドライブチェック……★トリガーです」

 防ぎたかったアタックはノーガードに誘導され、当てたかったアタックはしっかり防がれる。

 ここまでの簡単な攻防で、早くも弄ばれている感があった。

「私のターンだね。スタンド&ドロー。

《享楽の才媛 フェルティローザ》にライド。フェルティローザのスキルで、ドロップからノーラを手札に戻す。

《幽魂の抱擁 ベティーナ》をコール。ベティーナのスキルで、ライドコストでドロップに置いた《天満月の輪舞曲 フェルティローザ》をソウルに」

 1年のブランク(亡くなっていた期間をそう表現していいのかは不明だが)があるにも関わらず、カミラの手つきに迷いはない。

「ベティーナのブースト。フェルティローザでヴァンガードにアタック」

「ノーガードです!」

 フランのダメージゾーンに早くも3枚目のカードが置かれる。カミラのドライブチェックでもトリガーは出なかった。

「あたしのターン! スタンド&ドロー!!

 ライド!! 《祝福の聖天使 アレスティエル》!!」

 パステルカラーの装いに身を包んだ白と黒の翼を持つ天使が、ライトアップされた夜の舞台に降臨する。

 ステージ上に飾られた卵が一斉に割れ、そこから飛び出した小鳥が散らす色とりどりの羽根がアレスティエルを彩った。

「アレスティエルのスキルでバインドゾーンのカードを手札に加え、山札の上から1枚をバインド! ……トリガーだったので黒翼です!」

「おや? 見たところ白翼軸のようだけど大丈夫かな?」

「心配御無用です! この聖天使アレスティエルなら!

 アレスティエルの黒翼スキル発動! 手札からカードを捨てることで、山札から《秘めたる宝 フェナエル》をスペリオルコール!

 フェナエルのスキルも発動! バインドゾーンのカードを手札に加え、手札から《降り注ぐ歌声 エルケエル》をバインド! エルケエルのスキルでこのターン、白翼と黒翼、両方が有効になります!!

《天声の代弁者 ヘリュエル》をコール! ヘリュエルのスキルでドロップから《包み込む恩情 トルクエル》をスペリオルコール!

《分け与える幸せ ダナエル》もコールしてバトルです!!

《祝福の聖天使 アレスティエル》でヴァンガードにアタック!」

「ノーラでガードするよ」

「ツインドライブ!! ……2枚ともトリガーではありません!」

 アレスティエルが腕いっぱいに抱いたカラフルな卵を投げ上げると、それらが無数の花火となって夜空を照らし、七色の煙がステージを包み込む。

「聖天使アレスティエルのスキル発動!!

 手札を1枚捨て、山札から《双翼の大天使 アレスティエル》にスペリオルライド!!」

 やがて煙が晴れると、ステージ上からアレスティエルの姿が消え、代わりに巨大な卵が鎮座していた。

 その卵にヒビが入り、内側から爆発するように割れると、中から制服姿のアレスティエルが飛び出し、白と黒の羽根を盛大に撒き散らした。

「大天使アレスティエルの白翼スキルで、自身のパワー+5000、★+1! 黒翼スキルでフェルティローザのパワー-5000です!

 アレスティエルでヴァンガードにアタック!!」

 アレスティエルは右手に闇の弓、左手に光の矢を生み出すと、弓に矢をつがえて天を射た。

 次の瞬間、光が流星の如く降り注ぎ、観客が感嘆の声をあげる。

「《光華瞬く夜想曲 ユーディット》で完全ガード」

「ドライブチェック……★トリガー!!

 パワーはフェナエル! ★はトルクエルに!

