ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

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第8夜「猛き孤狼の奏鳴曲」

 その屋敷の書斎は図書館と見紛うほどであった。

 端から端が見えないほどの広い部屋に、人ひとりが通れるだけのスペースを空けて本棚が敷き詰められた様は、さながら迷路の様相を呈している。さらにそのいずれにも古びた装丁の本がぎっしりと詰め込まれており、まさしく知識の集大成とも言える部屋であった。

 そんな部屋の片隅で、ひとりの少女が踏み台の上に立って、棚の一番上にある本を取ろうとしていた。年の頃は10代になったばかりか。華奢な体躯に、華憐な夜色のドレスを纏っている。年の割には整っているものの、まだあどけない顔立ちは、あまり古書には似つかわしくなく、実際、彼女が伸ばす指の先には、彼女の胴体ほど大きく分厚い本があった。

 だがしかし、悲しいかな。少女が利用している踏み台は大人が高いところにある本を取るために用意されたものである。彼女がその上に立ち、背伸びをして、必死に腕を伸ばしても、求める本には届かなかった。

 それでもなお諦めずに、左手でしっかりと棚を掴み、つま先立ちの体勢になって上背を補い、ピンと右腕を伸ばすと、ようやくその細い指が本にかかった。傾いた本がするりと本棚から抜け落ち、彼女の胸の中におさまっていく。だがその重みに、不安定な体勢で立っていた少女は耐えられなかった。

「おや?」

 踏み台から足を滑らせた少女は、危機的状況にしては落ち着いた声をあげて、頭から床へと落ちていく。ゆっくりと動く時間の中、諦めたのか目を閉じた少女だったが、彼女の頭が床に叩きつけられることはなかった。代わりに柔らかくも力強い感触がしっかりと少女を受け止めていたからだ。すぐ傍では取り落とした本が床に激突し、鈍い音を広い部屋に響かせる。

「お怪我はございませんか? お嬢様」

 少女がゆっくりと目を開くと、灰色の髪をひっつめにして束ねた、褐色肌の男が視界に入った。年齢はよくわからない。若者のようにも見えるが、老成した雰囲気も感じさせる不思議な男だ。皺ひとつない顔には、人を安心させる柔和な笑みを浮かべているが、聡い少女には、苛立ちと怒りが含まれているように感じられた。

「君は?」

 少女が尋ねる。

「申し遅れました。(わたくし)大神(おおがみ)ロウと申します。先代の執事長に代わって、新たな執事長として雇われました。浅学非才の身ではございますが、どうかお見知りおきを……」

「面白い謙遜をするね。自分に不可能はありませんという顔をしておいて」

 少女は鼻で笑うと、男の手から逃れるようにすっくと立ち上がり、胸に手を当て、自嘲するように微笑みながら名乗りをあげた。

「助けてくれてありがとう。私の名は鈴導(りんどう)カミラだ。見ての通り、ひとりでは何もできない無力な女だよ」

 それが鈴導カミラと大神ロウ主従、最初の出会いであった。

 

 

 真っ白な解答用紙を前にして、如月(きさらぎ)リュートは頭を抱えていた。

 それは学校のテストではない。カミラが倒れた場合を想定した、症状から、その病名と対処法を答える問いにはじまり、カミラが服用している薬の名前やその成分、効能を答える問題まで。

 カミラをダイナミック――国内最大規模のヴァンガード大会である――に連れていくため、そのカミラから告げられた条件こそが、リュートがロウの医療知識と技術を得ることだった。これはそれを試すための試験である。

 もちろん事前に授業は行われているが、習ったことを応用してはじめて解ける問題が多く、非常に嫌らしい。

 もし赤点(100点中99点以下を指す)を取ろうものなら、補修を経て再テストとなる。そこで満点を取るまで、教室(鈴導家の使用人が研修に使う部屋らしい)から出ることを許されず、それは深夜0時に及ぶこともあった。それが何を意味するのかと言うと、その日はカミラに会えなくなるのである。限られたカミラとの時間と、自分が強くなれる機会が失われてしまうのである。

 リュートは歯を食いしばり、ファイトをしている時に迫る集中力で少しずつ回答用紙を埋めていく。

 そんな中、ひとつだけ安心していることがあった。

(ロウさんは、本気で僕に知識を授けてくれている)

