ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

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第6夜「絆が繋ぐ協奏曲」

 如月(きさらぎ)リュートは、大神(おおがみ)ロウの運転するリムジンの後部座席に乗せられ、眠気を誘う心地よい振動に揺られていた。

 その隣では鈴導(りんどう)カミラが、憂いを帯びた表情で、窓から高速で流れていく夜景を眺めている。普段は饒舌な彼女も、この日ばかりは口数が少なく、少し緊張しているようにも見えた。

「到着いたしました」

 やがて車が止まると、後部座席のドアからエスコートするようにロウがカミラを連れ出し、リュートもそれに続いた。

 そこは道路沿いに商店が立ち並ぶ一角であったが、今は時間にして深夜0時。ほぼすべての店がシャッターを下ろし、沈黙を保っているが、カミラの眼前にある店だけは例外で、ガラス製の扉や窓から温かな光が漏れ出ている。

 その店に掲げられた看板は、本来深夜に営業することが想定されていないからか暗がりに紛れていたが、よく目を凝らすと『カードショップ ニアミント』と読み取ることができた。

「私は車を駐める場所を探してきます。時間になればお迎えにあがりますので、それまでどうかお楽しみください」

 ロウが慇懃に頭を下げる。その鉄面皮が今日は僅かに微笑んでいるようにも見えたが、カミラはそれに気付かず、夜色のゴシックドレスを揺らしながら、明かりに惹かれる蛾のようにふらふら店へと誘われていく。

 カミラがゆっくりと扉を押し開けると、中から光が溢れ出し、彼女の紅の瞳に、まるで楽園のような光景を映し出した。

 ショーケースには最新のカードや、レアカードが整然と飾られ、奥にあるデュエルスペースからは終始賑やかな声があがっている。

 人の様子も、ショーケースに並んだカードを真剣な顔で吟味する者、ストレージに置かれたカードを漁る者、真剣な表情でファイトをする二人組から、複数人で談笑する者など様々だ。

 (カミラ)に気付いたポニーテールの店長が、色とりどりのパックが並べられたレジから身を乗り出し「いらっしゃい!」と元気よく声をかけた。

 どこにでもあるようなカードショップの、どこにでもあるような当たり前の光景。

 だが、その当たり前に誰よりも焦がれていた女性は、感極まったように口元を押さえると。

「夢、みたいだ……」

 まさしく夢見るように目を閉じ、涙するように言葉を零した。

 

 

 時は先月の末に遡る。

「来月、僕と一緒にカードショップに行きませんか?」

 カミラをカードショップに誘ったリュートは、紅玉を思わせる燃えるような瞳に冷たく睨みつけられた。

 彼女にとってのカードショップは、聖域であると同時に禁域だ。一度は訪れてみたいと想い焦がれながらも、彼女の病弱な体がそれを許さない。

 カードショップでの話こそ喜んで聞いてくれるが、楽しかったからカードショップに行ってみようなどという提案は禁忌(タブー)なのである。

「……いや」

 だがすぐにカミラは自らを落ち着かせるように首を振った。

「君が考えも無しにそんな話をするとは思えない。まずは話を聞こうか」

「はい。夏休みのバイトの後、店長が僕達にボーナスをくれるという話になりました。僕はそれを断って、一度だけ深夜に店を開いてもらえないかとお願いしました。

 それなら、カミラさんも店に行けるでしょう?」

 カミラの瞳が再び見開かれる。だが何も言ってこなかったので、リュートはさらに言葉を続けた。

「その、僕は口下手なので、どうしてもカミラさんの話も――病状も含めて――しなければ説明できませんでしたけど、店長は真剣に聞いてくれました。

 そして、一度代理でいいのでカミラさん側と話をしたいと。そして、自分にできることはすべて前向きに検討すると約束してくれました」

「……なるほど」

「それとは別に、ユージンのSPももらえました」

「……その情報はいらないね」

「店長が信頼できるいい人だということを伝えたかったんですけど……」

「君は口下手というよりも説明下手だね。

 ともあれ仔細はわかった。……ロウ」

 カミラが指を鳴らすと、一瞬の間も置かず、彼女の背後に灰色の髪をした執事が現れた。

「店の名前は『ニアミント』と言ったね?

 明日から先方と話し合ってきてくれたまえ。そして、もし君の眼鏡に適うようであるなら……私はご厚意に甘えようと思う。そのお店の。そして、リュート君の」

 リュートの表情がパァッと明るくなり、ロウは淡泊に「かしこまりました」と告げ、再び気配を消した。

「安心するのは早いよ」

 期待を隠しきれないリュートに、カミラは脅すように告げた。

「ロウは私の身を真剣に案じてくれているが故に、私の健康に関する話には一切妥協しない。……はてさて。私がそのカードショップに行けるのは、いつになることやら」

 そんなカミラの諦観にも似た心配をよそに、話はとんとん拍子で進んだ。

 毎晩報告に来るロウは無表情ながらもどこか楽しそうで、この慇懃ながら他者を寄せ付けない雰囲気を持つこの男の心を溶かしたと言うのなら、店長はリュートの想像以上に凄い人だったようだ。さすが接客を生業とする、一国一城の主であると言うべきか。

 そして9月の中旬には、店長主催、ロウ監修のもと、『ニアミント』1日限りの深夜営業が実現したのであった。

 

 

「鈴導カミラさんね? ようこそいらっしゃいました」

 カウンターから出てきた店長が、改めてカミラに声をかけた。

「ええ。この度はご厚意に感謝致します」

 カミラもドレスの裾を広げながら一礼する。

「ロウ君から聞いているとは思うけど、来店しているお客さんは、特別に来てもらったウチの常連さんばかりだよ。これ以上増えて混み合う心配はないから安心して。普段の店の雰囲気を出せるように、皆にも、いつも通りに振る舞ってもらうようお願いしてあるから。