 ヘリュエルのブースト! フェナエルでヴァンガードにアタック!」

「ノーガードだよ」

「ダナエルのブースト! トルクエルでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

 1枚、そして2枚、3枚とカミラのダメージゾーンにカードが置かれていく。3枚目にめくれたカードは(ドロー)トリガーで、カミラは1枚カードを引いた。

「あたしはこれでターンエンドですっ!」

 ふすーと鼻から荒い吐息を吹き出しながら、フランが堂々と宣言する。

「ああ、素晴らしい演目だった。これは私も負けてはいられないな。

 スタンド&ドロー。

 ライド! 《天満月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」

 アレスティエルに続いてステージ奥から姿を現したのは、黒いドレスを纏い、薄布のヴェールを被った吸血姫。

 彼女がステージ上で跳ねるたび、兎の耳を模したヘアバンドがぴょこぴょこと揺れる。

 そして、手にした卵型のオブジェを高く掲げると、夜空に金色の満月が浮かび上がった。

「…………」

 新たなフェルティローザにライドしたカミラはしばらく感極まったように動きを止めていた。

「……あの、どうかしたんですか?」

 フランがおずおずと尋ねる。

「いや。このカードを使える日が来るとは思わなくてね」

「?」

「こちらの話だ。君は気にしなくていい。ファイトを続けよう。

 フェルティローザのスキルで、手札から《触れ合う手と手の夢想曲 ロスヴィータ》を山札の上に。ドロップからユーディットを手札に加える。

《心弾む指先 エデルガルト》、《夜空を焦がす嬉遊曲 オルトゥード》、《貴女に捧ぐ小夜曲 エレオノーレ》、《わがままお嬢 ヘルミーナ》をコール。ヘルミーナのスキルでオルトゥードにパワー+5000」

「うわ、いきなり全面展開……」

 これでカミラの手札は完全ガード(ユーディット)1枚だ。

「天満月フェルティローザのスキルを発動し、バトルだ!

 ヘルミーナのブースト! エレオノーレでヴァンガードにアタック! ソウルにG3フェルティローザがいるので、前列ゴーストのパワー+10000! エレオノーレはスキルでパワー+15000!」

「い、いきなりパワー43000のアタックですかぁ!? ノーガードです!」

 フランのダメージゾーンに4枚目のカードが置かれる。

「ク、★トリガー! パワーはヴァンガードに!」

「その程度で、私のフェルティローザは止まらないよ!

 エレオノーレはスキルで山札の上へ!

 オルトゥードのブースト! エデルガルトでヴァンガードにアタック! エデルガルト以外のゴーストが3体いるので、エデルガルトのパワー+6000! 合計パワーは42000!」

「《青空を舞う翼と アンティア》でガード! フェナエルでインターセプト!」

「オルトゥードのスキルで、エデルガルトをソウルに置いて1枚ドロー。

 ベティーナのブースト! フェルティローザでヴァンガードにアタック!!」

「《珠玉の一曲 エドウィージュ》でガード! 2枚貫通です!」

「ツインドライブ!!

 1枚目は当然、ロスヴィータ! フェルティローザのスキルでロスヴィータをスペリオルコール! ロスヴィータのスキルでオルトゥードをスタンドさせ、パワー+5000!

 2枚目……《巡り星の綺想曲 イングリット》! イングリットをスペリオルコール! イングリットのスキルでヘルミーナをスタンドし、カウンターチャージ!

 3枚目……★トリガー!! 効果はすべてロスヴィータに!

 4枚目……こちらも★トリガー!! 効果はすべてイングリットに!!」

「ダ、ダブクリですかぁ!?」

 慌てて手札のカードを見直してみるが。

(どうしよう……ガード値が足りない……)

「ヘルミーナのブースト。イングリットでヴァンガードにアタック」

 カミラが無慈悲に次のアタックを宣言する。

「……ノーガードです。……ダメージチェック」

 ダメージゾーンに5枚目のカードが。そして、6枚目のカードが置かれる寸前、山札に添えられた右手にフランは温もりを感じた。

(……あ、リュート先輩はまだあたしに力を貸してくれている)

 それだけじゃない。まだ自分はカミラに全力を見せていない。このカードを手札に抱えたまま負けるわけにはいかなかった。

(こんな楽しいファイト、まだまだ終わらせたくない。終わらせてなんかいられないですよね……!! アレスティエルッ……!!)

