空が割れたかと思わせるような轟音と共に、曇天を斬り裂いていくつもの霹靂が荒野に落ちた。
これらのすべてが銃声であり、また銃弾であると、誰が信じるだろうか。
その証拠に、暗雲に届くかのような崖の頂点に立つ人影が、身の丈ほどの重砲を掲げるたび、雷鳴と共に一筋の電光が空に伸び、一拍を置いて地上へと炸裂するのだ。
驟雨の如く降り注ぐ稲妻もとい榴弾の渦中にいるのは、白いメッシュの入った黒い長髪を髪飾りでまとめた少女だった。仕立てのよい黒いベストと濃緑色のスカートは、彼女が
だが、これまでは様子見だったとばかりに弾幕が激しさを増し、捌ききれなくなった少女の右腕を雷光が焼く。しかし、一瞬で灰となった袖の下から現れたのは、白い柔肌ではなく、焦げ跡ひとつない、鈍色に輝く竜の鱗だった。
そう、髪飾りに見えたのは角であり、彼女はまごうことなき竜の一族。そして、アイドルグループ『Earnescorrect』のリーダーとして世を騒がすクラリッサその人だった。
クラリッサが大きな瞳を刃の如く細めて、剣の切っ先を崖上の男に向ける。それは降伏勧告だった。遠距離からの射撃では、魔法への耐性に優れた竜の鱗を貫くことはできない。男もそれを理解したのか、観念したように銃を下ろし――さっと左手を高々と挙げた。
それを合図として、いつの間にかクラリッサを取り囲んでいた、銃を手にした男達が一斉に彼女へと距離を詰めた。
崖上の男はよほどの切れ者だろう。自ら高所に陣取り、執拗に上空からの攻撃を仕掛けることで、クラリッサの意識を常に頭上へと向けさせ、遮蔽物の無い荒野に死角を生み出した。
竜人と言えど、至近距離から鱗の薄い箇所を撃たれれば、ただでは済まない。
クラリッサは地面に剣を突き立てると、その柄に両掌を重ねて置き、目を閉じた。彼女の全身から闘気が立ち昇り、それはゆっくりと竜の姿を形作る。
「――――!!!!」
次の瞬間、開眼と共に放たれた竜の如き咆哮が、取り囲む男達をまとめて吹き飛ばした。いや、歌い手としての彼女に敬意を表して、ここはシャウトとでも喩えるべきか。竜人族の武人として心身を磨き、はたまたアイドルとしてたゆまぬ発声練習を重ねてきた彼女だからこそ成し得た全方位攻撃である。彼方まで響くその声を聞きつけたのか、彼女の家臣にして『Earnescorrect』の仲間でもある4体の竜人達も、慌てた様子で空から舞い降りてきた。
「強く、気高く、美しく! 私達が目指すのは、最強のアイドル!」
スカートから伸びる尾が、己を鼓舞するかのように地面を叩く。
「あなた達が力を以てその道を阻むのであれば、わたし達はけして容赦はしない!」
突き立てた剣を引き抜き、焦げ跡で黒く染まった荒野を駆け抜け、クラリッサはそれを振りかぶると男の立つ崖へと叩きつける。キィンと硬いものがぶつかり合う音が響くと同時、まるで巨竜の剛爪に撫でられたかのように崖が崩落を始めた。
男が慌ててそこから離脱し、気配が遠ざかっていくのを感じる。吹き飛ばした他の男達も、いつの間にか姿を消していた。クラリッサに命を奪う意思は無かったとは言え、退き際すら見事なものだった。
「御怪我はございませんか、姫」
メンバーのひとりであるエブリンに、悲しげに首を振って答えると、クラリッサは静かに剣を鞘に納めた。
神無き時代を迎えた惑星クレイに、戦の火種は未だ尽きない。
「『Earnescorrect』のユニットが5種類いるので《目指せ! 最強のアイドル!》を発動。
《Earnescorrectリーダー クラリッサ》でダスティン、トラヴィス、そしてユージンの3体にアタック」
涼やかな夜風に白い長髪を遊ばせ、公園のベンチに優雅に腰かけた令嬢、
「インターセプト! ……は、できないのか。う、足りない……。ノーガード、です」
俯きがちに宣言するのは、平凡な少年、
「ああー! また負けた! カミラさん、フェルティローザじゃなくても強すぎますよ!」
リュートが器用に声を抑えて叫ぶ。毎日毎日、深夜に遊んでいるものだから、声を潜めたまま感情を表現するのが妙に上手くなってしまった。
「そんなことないよ。さっきはひとつプレイングミスをしてしまった。慣れないデッキを使うのは、楽しいけど恥ずかしいね」
「ええー? どこですか? ぜんぜん気付きませんでしたよ」
そんな会話を重ねる2人を優しく包み込むように、夜は静かにその深さを増していく。ファイトは1日に1回までのルールを破ることはないが、こうして他愛の無い話に興じる時間は日に日に長くなっているような気がした。
「それでもやっぱり、ファイトしたことのないデッキと戦うのはいい経験になりますね! もっと色々なデッキとファイトしてみたいです!」
が、リュートの何気ないその一言を境に、カミラの空気が変わった。執事のロウから淹れてもらった紅茶を飲む手を止めて、半眼になって尋ねてくる。
「……君はカードショップでもファイトするようになったんじゃないのかい?」
「え? そ、それはもちろんしてますけど」
「誰と?」
「え、えっと……メイちゃんとか、メイちゃんとか……メイちゃんとか」
同じ名前を並べることしかできないリュートに、カミラがわざとらしく嘆息する。
「そ、そうだ! たまに大会にも出場してますよ!」
「要するに、君がカードショップで対戦するようになってから1ヵ月。友達はメイちゃんしかできなかったわけだ」
「そ、それは! その……はい」
弁解しようとしたが、気の利いた言い訳が浮かばず、観念したように頷いた。ちなみにリュートが唯一の対戦相手として挙げた高槻メイは、毎日いろんな人と対戦している。というかその小学生にも「リュートも、もっといろんな人と対戦しなよ」と叱られたこともあった。
