「《怨念鎖》のブースト、《鉄錨の憤竜》でヴァンガードにアタック」
「……ノーガード。ダメージチェック。……僕の負けだね」
それはまだ7月。学校が長期休暇に入る前。
「私が勝ちはしたものの、デッキとしては形になってきたんじゃないかしら? 後は実戦で微調整していけばいいと思うわよ」
「うん、そうだね。ありがとう」
カードファイト部の部室で、
そしてカードを片付けながら、さらに言葉を続ける。
「ねえ、ジュジュ。今年の夏休みって、予定空いてるかな?」
部室とは言ったものの、そこはカードとの繋がりが何ら感じられない部屋だ。
怪しげな薬瓶は並べられているし、頭蓋骨なんかが飾られているし、明かりは蝋燭で、よくわからない祭壇には今日も生きのいい心臓が捧げられている。リュートが作業をしているテーブルからして、描かれているのはヴァンガードサークルでは無く、悪魔でも召喚できそうな六芒星だ。
これらはすべて、この部屋がオカルト同好会の部室だった頃の名残である。はじめは片付けようと考えていたものの、下手に触れると何だか呪われそうな気がして保留にしてある。
「そういうことにしておいてあげるわ。まったく優しいんだから」
とジュジュがからかってくるのは鬱陶しかったが。
「そもそも誰の頭蓋骨なんだよ、これ?」
「世の中には知らない方が幸せなお話もあるのよ。……ひひっ」
「いや、作り物だよね!? そう言って欲しかったんだけど!?」
などというやり取りをしたこともある。
さて、そんな元オカルト同好会の主であり、現在はカードファイト部の部員であるジュジュは、リュートの問いかけにゆっくりと首を傾げた。癖のある長い黒髪がゆらゆらと生き物のように蠢く。
「夏休みの予定?」
「うん」
「イエティを探しに、ヒマラヤへ行こうと考えているけど」
「……そう。気をつけてね」
こういう時にどう答えるのが正解なのか分からなかったリュートは、どうにか当たり障りのない言葉を口にした。
「あらあらぁ。ツレないじゃない。そんな聞き方をしてきたってことは、私と一緒に行きたい場所があるんでしょう?」
「いや。イエティに代わるプランを、僕は持ち合わせていないよ」
「そんなこと言わず、言ってごらんなさい。私の気が変わるかも知れないわよ?」
「……夏休み、僕と一緒にアルバイトしない?」
本当に、なんと面白味の無い、平凡な夏休みの過ごし方か。
ジュジュも同じことを思ったのか、その表情が落胆に陰る。
さりとて、リュートの勝機はこの先にあった。
「僕と一緒に、カードショップでアルバイトしよう」
「……ほう?」
具体的な場所を添えて言い直すと、ジュジュは大きなクマが隠れるほど目を見開き、這い寄る蛇のように身を乗り出してくる。
食いついた。
彼女も、オカルト愛好家であると同時に、ヴァンガードファイターなのだ。
「続けなさい」
何故か偉そうに言ってくる。
「うん。僕が世話になっている『ニアミント』ってカードショップがね。今年はアルバイトがふたり、受験や旅行で夏休みのシフトに入れないらしくってさ。夏休みの間、臨時でアルバイトを募集しているらしいんだ。
店の常連で応募できそうなのは僕しかいなかったらしくって、信頼できる友人を誘ってくれてもいいって店長が」
「あらぁ。信頼できるだなんて、嬉しい。……ひひっ」
「うん。そこは少し迷ったんだけどね」
だが、不気味な言動はともかく、ジュジュは義理堅い人物だ。賭けに負けて以来、すっぱりオカルト研究会を諦め、カードファイト部員として活動してくれていることからも、それは窺える。加えて、カードの知識についても申し分ない。
「けど『ニアミント』か。家から少し遠いのよねぇ……」
「夏休み中、家から毎日往復しても、ヒマラヤよりは近いと思うよ」
「それもそうね。
決めたわ。今年の夏休みは、あなたのアルバイトに付き合ってあげる」
「本当!? ありがとう! ……けど、誘っておいて何だけど、本当にいいの? ヒマラヤは……」
「別に観光ツアーを予約していたわけじゃないし」
「単身乗り込むつもりだった!?」
「それにイエティは逃げないもの」
「まず実在を疑った方がいいと思うけど」
「それよりも、今の私はカードショップでのお仕事に興味津々よ。ああ、はやく夏休みにならないかしら……!」
胸の前で手を組んで天を仰ぐ(ただし、そこにはコンクリの天井とクモの巣しか無かった)ジュジュは、まるで夢見る少女のようだった。
そんな経緯を経て、ゴス校カードファイト部のアルバイトが始まった。
「イ、イラッシャイマセー」
ロボットのような声と動作で、引きつった笑みを浮かべたリュートが、来店した客を出迎える。いや。昨今、ロボットの方がまだまともに接客できるであろう、見事なカタコトっぷりだ。
カードショップで働けるという夢のような響きに舞い上がって思い至らなかったが、要するにそれは接客業である。人見知りの激しいリュートは、本来であれば絶対に避けなければならない鬼門であった。
「イラッシャマ……え? ショーケース? ハ、ハイハイ、タダイマ……えっと、あ、あれ?」
震えて言うことを聞かない手は、エプロンから鍵束を取り出すだけでも十数秒はかかり。
「コ、コレデスカ? え、違う? その隣?」
まともに働いていない脳では、聞き間違いが多発し。
「コ、コチラデスネ……あっ!!」
カードを取り落としてしまうなどという致命的なミスも、1度や2度ではない。
「ア、アリガトウゴザイマシター」
ミスを繰り返すことによって、全身はさらに緊張し、新たなミスを生み出すという負のスパイラルに陥っていた。カードゲームによく似ている。
そんなリュートの様子に、はじめは苦笑を浮かべていた店長も、今はデキの悪い息子の授業参観を見守る母親のような、はらはらとした視線をこちらに向けていた。
(それに比べて……)
リュートは横目で、もうひとりのアルバイトの様子を確かめる。