 イメージの中、己の分身と頷き合う。

(ヒィィィル)トリガーッ!!!」

 まるで分かっていたかのように、フランはカードをめくると同時に宣言した。

 めくれたカードは、宣言通りの治トリガー!

「ダメージ回復させて頂きます! このファイトはまだまだ続きますよぉ!」

「ああ、それは構わないよ。しかし……その温かさはリュートかな?」

 フランの右手に宿った温もりに、カミラが目敏く気付き、どこか不機嫌そうな声をあげる。

「はいっ!」

「ふぅん。あの子も意外と浮気性だね。私と言うものがありながら、フランに味方するなんてね」

「あはは……なんだかすみません」

 というより、フランがカミラとファイトしていることなどリュートは知る由もあるまい。

「いや、いいんだよ? 私は既に死んだ身だ。彼は私とは別の幸せを見つけるべきだとは思ってるよ。私を理由に操を立てられても困るしね。けど1年も経たずにそれは、さすがに早すぎではないかな?」

(カミラさん、意外と嫉妬深い……)

 未練がましくぶつくさ言い続けるカミラを、フランは微笑ましく眺めていた。

「さて、冗談はこのくらいにしてファイトを続けようか」

 どこまでが冗談だったのかは不明だが、コロッと態度を変えてファイトに戻る。

「イングリットは自身のスキルで山札の下に戻る。

 オルトゥードのブースト! ロスヴィータでヴァンガードにアタック!」

「《珠玉の一曲 エドウィージュ》! 《小さな平和 プラエル》でガード!! プラエルは白翼スキルでガード+5000!」

「オルトゥードのスキルでロスヴィータをソウルに置いて、1枚ドロー。

 私はこれでターンエンドだよ」

「あたしのターン……スタンド&ドロー!!」

 そしてフランは手札のとある1枚に指をかける。初手からずっと抱えていた大切なカードに。

「ペルソナライド!! 《双翼の大天使 アレスティエル》!!」

 制服姿のアレスティエル。その全身が、輝かしいばかりの光と、深淵を湛えた闇に包まれていく。

 混沌の卵から新たに誕生したのは、白と黒を基調にしながらも華やかな印象を与えるステージ衣装のアレスティエルだった。

 普段は物憂げな表情でいることの多い彼女の顔には、今は満面の笑みが浮かんでいる。

 その頭上で、天使の輪と花冠が月明かりを浴びてきらりと輝いた。

「覚えていますか……? このカードは、カミラさんから頂いた大切なカードです」

「もちろんだとも。忘れるはずないじゃないか」

「さあ、ここからがあたしの全身全霊大全力ですっ!!

 アレスティエルのスキル発動! バインドゾーンのカードを手札に戻し、山札の上から新たなカードをバインド! バインドされたカードはエルケエル! 白翼と黒翼は再び両方が有効になります!」

「ふふ……ここでエルケエルを引き当てるとは。やるね」

「手札から《晴天の恵光 ラーシエル》をコール。

 そして、ヴァンガードの後列に……《彼方を目指して ピアエル》をコール!!」

「!? フェナエル以外にも黒翼のカードが……!?」

 このファイト中、はじめてカミラの表情が驚愕に染まった。

「ピアエルは黒翼スキルで後列からアタックが可能! このターン、あたしは4回攻撃です!

 フィア……もうひとりのあたし。ふたりでカミラさんに勝ちましょう!」

 胸に手を当て祈るように語りかけると、心の中で黒い翼が高く羽ばたく音が聞こえた。

「バトルです!! アレスティエルでヴァンガードにアタック!!」

「2枚のノーラでガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……治トリガー!! ダメージ回復し、パワーはピアエルに!