 あ、カミラさんのことは、病気で少し体が弱い人とだけ説明してあるよ。変に気を遣われるのも嫌でしょ?」

「何から何までご配慮ありがとうございます」

「30分したらショップ大会も開催されるよ。よかったらカミラさんも参加してね。8人制のトーナメントだから最大3戦してもらうことにはなるけど……」

「はい、喜んで!」

「3戦もして大丈夫なんですか? カミラさん」

 嬉しそうに頷くカミラに水を差すのは心苦しいが、リュートは心を鬼にして確認する。カミラが1回戦負けするようなことは考慮に入れていない。

「今日は昼からゆっくり寝てきたからね。大丈夫さ」

 それの何が大丈夫なのかはよくわからず、リュートは曖昧に「そうですか」と頷き。

「ショップ大会が始まる頃にはロウ君も戻ってくるから大丈夫だと思うけど、しんどくなったら無理をせず声をかけてね」

 結局、店長の大人の対応にフォローしてもらった。

「はい。ご心配頂き恐縮です。

 ……ところで店長、この店は従来通りに営業していると伺っているのですが、当然パックも販売されているのですよね?」

 カミラの堂々たる態度に、そわそわとした気配が混じるのを、リュートだけが気付いた。

「うん、もちろん! 何か買ってく?」

「はい! では、リリカルモナステリオのパック1~3弾を1ボックスずつ!」

「はいはい。まいどありー」

「……カミラさん、リリモナのカードなら全部持ってますよね? 特殊レアリティ含めて」

 店長がバックヤードへと商品を取りに行っている間に、リュートは気になっていることを尋ねた。

「それもそうだけど、そういうことではないんだよ。君も意外と鈍感だね」

 戻ってきた店長からパックの入った箱を宝物のように受け取りながら(請求はロウに行くらしい)、カミラは呆れ気味に呟いた。

「向こうのファイトスペースで一緒にパックを空けよう。私がやりたかったのは、こういうことだよ」

 そう言って、カミラは紅色に輝く瞳で魅力的なウインクをひとつしてみせた。

 

 

「おや? 今度はフォルティアのLSRだね」

「いや、カミラさん、運良すぎですよ。なんで2箱で最高レアリティ2枚出してるんですか」

 カミラの手の中で輝くフォルティアと、テーブルに鎮座するロロネロルのLSRを交互に見ながら、リュートが思わずツッコミを入れる。

「私は昔からくじ運だけはいいんだよ。私としては、その天運を少しは健康にも分け与えて欲しかったところだけどね」

 笑っていいのか悩むようなことを、カミラは平然と言った。

「せっかくだから、リュート君もどちらかを使ってリリカルモナステリオをはじめてみるかい?」

「そんな高価なカード、受け取れませんよ。それに今はタマユラで手一杯ですし」

「ふむ。別に値段は気にしなくていいのだけど、それもそうだね。

 あれも悪くないデッキだったから、大切に育ててあげてほしい」

 言いながら、次のパックに手をかける。

「今度は、エドウィージュのホロか。これでエドウィージュは3枚目だね。悪くない。

 ……ところで」

 満足そうに頷いていたカミラが、ふと不意をつくように顔をあげる。

 その視線の先で、小柄な人影がさっとファイトテーブルの裏に隠れるのが見えたが、短いサイドテールにした髪がぴょこんとはみ出していた。

「さっきからちらちらとこちらを窺っている女の子に、そろそろ声をかけてあげた方がいいのかな」

「……ああ。もう面倒なんで、僕から紹介しますよ。メイちゃん、おいで」

 リュートがそう言って手招くより早く、小柄な人影がさっと飛び出して、伸ばしかけの短い髪をさらりとかき上げながら、何事も無かったかのように声をあげた。

「あら、リュート? いたんだ」

 決してリュートに呼ばれたから来たんじゃないわと言いたげなその女の子の名は高槻(たかつき)メイ。リュートをライバル視する小学4年生である。

「さっきからいたよ、白々しい」

「で、そちらの方が鈴導カミラさん? リュートにヴァンガードを教えたっていう?」

 メイの大きな瞳が興味津々と言った様子でカミラに向けられる。

「ああ。私が鈴導カミラだ。君は高槻メイちゃんだね。君のことはリュート君からよく聞いているよ」

「えっ!? リュートはあたしのこと何て言ってるの!?」

「小さいくせに生意気で、負けたらすぐ拗ねる面倒な女の子だと」

「……リュートぉっ!!」

 憤怒の形相でリュートの頬をつねりにかかるメイ。

「けど、それだけ勝負に真剣で、会うたびに強くなっている努力家だ。あの子に負けまいと思ってるから僕も強くなれるんだ。とも言っていたね」

「……え? リュートったら、あたしのことそんな風に思ってたの? もー、照れるなー」

 今度は猫がじゃれるように、ぺしぺしとリュートの肩を叩いてくる。

「カミラさんの説明の仕方、絶対に悪意ありましたよね」

 肩を叩かれながら、リュートが半眼になって呻く。カミラは赤い舌をぺろりと出して応えた。そんなお茶目な仕草ですら、どこか気品を感じられるのは流石だが。

「けど、こんな時間にメイちゃんまでニアミントに来ていていいの? さすがにご両親が心配するんじゃ」

「もちろん許可はもらってるわよ。今日集まった女の子は、店長の家に泊まらせてもらうことになってるの! パジャマパーティってやつ?」

 メイによると、店の2階は店長の家になっており、車で帰宅するカミラを除いた女性陣はそこで一拍してから帰るらしい。なお、リュートを除く男性陣には、店長がタクシーを手配する手はずになっている。リュートは帰りもロウの車だ。

「え? けど、メイちゃんとカミラさんの他に女の人って……」

 リュートが周囲を見渡すが、他の客はすべて男性のようである。

「私よ」

「うわあっ!?」

 死角となっていた背後から声をかけられ、リュートは椅子から転がり落ちかけた。その体勢になってようやく後ろに目が向き、同じ部活仲間である雨宮(あまみや)ジュジュが幽鬼の如く佇んでいるのが見えた。その身には店のエプロンを纏っている。