「やれやれ。カミラお姉さんは君のことが少し心配になってきたよ」
カミラが肩を竦めながら、お姉さんというよりは、口うるさい母親みたいなことを言い出した。
「僕はカミラさんのように、深夜に見ず知らずの男性に馴れ馴れしく話しかけられるほど積極的じゃないんですよ」
リュートも子どものようにそっぽを向く。
「私には時間が無いからね。恥を惜しんで出会いを逃すより、ひとりでも多く友人が欲しいのさ。引かれたり嫌われたりしたとしても、どうせ1年経てば『なかったこと』だ」
心臓のあたりに軽く手を触れながらカミラがあっけらかんと言う。
「それに、さすがの私も見ず知らずの男性に誰彼構わず声をかけたりはしないよ。これでも人を見る目には自信があってね。私が声をかけたのは、引っ込み思案なところもあるけれど、誠実で優しい男の子だよ」
「それが僕だって言うんですか?」
「うん。そして君は、優しさの下に勇気も強さも宿している。ファイトをすればわかるさ」
「ファイトを?」
「そう。『ファイトにはその人の人間性がすべて現れる』なんてことを言っていた偉い人がいるらしいけど、その通りだと思うよ。1度でもファイトすれば、その人のことはだいたいわかる」
カミラの絶対的自信に満ち溢れた、堂々としたファイト。
メイの不確定要素を徹底的に排した、神経質なファイト。
確かにその通りなのかも知れないが、それならば自分は何なのだろう。自分で自分の姿を見ることができないように、自分のファイトを客観視することは難しい。
「さて。ショップの件は時間が解決してくれると信じて――私が死ぬまでに友達100人はできていてほしいが――視点を変えてみようか。何もファイトはショップだけでできるものじゃない」
リュートが物思いに耽っている間に、カミラはどんどん話を進めていく。あと、さらりととんでもない宿題を出された。
「リュート君。君は学校に友達はいるのかい?」
「そ、それはっ! も、もちろん! 当然っ、いますよっ!」
「……ごめんね」
「いるって言いましたよね!?」
「君は何か部活には入っているのかい?」
「いえ。少し前までプロゲーマーを目指していたので、ずっと帰宅部でした。eスポーツの部活はありませんでしたし」
「まだまだ認知度が低いんだろうね。
では、カードファイト部はあるのかな?」
「……カードファイト部?」
リュートがオウム返しに尋ねた。なんだその魅力的な響きは。
「書いて字の如く、カードファイトをするための部活さ。カードゲーム部とか、ヴァンガード部とか、名前は学校によって違うかも知れないけどね」
「……無いと思います。あれば今の僕ならさすがに気付くと思いますし、うちの高校は運動部が強くて、文化系の部活は少ないので」
「そうか。それでは少し難しいかも知れないが、学校でヴァンガードをやっている人を捜してみてはどうかな? カードショップ以外でもファイトの話ができるし、友達にもなりやすいだろう?」
「そ、そうですね!」
「私から出せるヒントはこのくらいだ。さて、また面白い武勇伝を期待しているよ」
カミラはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、形のよい唇を、宙に浮かぶ三日月の形そっくりに曲げて微笑んだ。
「カ、カードファイト部の部員を募集し、していまふっ! に、入部してみませんかっ!?」
1週間後、自身の通う
声に加えて手足も震え、全身からは汗をだくだくと流しているが、彼にしては非常に思い切った行動である。
事の経緯はこうだ。
まずは当然、カードファイト部の有無を担任の教師に確認したが、やはりゴス校にカードファイト部は存在しなかった。
しかし、教師からは部員を3名集めれば部員として認められること。その時には自分が顧問を引き受けてもよいこと。それまではカードファイト同好会として活動してもよいことを告げられる。
もちろんそれだけでは、リュートも行動しようとは思わなかっただろう。むしろ同好会の地位を甘んじて受け入れていたに違いない。
ただ、昨晩カミラに言われた言葉がずっと心に引っかかり、それではダメだと警鐘を鳴らしていた。
――君は優しさの下に勇気も強さも宿している
そんなことを言われたら、頑張るしかないじゃないか。人たらしめ。
あの人の期待だけは裏切りたくない。
その一心で、リュートは休日にポスターを作製(絵心はないのでフリー素材を使った。便利)し、それをこうして校門前で小さな声を必死に張り上げながら配っているのだった。
しかしながら、芳しい結果は得られなかった。
今はもう夏休み前であり、大抵の生徒は他の部活動に所属してしまった後である。ようやく慣れてきた今の環境から、わざわざカードファイト部に鞍替えしようなどという者はそうそういない。というか、そこまでの熱意があるのなら、リュートに先んじてカードファイト同好会を打ち立てていただろう。
(やっぱりダメだったか……)
下校時間が過ぎ、校門を通る生徒もほとんどいなくなったので、リュートは勧誘を切り上げ、ダメ元で掲示板にポスターを貼らせてもらって今日は帰ることにした。腕の中で大量に余ったポスターから1枚抜き出し、画鋲を使って掲示板に貼りつける。窓から差し込む夕日に照らされた大きな掲示板には、リュートのポスター以外には学級新聞と、怪しげな勧誘のポスターが数枚しか貼られておらず、空白の方が多い有様だった。ほんの数か月前は、部員募集の貼り紙で賑わっていた記憶があるのだが。
(明日もまた頑張ろう)
決意を新たに拳を握りしめるが、それと同時に思うこともあった。
(けれど、いつまで頑張ればいいんだろう……)
部員が見つかるまでか。見つからなければ、こんな毎日がずっと続くのか。夏休みまでとか、期限は決めた方がいいかも知れない。