 カミラがダイナミックの会場へ行くことを強く反対していたロウなので、適当に不合格にさせられるのではないかと警戒していたのだが、その心配だけは無さそうだ。

 それもきっとカミラの命令だからだろう。あの執事は、カミラに意見することはあれど(それもリュートの知る限り、ダイナミックの件が最初で最後だが)、絶対に逆らうことはない。

(何がロウさんにそうさせるんだろう……)

 鈴導家に仕える執事だから、というだけではないような気がする。ふたりの間には、主従とは別の、強固な絆のようなものが感じられた。

 あと2問、どうしても埋まらない回答から現実逃避するように、リュートが物思いにふけっていると。

「あと5分でございます」

 ロウから丁寧だが事務的な口調で残り時間が告げられた。

「……」

 山勘で回答を埋めることはできる。だが、リュートはそれをしなかった。この問いのひとつひとつにカミラの命がかかっている。点さえ取れればいい学校のテストとは違う。偶然正解したところで、それには何の意味も無い。

(わからないところは、素直にわからないと言って教えてもらおう)

 ロウは(見た目だけなら)嫌な顔ひとつせず、わかるまで懇切丁寧に何度でも説明してくれる。

 その誠意に、リュートも誠意で応えたかった。

 

 

 書斎で手に入れた本を胸に抱いた鈴導カミラと共に、大神ロウは鈴導家の渡り廊下を歩いていた。

「ああ。やっぱり角のところがへこんでしまっているね。父様に怒られてしまうな」

 本の角をなでながら、カミラは拗ねたように口をとがらせる。

「私なんかよりも、本を受け止めてくれればよかったのに。先代の執事長や、私の両親から聞いているとは思うが、私はもう長くない。けれども、この本は違う。これからも何世代に渡って読み継がれていくんだ」

 あの何千冊とある蔵書の中から、次にこの本が抜き取られるのは何世代先になるのかは不明だが。ロウはその疑問には触れず、まったく別のことを少し厳しめの口調で告げた。

「これからは、高いところにある本を所望される場合は、私や他の侍従にお申し付けください」

「さっきも言ったけれど、自分のことは自分でしたいんだよ」

 カミラが胸に抱く本も、はじめはロウが部屋まで運ぶことを提案したのだが、そのくらいのことは自分でできると、断固として断られた。そのため、ロウは部屋に戻るまでを見守らせてほしいと代案を出し、カミラもそれを渋々と了承した。あんなことがあった後だ。目を離すのは怖い。

「それでもしカミラ様がお怪我をなされましたら、責任を負うのは、我々侍従どもでございます」

「……わかっているよ。……わかってはいるんだ」

 これまで自嘲はすれども飄々としていたカミラが、はじめて感情を滲ませ、苦しそうに言った。

 それからは会話らしい会話も無く、たっぷり10分かけて、ようやくカミラの部屋の前に辿り着いた。鈴導邸は広く、少女の足ではちょっとした冒険だっただろう。

「私はこれにて失礼致します」

 ロウは慇懃に礼をしてカミラの前から立ち去ろうとするが、すぐさま呼び止められた。

「待ってくれ。助けてくれた礼をしたい」

「礼も何も、これが私めの仕事ですので」

「これは命令だ。……君は私にこう言わせたいのかな?」

「……かしこまりました」

 命令と言われては、ロウの立場では逆らうことなどできない。本当はこの後も仕事が山積みなのだが、自分の器量であれば多少の遅れはすぐに取り戻せる。

 そうして半ば無理矢理連れ込まれたカミラの部屋は、最低限のものしか置かれていないこじんまりとしたものだった。もちろん家具のひとつひとつは最高級品なのだが、まるで自分がいつ死んでもいいように、あえて無駄を省いたような、そんな作りだった。

 カミラはシンプルな作業机に借りてきた本を乗せる。

「……16世紀ヨーロッパの医学書、ですか」

 背表紙を見たロウがぽつりと呟く。

「フランス語がわかるのかい? その通りだ。私の病気について、主治医は最新の医学で調べてくれているから、私は別の観点から調べてみようと思ってね」

 机の上には、その本の他にも、あらゆる国のあらゆる医療関係の本が積まれていた。中には医学というよりは黒魔術じみた怪しい本まである。そしてそれらの翻訳のためか、それらと同じ高さになるまで辞書も積まれてあった。