「あらあらぁ、いらっしゃぁい」
広角を必要以上に吊り上げた不気味な笑顔で接客する少女、雨宮ジュジュの姿がそこにはあった。普段の私服は黒のワンピースを好むのだが、今は動きやすさを重視してか、黒のワイシャツにダメージジーンズを合わせている。長い黒髪も、今はヘアゴムで後ろにまとめていた。
「ショーケース? ちょっと待ってねぇ」
客に呼ばれて、普通に振り向けばいいものを、わざわざぐりんと仰け反るようにして客の方を向き。
「はいはい。《Fun Fun Marching!》と《パフォーミングペタル ティアンサ》ね? リアノーンでも使うのかしら? ……ひひっ」
客の要望を予言者のように言い当て。
「一緒に《寄る辺亡き魂よ、我が身に集え》もいかが? リアノーンでクアドラプルドライブとかやってみたくない? コストなら《潮風攫い》で準備できるわよ?」
悪徳商人のような怪しい笑みを浮かべながら、相性のいいカードをセットで薦めてくる。
「なるほど。でも《潮風攫い》を持ってなくて……」
「在庫があるから、すぐに4枚用意できるわよぉ? それもホロで」
いつの間にか店の在庫まで完璧に把握していた。
「じゃ、じゃあ、せっかくだからそれもお願いします」
「……ひひっ。まいどありぃ」
そんな調子の接客なのだが。
「ありがとう。また来るよ」
「ええ。また新しいデッキの感想を教えてね」
彼女と関わった客は、皆、満足したような笑顔で帰っていく。
いかに彼女の笑顔が不気味であれど。いかに彼女の言動が奇抜であれど。それは彼女の心からの笑顔であり、それらすべてが誠意である。それが伝わっているからこそ、客も細かなことは気にならないのだろう。
上っ面だけの笑みを浮かべただけの自分とは違う。
(ジュジュはすごいな……)
リュートは心から己を恥じた。
この店で働き始めて1週間。彼女と同じシフトに入るのは今日が初めてだが、もしかしてジュジュなら、自分以上の問題児になっているのではないかと、心のどこかで期待していた自分に気付いたからだ。
他人の悪い部分を見つけて安堵するのではなく、他人のよい部分を見つけて、それを糧にしなければ。
考えを改めたリュートは、心の中で気合を入れ直し、ちょうど入店してきた新たな客に向き合った。
「いらっしゃいま……げげっ!!」
そして、その覚悟は一瞬にして脆くも崩れ去る。
その客は、今のみじめな自分の姿を最も見られたくない人物のひとりだったからだ。
「やっほー! 『ニアミント』でバイトしてるって聞いて、遊びにきてあげたわよ!」
白いノースリーブのワンピースを着た女の子。『ニアミント』の常連客にして、リュートの自称ライバル。
惜しげも無く晒された細い手足はうっすらと日焼けしており、普段はませている彼女も、今は夏休みと女子小学生を満喫しているようだ。
「い、イラッシャイマセ……」
再びカタコトに戻った。いや、それまで以上にギクシャクしながらリュートが応じる。
「あはは、何それ? リュート、表情がカタいよ」
リュートをライバル視するメイが、それを当然見逃すはずもなく、ズバリ指摘する。
「どーせ、根暗なアンタのことだから、他のお客さんにもそういう態度を取ってるんでしょ? ダメだよ、そんなんじゃ」
言いながら、小さな肩をやれやれとすくめた。
「そ、ソンナコトナイヨ」
「そんな口調で言われても、説得力ないんだけど?
ねー、店長! リュート、ちゃんと仕事してる?」
「うーん……。頑張ってくれてはいる、かな?」
雇い主として言いたいことは山ほどあるだろうに、まだ気を遣ってくれている店長に、リュートは罪悪感を覚えた。
「ほら、やっぱり!」
だがそんな店長の気遣いも虚しく、その言葉の裏を的確に読み取ったメイが勝ち誇ったように笑う。
「…………」
「あ、ガチで落ち込んじゃった? もー、そんな気にする必要ないって。この店のお客さんはみんな優しいでしょ? ちょっとやそっとミスしたくらいじゃ誰も怒らないよ。リュートとも知らない仲じゃないんだから」
「僕、メイちゃん以外とほとんど話したことないんだけど……」
「え? けど、ショップ大会にはよく参加してるでしょ? ファイトしたなら、その人とはもうお友達じゃないの?」
「そんな主人公みたいな特技、僕にはないよ!?」
たまらず叫ぶリュート(それでも主人公)だったが。
「ほら、今のリュート笑えてる」
メイに指摘され、リュートは思わず手で顔に触れた。
「……僕、笑ってたかな?」
「うん。ていうか、あたしと話してる時は、だいたい笑顔だよ?」
「それは……。その、メイちゃんと話していると楽しいし……」
「いつも『メイたんカワイイなぁ。ゲヘヘ』みたいな感じで下卑た笑みを浮かべてるじゃない」
「浮かべてないよ!?」
とは言え、自分がメイと話している姿を第三者視点で見たことが無いので断言はできないのだが。
浮かべていないと信じたい。
「そうそう。そんな調子でいいんだよ。いつの間にかカタいのもとれてるし。リュートは笑えないわけじゃないんだから」
「……うん」
「まったく。リュートがカッコ悪いと、ライバルのあたしが恥かくんだからね。
ほら、次のお客さん来たよ」
「……あっ、いらっしゃいませ!」
メイと話していた時の笑顔のまま振り返り、リュートは声を張り上げた。
新たな客は釣られたように笑みを浮かべると、そのままリュートに尋ねてくる。
「《ダイアフルドール あまんでぃーぬ》のSPって置いてる? 他の店も探してるんだけど、なかなか見つからなくて……」
「はい! それでしたら、こちらの棚に……」
これまでとは別人のようにテキパキと案内をしながら、リュートはメイへと振り向き、小声で「ありがとう」と礼を述べた。メイは後ろ手に手を振り返しながら、颯爽と店の奥へと消えていった。