(ダメだ。弱気になってるな……)
慣れないことをしたためか、妙に肩が重く感じる。
右肩をぐるぐる回してほぐしながら、綺麗な夕空でも見て気分を落ち着かせようと、掲示板に踵を返して振り返る。
そこに人がいた。
「うわあ!?」
いつから背後にいたのだろうか、まったく気配を感じていなかったリュートは悲鳴をあげて後ずさったが、すぐ掲示板と背中がぶつかった。
それはリュートと同じぐらいの背丈をした女子生徒だった。
腰まで届く癖のある黒髪が、屋内にも関わらずゆらゆらと揺れ、そのせいで顔に陰鬱な影が差しているため表情こそ読み取りにくいが、顔立ちは非常に整っているように見える。しかし、目の下にできた大きなクマが、それをいささか台無しにしており、唇も病的に青白い。
総じて、幽霊のように儚く不気味な雰囲気を漂わせる少女だった。
「き、君は……?」
リュートが恐る恐る声をかけると、少女はポケットからぼろぼろに破れかけた1枚の紙を取り出した。それは道端に捨てられていたのか、足跡だらけでひどい有様だったが、間違いなくリュートが配っていたカードファイト部員募集のポスターであった。
「これを見て来たのだけれど……」
少女がボソボソと声をあげる。
「……もしかして、入部希望者!?」
少女に抱いていた不信感を一瞬で忘却し、リュートが少女に詰め寄った。
「当たらずも遠からずと言ったところね。……ひひっ」
少女はそれに引くでもなく、煙に巻くような言い方をして、不気味に笑う。
「……どういう意味?」
「まずは自己紹介から。私は
「あ、僕は……」
「如月リュート君、でしょう? 知ってるわ」
ジュジュと名乗った少女が、細い指でポスターの隅にあるリュートの名前を指し示した。
「それに話は最後まで聞いてちょうだい。私の自己紹介はまだ終わりではないわ」
「え?」
「私は雨宮ジュジュ。ゴス校の2年生。オカルト研究同好会を設立し、その部員を探している」
ジュジュの指が、今度はリュートの背後を指し示す。そこには「オカルト研究部、部員募集」という黒地に血文字のようなフォントで書かれたスプラッタなポスターが貼られていた。
「あなたと同じ立場ね。……ひひっ」
クセなのだろうか、ジュジュが再び引きつった笑みを浮かべる。
「そ、それでオカルト研究部の雨宮さんが、いったい何のご用でしょうか?」
不気味な少女とポスターに挟まれ、リュートが思わず敬語になって尋ねた。
「放課後、カードファイト部募集のポスターを配っていたあなたのことは、ずっと観察させてもらっていたわ。今のままだと部員は集まりそうにない。そうでしょう?」
「う、うん……」
「私のところも似たような状況なの」
「まあ、このポスターじゃ無理もないよね……」
「あなたと同じような、何の面白味も無いポスターよりはマシだわ」
「地味で悪かったね」
「とにかく、今のままじゃ共倒れよ。そこで提案なのだけれど……勝負をして、負けた方が勝った方の部活に所属する、というのはどう?」
「な、なるほど……。それなら、負けた方は消滅しちゃうけど、勝った方は大きく部活動の承認に近づくね。……けど、勝負って?」
「これでは不服かしら?」
ジュジュが学校指定の鞄から取り出したのは、飾り気のない小さな黒い箱だった。
「それは……デッキケース? もしかして、ヴァンガード!? 君もヴァンガードファイターなの!?」
「たしなむ程度だけれどね」
そう言って、ジュジュはまた「ひひっ」と笑った。
「さあ、どうする? この勝負、受けてくれるかしら?」
「も、もしも僕が負けたら?」
「もちろんオカルト研究同好会改めオカルト研究部に所属してもらうわ。隣の県にあるゲス湖まで未確認生物ゲッシーを探しに行ったり、ビルの屋上に魔法陣を書いて悪魔を呼び出したりしてもらうわよ」
(く、くだらない……)
「夏休みには、通り抜けた者は1年以内に変死を遂げるという心霊スポット、魔の444番トンネルにも行こうかしら?」
「嫌すぎる!!」
「嫌ならいいのよ? でも、せっかくあなたの土俵で勝負してあげると言ってあげたのにねえ。……ひひっ」
などと挑発するように笑う。
「私は『超難問! オカルトカルトクイズ100』の早押し対決でもよかったのよ?」
「語呂が悪い!」
「で、どうするの? もう下校時間は過ぎているし、早く決めて欲しいのだけれど」
リュートは悩んだ。
「あなたの土俵」と言ってくれてはいるが、リュートのヴァンガード歴は、まだ初心者に毛が生えた程度だ。一方のジュジュは、わざわざそんな申し出をしてくるということは、腕に自信があるのだろう。実のところリュートが不利なのだ。オカルトカルトクイズとやらよりはマシにしても。
しかも負けた時のリスクが大きい。リュートはオカルトに興味は無いし、怖い話は大の苦手でもある。下手すれば1年後に変死を遂げる可能性すらあった。
だが、ここで部員がひとり確保できるのは大きい。彼女が腕利きのファイターならばなおさらだ。
「……わかった。その勝負、受けるよ。僕はやっぱりヴァンガードで逃げたくはない」
「そんな結論に至るのなら、もっと早く決めて欲しかったところねえ。……ひひっ」
手厳しいことを言われたが、返す言葉もない。
「ついてきて。オカルト研究同好会の部室で決着をつけましょう」
同年代の女子にしては長めのスカートを魔女のローブのように翻し、ジュジュは妖しげな手つきでリュートを誘うのであった。
オカルト研究同好会の部室とやらは、グラウンドの隅にひっそりと建てられていた。その隣には野球部とサッカー部の体育倉庫があり、部室(同好会室?)と言えば聞こえはいいが、要するにそこは倉庫の空きを部室として使わせてもらっているだけのようだった。