 だが、もっとも目を引いたのは『吸血鬼ドラキュラ』や『カーミラ』などと言った、吸血鬼を題材とした本だ。まさか吸血鬼になってでも生き延びるつもりなのか。しかしこれらは吸血鬼の資料ですらなく、純粋な小説だ。

「ああ、あれは私の趣味だよ。外国語を勉強するついでに、原文でも読んでみたくなってね」

 ロウの視線に気づいたカミラが楽しそうに語る。

「吸血鬼に興味がおありですか?」

「ああ。私と同じ夜に生きる存在でありながら、私とはまったく違う頑強な肉体と、不死の生命を持つだなんて、実に憧れるじゃあないか」

 劇の台詞をそらんじるように言いながら、カミラは部屋の隅に置かれていた茶会用の小さな丸テーブルと、椅子を動かすと、ロウに座るよう勧めた。

「ここで待っていてくれたまえ。紅茶を淹れてあげよう」

「紅茶でしたら、私がお淹れ致しますが」

「君はゲストなのだよ? いいから座っていてくれたまえ」

 使用人が主の娘に紅茶を淹れられるという落ち着かないひと時を経て、カミラの手から紅茶が提供される。

「最近は紅茶にハマっていてね。味にバリエーションがあって楽しいし、眠気覚ましにもなる。是非とも君の忌憚のない意見を聞かせて欲しい」

「正直に申し上げてもよろしいのですか?」

「もちろんだとも」

 香りを嗅いだ時点で、実はすでに答えは出ていたのだが、ロウは念のため紅茶を口に含み、舌の上でよく味わってから飲み干すと、改めて結論を述べた。

「不味い」

「えっ?」

 カミラが貧血にでもなったようによろめく。自信があったのだろうし、そうでなくともここまで直接的に否定されることは想像だにしていなかったのだろう。実際、カミラの淹れた紅茶は一般の味覚からすると悪いものではなかった。だが、それ以上にロウの理想が高すぎた。

「ど、どこが悪かったのかな……。改善点があれば教えて欲しい」

「口で言っても分かるものではありますまい。私が手本を見せて差し上げましょう」

 カミラが気落ちしている隙に椅子に座らせ、ロウは彼女が使っていた紅茶セットと向かい合う。さすが鈴導家だけあって、道具に申し分は無い。

 並べられた茶葉の中から、あえてカミラが使っていたものをポットに入れ、沸騰した湯を注ぐ。

 その後、今の気温と湿度から絶妙なタイミングでポットの紅茶をカップに注ぎ、カミラへと提供した。

「茶葉の風味を最大限に生かしました。まずは何も入れずにご賞味ください」

 カミラがカップを手に取ると、その小さな鼻腔がぴくりと動いた。平静を装ってはいるが、香りからして自分が淹れたものと違うことに気付いたのだろう。

「……いただきます」

 カミラがゆっくりとカップに口をつける。

「う、うまっ……! これが私と同じ茶葉を使って淹れた紅茶なのか……!?」

 少しお行儀悪く、カップを手にしたまま、カミラが目を見開いた。

「ロウ君! この紅茶の淹れ方を私にも教えてくれないか!?」

「この境地に至るまで、10年はかかりますが?」

「じゅっ、じゅうねん……」

 取り落としそうになったカップをソーサーに置きながら、カミラは絶望的に顔を歪めた。10年と言えば、彼女の人生すべてをかけることに等しい。

「そんな努力をせずとも、カミラ様がご命令頂けましたら、私がその日に合った最高の紅茶を毎日淹れて差し上げますが?」

 彼女の堅い意志に生じた僅かな隙間に、執事(あくま)の如く囁く。

「…………わかった。これからは毎日、私の部屋に紅茶を淹れにきてほしい」

 それに屈したカミラは、苦渋の表情を浮かべながら命じた。

「かしこまりました」

 慇懃に頭を下げながら、「ざまあみろ」とロウは心中でほくそ笑む。

 人の上に立つ者として生まれてきた連中には想像もつかないかも知れないが、世の中には仕えることに喜びを見出す人種も存在するのだ。頼られないことこそ、彼らにとっての屈辱であり侮辱である。