「ジュ、ジュジュもいたんだ……」

「ええ。いたのよ。店長に誘われてね。私はこの店の常連じゃないから断ろうとしたのだけど。深夜に入れるバイトがいなかったから、スタッフとして参加して欲しいって」

「頼られてるなぁ……」

「ありがたいことにね。……ひひっ」

 曰く、先ほどまでバックヤードで仕事をしていたらしい。

「だからリュートも私を見つけられなかったのね」

「いや! 気配を消して背後に立つからだろ!? それ怖いからやめてって言ってるよね!?」

「ごめんなさいねぇ。リュートの反応が面白くてつい……」

「ああ。たしかにリュート君のリアクションは面白いね」

 相槌を打ったのはカミラだ。

「あらぁ? あなたは……」

「挨拶が遅れたね。鈴導カミラだ」

「ああ、あなたがリュートの話していた。私は雨宮ジュジュ。よろしくお願いします」

「こちらこそ。私も君のことはリュートから聞いているよ」

「へえ? リュートは私のことをなんて?」

「変な子、だと」

「4文字!?」

 ツッコミを入れたのはメイだ。

 当のジュジュは「あらあらぁ」と感情の読めない笑顔を浮かべている。

「だってさあ。ジュジュは個性が強すぎて、論文をひとつ書き上げるか、さもなくばその一言でなければ説明ができないんだよ」

「普通と評価されるよりは、よっぽど光栄だわ」

 そう言って、ジュジュは肩をすくめた。

「ふふふ……。すっかり賑やかになってしまったね」

「あ、すみません……」

 苦笑しながら呟いたカミラに、リュートは頭を下げた。ひょっとしたら、静かにパックを空けたかったのだろうか。

「いや、構わないよ。こういうのはみんなで空けた方が盛り上がるだろう。

 せっかくだから、メイちゃんも、ジュジュさんも、パックを手に取ってくれたまえ。気に入ったカードが出たならプレゼントするよ」

「いいの!? ありがとう! あたし、リリモナってかわいいカードが多いから、大好き!」

「じゃあ私もひとつだけ。ルーテシア関連のカードでも当たったら頂こうかしら」

 さすがにカミラは寛容だった。

「……なら、もうひとりだけ呼んで来てもいいですか?」

「もちろんだとも」

 カミラが鷹揚に頷いたので、リュートは「じゃあ少し失礼します」と添えて席を立つ。

 ショップ大会が始まる前に、声をかけておきたい人物がひとりだけいた。

「……教授(プロフェッサー)

 リュートは、少し離れたところでカードゲーム雑誌を開いていた(たちばな)キョウジに声をかけた。

「おや? 君達が親睦を深めているところに割り込むのは無粋と思っていましたが。俺も参加していいのですか?」

 キョウジは雑誌を閉じ、眼鏡の位置を直しながら、意外そうに尋ねる。

「もちろん!!」

 それに何故かメイが遠くから即答した。

「まあ、メイちゃんの言う通りですよ。

 ……それにしても、教授も来ていたんですね」

 そう。キョウジは大学が忙しいらしく、本来、ショップに姿を現すことは稀なのである。

「俺も夜中まで大学にいるわけではありませんからね。この時間でしたら参加できますよ」

 なるほど。深夜営業の恩恵を受けたのは、カミラだけでは無かったようだ。

「このアイデアは実に素晴らしい! 是非とも定期的に開催してもらえないものでしょうか」

「あはは……そうなると店長が大変じゃないですかね」

 この深夜営業は次の日が土曜日(やすみ)になる金曜日に開催しているのだが、店長はもちろん明日も仕事がある。彼女はそれをおくびにも出さないが、かなりの負担になっているはずだ。特にリュートは、休日におけるカードショップの忙しさを、その身をもって知っていた。

「なるほど。それは残念です」

 言いながらキョウジも、メイ達と合流するため、ゆっくりと立ち上がった。

 しかし、そのタイミングで店長から「ショップ大会5分前でーす! 参加者はこちらに集まってくださーい!」と声がかかってしまう。

「おや? 残念ですね。まあ、噂の鈴導さんとは、運がよければ大会中にお話しできるでしょう」

(運がよくても悪くても、カミラさんとは必ずファイトすることになると思いますよ……)

 リュートは心の中でそう答えた。

 リュートもただ負けるつもりはなかったが、それでもカミラとキョウジはこの場にいる誰にも負けないであろうという確信があった。

 

 

 今夜のショップ大会は、常連の中でもファイトに自信のある7人に、特別ゲストであるカミラを加えて8人で行われる。

 その中にはリュートとメイの姿もあり、キョウジも当然、優勝候補の大本命として参加している。

 ジャッジにはジュジュがつき、並べられた4つのテーブルの間でぎょろぎょろと目を光らせていた。……不気味だが、不正防止の効果は高そうだ。

(1回戦の相手は……教授!!)

 店長に指定されたテーブルに向かうと、そこではすでにキョウジが腕を組んで待ち受けていた。

「ふむ。俺の対戦相手はリュート君ですか。はじめて対戦してから1ヵ月。どれほど成長したのか測らせてもらいましょうか」

「はい! 今度は僕も使い慣れたデッキで挑戦させてもらいます!」

 言いながら、リュートも対戦準備を整えていく。

「ああ。そう言えば、普段は別のデッキを使っているとメイちゃんが言っていましたね。それは楽しみです」

 眼鏡の奥底が興味の色にギラリと輝く。

「はい! よろしくお願いします!」

「それでは、はじめましょう。スタンドアップ……」

「ヴァンガード!!」

「《慈悲深き者 ケイオス》」

「《砂塵の双銃 バート》!」

 

 

「《迫りくる牙 ケイオス》で《砂塵の重砲 ユージン》にアタック!

 アタック時、効果ですべてのリアガードのパワーに+10000です!

 さらに《冷徹な遂行者 ミカニ》をスタンドします!」

「《コンダクトスパーク・ドラゴン》2枚でガード!」

「ツインドライブ!!