「……うわっ」
だが、ひとたび扉を開ければそこは倉庫と別世界で、リュートは思わず悲鳴をあげた。
床には血のように赤いカーペットが敷かれ、壁際には古ぼけた本の詰まった本棚と、怪しげな薬瓶の並べられた薬棚が1台ずつ。部屋の真ん中には黒い布のかけられた丸テーブルがあり、その上には水晶玉やタロットカード、果ては何に使うのか頭蓋骨までもが置かれており、隅には六芒星を描くようにして大きな蝋燭が配置されている。最奥にある祭壇には名状しがたき石像が祀られており、そこに捧げられた誰のものか分からない心臓は、今も生きているかのようにどくどくと脈打っていた。
それらが開け放たれた扉から差し込む落ちかけた陽に照らされる様は、どこか幻想的かつ退廃的で、取り繕いようもなく不気味であった、
ジュジュはずかずかと邪教徒の隠れ家にしか見えない部屋に踏み込むと、慣れた手つきでマッチを擦り、蝋燭に火をつけていく。
「もう扉を閉めてもらって構わないわよ?」
ジュジュがぐりんとブリッジするような海老反りの体勢でリュートを振り向きながら言う。驚異的な柔軟性だが、普通に振り向けないのか、この娘は。
「う、うん……」
色々と躊躇しながら、リュートは恐る恐る部室と呼ぶのもおこがましい何かに足を踏み入れる。血の色をしたカーペットは足が埋もれるほど柔らかく、一瞬、この部屋に食われたかのようなイメージが頭をよぎった。
「だぁいじょうぶよぉ。取って食ったりだなんてしないから。……ひひっ」
リュートが扉を閉めると、光源は蝋燭だけになるが、意外にも明るく、狭い部室を見渡すには十分なほどだ。
倉庫の独特な臭いを隠すためか香が焚かれていることにも気付いたが、アロマのような上品な香りからは程遠く、妙に甘ったるくて蠱惑的な香りは、長く嗅いでいると洗脳されそうな気分だった。
「いい部屋でしょう?」
何をもってそれほど自信満々でいられるのかは不明だが、ジュジュがそんなことを問うてきた。
「うん。とっても個性的だね」
「褒め言葉として受け取っておくわ。ここまで内装を整えるのに、とても苦労したのよ」
「でしょうね」
「あなたもこの部屋に慣れてもらわないと困るのよ。勝っても負けても、この部室があなたの本拠地になるのだから」
曰く、オカルト研究同好会、カードファイト同好会、どちらに統合されるにしても、部屋はここ以外に余っていないらしい。
リュートは、自分が勝ったらこの部屋の内装を撤去させようと心に誓った。
「あらぁ? もう勝ったつもりでいるの?」
「……やるからには勝つよ」
「ふぅん。大人しいかと思えば、意外と自信家ねぇ。競技経験でもあるのかしら?」
「…………」
「まあいいわ。それじゃあ、始めましょうか」
思わず口をつぐんだリュートを尻目に、ジュジュは丸テーブルを顎でしゃくる。テーブルの上に置いてあった水晶玉やら頭蓋骨やらは、適当に片付けた。
「蝋燭は手札が見えやすくなるように動かして構わないわよ。倒さないようにだけ気を付けて」
「電気は?」
テーブルの前に置かれた、軋む木製の丸椅子に腰かけながら、天井を指してリュートが尋ねる。そこには申し訳程度の裸電球が吊るされてあった。
「今は電気を止められているのよ。部活動として認められたら使えるようになるわ」
背もたれひじ掛け付きのアンティークな椅子に背を預けながら(ずるい)ジュジュが答えた。
「てっきり趣味かと思ったよ」
「それもあるわ」
「あるんだ」
ジュジュの言葉に従い、慎重に燭台を動かしてからデッキをテーブルの上に置き、カードを引く。
さすがに慣れているのか、ジュジュはあっという間に引き直しまで終えていた。
「……お待たせ」
引き直しまで終えたリュートが声をかける。
「ええ。それじゃあ、始めましょう。幻想の呪符による混沌と深淵の儀式を……!!」
「……うん?」
そんなものを始めるつもりはなかったが。
「スタンドアップ」
「え? ヴァ、ヴァンガード!」
「《夢齧り》」
「さ、《砂塵の双銃 バート》!」
その後はつつがなく、いつも通りのカードファイトが始まった。
「手札から《逆流する冥府》を捨てて、《怨念鎖》にライド。《怨念鎖》のスキルで2枚引いて、手札から《死招きの黒呪術》を捨てる。ターンエンド」
(雨宮さんのデッキは、ゾルガ……!)
手札とドロップ、2か所のオーダーを合わせてプレイする『魔合成』を駆使し、アドバンテージ獲得能力にも長けた、強力なデッキだ。
(けど、ゾルガとはショップ大会で何度かファイトしたことがある)
メイとも仲のいい、カードショップ『ニアミント』の常連が愛用しているのだ。なお、リュートは対戦時のやり取り以外でまともに会話したことはない。
ともかく、懸念のひとつであった経験不足は多少なりとも払拭された。
「スタンド&ドロー! ライド! 《砂塵の銃撃 ナイジェル》!」
ナイジェルでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
ジュジュが即答する。
ドライブチェック、ダメージチェック、共にトリガーはめくれなかった。
「私のターン。スタンド&ドロー。手札から《逆流する冥府》を捨てて《黒涙の骸竜》にライド。骸竜のスキルでドロップゾーンの《逆流する冥府》を手札に。骸竜でヴァンガードにアタック」
「ノーガード!」
「ドライブチェック。ノートリガー」
これまで陰気なようで饒舌だったジュジュだが、ファイトが始まってからは無表情に淡々と処理を宣言するだけになっている。
「ダメージチェック……僕もトリガーじゃないよ」
「ターンエンド」
「僕のターン! スタンド&ドロー! ライド! 《砂塵の凶弾 ランドール》!
ナイジェルのスキルでソウルチャージ!
ランドールでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
リュートのアタックを防ごうと考えるそぶりも見せない。それがまた不気味だった。
(言葉通り、ヴァンガードをたしなんでいるだけの初心者なのか? それとも……)
粘つく悪寒を振り払うようにして、リュートがドライブチェックでカードをめくる。
「……
ジュジュのダメージゾーンに2枚目、3枚目のカードが続けて置かれる。いずれもトリガーは無し。
「僕はこれでターンエンド。雨宮さんのターンだよ……」
「スタンド&ドロー……」
――ひひっ
不意にジュジュが口の端を大きく吊り上げて笑った。
「ひひっ、ひっ、ひひひっ、いひひひひひひっ!」
「あ、雨宮さん?」
いよいよ悪寒が現実のものになる。それは、知らぬうちに自分は禁忌を犯してしまったのだと自覚させられる哄笑だった。
「ありがとう、こんなにも
手札から《棺桶撃ち》を捨て、ライド!
我が霊魂を宿し、蘇れ! 《鉄錨の憤竜》!!」
霊体となったジュジュが入水自殺でもするかのように濁った海に落ちると、そこから海面が渦を巻き、腐敗した屍竜がゆっくりと姿を現した。
巨大な錨を手斧のように軽々と携え、その口元からは吐息の代わりに紫毒の瘴気を放つ。
高位の死霊術師たるゾルガが、強大な海竜の骸から生み出した最高傑作。
それが今、生ある者すべてを羨む
「鉄錨の、憤竜……? ゾルガじゃ、ない……?」
憎悪を撒き散らす屍竜のイメージを前にして、リュートは思わず手札を取り落としそうになった。
「ドロップから《逆流する冥府》をバインドして、ドロップの《棺桶撃ち》をスペリオルコール。
さらに、手札から《鬼首狩り》をコール」
リュートが呆然としている間にも、ジュジュはゲームを進めていく。
「そして《鉄錨の憤竜》のスキル発動!
ドロップの《死招きの黒呪術》をバインドし、手札にあるもう1枚の黒呪術と魔合成!!」
「魔合成……? ま、待って! 同名カードで魔合成はできないはずじゃ!?」
「あらぁ、勉強不足ねぇ。《鉄錨の憤竜》はゾルガと違って、同名のオーダーでのみ魔合成ができるのよ? 名付けて、
そう。その屍竜は、大いなる魔力を宿した竜の特性からか、主であるゾルガにすら不可能な禁呪法を行使するに至った。
ネーミングセンスはともかく。
「そ、そんな……」
「残りの処理を、黙ってそこで見ていなさい。
バインドゾーンのオーダーが2枚あるので、2枚分の黒呪術の効果でコストは4減り、《鬼首狩り》の効果でさらにマイナス1! これで必要なカウンターコストは3!
ダメージゾーンのカードを全て裏返し、黒呪術2枚分の効果で4枚ドロー!!!!」
「よ、4枚いぃ!?!?」
「ひひっ……。いいリアクションをありがとう。
《影纏い》をコールして、デッキから《逆流する冥府》をドロップゾーンに。《悲恋の妖精》もコールして、バトル。
《悲恋の妖精》のブースト、《鉄錨の憤竜》でヴァンガードにアタック!」
「ノ、ノーガード……」
頭が真っ白になったままリュートが宣言すると、ジュジュは首をねじ切れそうなほどに傾げた。
「あら、いいの?」
「……え?」
「ツインドライブ!!
1枚目、ノートリガー。
2枚目、★トリガー。★は憤竜に。パワーは《棺桶撃ち》に」
「ダメージチェック……」
2枚目、3枚目とリュートのダメージゾーンにカードが置かれていく。
「じゃあ、ブーストしたアタックがヒットしたので《悲恋の妖精》のスキル発動」
「……あ! しまった!」
ここでようやくリュートは自分のミスに気が付いた。
「このカードをバインドして、バインドゾーンから《死招きの黒呪術》を手札に加えるわ」
(これで手札とドロップゾーンに黒呪術が1枚ずつ……。次のターンにも4枚ドローされてしまう。《悲恋の妖精》のスキルは知っていたのに……)
想定外の動きにペースを乱されてしまった。リュートは歯噛みして悔しがるが、それで時間を巻き戻せるでもない。
「《棺桶撃ち》でヴァンガードにアタック!」
「せめて残りのアタックは通さない! 《コンダクトスパーク・ドラゴン》でガード!」
「《鬼首狩り》のブースト、《影纏い》でヴァンガードにアタック!」
「《砂塵の双弾》と《フレアヴェイル・ドラゴン》でガード!」
「私はこれでターンエンド。あなたのターンよ」
「……スタンド&ドロー。
ライド! 《砂塵の重砲 ユージン》!!」
逆巻く波の上で激しく揺れる帆船の甲板に、左眼を眼帯で覆った無頼漢が降り立つと同時、その男は大袈裟に舌打ちをした。
砂漠を根城とする彼らにとって、海上での戦いは専門外なのである。
だが一度引き受けた依頼とあらば、引き下がるわけにはいかない。
「まずはその穢れた雨を晴らす! 手札からオーダー発動! 《サンライト・パニッシュメント》!!」
「!?」
「ダメージゾーンのカードをすべて裏にし、雨宮さんのリアガードすべてを退却させる!」
暗雲をふたつに裂いて、輝く炎をその身に宿した真紅の竜が降臨した。
それは全身から閃光を放ち、船にまとわりつく悪霊を焼き払うと、ゆっくりと天に昇っていく。
いつしか雨は止み、紅竜が消えた空には真っ白い太陽が燦然と輝き、煌めく海面を美しく照らし出していた。
「オーダーにはオーダーというわけ。負けず嫌いねぇ」
「別に。手札に《サンライト・パニッシュメント》があったのは偶然だよ。
僕の狙いはこっちだ! ユージンのスキル発動!!」
ユージンが晴れ間に重砲を掲げ、高々と信号弾を打ち上げた。青い空に色とりどりの閃光が花開く。
「SB5することにより、山札の上から5枚見て、そのすべてをスペリオルコール!!」
「……なるほど。手札1枚の消費で5面展開。黒呪術の大量ドローに対抗しようと言うわけね。やっぱりあなた、負けず嫌いだわ」
「なら、そうなのかもね! 《ツインバックラー・ドラゴン》と《フレアヴェイル・ドラゴン》をレストすることで、ユージンのパワー+10000!