(だが、重い宿命をひとりで抱え込むこの娘なら、俺が満足できるような仕事を与えてくれるかも知れんな)

 同時に、誰よりも弱い存在でありながらも懸命に生きようとする少女に、彼なりの好感も覚えていた。

 

 

 リュートがロウの教えを受けるようになってから半月が経過した。

 休憩時間中、リュートは休憩室に移動することも億劫になり、椅子に深くもたれかかると、沸騰しそうなほど熱を帯びた頭に濡れタオルを乗せて冷ましていた。ここまで脳を酷使したことは、彼の人生においてはじめての経験であった。休憩時間は30分。この間に、どれだけ脳と体を休められるかで、後半の理解力が違ってくる。

「失礼致します」

 そんなことを考えていると、ロウに声をかけられた。今までになかった展開である。

「お時間よろしいでしょうか?」

「あ、はい」

 リュートは濡れタオルを手に持ち替えながら、姿勢を少し正してロウへと向き合う。

「そう言えば、リュート様とファイトをしたことがなかったと思い至りまして。よろしければ一戦いかがでしょうか?」

「ファイト!? ロウさんもヴァンガードをするんですか!?」

 唐突な申し出に、リュートは腰を浮かして尋ねた。

「私はカミラ様の執事ですよ」

 なんとも説得力のある言葉である。

(ロウさんもヴァンガードファイターだった……! きっと強いに違いない! やってみたい!)

「ぜひ! ぜひ、お願いしますっ!」

「かしこまりました。……それにしても」

 これまで無表情だったロウが、苦笑するように口元を動かした。

「どれだけ疲労していてもファイトは別。そういうところはカミラ様と同じでいらっしゃる。

 まあ、リュート様のように健康でしたら何も問題は無いのですが、カミラ様は自分の体が限界であっても、それに気付かずファイトを優先してしまうような方ですので、執事としては目が離せません」

「……そう言えばそうでしたね」

 リュートがカミラと初めてファイトした時も、カミラはファイトを終えてすぐ血を吐いて倒れたのだ。

 そんなことをリュートが思い出している間にも、ロウはテキパキと椅子と机を動かし、プレイマットを敷いて即席のファイトテーブルを完成させてしまっていた。リュートも慌ててデッキを取り出し、準備を始める。

「……失礼」

 先にカードを引き終えたロウは、髪をまとめていたヘアゴムをはずすと、髪に指を突っ込み、ぐしゃぐしゃにかき混ぜた。ポマードで固められた灰色の髪が、狼のたてがみの如くバサバサに広がっていく。

「一瞬たりとも気を抜くな。惨めに潰されたくなければな」

 そして、口調と気配ががらりと変わった。

(この人……!!)

 彼は今、執事としてではなく、大神ロウとして自分と向かい合っているのだとリュートは直感した。

「よ、よろしくお願いします……!!」

 放たれるこれまで感じたことのない異質な気配に気圧されないよう、リュートは声を張り上げた。

「はじめるぞ」

 ロウが淡々と告げ、ファーストヴァンガードに指をかける。

「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」

「《アンキャニィ・バーニング》」

「《九尾の妖狐 タマユラ》!」

「俺のターン。スタンド&ドロー。

《ディープ・ソニッカー》にライド。スキルでソウルチャージ」

(ロウさんのデッキは、バロウマグネス……?

 ……まさか、ここから《断空の魔刃 トランスローター》とか出てこないよね?)

 リュートの脳内で、奇をてらうことが大好きな友人が「ひひっ」と不気味に笑う。

「……どうした? お前のターンだぞ」

「あ、すみません! スタンド&ドロー!

 ライド! 《穏やかな日差しの中で タマユラ》!

 まずは1枚ドロー! 山札の上から7枚見て、《命を灯す幽けき光》を手札に加えます!

 タマユラでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

「ドライブチェック! ……(クリティカル)トリガー! 効果はすべてタマユラに!」

「ダメージチェック。2枚ともトリガー無しで、ターンをもらうぞ。

 スタンド&ドロー。

《エレクトロ・スパルタン》にライド。

 スパルタンでヴァンガードにアタック」

「ノーガードです!」

「ドライブチェック……★トリガー。効果はすべてスパルタンに」

「ダメージチェック……2枚とも、トリガーはありません」

「ターンエンドだ」

「僕のターン! スタンド&ドロー!