 2枚目……!?」

 次のカードをめくったフランが目を見開き、それだけですべてを悟ったカミラがどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。

(オーバー)トリガー!! 《神恩天唱 グリザエル》!! パワー1億はヴァンガードに! ガード貫通です! さらにすべてのユニットのパワー+10000!!」

 アレスティエルのパフォーマンスが最高潮を迎え、観客は彼女の背後に伝説の歌い手として語られる大天使の面影を見た。

「ダメージチェック……」

 カミラのダメージゾーンに4枚目、5枚目とカードが置かれていく。トリガーも出ない。

「マリブエルのブースト! ヘリュエルでヴァンガードにアタック!」

「ユーディットで完全ガード!」

「まだまだ! ダナエルのブースト! トルクエルでヴァンガードにアタック!

 ダナエルのスキルで、ピアエルのパワー+20000!」

「これも完全ガードだ!」

 これでカミラの手札は残り1枚。

「ピアエルでヴァンガードにアタック!! 届けえええええええぇぇぇぇぇっっっ!!!!」

 絶叫するフラン。

 盤面に並べられたカードから輝きが放たれ、彼女の視界は黒と白に染め上げられた。

 

 

(どうだっ!!)

 空中でポーズを決めたアレスティエルは、己の持ちうるすべてを賭した、最高のパフォーマンスを魅せられたと自覚する。

 白と黒。己の二面性を生かした表現力。光と闇。己の相反する魔力を生かした演出。

 もちろん何千何万回と繰り返し練習したステップには、一切の乱れも無い。

 フェルティローザ目当てで来たゴーストの少女達ですら、今やアレスティエルの一挙手一投足に釘付けになっている。

(勝った――)

 アレスティエルが表情には出さずに勝ち誇り、遥か下方で踊り続けるフェルティローザを見下ろした。

 その時だった。

 フェルティローザが不意にこちらを見上げ、ニンマリと妖しく――されど美しく――微笑むと。

 次の瞬間、彼女は漆黒の翼を広げ、アレスティエルを追い抜くように高く飛んだ。

 

 

「超トリガー。《デモニックフィーバー ガルヴィエラ》でガード」

「!?」

 イメージを断ち切るかのように繰り出されたカード。カミラはまだ切り札を隠し持っていた。

「……んー、残念! あたしはこれでターンエンドです!」

 悔しさを噛みしめてフランは宣言した。

「ですが! これでまだ負けたわけではありませんよ! あたしの手札は4枚ですが、ダメージも回復できました!」

 そして、超トリガーで引いたカードは完全ガードだ。

 対するカミラの手札は0枚。

「そうだね。けっして油断はしていないよ。スタンド&ドロー……」

 引いたカードを見て、カミラはふっと微笑む。

「なるほど。ここで君を引くか。

 ペルソナライド!! 《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」

 フェルティローザがヴェールを取り去ると、ふわりと広がった薄布が吸血姫の姿を覆い隠す。

 その一瞬で、フェルティローザの衣装は、吸血鬼を想起させる黒革のドレスに変化していた。

 細い手足を際立たせるロングブーツに、ロンググローブ。惜しげもなく晒された白い肩は月明かりを浴びて妖艶に。

 満月を背に躍動する彼女の肢体は、見る者すべてに魅了の魔法を振り撒いた。

「わぁ……」

 対戦相手のフランすら、思わず感嘆の声をあげてしまう。

「《紡ぎ重ねる追走曲 ディートリンデ》をコール。ドロップからエレオノーレをスペリオルコール。

 さあ、これで終曲だ……バトル!!

 ヘルミーナのブースト! ディートリンデでヴァンガードにアタック!」

「《柔らかな光 プルエル》でガード! ラーシエルの白翼スキルでインターセプト!」

「ディートリンデは山札の下へ戻る。

 オルトゥードのブースト。エレオノーレでヴァンガードにアタック。エレオノーレはスキルでパワー+15000」

「ノーガード! ダメージチェック……引トリガー!! 1枚引いて、パワーはアレスティエルに!」

 まだだ。まだ足掻ける。このファイトを1秒でも長く続けていたい。その一心で、フランはカードを動かし続ける。

「オルトゥードのスキルでエレオノーレをソウルに置いて1枚ドロー。

 ベティーナのブースト。フェルティローザでヴァンガードにアタック」

「プルエルとヘリュエルでガード! 2枚貫通です!」

「ツインドライブ!!