頼りないライバルのケツを叩いてあげたメイは、いいことをした後は気持ちがいいとばかり、鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌に、短いサイドテールをぴょこぴょこ揺らしながら、店内を大股で闊歩していた。
『ニアミント』の品揃えは今日も申し分なく、ショーケースに展示されたカードは見やすく、またセンスに溢れており、見ているだけでも飽きない。残念ながら夏休みに入ってから金欠のメイは、カードを購入する意思は皆無だったが、これならショップ大会が始まるまでいくらでも暇は潰せそうだ。
最悪、またリュートをからかいに行けばいいし。
などと、リュートにとって迷惑千万なことを考えていたが、幸いその必要は無さそうだった。
より面白そうなものを見つけたからだ。
それは、彼女がはじめて見る女の店員だった。
「ねーねー、お姉さん?」
癖のある長い黒髪を後ろで束ねた女性の背中に声をかける。
「あらぁ、いらっしゃい」
首だけを180度回転させて、その女性が振り向いた。
「…………」
しばらく口を半開きにした状態で固まっていたメイだったが。
「あははは! 何それ! お姉さん、おもしろーい!」
突然、腹を抱えて笑いだした。
「あら、よくわからないけれど、ありがとう」
そう言いながら、女性も首をもとに戻して、メイと向き合い「ひひひ」と笑う。
「ねえ、お姉さん。このあたりでは見ない顔だよね? アルバイト?」
初対面の相手でも物怖じすることなど一切無く、メイが尋ねる。
「ええ。雨宮ジュジュよ。よろしくね。
と言っても、リュートと同じ夏休み限定の短期だけれどね。……ひひっ」
「そうなんだ。あたしは高槻メイ。
ねえ、リュートとはどんな関係なの?」
「友達以上、恋人未満と言ったところかしら。密室で互いのテクを競い、心と体を昂らせることだけを求め合う関係よ」
「ふわぁ……大人だぁ」
メイが顔を赤らめて口元を押さえる。
「いや、誤解させるようなこと言うなよ」
接客を終えたリュートが、半眼になって割って入る。
「あら。でも、この年頃の女の子の初々しい反応ってかわいいじゃない?」
「君に女の子をかわいいと思う感性があったのが驚きだよ」
「失礼ね。私にだって、そのくらいあるわ。ゾンビも、エイリアンも、チュパカブラだって、私はみぃんなかわいいと思っているわよ?」
「あたしって、そんなゲテモノにカテゴライズされるの!?」
話を聞いていたメイが、目を剥いて憤った。
「ま、まあまあ。これも彼女なりの愛情表現だから……」
今にもジュジュに食ってかかりそうなメイを、リュートがどうどうとなだめる。
「ジュジュって言ったかしら? この決着はいずれファイトでつけましょう」
「ええ、喜んで」
そんな珍妙なやり取りが、高槻メイと、雨宮ジュジュの、最初の出会いであった。
それから1週間が経過した。
メイのおかげもあってか、リュートもようやく仕事に慣れてきて、まともに接客もできるようになった。
ジュジュは変わらず、店に無くてはならない戦力として活躍し、メイもしょっちゅう来店しては、店がヒマな時、ふたりにちょっかいをかけてくる。
そんなある日のこと。
「リュート君! 4時から始まるショップ大会、リュート君がジャッジしてくれないかな?」
細腕で軽々とカートンを抱えた店長にそんなことを頼まれた。
「え!? いいんですか!?」
「私はこれから品出しで忙しいし、店はジュジュさんがいれば安心だから」
店長のジュジュに対する信頼感が半端ない。
「基本的には不正が起きないようにテーブルを見回ってもらうだけでいいし。何か聞かれたとしても、リュート君ならちゃんとルールを把握してるから大丈夫。
けど、トラブルがあった時はすぐに私を呼んでね?」
「は、はいっ! わかりました!」
かくしてリュートはショップ大会のジャッジを務めることになった。
「た、大会の形式はスイスドロー。せ、制限時間は、にっ、20分。時間内に決着が着かなかった場合は、りょ、両者敗退となります」
夏休みなこともあってか、今日のショップ大会は盛況だった。けして狭くないファイトスペースの半分を埋め尽くす参加者を前にして、リュートはどうにか噛み噛みになりながらも諸注意を言い切った。
(聞き慣れた文言なのに、言う立場になったら、こんなにも緊張するものだなんて……)
未だにバクバクと高鳴り続ける心臓を押さえながら、リュートは独りごちた。
とは言え、ここまで来れば、あとは店長の言う通り見回るだけである。
今はマッチングもほぼほぼ自動でアプリが行ってくれるため、リュートは対戦が終わっていない卓が無いか確認して、何回かパソコンのボタンを押すだけでいい。ハイテク。
ディスプレイに表示された参加者の中に、今日もメイの名前を見つけ、リュートは少し微笑ましい気持ちになった。
……いや、ぎこちない大会の諸注意を聞かれていたことを思うと少し恥ずかしかった。
マナーのよいファイターが多いことで有名な『ニアミント』では、そうそうトラブルも起こるはずもなく、順調に大会は進行していく。メイも勝ち星を重ねていき、やがて全勝者は、メイともうひとり、リュートの知らない男性のみとなった。
とは言え、スイスドロー形式なので、決勝卓以外でもファイトは行われる。
正直、メイのファイトが気になりつつも、リュートは職務に忠実に、すべての卓を均等に見て回っていた。
「あー、負けちゃったー!!」
やがて、決勝卓からそんなメイの悲鳴じみた声が聞こえてきた。
(メイちゃん、勝てなかったのか……)
メイもこの界隈では強豪に数えられてはいるものの、けして常勝無敗というわけでもない。それ自体には何の違和感も無かった。
だが、続くメイの発言に、リュートは自分の耳を疑った。
「完敗です。やっぱり強いですね!」
高槻メイは極度の負けず嫌いだ。自分を負かした相手を素直に称えることなど滅多に無い。例えば、リュートがショップ大会でメイに勝とうものなら(まして決勝戦ともなれば)ムスッとした顔で10分はこちらを睨みつけてくるほどである。