 ライド! 《燃える祭祀 タマユラ》! タマユラのスキルでドロップからララミを手札に加えます!

 そして……オーダーカード《壊れたオモチャ》!

 山札の上から7枚を見て、その中から山札からリリミを、ドロップからララミをそれぞれソウルへ!

 ソウルにリリミとララミが揃ったので1枚ドロー!」

「なるほど。手札がララミで偏っていたところをオーダーでカバーしたか」

「ララミと《忍妖 フォークテイル》をコール! フォークテイルのスキルで《縁由の忍鬼 ツムギ》をソウルに置いてバトルです!

 タマユラでヴァンガードにアタック!」

「《フリンティ・スラッシャー》でガード」

「ドライブチェック……★トリガー! 効果はすべてララミに!

 フォークテイルのブースト、ララミでヴァンガードにアタックします!」

「ノーガード。

 ダメージチェック。1枚目、(ヒール)トリガー。ダメージ回復。2枚目はトリガーではない」

「僕はこれでターンエンドです」

 ここまででダメージはリュートの2点に対し、ロウは3点。

 だがロウは次のターン、G3にライドできる。

「スタンド&ドロー。

 ライド! 《重力の支配者 バロウマグネス》!!」

 不敵な笑みを浮かべた紫髪の青年が惑星クレイに降り立った瞬間、大地が抉れた。長身だがけっして大柄なわけでもない男が一歩、また一歩と足を踏み出すたびに、その足元がまるで巨人に踏みしだかれたかのように陥没していく。

 彼の名はバロウマグネス。『重力の支配者』の異名を持つ、無頼の能力者である。

(やっぱりバロウマグネスか……!)

 脳内で「ひひひ」と笑い続ける、友人の幻想を振り払う。

「ボサッとするな。ここから先は地獄だぞ。

 スパルタンのスキルで手札の《フレイミング・ポニー》をソウルに。1枚ドロー&ソウルチャージ。

《幻想の奇術師 カーティス》をコール。ソウルチャージ2。

 ソウルの《フレイミング・ポニー》をバインドし、スキルを発動。ソウルチャージ2。さらにもう1枚、ポニーのスキルを発動」

(これでソウルは10枚……? 早い……)

 バロウマグネスは己のソウルに応じて力を増していく。その動向は常に注意が必要なのだが。

 手札から《磁極反転・天則決壊》を発動。ソウルチャージ3。バロウマグネスに前列のユニット+5000の能力を与える!

《セルフィッシュ・エングレイヴァー》と《ステムディヴィエイト・ドラゴン》をコール」

(え……? これって、もう……)

「バトルだ!!

 エングレイヴァーでヴァンガードにアタック!」

「ブ、ブリッツオーダー! 《命を灯す幽けき光》! タマユラに相手の前列パワー-10000させる能力を与えます!」

「アタック終了時、エングレイヴァーをソウルイン。カウンターチャージ。

 ステムディヴィエイトのブースト。カーティスでララミにアタック!」

「ノーガード。ララミは退却します」

「ステムディヴィエイトをソウルイン。バロウマグネスにパワー+2000」

「これでソウルが15枚……」

「この程度はできて当然だ」

 ロウが誇るでもなく、淡々と言う。

「こんなところで、まだ潰れてくれるなよ?

 バロウマグネスでヴァンガードにアタック!!

 アタック時、バロウマグネスのスキル発動!!

 1枚引き、バロウマグネスのパワー+10000、★+1! 敵味方すべてのユニットをソウルへ!!」

 バロウマグネスから放たれる重力がさらに強くなり、すべての命を圧し潰す。(ソウル)となったそれらはバロウマグネスに引き寄せられ、彼の中でさらなる力へと変換される。

「《ライラック・ラッシャー》と《ダイアフルドール あまんでぃーぬ》をスペリオルコール!」

 バロウマグネスが軽く指を曲げるだけで、周囲の岩が一斉に浮き上がり、次の瞬間には妖狐の少女めがけて降り注いだ。

「《スパークルリジェクター・ドラゴン》で完全ガード!!」

 それを小柄な竜が稲妻の盾を掲げて弾き返す。

「ツインドライブ!!