 ファーストチェック、ノートリガー。

 セカンドチェック、(クリティカル)トリガー! 効果はすべてミカニへ!」

「……つっ」

「ミカニでヴァンガードにアタックします!!」

「ダメージチェック……」

 穏やかな笑みを浮かべた悪魔(デーモン)の青年――ケイオスの影から、無数の巨大な蛇が溢れ出す。

 ユージンは手にした砲でそれを次々と打ち砕いていくが、黒い蛇は留まることを知らず、じわじわとユージンを追い詰めていく。

 さらにその背後に人型のエイリアンが現れたかと思うと、淡々と手にした拳銃をユージンの後頭部に向けた。

 ガンナーの意地か、その僅かな音に反応したユージンが素早く振り返る。

 ふたつの銃声が鳴り響き、その隙に数多の蛇が、砂塵の銃士の背中を呑み込んでいった。

「トリガーはありません。……ありがとうございました」

 ダメージゾーンに6枚目のカードを置き、リュートは深々と頭を下げる。その様子は礼をしているというよりは、落ち込んでいるように見えた。

(ユージンを使っても、まったく敵わなかった。

 ……それどころか、今日の教授はエバを使ってすらいない)

 キョウジはエバが一番のお気に入りだと言っていたが、ケイオスを使うキョウジの強さも、リュートからしてみれば圧倒的であった。さすがは『煌求者使い』と言うべきか。不慣れなタマユラでは、まだまだ勝率が安定しないリュートに、地力の差を見せつけるようなファイトだった。

(それも、ユージンとタマユラは同じ国家だけど、エバとケイオスは国家すら違う。

 結局そこなんだよな。すべての国家の特性を理解できているから、どのデッキを使っても強いし、どのデッキと戦っても落ち着いて対応ができる)

「いつまでもブツブツと呟いていないで、観客席に戻ったら?」

 ジュジュに注意され、ふと我に返る。いつの間にか対戦相手だったキョウジも姿を消していた。

「あ、ごめん……」

 リュートが慌てて席を立とうとしたその時、テーブルの一角がワッと沸いた。

 カミラとメイの対戦卓(テーブル)だ。

「《貴方に捧ぐ小夜曲 エレオノーレ》でヴァンガードにアタック。スキルでパワー+15000だよ」

「……う、ノ、ノーガード。ダメージチェック……」

 メイが山札の上から震える指でカードをめくる。

「……トリガーじゃない」

 取り落とされるように、ダメージゾーンに6枚目のカードがぽとりと置かれた。

「ありがとう。楽しいファイトだったよ」

 カミラの言葉に答えず、メイは先ほどのリュートと同じように深く項垂れたまま動かなかった。

 案の定、カミラに完敗したらしい。リュートをライバル視しているようでは、そのリュートに負け知らずのカミラに勝てるはずもないのだ。

 とは言え、さすがに心配になったリュートがメイに歩み寄ろうとした時。

「…………す」

「す?」

 メイの口元からそんな音が漏れたかと思うと。

「すごいよっ! カミラさん、とっても強い! リュートが強い強いって言うから、リュートよりは強いんだろうなとは思ってたけど、全然違った! リュートなんて相手になんないじゃん!」

 勢いよく顔をあげ、まくしたてるようにして言った。リュートがこっそり落ち込んでいたが、彼女にとっては些細な問題である。

「ふふふ。私がリュート君をはじめて負かしてあげた時と似たような反応だね。さすがはライバルだ」

 カミラも昔を懐かしむようにして微笑んだ。

「カミラさん! ……カミラ様! ……いえ、カミラお姉様! カミラお姉様って呼んでいいですか!?」

「お姉様か。少し面映ゆいけど、悪くない響きだ。もちろん構わないよ」

「わーい! カミラお姉様、大好きっ!

 ねぇ! 病気が治ったら、また遊びに来てよねっ!!」

 メイのその何気ない言葉に、床にへたりこんでいたリュートは戦慄した。

 メイ達には、カミラは病気であることしか説明していない。幼い彼女にとって、病気とはいずれ治るものなのだ。

 いや。賢いメイならば、不治の病があることくらいは知識としてあるかも知れないが、それでも今まさに目の前でファイトした女性がそうであるとは、どうしても結び付かないのだろう。

 だが、カミラがリュートのようなボロを出すはずもなく、彼女は涼しい顔で。

「もちろん。この病気が治ったら、またお邪魔させてもらうよ」

 と胸に手を添え、満開の薔薇のように笑った。

 きっとその言葉は本心なのだろう。

 ――この病気が治ったら

 それが叶うことの無いことを知っているだけなのだ。

 一切の弱みを見せないカミラの笑顔が、今はとても寂しく思えた。

 

 

 2回戦でもカミラとキョウジは危なげなく勝利し、5分の休憩を挟んだ後、ふたりの決勝戦が行われることになった。

「ふぅん。リュートから話には聞いていたけれど、どちらも桁が違う強さねぇ」

 もはやこのふたりにジャッジは不要ということか、店長からジャッジの任を解かれたジュジュが、リュートの隣に立ちながら言った。

「うん。正直に言って、ふたりとも僕とは差がありすぎて、どちらが強いのか想像もつかないよ」

 すでに時計は午前1時を過ぎている。

 眠気覚ましの缶コーヒーに口をつけながらリュートが答えた。

 その隣では、椅子に崩れるように腰かけたメイが、うつらうつらと船をこぎ始めている。

 ジュジュは「寝かしておいてあげましょう」と言い、もちろんそれが年長者として正しい対応なのは理解しているのだが、このファイトはメイも見たいはずである。ここで起こさなければ「何で起こしてくれなかったの!」と後でどやされるのは目に見えていた。扱いの難しい幼女である。

 一方のジュジュはと言うと、この時間になると目の下にある大きなクマが消え、肌艶もよくなり、妙に生き生きとしていた。なんとなく想像はついていたが、根っからの夜型らしい。

「それでは、トーナメントの決勝戦をはじめます! カミラさん、キョウジ君、中央のテーブルへどうぞ!」

 店長が声を張り上げると、小さな会場がワッと沸き、それに押されるようにしてカミラとキョウジがゆっくりと前へと進み出る。

「……メイちゃん、そろそろはじまるみたいだよ」

 念のため、メイの肩を軽く揺するが。

「うーん……何するのぉ。リュートのえっち」

「…………」

 なんだかイラッとする寝言が返ってきたため、もうこの幼女は放置しておくことに決めた。

 ともかく、これで起こそうとしたけど起きなかったという大義名分は立つ。

 心の中でそんな言い訳をしながら、リュートは真剣な表情をカミラ達に向けた。

(このファイトだけはしっかり見ておかないと。僕がカミラさんやキョウジさんに感じている決定的な差。それが何なのか、ヒントだけでも掴めたら……)

 決勝のテーブルでは、カードを切りながらカミラがキョウジに微笑みかけていた。

「はじめまして、キョウジ君。君の話はリュートから聞いているよ。私も君のことを教授を呼ばせてもらっていいかな」

「ええ、喜んで。

 鈴導カミラさん、でしたね?