そのメイが、負けを認めた。それも完敗とまで言い切った。
これは異常事態に違いないと、リュートは慌てて決勝卓に駆けつけた。
「メ、メイちゃん、大丈夫!?」
「へ!? リュート!? 大丈夫って、何が?」
「あの傲岸不遜で傍若無人なメイちゃんが素直に負けを認めるなんて! どこか体の調子が悪いの!? 何か変なものでも食べた!? 今すぐ救急車を呼ぼうか!?」
「うん。リュートがあたしのことをどう思っているかはよくわかった。そこは話するとして……。
ちょうどよかった。リュートにも紹介しておきたかったんだ」
「……え?」
メイが小さな掌を、ついさっきまで対戦していた青年に差し出す。
「あたしが勝てなくて当然だよ。
前にも話したでしょ? こちらの方が通称、
「はじめまして。如月リュート君、ですね。お話はかねがねメイちゃんから聞いていますよ。
俺は
そう言ってメイから紹介を受けた青年は、その異名の由来になったのであろう分厚い眼鏡をくいと持ち上げた。
リュートは大会の後片付けをしながら、ファイトテーブルでメイと談笑を続ける、教授と呼ばれる青年を改めて観察していた。
まず特徴的なのが分厚いスクエアフレームの眼鏡。まだ大学生と聞いているが、ボサボサの髪にはところどころ白髪が混じっている。着ているよれよれのワイシャツは、どこか白衣を連想させた。
「メイちゃんもヴァンガードを始めていたんですね。すごく強くて驚きました」
だが、無頓着な身だしなみとは裏腹に、喋り方は丁寧だ。
「えへへー。そんな、あたしなんてまだまだですよぉー」
あと、照れ笑いをするメイとか、謙遜するメイとか初めて見た。リュートの時と態度が変わりすぎである。
大会に参加していたファイターも、次々とキョウジの周りに集まってきており、
「久しぶりにファイトしたけど、やっぱり教授は強かったな」
「ああ! やっぱり教授は『ニアミント』最強のファイターだぜ!」
などと口々に賞賛していた。
(あのメイちゃんが心服して、皆が認めるほどのファイターか……)
リュートの心中に、ひとつの感情が灯る。
(この人と、ファイトしてみたい……)
話によると、大学が忙しくてあまり『ニアミント』に来れなくなったそうで、今日もたまたま時間が空いただけらしい(夏休みなのに……)。
今回を逃せば、今度はいつ対戦の機会が巡ってくるか分からない。
だが悲しいかな、今のリュートは客ではなく店員なのだ。
「リュートくーん!」
今もまさに店長から呼ばれてしまった。知らず知らずのうちにキョウジを凝視してしまっていた顔を上げ、声のした方へと振り向く。
「今から30分休憩に入っていいよ」
だが、ファイトスペースに顔を覗かせた店長から発せられたのは、意外な言葉だった。
「え? 休憩時間はまだ先なんじゃ……」
リュートが壁にかけられた時計を見て、また店長の顔を見やる。
店長は唇に人差し指を当て、茶目っ気のあるウインクを返した。
(店長……!!)
リュートは思わず感極まって泣きそうになった。
(ありがとうございます……!!)
リュートは黙礼すると、改めてキョウジと向かい合う。
「あの、橘さん……」
「ん? どうしました?」
「僕とファイトして頂けませんか」
言いながら店のエプロンをはずし、『ニアミント』店員から、一介のファイターである如月リュートに戻る。
キョウジは、顔を覗かせたままニコニコと微笑んでいる店長に目をやると
「なるほど。あの人は相変わらずお人好しですね……」
と苦笑した。
「ですが、それだけあなたに期待しているということでもあります。俺も君に興味が湧きました。その挑戦、受けて立ちましょう」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「ふふーん! 教授の強さに恐れおののいて再起不能になっちゃえばいいわ!」
そんなことを言いながら、メイが席を譲ってくれる。
ファイトの準備はすぐに整った。
「それでは始めましょうか、リュート君。よろしくお願いします」
教授が礼儀正しく深々と頭を下げる。
「あ、こ、こちらこそ、よろしくお願いします、ええと、橘さん……」
「教授で構いませんよ。俺もこの仇名は気に入っているんです」
「は、はい! それでしたら……教授、よろしくお願いします!」
「はい。それでは、行きますよ。
スタンドアップ……」
「ヴァンガード!!」
「《知識の渇望者 エバ》!」
「《九尾の妖狐 タマユラ》!」
「ええっ!!」
リュートのファーストヴァンガードを見て、驚きの声をあげたのはメイだ。
「タマユラ!? いつものデッキはどうしちゃったの!?」
「もちろんユージンをやめたわけじゃないよ。それでも、いろんな人のデッキを見ているうちに、僕ももっといろんなデッキを使ってみたくなったんだ」
「その気持ちはわからなくもないけど。よりにもよって、教授相手に……」
「え?」
「教授はね! 店の外では『煌求者使い』って呼ばれてるのよ! 全5種の煌求者デッキを完璧に使いこなせるんだから!」
「……!!」
リュートは一瞬怯んだが、すぐに気を取り直して自分のカードと向かい合う。
「それなら……なおさら自分の実力を見直すのにはちょうどいいよ」
この新しいデッキも、ジュジュと毎日ファイトしながら調整して完成させた自信作だ。そう簡単に、それもファイトしないうちから諦めるわけにはいかなかった。
「教授。改めて胸をお借りします」
「うん。同じデッキでも構築は人によって千差万別です。俺も自分の構築が最適解だなんて自惚れているつもりはない。君のタマユラ、俺の糧にさせてもらいたい……!!」
終始穏やかだったキョウジの気配が、少し激した気がした。口では謙虚なことを言いつつも、『煌求者使い』として負けるつもりはないということか。
「僕のターンです!
スタンド&ドロー!
ライド! 《穏やかな日差しの中で タマユラ》!