 1枚目、トリガー無し。

 2枚目、★トリガー。効果はすべてライラックに。

 あまんでぃーぬのブースト。ライラックでヴァンガードにアタック! 合計パワーは73000! これも★2だ!」

(幽けき光で連続攻撃の通りが悪いと見て、パワーを一点に集中させてきた……。防げない……)

 内心の動揺を悟られないよう、リュートはテーブルの下で拳を握りしめる。

「ノーガードです。ダメージチェック……2枚とも、トリガーはありません」

 リュートのダメージゾーンに、3枚目、4枚目とカードが置かれる。

(この人、強い……。パワーとアタック回数を高い水準で両立している途轍もない攻めだ。これじゃまるで……)

「カミラ様のようだ、か?」

 リュートの考えていることを、ロウは超能力者のように読み当てた。

「お前は何か勘違いをしているな。カミラ様の従者だから、俺はカミラ様よりは弱いとでも思ったか?

 あの方にヴァンガードを教えたのは誰だと思っている?」

「!?」

「ひとつ忠告しておこう。

 俺はカミラ様よりも強いぞ?」

 目の前で、人の姿をした狼が牙を剥いて笑った。

 

 

 それからロウは、たびたびカミラの下を訪れるようになった。

 彼女のために紅茶を淹れることから始まり、次に本の翻訳を手伝った。ロウはあらゆる国の言葉を話すことができるので、カミラがわざわざ辞書を使って翻訳するよりも、よっぽど効率的なのだ。大抵のことはひとりでやりたがる彼女だが、時間の短縮を言われると弱かった。

 何か趣味が欲しいと相談されたので、カードファイトを教えたのもこの頃だ。

 そうして彼女に接しているうちに、ロウはカミラに興味を覚えるようになった。

 はじめは何もできないくせに、プライドだけは一人前な、わがままなガキだと思っていたが、彼女は思った異常に聡明で気高かった。

 体が弱く、体力も無く、命数も短い。だが、幸いなことに彼女は名家の子女なのだ。すべてを使用人に任せ、自分は遊び惚けても、誰からも文句は言われないだろう。同情されながらも、かわいがられれて一生を終えることができるに違いない。

 だが、彼女は憐れまれることをよしとせず、自らの力だけで生きようとしている。もっとも、そんなわがままが許されているのは、鈴導家という裕福な家に生まれたおかげだからこそという欺瞞にも気付いている。

 長年、執事として様々な主に仕えてきたロウだが、これほど無謀で向こう見ずな、仕え甲斐のある人物に出会ったのは初めての事だった。

 ある時、ロウは彼女の前に跪いた。

「どうか私をあなたのしもべとしてください」

 もちろんカミラは反対した。

「やめてくれないか、ロウ君? 私は君のことをよき友人だと思っている。

 それに、君も知っている通り、私は人を使うのは好きじゃない。私は私の力で生きてみたいんだ」

「私はカミラ様の力そのものでございます」

「……どういう意味かな?」

「私は、あなたの生き方に惚れこんだからこそ、あなたに仕えたいのです。そして、私をそうさせたのは、あなたが持つ魅力という力そのものだ。

 どうか私のことを、自分の手足として、そして翼としてお使いください」

「……翼、か」

 驚きに目を見開いていたカミラだったが、やがて口元に手を当てながらくすくすと笑った。

「たしかに吸血鬼には立派な翼があり、そして忠実な従者がつき従うものだろう。

 ……わかった! 今後、君のことはしもべとして扱おう!」

「ありがたき幸せにございます」

 やはり彼女は聡明だった。ロウの言葉をすぐさま吸収し、その願いを受け入れたのだ。

「だが、覚悟してくれたまえ。こう見えて、私はけっこう手荒かも知れないよ? 契約を破棄したいと言っても、もう聞かないからね?」

「無理難題を吹っ掛けてくださる主こそ、私の求める主でございます」

「ふふふ。君も大概、変わり者だ。

 では、さっそく。私にはずっと胸に秘めていた野望があってね。私はずっと外の世界を見てみたいと思っていた」

 アルビノ体質な上に体も弱いカミラは、外に出たことがほとんど無かった。

「こんな私の体でも、太陽の出ていない夜ならば、外に出ても問題無さそうなんだ。……とは言え、さすがにひとりで出歩くのは心細いし、父様も母様も承知しないだろう」

「なるほど」

 この時点でカミラの望みはわかったが、あえて主の命を待つ。

「そこで、大神ロウに命じる。

 今夜、私を両親に気付かれないように外に連れ出し、あらゆる危険から守りぬけ!」

「承知致しました。その程度のこと、造作もございません」

 それ以来、カミラの平穏は彼にとっての使命となった。

 