 正直に申し上げて、ショップ大会に出場したこともないような貴女が、メイちゃんにも圧勝して、決勝まで上がって来られたことが、不思議でなりません。

 よほどいい師に恵まれたか。それとも、ガラパゴス諸島のように閉鎖空間で育ったからこそ、我々の知らない未知の戦術が生まれたか……」

「さあ、どうだろうね?」

「いずれにしろ興味はつきません。全力で楽しませてもらいますよ!」

「ああ。退屈させないことは約束しよう」

 ふたりの穏やかなやり取りの中には、強者の圧倒的余裕が垣間見えた。

「はじめましょう。スタンドアップ!」

「ヴァンガード!」

「《慈悲深き者 ケイオス》」

「《憧れのお姉様 フェルティローザ》」

 

 

「私の先行だね。

 スタンド&ドロー。

 ライド! 《麗しの休日 フェルティローザ》!

 私はこれでターンエンドだよ」

「では俺のターンですね。

 スタンド&ドロー。

《穏やかな街の中 ケイオス》にライドして、1枚ドロー。

 ケイオスでヴァンガードにアタック!」

「ノーガードだよ」

「ドライブチェック! ……おや?」

 カードをめくったキョウジが面白そうに小首を傾げ、続く言葉に会場全体が戦慄した。

「ゲット、(オーバー)トリガー! 《怨恨の冥竜神 ゴルマギエルド》!!

 このカードをゲームから除外して、ドロー! ヴァンガードにパワー+1億! さらに、このゲーム中、ヴァンガードのパワー+10000、★+1!」

「ははっ! そうこなくてはね」

 誰もが言葉を失う中、カミラだけが楽しそうに笑っていた。

「おっと、私のダメージチェックか。

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……《華燭絢爛 エステランザ》! 私も超トリガーだ。このカードを除外して、1枚引かせてもらうよ」

 ――おおっ!!

 会場全体が、2ターン目にして最高潮に達したかのような盛り上がりを見せる中、リュートとジュジュだけが冷静に状況を分析していた。

「一見、カミラさんが超トリガーを上手く相殺できたかのように見える……」

「けど、ゴルマギエルドの効果はゲーム中永続する。彼女が厳しい状況に変わりないわね。……ひひっ」

「ううーん。リュート、うるさいー」

 メイには寝言で濡れ衣を着せられた。騒がしくしているのは僕じゃない。

「俺はこれでターンエンドです」

 そんなことを話している間にもファイトは続く。

「私のターン。

 スタンド&ドロー。

 ライド! 《享楽の才媛 フェルティローザ》!

 スキルでドロップの《くいしんぼう ノーラ》を手札に加え、フェルティローザでヴァンガードにアタック!」

「ノーガードです」

「ドライブチェック! ……トリガーではないね」

「ダメージチェック……ノートリガー」

「私はこれでターンエンドだよ」

「俺のターン、スタンド&ドロー。

《救いの泥濘 ケイオス》にライドして、山札の上から2枚を確認……ノーマルユニット2枚をソウルイン。

《ウルトラサウンド・シーリエ》をコールし、山札の上から3枚を確認……1枚をソウルイン。ソウルに異なるグレードが4枚あるので1枚引かせてもらいます。

《ダイアフルドール・あまんでぃーぬ》もコールして、バトルです!

 パワー20000、★2のケイオスでフェルティローザにアタック!!」

「……ノーガード」

「ドライブチェック! ……ゲット、引トリガー! 1ドローし、パワーはシーリエに与えます!」

「ダメージチェック。

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、★トリガー。パワーはフェルティローザに」

「あまんでぃーぬのブースト! シーリエでヴァンガードにアタックします!」

「それはノーラでガードさせてもらうよ」

「俺はこれでターンエンドです」

 ここまででカミラのダメージ3点に対し、キョウジは1点。

(やっぱりゴルマギエルドの★増加が響いてるのか……?)

 リュートは不安そうにカミラを見やると、彼女の赤い瞳と目が合った。

 言葉こそ発しなかったが、彼女が言わんとしていることは不思議とわかる。

「私を誰だと思っているのかな? 私は鈴導カミラだよ?」

 それほどまでに彼女の瞳は自信に満ちており、諦めなどという言葉とは無縁に感じられた。

「失礼。私のターンだね。

 スタンド&ドロー!」

 カミラは上品に頭を下げると、カードを引き、ライドデッキから彼女が最も信頼する分身をヴァンガードに重ね合わせる。

「ライド! 《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」

 天高くに昇った月が、宵闇に丸い光を落とし、その真ん中にふわりと降り立った吸血鬼の少女が、二つ括りにした髪を夜風に遊ばせ、くるくると踊る。

 それに誘われるかのようにして、青白い霊魂がぽつりぽつりと浮かび、それらは次々に少女へと姿を変じると、吸血鬼と共に歌い、優雅に舞った。

 月光のスポットライトを浴びて、不死者と死者のダンスフロアが開演する。

「スキルで、手札から《心弾む指先 エデルガルト》を置き、ドロップからノーラを手札に加える。

 さらに、《貴方に捧ぐ小夜曲 エレオノーレ》、《手を取り合って エルネスタ》、《わがままお嬢 ヘルミーナ》をコール。ヘルミーナのスキルで、エルネスタのパワー+5000!

 いくよ、バトル!

 エルネスタのブースト、エレオノーレでヴァンガードにアタック! エレオノーレのスキルで、パワー+15000!」

「ノーガード! ダメージチェックは……ノートリガー!」

「エレオノーレはスキルで山札の上へ!

 フェルティローザでケイオスにアタック!!」

「《ステムディヴィエイト・ドラゴン》でガードします!」

「ツインドライブ!!

 1枚目はもちろんエレオノーレ! フェルティローザのスキルでスペリオルコール! CB(カウンターブラスト)することでフェルティローザのドライブ+1! エルネスタもスタンド!

 2枚目もエデルガルト! スペリオルコール! ドライブ+1!

 3枚目、★トリガー! 効果はすべてエデルガルトに!