ライドコストにした《忍竜 トチガラシ》のスキルで、このカードをソウルへ。
タマユラのスキルで山札の上から7枚を見て……《命を灯す幽けき光》を手札に加えます!」
「俺のターンだね。
スタンド&ドロー。
《お昼寝はどこだって エバ》にライド!
エバのスキルで《ここからは実験の先》を手札に加えます。その《ここからは実験の先》をセット! 《爆食怪獣 マルノルム》もコール!
バトルフェイズ!
マルノルムのブースト、エバでヴァンガードにアタックです!」
「ノーガードです」
「ドライブチェック! ……ゲット、
1枚引いて、パワーはエバに与えます」
「ダメージチェック……トリガーはありません」
キョウジのターンが終了し、今度はリュートのターン。
「スタンド&ドロー!
ライド! 《燃える祭祀 タマユラ》!
タマユラのスキルで、ライドコストとしてドロップに置いた《双子のダイアフルドール リリミ》を手札に加えます!
《忍妖 フォークテイル》をコール! 山札の上から7枚見て《双子のダイアフルドール ララミ》をソウルへ!
リリミもコールして、バトル!
タマユラでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです」
「ドライブチェック! ……トリガーじゃありません」
「へえ、君は面白いカードを入れていますね」
不意にキョウジの目が輝いた。その視線は、リュートがドライブチェックでめくった《突貫竜 トライバッシュ》に注がれている。
「ど、どうも……」
リュートはそのカードを隠すように手札に加える。
キョウジのダメージチェックで、トリガーは出なかった。
「フォークテイルのブースト! リリミでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです。ダメージチェック……ゲット、引トリガー。パワーをヴァンガードに与え、1枚引かせてもらいます」
「……僕はこれでターンエンドです」
「俺のターン。スタンド&ドロー。
《お助け怪獣 テクタン》を捨て、《研究は順調 エバ》にライド!
テクタンのスキルで山札の上から5枚見て……《ここからは実験の先》を手札に加えます。
さらにエバのスキルでデッキから《実験大成功》を手札に加えますよ。
《実験大成功》をセット。1枚引き、手札からテクタンを捨てる。テクタンのスキルで……《蝕まれる月光》を手札に加える。
《溶変怪獣 オルシディラン》をコール。1枚引いて、手札から《ここからは実験の先》を捨てる」
めまぐるしくキョウジの手札が入れ替わっていく。
(《蝕まれる月光》……本来は世界デッキで使われるオーダー。テクタンのためにセットオーダーを多めに入れているのか。そして必要以上のセットオーダーは、手札交換で調節する……)
「《パンターレイ・ドラゴン》をコール。パンターレイのスキルで1枚引き……ふふっ」
カードを引いたキョウジが嬉しそうに微笑んだ。
「このカードが来てくれるのを待っていた」
「?」
「いや、失礼。俺が捨てるのは《蝕まれる月光》です。
バトルフェイズ!
マルノルムのブースト、エバでヴァンガードにアタックします!」
「ノーガードです」
「ドライブチェック……ゲット、
「ダメージチェック。
1枚目、トリガー無し。
2枚目、★トリガー! 効果はタマユラに!」
「パンターレイでリリミにアタックします!」
「ノーガードです。リリミは退却……」
「オルシディランでヴァンガードにアタックします!」
「《ドラグリッター ハーディー》でガード!」
「俺はこれでターンエンドです」
「僕のターン!」
いよいよG3にライドできるターンである。ここからが最もワクワクする時間だ。
「ライド! 《幽遠なる夜に タマユラ》!!」
草木も眠る丑三つ時。
闇の中からひとつ、またひとつと鬼火が灯る。
九つの鬼火は、やがて妖狐の少女の掌でひとつとなり、宵闇を幽玄なる輝きで照らしだした。
彼女の名はタマユラ。百の鬼を統べる九尾の少女。
「ライドコストとして捨てたトチガラシをソウルへ!
そして僕は……《サンライト・パニッシュメント》をプレイします!! CB2を消費して、パンターレイとマルノルムを退却!!」
「!?」
キョウジの目が見開かれる。驚愕と、興味に。
「ユニットをコールして、バトル!!
《突貫竜 トライバッシュ》でヴァンガードにアタック!」
「オルシディランでインターセプトします」
「《双子のダイアフルドール ララミ》でヴァンガードにアタック!」
「《アメリオレート・コレクター》でガードします」
「《忍竜 キザンレイジ》のブースト! タマユラでヴァンガードにアタック!
アタック時、教授のリアガードが2枚以下なのでトライバッシュをソウルに置き、タマユラの★+1!!
さらにタマユラのスキルで、ソウルのトライバッシュをスペリオルコール!!」
「面白いなぁ!!」
リュートが処理を終えると同時、キョウジが歓声をあげた。
「本来、バリオディグニールを採用する枠をトライバッシュに変えたんですね!」
「は、はい……。普段はユージンを使っているので、ユージンの要素を何か取り入れられないかと考えて……」
「ですが、除去とのバランスを取るのは大変だったでしょう!? 見たところ動きも安定している! これは素晴らしい! あとで構築を見せてもらってもよろしいでしょうか!?」
子どものように瞳をキラキラさせて、ずいずいとキョウジの顔が近づいてくる。
「は、はい、どうぞ……。それよりもガードは……」
「おっとそうでした。では、《回帰の鏑矢 オビフォルド》でガードです」
「……え?」
今度はリュートが目を疑う番だった。
「ああ、失礼。オビフォルドのスキルはご存じでしたか? アタックしているユニットの★が2以上の場合、シールドに+15000されます」
「あ、い、いえ、それは知ってますけど……」
「どちらかと言うと、何故このカードが入っているのかと言いたげですね。確かにシールド値が低く、複数採用には向かないカードです。
では、これは公式戦ではありませんし、デッキを見せてもらえるお礼に種明かしをしましょう。
俺はこのカードと、対を成す《軋む世界のレディヒーラー》を1枚ずつ入れています。残り2枚の
「じゃあ、今回は都合よくオビフォルドを引けたということなんですか?