 1枚目は《触れ合う手と手の夢想曲 ロスヴィータ》! このカードをスペリオルコール! オルトゥードをスタンド! ドライブ+1!

 2枚目は《月に寄り添う幻想曲 アーデルハイト》! このカードもスペリオルコール! ドライブ+1!」

「っ!?」

「3枚目は《巡り星の綺想曲 イングリット》だが、これはもうスペリオルコールできないね。

 4枚目は治トリガー! ダメージ回復し、パワーはアーデルハイトに!」

 フェルティローザが宵闇に跳ねるたび、朧な霊魂が彼女を照らし、より艶やかに輝かせる。

 死者の為に舞い、死者と共に踊る。

 そんな心優しき吸血姫の舞踏が終幕を迎えようとしていた。

「ロスヴィータでヴァンガードにアタック!」

「……ノーガード、です」

 フランの手札には、もう完全ガードと、G3のエルケエルしかない。

 だが……。

「治トリガー!! ダメージ回復! パワーはアレスティエルに!」

 ファイトはまだ続く。フランのファイトを終わらせたくないという想いにデッキが応えてくれているかのようだった。

「ロスヴィータは山札の下に戻る。

 アーデルハイトでヴァンガードにアタック。このターンにトリガーを引かれているので、アーデルハイトのパワー+10000だ」

「《プライベートは塩対応 デシエル》で完全ガード!!」

「……お見事」

 カミラが小さく拍手をして健闘を称えた。

「でも、君も気付いているんだろう? 私の夜はまだ終わっていないことに……!!」

「……っ!」

「バトル終了時、アーデルハイトのスキル発動!!

 ヘルミーナを手札に戻し、ドロップから超トリガーを除外! 手札からイングリットをスペリオルコール!!

 オルトゥードのブースト! イングリットでヴァンガードにアタック!!」

(このターン、手札0枚からの6回アタック……すごすぎる)

 感嘆しながら、フランは震える手で山札に手を添える。

(もうデッキに治トリガーも超トリガーも残ってない。やだな……もう終わりだなんて)

 なかなか最後のカードをめくる決心がつかないでいると。

「フラン」

 カミラに優しく声をかけられた。

「どんなに楽しい時間も、いつかは終わってしまうものなんだ。覚めない夢なんてないし、人はいずれ死ぬ」

「……はい」

「だから君は前に進みなさい。命ある限り」

「……はいっ!!」

 そうだ。ここで切なさも寂しさも振り切って、前に進めることを証明できなくては。

 カミラも安心して逝けないではないか。

「……ノーガードですっ!!」

 顔面を涙でぐしゃぐしゃにしながら宣言し、フランが山札からカードをめくる。

 そこから放たれた光が、カミラの浮かべた穏やかな笑顔を呑み込んでいった。

 

 

 アレスティエルより遥かに高く飛び、満月を背にしたフェルティローザが披露したのは、ステップすら伴わない独唱であった。

 マイクも無しにステージ全体を包み込むような声量もさることながら、驚嘆すべきはその表現力。

 少女のように気まぐれに、女王のように尊大で、乙女のように恥じらい、女傑のように荒々しく。

 二面性どころの話ではない。

 ありとあらゆる人生が、その歌声からは垣間見えた。

 フェルティローザは、ただ単に遊び歩いていたわけではなかった。

 外での経験を糧に、それらすべてを己のパフォーマンスとして昇華していたのだ。

 気付けば、白と黒のペンライトを熱心に振っていたアレスティエルのファンどころか、アレスティエル自身でさえ、その歌声に聞き惚れてしまっていた。

(勝てない……)

 戦意を喪失したアレスティエルの翼から力が抜け、ゆっくりと堕ちていく。

(それでも……いつか……)