 4枚目、★トリガー! 効果はすべてエレオノーレに!」

 ――ダブルクリティカル!!

 ギャラリーが再び盛り上がる。

「ヘルミーナのブースト! エレオノーレでヴァンガードにアタック!」

「《結緋の跳梁 クレン》でガード! シーリエでインターセプトです!」

「エルネスタのブースト! エデルガルトでヴァンガードにアタック!」

「ノーガードです!

 ダメージチェック!

 ファーストチェック……ゲット、★トリガー! パワーはケイオスに!

 セカンドチェックはノートリガー!」

 キョウジのダメージゾーンに3枚、4枚とカードが置かれていく。

「私はこれでターンエンドだよ」

「ふぅん。ガードのための手札を温存しつつ、高い水準での4回アタック。惚れぼれする手際ねぇ」

 リュートの隣で、ジュジュが感服したように呟いた。

「でしょ!? やっぱりカミラさんはすごいよね!」

 リュートもはしゃぎながら、それに答えた。カミラのプレイングを見ていると、ヒーローに憧れていた頃の子どもに戻ってしまうようだ。

「けど、あれで足りるかしら?」

「……え?」

「リュートとファイトしていた時の教授さんは、はっきり言って引きがよくなかったのよ。2回戦はあなた、カミラさんのファイトばかり見ていたんでしょう?」

「う、うん……」

 そう言えば、ジュジュはジャッジをしていたので、手札の見える位置にいたのだった。

「しっかり回ったあのデッキはえげつないわよ。そして、あまんでぃーぬはすでにリアガードにいるから恐らくは今回も……」

「スタンド&ドロー!」

 ぼそぼそとしたジュジュの声をかき消すように、キョウジがカードを引き、彼もライドデッキから最後のカードを手に取った。

「《迫りくる牙 ケイオス》にライドします!!」

 穏やかな笑みを浮かべていた、人に近い容姿をした悪魔の足元からボコボコと影が泡立ち、そこから長大な黒い蛇がゆっくりと伸び上がると、月を覆い隠すように喉を広げた。

 それはまるで影が光を呑み込んだかのような、異常にして背徳的な光景であった。

「ケイオスのスキルでソウルチャージ! トリガーがソウルチャージされたので、1枚ドロー!

 まずはあまんでぃーぬのスキル発動! このターン、ソウルチャージに+1される!

 さらに手札を1枚捨て、ケイオスのスキル発動! 山札の上から3枚見て……1枚を手札に加え、1枚をソウルに、そして《冷徹な遂行者 ミカニ》をコールします!」

 次々とヴァンガードの下にソウルが積み重なっていく。現在のソウルは8枚。

「ミカニのスキルで、ソウルブラストしたグレードと同じユニット……エルネスタを退却!

《ブレインウォッシュ・スワラー》をコール! 登場時、ソウルチャージ2!! 加えてパワー+10000!!

《混沌を司る者》をプレイします! 山札の上から5枚見て、3枚をソウルに! ソウルから《ジュエルコア・ドラゴン》をスぺリオルコール!」

 これでソウルは11枚。

「ソウルの《フレイミング・ポニー》のスキル発動! このユニットをバインドし、ソウルチャージ3!!!

 これで俺のソウルは13枚! そしてそのすべてが違う種類です!」

 キョウジがソウルのカードを扇状に広げて公開しながら宣言する。

「ああ、なんて綺麗なの……」

 ジュジュが顔をほんのり赤らめながら呟いた。

「途中、ミカニのスキルでソウルブラストする余裕まであった。

 極上のプレイングは、極上のワインのように、それだけで酔えるわね……」

 自分とは違う大人びた表現に、リュートは感心したように頷きかけ……。

「ちょっと待て、未成年。今、お前なんて言った」

「あら、知らないの? 外国では16歳で飲酒できる国もあるのよ」

「……ヒマラヤと言い、なんで国レベルでフットワークが軽いんだよ、君は!?」

「そんなことより、ファイトを見なくていいの?」

「あっ!!」

 リュートが慌てて盤面に顔を向けると、キョウジがさらにユニットをコールして、バトルフェイズに移行したところであった。

「ミカニでヴァンガードにアタックします!」

「《永久に分たぬ夜明曲 イレーネ》でガード! エレオノーレでインターセプト!」

「さあ、ここからが本番ですよ!

 ジュエルコアのブースト! ケイオスでヴァンガードにアタック! アタック時、すべてのリアガードのパワー+10000!! さらにミカニもスタンド!!

 ケイオスのパワーは46000! ★は2です!」

 悪魔の浮かべていた穏やかな笑みがゆっくりと変質していく。玩具を壊して遊ぶ子どものような、愉悦と享楽に満ちた倒錯的な微笑み。彼の背後にいる闇より黒い蛇が、大口を開けて吸血鬼に喰らいつく!

「《くいしんぼう ノーラ》2枚と、《珠玉の一曲 エドウィージュ》でガード!」

「ツインドライブ!!

 ファーストチェック……ゲット、★トリガー!

 ★は《クリムゾン・イクスペラー》に!! パワーはミカニに!!

 セカンドチェック……ゲット、引トリガー! 1枚引いて、このパワーもミカニに!!」

 吸血鬼を呑み込んだ巨大な蛇に、無数の線が走ったかと思うと、内部から細切れに斬り裂かれた。吸血鬼が爪の間に挟まった影を、赤い舌でぺろりと舐め取る。

 だが、悪魔が生み出す蛇はその1匹だけではない。

「スワラーのブースト! イクスペラーでヴァンガードにアタック! アタック時、ソウルチャージ2して、スワラーのパワーさらに+10000!! 合計パワーは……」

「このターン、スワラーが登場してから行われたソウルチャージは計7回。スワラーのパワーは53000、イクスペラーのパワーは20000。合計73000だね」

「……!! その通り!! さあ、受けますか? それとも防ぎますか!? あなたの選択を俺に見せてください!!」

「ノーガードだよ。

 ダメージチェック……2枚ともトリガーはないね」

「あまんでぃーぬのブースト! ミカニでヴァンガードにアタック!! 合計パワーは78000です!!」

 主とは対照的に一切の表情を浮かべない従者が、吸血鬼に銃を向ける。

 その瞬間、耳をつんざく破裂音と、無数に瞬く光の華が、従者の五感を遮った。

「《光花瞬く夜想曲 ユーディット》で完全ガード!」

「……完全ガードを持っていたにも関わらず、★の乗ったイクスペラーのアタックを防がなかった。

 次のターンにすべてを賭けるつもりですね。

 面白い。あなたの全力、この俺が受け止めてみせましょう!