……いや」
「気付かれましたか? エバはデッキの圧縮と手札交換に優れたユニットです。俺が欲しいと思ったカードは、いつでも手に入ることができるんですよ。
……まあ、ドライブチェックでトライバッシュが見えていなければ、不意を突かれていたかも知れませんが。
君に運が無かったとするのなら、たぶんそこですね」
「つっ……ツインドライブ!!
1枚目、トリガー無し!
2枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはトライバッシュに!
フォークテイルでブースト! トライバッシュでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです。ダメージチェック……ノートリガー」
「僕はこれでターンエンドです」
(コンボが完全に入ったのに、1点しかダメージを与えられなかった……)
リュートが心の中で悔しがる。むしろそのコンボが仇になった形ではないか。
だが、ここまででダメージは3対3。差をつけられたわけではない。
「俺のターン! スタンド&ドロー!
《知恵の泉 エバ》にライド!!」
動きやすさを重視した……というか下着同然の格好に白衣を羽織っただけの少女が、G3に昇格したことを喜ぶかのようにくるりと回転する。
その拍子に、黒輪でまとめた銀髪がふわりとなびき、ついでに豊満な胸もたぷんと揺れた。
「まずは《実験大成功!》をセットしましょう!
1枚引いて、手札から《武闘竜 ゴルドーグ・ドラゴン》を捨てます。研究オーダーが3枚あるので、ララミをバインド。
捨てられたゴルドーグ・ドラゴンは、自身のスキルでスペリオルコール!
さらに、セットオーダーが置かれたので、ドロップゾーンから《コンバイン・ラッシャー》もスペリオルコール!
続いてエバのスキル! 研究オーダーが3枚あるので、山札の上から3枚を見て……ふむふむ、なるほど。その中から1枚を手札に加え、残りを山札の下に」
(これではどんどん手札の質がよくなっていく……)
「俺は『煌求者使い』だなんて呼ばれていますけどね。このエバが一番のお気に入りなんですよ」
リュートの視線に気づいたのか、キョウジが楽しそうに語る。
「だって、いつでも好きなカードを手札に呼び込むことのできるデッキが、負けるはずもないでしょう?」
絶対の自信に満ちた声音でキョウジが嘯く。それがリュートを動揺させるための欺瞞だとは分かっていても、虚言すら真実にしてしまえるほどの説得力が、彼と彼のデッキにはあった。
「さあ、ブーストできるユニットもコールしてバトルです!
ゴルドーグで、ヴァンガードにアタック!」
「《命を灯す幽けき光》をプレイ! このターン、教授の前列ユニットのパワー-10000です!」
「なるほど。ここで使いますか。《発破怪獣 ボバルマイン》のブースト、《コンバイン・ラッシャー》でヴァンガードにアタック!」
「《フレアヴェイル・ドラゴン》でガード!」
「ボバルマインをソウルに置いてカウンターチャージです!
エバでヴァンガードにアタック! アタック時、山札から《黒暗の騎士 オブスクデイト》をゴルドーグの上にスペリオルコールし、オブスクデイトの★+1!」
「ノーガード!」
「ツインドライブ!!
ファーストチェック、ノートリガー。
セカンドチェック、★トリガー!! 効果はすべてエバに!!」
「ダメージチェック!! ……2枚ともトリガーはありません」
「《変光星の継子》のブースト! オブスクデイトでヴァンガードにアタック!」
「《コンダクトスパーク・ドラゴン》でガード!」
「俺はこれでターンエンドです」
これでダメージは5対3。
キョウジの手札6枚に対して、リュートの手札は残り1枚。
「ぼ、僕のターン! スタンド&ドロー!!
ライドフェイズ開始時、タマユラの効果で、前列ユニットのパワーが+5000されるスキルを得る!
そしてペルソナライド!! 《幽遠なる夜に タマユラ》!!」
タマユラの掌で踊る鬼火がさらに勢いを増し、蒼銀に輝く満月が天に昇ると、妖狐の少女は詩を詠むように告げる。
『時は満ちました。さあ、百鬼夜行をはじめましょう』
「《縁由の忍鬼 ツムギ》をコール! ドロップゾーンからリリミをソウルイン!
《ドラグリッター ハーディー》をコールして、《変光星の継子》を退却!」
この時点で、リュートの手札が無くなった。
「バトルです!
ツムギでエバにアタック!!」
「《警邏ロボ デカルコップ》でガードです」
「トライバッシュでエバにアタック!」
「ノーガード。ダメージチェック……トリガーはありません」
これで4点目。
「キザンレイジのブースト! タマユラでエバにアタック!! アタック時、トライバッシュをソウルイン! タマユラの★+1!
さらに、ソウルからリリミとララミをスペリオルコール!!
リリミのスキルで、教授のオブスクデイトをソウルへ!
ララミのスキルで、1枚ドロー!」
「《ヴァイオレート・ドラゴン》で完全ガードです」
「ツインドライブ!!
1枚目、★トリガー! 効果はすべてララミに!
2枚目……」
山札に触れた瞬間、脈打つような熱をリュートは感じた。「引ける」と確信して、リュートはカードをめくる。
「超トリガー!! 《再起の竜神王 ドラグヴェーダ》!! ララミにパワー1億! タマユラをスタンド!!」
「ほう?」
「もう一度、タマユラでヴァンガードにアタックだあっ!!」
若き妖狐の百鬼夜行が群れを成す。左右に最も信頼する2体の人形を侍らせ、それに妖怪や鬼と言った魑魅魍魎が続く。最後尾には帝国から派遣された恐竜達。
その先頭に立つ、タマユラの両掌に鬼火が灯る。それらは天へと高く昇り、混じり合って、やがて竜神へと姿を変えた。
揺らめく竜神は月に咆哮すると、地獄の業火となって、エバへと降り注ぐ。
エバはヤケクソになったのか、足元にあったガラクタを蹴り上げた。金属片が解けて固まったかのようなそれは、銃弾程度なら防げたかも知れないが、竜神の焔を防ぐには足りない。一瞬で焼き尽くされたそれは、溶鉄となって、再びエバの足元に落ちた。
竜神の顎が迫る。エバは両手が火傷するのも構わず、溶鉄の中から新たな金属片を引きずり出して高く掲げた。
それは四色に輝く盾であり、エバがフィールドワーク中に遺跡で発見したアーティファクトであった。固く封印が施されていたのだが、竜神の力を利用し、それを強引に破ったのだ。
盾から生み出された結界が、炎の侵入を阻み、急速に鎮静化させていく。
炎が消え去り、夜に再び静寂が訪れると、盾も役目は果たしたとばかりに粉々に砕け散った。
呆然とするタマユラに、エバが不敵に微笑みかける。
「勝ったと思いましたか?」
――勝ったと思いましたか?