バトルだ!!
《砂塵の双撃 オーランド》のブースト! 《突貫竜 トライバッシュ》でヴァンガードにアタック!」
「ノーガード。ダメージチェック。ノートリガー」
これでジュジュのダメージは4点。
「いつまでもノーガードで逃げられると思うなよ! ユージンでヴァンガードにアタック時、オーランドとトライバッシュのスキル発動!」
慣れた所作でリュートの腕が動き、まさしく銃に弾を込めるかの如く2枚のカードをユージンの下に重ねていく。
「この2体をソウルイン! パワー+5000、★+1!」
「《プラナプリベント・ドラゴン》で完全ガード」
「ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し!
2枚目、★トリガー! 効果はすべて《砂塵の榴砲 ダスティン》に!
ダスティンでヴァンガードにアタック! SB1することでパワー+10000!」
「《挽歌の妖精》と《怨讐の銛兵》でガード」
「……僕はこれでターンエンド」
ここまででダメージは3対4。ほぼ互角と言ってもよいが、ヴァンガードは次のターンから大きく試合が動く。
「私のターンね。スタンド&ドロー。
《鉄錨の憤竜》にペルソナライド!」
オオオオオオオオッ――!!
屍竜の慟哭が天を貫き、巻き起こる風と共に生まれた暗雲が再び光を閉ざした。
その憤怒に呼応して空が鳴き、その嘆きに同調して世界が涙を流す。
嵐を生み、それを纏う屍竜の姿は、偉大なる海軍の水将を思い起こさせた。
「《鬼首狩り》をコール」
「!!」
思わずリュートが身を強張らせる。
「これでこのターン、魔合成のカウンターコストは1減る。もちろんあなたの大好きな《死招きの黒呪術》を魔合成して4枚ドローもできるのだけれど……」
少女が「ひひっ」と引きつった笑みを浮かべる。彼女がファイト中にこんな笑い方をする時はろくなことがないことは、もう身をもって知っている。
「私も負けず嫌いでねぇ。ここはこのオーダーを使わせてもらうわ!
手札の《逆流する冥府》と、ドロップの《逆流する冥府》を二重魔合成!!」
名も無き水将が、手にした錨を海面に突き立てる。
海を割り、深淵まで届くその一撃が、冥府の亡者達を追い立てるように呼び起こさせた。
「ダスティンを退却! ドロップゾーンから《黒涙の骸竜》と《怨讐の銛兵》をスペリオルコール!!
さらにツインバックラーを退却! 今度はドロップゾーンから《怨念鎖》と《鬼首狩り》をスペリオルコール!」
海面から伸びる無数の白い腕が砂塵の銃士達を次々と冷たい水底へと引き摺り込み、亡者達が入れ替わるようにして蘇る。
(除去しながら展開だって!? それじゃ、まるで――)
「ユージンみたいじゃないか? やり返させてもらったわ。……ひひっ」
「……それだけじゃないよね。雨宮さんは、デッキ切れを警戒したんだ」
ヴァンガードのルールでは、山札が0枚になったファイターは敗北する。
ここでさらに4枚ドローしては、それに大きく近づくことになるが、ドロップゾーンからユニットをコールする分には山札を消費しない。
こうなると、デッキからのスペリオルコールや、ソウルチャージを多用するユージンの方が早くデッキが尽きてしまう。
「あらぁ、読まれちゃった?
けど、それが分かったところで、どうしようもできないでしょう? あなたはもう進むことも退くこともできない。
《怨念鎖》のブースト、《鉄錨の憤竜》でヴァンガードにアタック!」
リュートはダメージゾーンを確認する。まだ3点。
「……ノーガード!!」
「ツインドライブ!!
1枚目、★トリガー! ★は憤竜、パワーは骸竜に!
2枚目、
屍竜の錨が振り下ろされる。それは帆船の舳先を完膚無きまでに粉砕した。
「うわああっ!!」
急速に沈みゆく船のイメージを受けて、リュートは思わず悲鳴をあげた。
ダメージも3対4から、5対3に一瞬で逆転されている。
「ダメージトリガーは引けなかったようね。なら、これで終わりかしら?
《鬼首狩り》のブースト、《黒涙の骸竜》でヴァンガードにアタック」
「ゾンネ、コンダクトスパーク、オーランド、ゲイツフォートでガード!」
「《鬼首狩り》のブースト、《怨讐の銛兵》でヴァンガードにアタック」
「パラソラース、コンダクトスパーク、フレアヴェイルでガードッ!!」
凌ぎ切った。手札はすべて失ったが。
「ターンエンドよ」
仕留め切れなかったことをさして気にした様子もなく、ジュジュが宣言する。
それもそのはず、彼女の手札は7枚あり、ダメージは3。盤石の体勢だ。
「スタンド&ドロー……」
対するリュートは、すっかり意気消沈した様子でカードを引く。彼の気落ちがデッキに伝わったのか、引いたカードも治トリガーだった。
「ああ、楽しみねぇ。悪魔の召喚に、魔の444番トンネル。
大丈夫。如月君も、すぐにオカルトの虜になるわ」
ジュジュも既に勝ったつもりでいるのか、そんなことを言ってくる。
その言葉に、リュートは小さな引っかかりを感じた。
「……雨宮さん。ひとつ質問があるんだけど、いいかな?」
「何かしら?」
「その魔の444番トンネルとか言うのは、夜中に行くのかな?」
「当たり前でしょう。未知の存在というのは、得てして夜闇に紛れて現れるものよ。基本的にオカルト研究部の活動は夜がメインになると思ってちょうだい」
「……そう。なら、悪いけど、やっぱり僕は負けられないよ」
「?」
「夜は僕とあの人の時間だ! 誰にも渡すものか!!」
今までにない気迫で叫ぶリュートを、ジュジュは嘲笑う。
「よくわからないけれど、あなたにもう打つ手はないでしょう?」
「打つ手はない! けど、希望ならある!