 俺はこれでターンエンドです!」

「…………」

 キョウジからターンエンド宣言があったにも関わらず、カミラはガーディアンサークルにカードを置いた体勢で、俯きがちになったまま動かなかった。

「……カミラさん?」

 悪寒が背筋を駆け廻り、リュートが恐る恐る声をかける。

「…………ふっ」

 長い沈黙の後、カミラの口元から小さく吐息が漏れた。

「あっはっはっは! これは危なかった! ひさしぶりだよ! ここまで追い詰められたのは!」

 かと思うと、大声で笑いだした。

「面白いなあ、教授! 君とのファイトは! あはははははっ!!」

 それはだいたいいつも笑っているカミラの、リュートが見たことのないような笑い方だった。

 リュートとファイトしているカミラが浮かべている笑みが、遊戯(ゲーム)を楽しんでいる笑みだとしたら、今のカミラはまさしく闘争(ファイト)を愉しむ獰猛で苛烈な笑み。

 その姿はまるで――

(吸血鬼――!!)

 カミラと初めて出会った時以来、リュートは彼女に畏れを抱いた。

(教授の強さが、僕もまだ見たことのないようなカミラさんの表情を引きだした……)

 嫉妬にも似た憧れが、黒い炎となってリュートの肺腑を焦がす。

「こんなにも面白いファイトを終わらせるのは忍びないが、そろそろ私には時間がなくなってきたようだ……。このターンで終わらせる」

 が、続くカミラの言葉を聞いて、あらゆる感情が吹き飛んだ。異常な笑い方に誤魔化されそうになっていたが、彼女の口元にはいつの間にか血が滲んでおり、手札を持たない右手はさりげなく心臓のあたりを鷲掴みにするように添えられていた。

「カミラさん!!」

 リュートが慌てて駆け寄ろうとし、店長と、いつのまにか合流していたロウも動きだす。

 その3人を制するように、カミラは右手を突き出した。

「おっと、どうか止めてくれるなよ。こんなにも楽しいファイト、そうそう味わえるものじゃない」

「……でも」

 リュートが返答に窮していると、店長はほんの少しの間だけ目を閉じ、小さくブツブツと呟いたかと言うと、すぐに目を見開き裁定を下した。

「このターンにカミラさんが勝てなかった場合、キョウジ君の優勢勝ちとします。それでいいわね、ロウ君?」

「……いずれにしろ、カミラ様がファイト続行の意思を示すのであれば、私に止める権利はありません」

 ロウが静かに引き下がり、リュートと店長もそれにならってゆっくりとカミラから離れた。

「寛大かつ厳正な裁定に感謝します。

 さて、教授。少し騒がしてしまったが、ファイト続行だ」

「……いえ。俺とのファイトをそこまで評価して頂けて光栄です。しかし、勝ちを譲るつもりはありませんよ」

 キョウジが8枚の手札を掲げてみせる。ダメージは4点。容易く破れる布陣ではない。

「もちろんだ。

 スタンド&ドロー!!

 ペルソナライド!! 《宵闇月の輪舞曲 フェルティローザ》!!」

 吸血鬼が影を纏い、学園都市(リリカルモナステリオ)の制服から、ナイトウォーカーを想起させる漆黒の衣装へとドレスアップしていく。

 半透明な黒のヴェールを翻し、吸血鬼は弧を描くようにして夜空に跳ねた。

「《紡ぎ重ねる追走曲 ディートリンデ》をコール! スキルで《永久に分たぬ夜明曲 イレーネ》をスペリオルコール!

 そして手札に残された最後の1枚。このカードが私の切り札だ!

 セットオーダー《世界周遊スペシャルライブツアー!》をプレイ!!」

「!?」

「えっ!?」

 キョウジと、そしてリュートが同時に目を見開いた。

(そんなカード、僕は使われたことない……)

 カミラとファイトを続けた約半年もの間、一度も引かれなかったということだろうか。そんな馬鹿な。

「……《世界周遊スペシャルライブツアー!》、ですか。なるほど。フェルティローザに採用するにはリスクも大きいですが、確かに効果は絶大……」

 口元を押さえながら呟くキョウジの声が聞こえてハッとする。

(そうだ。《世界周遊スペシャルライブツアー!》はコストも重いし、ドライブチェックで引いた場合は、フェルティローザでスペリオルコールもできない。入れたからと言って、必ずしも強化に繋がるカードじゃない……!!)

 それでもなお《世界周遊スペシャルライブツアー!》を採用する理由があるならば……。

(格上を相手に、勝ちに行くため。大敗の可能性を上げてまで、勝ち筋を増やしたんだ)

 カミラはリュートからキョウジが全国大会経験者だということを聞かされている。ならば間違いなくそこが山になるだろうと読んで、デッキのカードを入れ替えたのだ。

 リュートとのファイトでは、そこまでする必要が無かったというだけのこと。

 だが、手加減されていたのだとカミラを責める気にはならなかった。

 リスクを負わなくても勝てる相手に不必要なリスクを負うのは、それこそ手加減と侮辱に値する行為だろう。

(……ああ、けど悔しいな)

 リュートの瞳から、涙が零れる。

(……いつか僕もカミラさんを本気にさせたい)

 だが、その『いつか』は有限なのだ。今日のファイトを見て、やはりカミラにはもう時間が無いのだということを、改めて確信した。

「CB2で《世界周遊スペシャルライブツアー!》のスキル発動! このターン、私のリアガードにパワー+5000するスキルを、フェルティローザに与える!」

 そんなリュートの想いをおいてけぼりにして、カミラは楽しそうにファイトを続けていた。

「バトルだ! さあ、教授! 再計算は済んだかな?