少女の声がはっきりと聞こえた瞬間、リュートはイメージの世界から現実へと引き戻された。いや、イメージを打ち砕かれたと言った方がしっくりくる。
(はっきりと勝利のイメージが見えたのに……こんなの初めてだ)
「どうしました? 私は《四精織り成す清浄の盾》で完全ガードしましたが……」
「あ、だ、大丈夫です……」
どれだけ意識が飛んでしまっていたのだろうか。心配そうに声をかけてくるキョウジに小さく頭を下げると、誤魔化すようにゲームを再開した。
「ぼ、僕のドライブチェックですね!
ツインドライブ!!
1枚目、治トリガー! ダメージ回復し、パワーはリリミへ。
2枚目、トリガー無し。
僕のアタックは、まだ2回残っています! パワー1億のララミでヴァンガードにアタック!!」
「《ヴァイオレート・ドラゴン》で完全ガードです」
「か、完全ガードが既に3枚も……。
フォ、フォークテイルのブースト……、リリミでヴァンガードにアタック……」
「ノーガードです。トリガーはありません」
「……ターンエンド、です」
だが落ち込むのは早い。超トリガーのおかげで手札は5枚まで増え、ダメージも回復できた。まだ勝算はあると、リュートは気を引き締め直す。
「俺のターン。スタンド&ドロー。
《知識の泉 エバ》にペルソナライドします。
《実験大成功!》をセットして、手札交換。リリミをバインドします。
さらに、セットオーダーが置かれたので、ドロップゾーンから《コンバイン・ラッシャー》をスペリオルコールします。
エバのスキルで山札の上から4枚を確認し、手札に加え、ボバルマイン2体をコールしてバトルです!
ボバルマインのブースト、《コンバイン・ラッシャー》でヴァンガードにアタックです!」
「ノーガード……トリガーはありません」
「ボバルマインをソウルに置いて、カウンターチャージ!
エバでヴァンガードにアタックです! アタック時、山札からオブスクデイトをスペリオルコールします!」
「《ツインバックラー・ドラゴン》で完全ガード!!」
「ツインドライブ!!
ファーストチェック、ゲット、治トリガー! ダメージ回復し、効果はオブスクデイトへ!
セカンドチェック、ゲット、★トリガー! 効果はすべて《コンバイン・ラッシャー》へ!」
「あ……」
「オブスクデイトでヴァンガードにアタック!!」
「……ノーガード。
ダメージチェック…………」
エバが2本の試験官をタマユラに投げつける。鬼火に迎撃されたそれらは、中身をぶちまけ混ざり合い、急激な化学反応を起こして大爆発を発生させる。
その爆風を斬り裂いて黒衣の騎士が迫り、携えた大剣を振るうと、その身に宿るリュートの魂ごと九尾の少女を一閃した。
「……トリガーは、ありません」
6枚目のカードがリュートのダメージゾーンに置かれ、その敗北が確定した。
「ありがとうございました」
ファイトが終わるや、キョウジが丁寧に頭を下げた。
「あ、ど、どうも、ありがとうございます」
呆然としかけていたリュートも、釣られて頭を下げる。
「いいファイトでしたね! あ、約束通りデッキを見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「は、はい、どうぞ……」
リュートはカードをまとめて、キョウジに手渡した。彼が教授と呼ばれるのは、その容姿でも、名前をもじられたわけでもない。きっとこの好奇心と探究心のたまものだろう。
「その、僕は仕事に戻りますので……」
リュートが逃げるように席を立つ。
「あ、じゃあ、教授が帰る時は、あたしがデッキを預かっておくね」
「ありがとう」
メイに礼を言ってからエプロンを付け直し、仕事に戻ろうとするリュートだったが、その背は丸まり、足元もおぼつかなかった。
(勝てなかった……超トリガーまで引いたのに)
そんなリュートの様子を見かねたのか、メイがとことこついて来て心配そうに声をかけた。
「大丈夫? リュート、疲れた顔してるよ? 本当に再起不能……ヴァンガード辞めちゃったりなんかしないよね?」
「あはは、大丈夫だよ」
リュートは力無く笑った。
「けど、少しこたえたかな。何もかもが教授の読み通りで、まるで掌の上で踊らされているかのようだった。あんな負け方は初めてだよ」
「全国大会でも結果を残してる教授が、初心者のあたし達より強いのなんて当然なんだからね? 気にしちゃダメだよ?」
「うん……。わかってるよ……」
実際、自分がこっぴどく負けただけでは、ここまで落ち込まなかっただろう。リュートが脱力している理由は、ある想像に至ってしまったからであった。
(教授……あの人は、カミラさんより強いかも知れない)
自分の憧れより強い人と出会うのは、自分の弱さを自覚するより辛いことだった。
それからは大きな事件も無く、8月31日。臨時バイトの終わりがやってきた。
店はすでに閉店しており、客のいなくなった店内で、店長がリュートとジュジュを労っていた。
「1ヵ月、本当にお疲れ様でした。ふたりとも期待した以上の働きだったよ、本当にありがとう!」
「いや、僕なんて、店長やジュジュに迷惑をかけてばかりで……」
「そう謙遜しなくてもいいんじゃない? はじめの1週間以外は、リュートも仕事できていたわよ?」
「ジュジュさんの言う通りよ。はじめの1週間はどうしたものかと思ったけど、過ぎた話だしね」
やはりはじめの1週間は相当の問題児と思われていたらしい。リュートは軽く落ち込んだものの、見捨てず見守ってくれていたふたりに、改めて感謝した。
「さて! そんなふたりの頑張りへのごほうびに、ボーナスをあげちゃいます!