パラソラースをコールして、フレアヴェイルと共にレスト! 銛兵を退却させ、パワー+10000!
ユージンでヴァンガードにアタック!!」
「《深淵誘い》と《挽歌の妖精》でガード。骸竜でインターセプト。そのアタックは通らないわ」
「それはどうかな?」
リュートは不敵に笑う。その姿が、ほんの一瞬だけ
「ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し!
2枚目、……
リュートが引き当てたカードを高々と掲げると、蝋燭の炎がそれに応じて激しく揺れた。
「パワー1億はユージンに!! カード貫通!!
そして、ドラグヴェーダの追加効果も発動! ユージンをスタンドさせる!!」
「……ダメージチェック」
ジュジュがダメージゾーンに4枚目のカードを置く。
(雨宮さんに焦りは見えない。それもそうだ。僕がこのターンで勝つには、ここからさらに★トリガーを引かなくてはならない。それどころか、雨宮さんが完全ガードを握っていたら、その時点でアウトだ。
けど、行くしかない……!!)
決意と共に再びカードを傾ける。
「ユージンでヴァンガードにアタック!!」
「……ノーガードよ。……ひひっ」
(完全ガードは無い!! ならば、ユージンよ。僕のデッキよ。この想いに応えて……!!)
リュートが祈りを込めて山札に手をかける。
「1枚目……」
カードをめくる。トリガーは無い。
「2枚目……」
「面白いわねぇ」
2枚目のカードをめくる前に、ジュジュが口を挟んできた。
「この1枚で、私達の青春どちらかが捻じ曲がるのよ?」
「……それを楽しむ余裕なんて、僕にはないよ」
苦笑しながら、リュートが2枚目のカードをめくる。
「……★トリガー!! 効果はすべてユージンに!!」
錨が再び叩きつけられ、帆船は木っ端微塵に砕け散った。
ユージンはそれに巻き込まれるより一瞬早く跳躍し、一時的に中空へと難を逃れる。だが、屍竜はユージンが海面に叩きつけられる間すら惜しいらしい。すぐさまそれを握り潰さんと腕を伸ばしてきた。
ユージンは重力に身を任せながら銃を天へと向け、尋常ではない力が愛銃に降りて来たことを感じると、その銃口をゆっくりと屍竜へ向けた。
――瞬間、銃声が竜の咆哮となって雷鳴すらかき消し、屍竜の左半身を吹き飛ばした。
これこそユージンの切り札。竜神王の加護を銃に宿し、弾丸として放つ文字通りの必殺技。
だが、屍竜はなおもその長い首を伸ばしてユージンに喰らいつかんとする。本来なら、その一射で頭ごと上半身を吹き飛ばしていたはずだった。意思無き屍竜に回避という概念は無く、ユージンが狙いをはずすこともありえない。しかし、ユージンが引き金を絞る瞬間、嵐が急激に強くなり、手元を僅かに狂わされたのだ。
どれだけ堕ちてもなお、風はかつての水将の味方だった。
瘴気で穢れた牙が眼前に迫る。ユージンは抵抗するでもなく、だらんと銃を垂らしている。切り札の代償は大きく、その反動で銃身と肩を破壊してしまうのだ。
牙に噛み砕かれるのが先か、瘴気に溶かされるのが先か。そんな詮無きことを考えながら、ユージンは観念して目を閉じ……。
「ユージン、これを!」
海面からよく通る声が聞こえ、ユージンは瞑目しかけていた瞳をかっと見開いた。
船の破片に捕まって一命を取り留めていたダスティンが、己の愛銃を投げ上げる。
ユージンは左手でそれを受け取ると、屍竜の眉間に狙いを定めた。この距離で、なおかつ向こうから近づいてきてくれるのならば、どれだけ手元が狂わされようとはずしようがない。
「もう眠る時間だぜ。哀れな英雄さんよ」
竜神王が再び吠え、屍竜の上半身が完全に吹き飛ばされた。自らの錨に引き摺り込まれるように、残りが無数の泡を浮かべて海底へと没していく。
ユージンは静かに目を閉じた。今度は自らの勝利を確信して――。
――それからどれだけの時間が経ったのだろうか。
気が付けば、ユージンは大きな船の破片の上に横たえられ、海面を漂っていた。その傍らでは、ダスティンも木片にしがみついたままぷかぷかと浮かんでいる。トレードマークである覆面とターバンは嵐にさらわれたのか、端正な顔立ちが露わになっていた。
その嵐も今は止み、海はこれまでの荒れようが嘘であったかのように静かだった。太陽も天頂に昇っており、暖かい。このまま漂流していても、もうしばらくは生きていられそうだ。
「助かったぜ、ダスティン」
とは言え、それも泳げたらの話だ。両肩が動かない今のユージンは、今の体勢で浮かべてもらっていなければ、真っ先に溺れ死んでいただろう
「とんでもない。あなたがあの怪物を仕留めてくれなければ、我々は全滅していました」
その言いようだと、ここから姿は見えないが、他の仲間も無事のようだ。つくづく悪運の強い連中だとユージンは心中で悪態をついた。
「もう少しの辛抱ですよ。嵐が止んだなら、救助がすぐに駆けつけてくれるはずです」
「ああ。早く地に足をつけてえ……。
あのクソッタレな砂漠が恋しくなる日が来るとは思わなかったぜ」
緩やかな風が、海底に沈む命を慰めるように凪いでいく。
その祈りがけっして届くことはないと知りながら。
見渡す限りの海はどこまでも広く、残酷なまでに深い輝きを湛えていた。
「勝てた……」
嵐と怒涛が織りなすイメージの渦中にいたリュートは、現実に戻るや否やほっと大きなため息をついた。
ずっと身を強張らせていたためか、妙に肩が凝っていた。