 ヘルミーナのブースト! ディートリンデでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード……ノートリガー……っ」

 キョウジのダメージゾーンに5枚目のカード。

「ディートリンデはデッキの下へ。

 イレーネのブースト! エデルガルトでヴァンガードにアタック!」

「《四精織り成す清浄の盾》で完全ガード!」

「エデルガルトはデッキの下へ!

 フェルティローザでヴァンガードにアタック!!」

「《リキューザルヘイト・ドラゴン》で完全ガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……《胸に募る慕情 フロレンツィア》! ……このカードはスペリオルコールしない!」

 カミラの宣言に、会場がざわついた。

「……ふぅん。悪いカードでは無かったと思うけど」

「……カミラさんはもう最大値しか狙ってないよ。そうしなければ勝てない相手だと、教授を認めたんだ」

 疑問を呈するジュジュに気付かれないよう、涙をそっと拭いながらリュートが答える。

「2枚目……《巡り星の綺想曲 イングリット》! このカードをスペリオルコール! CB1することでドライブ+1! さらにイングリットのスキルでカウンターチャージ!

 3枚目……《晴れ待ちの紫陽花 フィリーネ》! このカードもスペリオルコール! ドライブ+1!

 4枚目……治トリガー! ダメージ回復し、パワーはイングリットに!」

「……これはこれは」

 キョウジが驚愕と悔しさが混じり合ったような表情を浮かべながら、感心したように呟いた。

「フィリーネでヴァンガードにアタックッ!!」

「……ノーガードッ!!」

 霊体となったゴースト達が次々とぶつかり、悪魔の影から絶え間なく生まれる蛇を間髪いれずに破壊していく。

 そうしてできた花道を、吸血鬼の少女は悠々と進み、ついに悪魔のもとへと辿り着くと、優雅に爪を振り上げた。

 眼前に迫る麗しき破滅を前に、悪魔は恍惚とした笑みを浮かべ……薔薇の花びらが吹き飛ぶように、鮮血が舞い散った。

 

 

「……ダメージ、チェック。俺の負けですね」

 6枚目のカードをダメージゾーンに置いたキョウジが宣言するも、歓声はあがらなかった。

 誰もがその壮絶な戦いに魂を奪われたかのようだった。

「はぁ……はぁっ……! 私の、勝ちだっ……!!」

「ふう……。……ああ、悔しい。コストとなるダメージを与えすぎましたか……」

 ふたりとも激しい運動をした後のように息を切らしており、顔面にびっしりと浮かんだ汗が宝石のように輝いていた。キョウジなど公認大会でもないのに、目尻には涙を浮かべている。

(ああ、そうか……)

 そんなふたりを眺めながら、リュートは漠然と答えを見つけた。

(僕に足りないのは、これだったんだ……)

「本当に楽しいファイトだった。最高の思い出をありがとう」

「……こちらこそ。これほどのファイトは、全国大会でもそうそう味わえませんでしたよ」

 カミラとキョウジが堅く握手を交わすと、大歓声がようやく小さなファイトスペースをどっと震わせた。

「カミラさん、優勝おめでとう。体調は大丈夫?」

 惜しみない拍手の中、店長が賞品のカードを手渡す。

「ええ。ご心配をおかけしました」

 受け取ったカードを大切そうに抱きながら、見た目は平然とカミラが答える。

「さて! 名残惜しいけれど、最後に記念撮影してお開きにしましょう! ロウ君!」

「かしこまりました」

 店長に呼ばれたロウが、どこからか高そうなポラロイドカメラを取り出し、これまたどこからか取り出した三脚に取りつける。

「……んん? ……え? 何? 何があったの?」

 さすがに騒々しくしすぎたのか、今さら目を覚ましてきょろきょろとあたりを見渡すメイもジュジュに手を引かれ、カミラとキョウジを取り囲むようにして今日の参加者が全員集合した。

「それでは皆様。笑ってください」

 真顔のロウにそんなことを言われても苦笑するしかないが。

 皆が思い思いのカードを手に取り、思い思いの表情を浮かべた最高の一瞬を、パシャリと軽い音が永遠に四角く切り取った。

 

 

「今日は心配をかけてしまったね、リュート君」

 帰りのリムジンの中、ストロボのように流れる夜景を眺めていたカミラがポツリとそんな話を切り出した。

「けど、この場では謝罪ではなく、この言葉を君に伝えたい」

 言いながら、カミラがまっすぐにリュートへと振り向いた。

「ありがとう」

 それは常に飄々とした微笑みで本心を隠す彼女にしては珍しい、心からの笑みだった。

「……どうも」

 気恥ずかしくなったのか、今度はリュートが窓の外へとふいと目を背けた。

 カミラは苦笑しながら、手にしていた1枚の写真に視線を落とす。

 そこではカミラが微笑み、メイが寝ぼけ眼で、ジュジュが心霊写真のように佇み、キョウジが穏やかな笑みを浮かべ、リュートは笑顔ながらも、何かを決意したような大人びた視線をカメラに向けていた。

「今日は私が生きてきた中で、間違いなく最高の体験だった。君には感謝してもしきれないよ」

「企画したのは店長とロウさんです。僕は大したことをしていません……」

「それでも、君が動いてくれなければ、今日の奇跡は無かった。だから私は君に一番感謝しているんだよ。

 私は最後の1年で最高の友人と出逢った。これからも頼りにさせてもらうよ……()()()()

 いつもと違う調子で名を呼ばれ、リュートは思わず振り返る。

「ようやくこっちを見てくれた」

 悪戯っぽく目を細めて微笑むカミラから、今度は目を離すことができなかった。

 光と闇の中、心臓の鼓動にも似た揺れを感じながら、カミラと見つめ合うこの時間がずっと続けばいいのにと、リュートは夢見るように願った。




カミラさん、はじめてのショップ訪問回。
そして、カミラVS教授の一戦をお届けさせて頂きました。
これまでの登場人物も全員集合のお祭り回です。
お楽しみ頂けましたでしょうか?
感想など頂ければ幸いです。

『煌求者使い』を名乗らせておいて、エバしか使わないようじゃさすがに具合が悪いだろうということで、今回は教授にケイオスを使わせてみました。
一応、ブラントゲート含まれてるし、ダークステイツだけまだ未登場だったし、ということで。

それでは、また10月にお会いしましょう!
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