店にあるカードのうち、どれでも好きなものを1枚プレゼント!」
「!?」
「あらあらぁ」
店長のサプライズに、リュートとジュジュが同時に色めきたつ。
「なら私は《夢齧り》のSPを頂こうかしら」
さっそくジュジュが希望を述べる。
「あら? もっと高いカードでもいいのに。それなら《怨念鎖》と《黒涙の骸竜》のSPもオマケでつけちゃおうかな」
「……ひひっ。嬉しい。どうもありがとう」
「どういたしまして。
さて、リュート君は決まったかな? やっぱりユージンのSPとか?」
「……あ、あのっ」
思わずうわずった声をあげてしまい、店長が軽く目を見張る。
リュートは息を落ち着かせるように胸をトントンと叩くと、まっすぐに店長を見た。
「その……僕には欲しいカードはありません。ただ、ひとつだけ聞いて欲しいお願いがあるんです」
「? 言ってみてごらん」
店長が首を傾げながらも、真摯な瞳でリュートと向かい合う。
叶えられる願いなら応えるし、度を越したわがままであれば説教も辞さない。
そんな覚悟が見て取れる表情だった。
(大人なんだな、店長は)
この人になら打ち明けられると、リュートは少し安堵しながら、ずっと胸に抱いていた望みを告げた――。
「やあ。3日ぶりだね。
8月に入ってから、リュート君が公園にいない日が多くて寂しいよ」
その夜、
「すみません。家に帰って、気が付いたら朝になっていることが多くて……」
「たしかカードショップでバイトをしているんだってね? 仕事って大変なんだねぇ」
カミラが感心したように呟く。体の弱い彼女にとって、何時間も働き続けるというのは、まさしく未知の領域なのだろう。
「私のアドバイス無しに、リュート君が自発的に動いたっていうのもポイント高いね。若者の成長は、嬉しいやら寂しいやら」
「ちょっと年寄り臭いですよ」
「けど、アルバイトは夏休みだけの臨時だと言っていたね。ということは、今日が最終日かい?」
「ええ、まあ。これ、バイト代で買ったプレゼントです」
言いながら、リュートがカミラに1枚の封筒を手渡す。
「おやおや。リュート君が私にプレゼントだなんて。ずいぶんと色気づいたものだね。……開けてみてもいいかい?」
「どうぞ」
リュートの許可を得て、カミラが封筒から取り出したのは1枚の半券だった。
「来月に発売する、リリモナのパックの予約伝票……の控えです。カミラさんなら、とっくにカートンで予約してるかも知れませんけど。……あと、色気が無くてすみません」
「……いや。嬉しいよ。大事にする」
カミラは丁寧に半券を封筒にしまうと、大切そうに胸に抱いた。
「そっちを大事にされても困るんですけど」
「いいじゃないか。君の気持ちが嬉しいんだよ。どこにでもあるようなこの紙切れも、私にとっては最高の夏の思い出にして、宝物だ。
もちろん、パックが発売されたら一緒に開封しよう」
「は、はい!」
少し照れながら、リュートは勢いよく頷いた。
だが、リュートがカミラに渡したかったプレゼントはこれだけではなかった。
むしろ、リュートにとってここからが本番だ。
「あの、カミラさん。もうひとつお話、というか提案が……」
「何かな? 今の私は機嫌がいいから、何だって聞いてあげるよ?」
カミラが安請け合いをする。
話の流れを振り返ると、プレゼントひとつ渡すだけで、この人は何でも言うことを聞いてくれることになってしまうのだが。
ちょろすぎる。
相変わらずの無防備さが少し心配になりながらも、リュートは意を決して口を開いた。
「カミラさん。来月、僕と一緒にカードショップに行きませんか?」
紅玉の瞳が見開かれる。
自分はカードショップには行けない身体だということを忘れたのかという批難と絶望。
それでもカードショップに行ってみたいという期待と希望。
それらがないまぜになった痛々しいカミラの表情を、リュートは生涯忘れることはないだろう。
ブラントゲート兼煌求者枠。教授こと橘キョウジの登場回です。
今回は色々と予定が変わって大変な回でした。
本来ならアルバイトだけで1本書く予定だったのですが、それだけだと話を広がせられず(カードショップでバイトなんてしたことないので無理もない)、それならメイとジュジュをファイトさせるかと考えたのも束の間、今のペースだと、この回で教授を登場させなければ、3月に完結できないことが判明。
急遽、予定を早めて教授を登場させることになりました。
次に悩んだのが、教授に使わせるデッキです。
はじめはこの小説に煌求者を登場させるつもりはありませんでした。
だって、彼らは既に小説の登場人物。
わざわざ二次創作の小説に登場させる意味は皆無だったからです。
しかし、そうなるとブラントゲートでアニメに登場していないライドラインはエレヒレシーデしか残っていません。
エレヒレシーデ……うーん。
作中の最強格にコモンカードを使わせていいものか。
いや、むしろコモンカードを使って強いからこそ凄さを強調できるのか?
けど、墳竜に続いてコモン2連続ってどうよ?
でも、エレヒレシーデいろんな軸が組めて面白いから、皆に知ってもらいたいし。
などなど悩み抜いた結果、最終的には煌求者を解禁し、教授のキャラも強調できるエバを使わせることになりました。
ついでに煌求者も包括させるポジションに。
問題はまだありました。
教授と対戦させるのはリュートでなければならないのですが、そうなるとユージン5連戦。
いくら主人公格とは言え、それはまずいです。
エレヒレシーデよりよっぽど。
とまあ、そこから「それならリュートにもタマユラを使わせよう!」というアイデアが閃き、ようやく今回の話に落ち着いたのでした。
プロットの作成だけで20日間を要した超難産の第5回。
お楽しみ頂ければ幸いです。
感想等もお待ちしております。
最近出番の少なくなってきたカミラさんですが、次回は大活躍の予定です。
お楽しみに!