「4枚目のダメージに完全ガード。《死招きの黒呪術》を魔合成していたら引けていたのね。……私としたことが、如月君の熱に乗せられちゃったかしら」
一方のジュジュは盤面のカードを見ながら、先の対戦を振り返っていた。
「まったく。都合よく現れた初心者を狩ってオカルト研究会の部員を増やす計画が台無しだわ」
「僕が初心者だって、知っていたんだ?」
「ええ。1年以上前からヴァンガードが好きな人なら、そもそもカードファイト部がある高校を目指すでしょう? そういう高校に行けなかったとしても1年生から部活を作ろうとするはず。
2年生のこの時期に今さら部活を作ろうとする人なんて、最近ヴァンガードを始めて、対戦相手に飢えた初心者に違いないわよ」
「それもそうか……」
言われてみれば単純な話だが、それをすぐさま閃き、行動に移したのはすごいと思う。少なくとも自分には無い行動力で、言動こそ奇抜だが、彼女は尊敬に値する人物だ。
「はっきり言って、さっきのファイト……内容は僕の完敗だったよ」
だからリュートも素直にそれを認めることができた。
「これからヴァンガードのことを色々と教えて欲しい。僕のカードファイト部には、君の力が必要なんだ」
リュートがおずおずと右手を差し出す。
「……ひひっ。まあ、頼られるのは悪くないわね。
ええ。これも私の運命。約束は守るわ。よろしくね、如月君」
ジュジュの細い5本の指が、リュートの手のひらに絡みついた。
「うん、よろしく」
冷たいジュジュの手のひらをぎゅっと優しく握り返す。
そこでリュートはふと気づいた。
ジュジュが寂しげな様子で、部室を見渡しているのを。
どれだけ人に理解されなかったとしても。どれだけ不気味に思われていたとしても。このオカルト研究会は彼女にとっての聖域だったのだ。
自業自得とは言え、悔しくないわけでも、悲しくないわけでもない。
「……その。ゲス湖のゲッシーだっけ? そのくらいなら、今度付き合ってもいいよ。恐竜(?)なら嫌いじゃないし、これなら夜中じゃなくて早朝とかでも行けるでしょ?」
リュートの提案に、ほんの一瞬だけ目を丸くしたジュジュは。
「優しいんだ、如月君」
こんな時だけ、髪をかき上げながら普通に目を細めて微笑んだ。
「か、からかわないでよ」
急に気恥ずかしくなり、リュートはジュジュから手を放し、真っ赤になった顔を背けた。
「と、とにかく! これで部員は2人になったぞ! 雨宮さんみたいな人がいたんだ! 隠れファイターがあと1人くらい学校にいてもおかしくない! 明日から一緒に3人目の部員を探そう! ね、雨宮さん……?」
誤魔化すようにまくしたてるリュートだったが、ジュジュはきょとんとした表情でリュートを見ていた。正確には彼の肩越しに、その後ろにあるものをじっと。
「ど、どうしたの……?」
「あなたがポスターを配っていた時から、ずっとあなたの右肩あたりについて来ていた彼女、お友達じゃなかったの? てっきりふたりで部員を募集しているものとばかり思っていたのだけれど」
彼女? ふたり?
まったく心当たりのない情報に気が動転する。自分はずっとひとりきりだったはずだ。
やめろ! 振り向くな! と本能が否定するのに逆らい、リュートはジュジュの言う右肩越しにゆっくりと後ろを振り返った。
そこには顔面が血に塗れた髪の長い半透明の少女が立って……もとい浮かんでいた。虚ろな瞳がぎょろりと不意に動き、それと目が合った瞬間、リュートは自らの意識を手放すことに決めた。
彼が保健室で目覚めた時には、ゴス校カードファイト部は正式に認可されており、部員届の3人目には見知らぬ女性の名が血文字で書かれていたという。
「あっはっはっ! そんなことがあったのかい?」
その夜、リュートが遭遇した恐怖体験を語ると、カミラは楽しそうに笑った。
「わ、笑いごとじゃないですよ! カミラさんは幽霊とか怖くないんですか!?」
「うん。幽霊なんて私の親戚みたいなものだしね。なんせ、あと1年もすれば、私もそちらの仲間入りをするわけだから」
相変わらず縁起でもないことをさらりと言う。
「けど安心したまえ。私は幽霊にはならないよ。幽霊はこの世に未練を残した者がなるものだろう? 私はじきに死ぬとしても、一切の悔いや未練を残すつもりはないからね」
「……幽霊でもいいから会いたいですよ」
リュートは諦めたように嘆息しながら呟いた。
「それはすまない。けど、私は生まれ変わるなら吸血鬼と決めているんだ」
本気か冗談か判断に困ることを、カミラは真顔で言った。
「私が大好きなこの夜を、風が感じられるほどの疾さで駆け抜けたい」
けして届かない星を掴もうとするように、カミラは空に手を伸ばす。
「そんな
「カミラさんのお望みのままに」
「ありがとう」
リュートが大袈裟に同意すると、カミラは嬉しそうに笑った。
「それにしても、メイちゃんに、ジュジュちゃん、だっけ?
君はヴァンガードを通して女の子の知り合いばかり増えていくね。この色男」
「ぐっ、偶然だよ、そんなの!!」
楽しい夜はまだまだこれからだった。
ゴシック・ホラーというよりも学校の怪談な第4回をお送りさせて頂きました!
ストイケイア枠、雨宮ジュジュも登場です。
作者としては書いていて非常に楽しいキャラクターだったのですが、読者の皆様にも気に入って頂けましたら幸いです。
惑星クレイサイドでは、推しのダスティンを書けて幸せでした。
【デッキログ】
リュートデッキ:60Q0A
ジュジュデッキ:6Z8MC