 月を星を掴もうとする子どものように、夜へと必死に手を伸ばす。

(いつか、きっと、あなたを越えて見せます。フェルティローザ……)

 

 

「あたしの負けですね……対戦ありがとうございました」

 微笑もうとしたフランの瞳から大粒の涙が零れた。

「ああ。最高のファイトだったよ。本当にありがとう」

 そう言って、カミラが優しくフランを抱きしめる。

「……あたし、この世界が夢なら覚めなくてもいいとさえ思ってしまいました。カミラさんとファイトし続けられたらそれでいいって。けど、それじゃダメなんですよね」

「ああ。君には帰らなければならない場所があるだろう?」

「はい」

 フランの右手はまだ温かいままだ。

「あたしがいないとリュート先輩が寂しがりますから。あたしだってリュート先輩に会えなくなるのは嫌です」

「リュートのことをよろしく頼むよ。知っているとは思うが、彼は基本頼りないからね」

「はいっ!」

「けど、甘えたい時には存分に甘えるといい。そういう温かさを持った人だから」

「はいっ!!」

 フランがやたら元気よく返事をすると、惑星クレイの空に再び太陽が昇りはじめた。

「おや? そろそろお別れのようだね」

 カミラは名残惜しそうに天を仰ぐと、フランに真っ直ぐ向き合って微笑んだ。

「目覚めの時間だ。おはよう、フラン」

「はい。おやすみなさい、カミラさん」

 ふたりは挨拶を交わすと、朝焼けが両者を隔てるかのように差し込み――

 

 

 何の前触れも無くフランがぱちりと目を開いた。

「フラン!?」

 ずっと握りしめていたフランの手を離し、リュートが叫んだ。

「ふあ……あ? リュート先輩? おはようございまぁす」

 寝ぼけた声をあげながら、うーんと大きく伸びをする。

「よかった……! 君は眠ったまま、二度と目を覚まさなかったかも知れなかったんだぞ!?」

「……え? そうなんですかぁ?」

 フランは困惑したように周囲を見渡し、壁にもたれて座り込んでいるロウを見つけると、彼とリュートを交互に見やった。

「でも、ロウさんは約束してくれましたよ? カミラさんと言葉を交わしたら、必ず起こしてくれるって。

 あたしもカミラさんに会ってみたかったですし、すべて同意の上でロウさんの計画に乗ったんですけど……」

「……へ? 元に戻す? 同意の上? てっきり僕は君がロウさんにさらわれて、無理やりカミラさんの依り代にさせられたのかと……」

 頭の上にいくつもの疑問符を浮かべながら、リュートもロウに目を向ける。

「まさかお前は、カミラ様の魂が淵導フランに宿った後、ずっとそのままだとでも思ったのか? 誰もそんなことは言っていないぞ? すべては香が消えるまで。束の間の短い夢だ。

 それに考えてもみろ。ひとりの少女の人生を犠牲にしてまでカミラ様を蘇らせたりなどしたら、それこそお叱りを受けるどころではすむまい?」

「うっ……」

 言われてみれば確かに。

 だが、ロウもリュートを挑発するため、あえて要点は省いたに違いない。彼の浮かべるしてやったりと言いたげな笑みがそれを証明している。その結果、リュートに敗れて計画を崩されたのだからざまあみろではあるが。

「後悔したか? 俺の計画を止めたことを」

「いえ。それでもカミラさんは嫌がったと思います。あの人はすべてをやりきって逝きました。それを僕達が生き返らせたところで、あの人は怒って口もきいてくれなかったでしょう」

「……そうだな。俺も同じ見解だ」

 疲れ果てた微笑を浮かべてロウが小さく頷いた。

「……それで、あなたはカミラさんに会えたのかしら?」

 そうフランに尋ねたのはジュジュだ。彼女は彼女でこの計画の結果には興味があるのだろう。

「……? いやぁ、それがもうさっぱり!」

 可愛らしく小首を傾げた後、爽やかな笑顔でフランが答えた。

「あたしはぐっすり眠っていただけと言うか、意識を失ってからの記憶がまったく無いんですよね!」

「あら、そうなの」

 ジュジュは残念そうに小さく項垂れた。

 こっちの先輩は役に立ちそうになかったので、リュートは心を鬼にして、厳しい表情をフランへと向ける。

「フラン! いくら同意の上だったとしても、危険が全く無かったわけじゃないんだ。知らない人についていっちゃいけないって先生に習わなかったのか!?」

「ロウさんには出会った直後に自己紹介して頂いたので、知らない人ではありませんよ?」

 いやその理屈はおかしい。

 リュートがどのように指摘しようか悩んでいると、フランは「それに……」と付け足した。

「その時のロウさんは、今にも壊れそうな顔をしていたので……あたしが助けてあげなくちゃって思ったんです」

 不意に視線を向けられたロウが、驚いたように目を見開く。

「ふっ……ふはははは! 俺は利用しようとしていた少女にすら憐れまれていたか! これは傑作だ! ははははははは!」

 そうひとしきり笑った後、気怠そうにリュートへと向き直る。

「今日、お前から受けたどんな言葉よりも効いたよ。いい後輩を持ったな」

「ああ、そうですか」

 いい加減、ロウの自分を小馬鹿にしたような言動に慣れてきたリュートはそれを受け流しながら、ずっと気になっていたことを尋ねた。

「それで……あなたはこれからどうするんですか?」

「さあな。俺は執事だ。だがもう一生を捧げると誓った主はいない。今回の事を教訓に、せいぜい人様に迷惑をかけないよう生きていくさ……」

「なら、私に仕えてみない?」

 横からそう提案してきたのはジュジュだった。

「俺が、君に……?」

 驚いたように目を見開くロウの瞳に、ほんの少し輝きが灯る。

「ええ。私は高校を卒業したら世界中を旅するつもりなんだけど、ひとりではどうしても限界があってね。あなたのような荒事に慣れた旅の道連れがいると助かるのだけど」

「…………」

 逡巡し、視線を彷徨わせるロウに、ジュジュは意中の人を口説き落とすかのように説得を重ねる。

「私にはカミラさんほどのカリスマは無いかも知れないけど、私なら昔の女なんて思い出す余裕が無くなるくらいにこき使ってあげられるわよ?」

 それが決め手になったのだろう。

 ロウは意を決したように頷くと、どこからか取り出したワックスでボサボサになっていた髪を整え直し、ジュジュの足元に跪いた。どういう原理か、ボロ布同然だった燕尾服もいつの間にか新品同様になっている。

「なんなりと御命じください。新たなる我が主、ジュジュ様」

 その気になれば、国を旅するどころか、国を乗っ取れそうなコンビが爆誕してしまった。

「そうねえ……如月リュートをやっつけろ♪」

「承知致しました」

「おい、ちょっと待て!」

 生き生きとした表情でにじり寄るロウから逃げ回りながら、リュートは届かぬ拳をジュジュに振るう。

「いやぁー、これにて一件落着ですね!」

 そんな光景を眺めながら、フランがまとめに入った。

「何を見てそう思った!?」

「うーん! やっぱりヴァンガードって最高ですね!」

「だからどうしてそんな結論になるんだよ。フランは今日、ファイトもできずに寝てただけでしょ?」

 リュートが指摘する。

「……あれ、そうでしたっけ?」

 何かを思い出そうとするように、フランが腕組みをしながら首を傾げる。

「でも、でも……そう思えて仕方がないんです。とっても楽しかったのに。でも今はどこか寂しくて。絶対に忘れたくないことを忘れてしまったかのような……」

 フランの大きな瞳から、大粒の涙が白い頬を伝っていく。

 その涙の理由が分からず誰もが困惑する中、廃ビルから1羽の蝙蝠が音も無く飛び去っていった。




エピローグを明日の12時に投稿します。
あとがきはそちらで。
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