 

「あなたがカミラさんより強いなんて……そんなこと、信じられるもんかぁっ!!」

 怒涛の如く溢れ出す感情のまま声をあげ、リュートはライドデッキから最後の1枚を掴み取った。

「ライド!! 《幽遠なる夜に タマユラ》!!」

 それはまるで花咲くように、妖狐の少女が九尾を優雅に広げる。

 その手の中に灯る鬼火が、月明かりの下で蒼白に瞬いた。

(盤面にユニットを残せないバロウマグネスが相手なら、僕のタマユラは最大限の力を発揮できる! このデッキはカミラさんにも勝てたデッキだ! このデッキで、カミラさんの強さを証明する!)

「《掘削竜 バリオディグニール》、《突貫竜 トライバッシュ》をコール!」

(だけどこの後は……どうする?)

 毎ターン、すべてのユニットを除去できるバロウマグネスを相手に、下手なユニットの展開は禁物だ。できればペルソナライドに合わせて一気に勝負を決めたい。

(……いや! 下手に守勢に回っても、この手札を守りに使わされるだけだ。

 ロウさんのダメージは3点とは言え、手札は4枚と少ない。ここで押し切る!)

「コール! 《焔の巫女 ソーニャ》、《焔の巫女 レオニー》、そして《焔の巫女 エルバ》!」

「……ほう? 思いきりは悪くないが」

 手札を使い切ったリュートを見て、ロウがはじめて表情を変えた。

「焔の巫女を3枚レストすることで、エルバのスキル発動! このターン、タマユラに前列ユニットのパワー+10000する効果を与える!!

 バトルだ!!

 バリオディグニールでヴァンガードにアタック!!」

「ステムディヴィエイトでガード」

「バリオディグニールをソウルに置いて、トライバッシュのパワー+5000!

 トライバッシュでヴァンガードにアタック!」

「《ダイアフルドール あれっさんどら》でガード。ライラックでインターセプト」

「タマユラでヴァンガードにアタック!! アタック時、トライバッシュをソウルに置いてタマユラの★+1!

 さらに、タマユラのスキルでリリミとララミをスペリオルコール!!

 リリミの効果であまんでぃーぬをソウルへ! ララミの効果で1枚ドロー!」

 焔の巫女の祈りが、儚い鬼火に力を与え、それは清浄なる業火へと姿を変える。タマユラが舞うように腕を振るうと、輝く火柱が地を奔った。

「《リぺルドマリス・ドラゴン》で完全ガード」

 炎がバロウマグネスに届く寸前、小さな飛竜がその翼でバロウマグネスを包み込み、結界を張り巡らせる。

「ツインドライブ!!

 1枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはリリミに!

 2枚目、……(フロント)トリガー。前列のパワー+10000……」

 飛竜が翼を大きく広げると、火柱を吹き飛ばすようにして結界が弾け、その中からバロウマグネスが姿を現した。無傷ではあるが、炎で焼け焦げた前髪を少し気にしていた。

「リリミでヴァンガードにアタック……」

「ノーガード」

「ララミでヴァンガードにアタック……」

「ノーガード」

 4枚目、5枚目と、ロウのダメージゾーンにカードが置かれていく。だが……。

(勝ちきれなかった……)

 心中でリュートが悔しがる。

(けど、ロウさんの手札はほとんど削りきった。盤面にユニットも残っていない。バロウマグネスとは言え、次のターンは凌ぎきれる……)

「……などと考えているのなら、見積もりが甘い!

 スタンド&ドロー!

 ペルソナライド!! 《重力の支配者 バロウマグネス》!!

 コール!! 《フレイミング・ポニー》、《デザイアデビル インケーン》! インケーンのスキルでソウルチャージ!」

(イ、インケーン!?)

 予想外のカードに、リュートが戦慄する。

「バトルだ!!

 ポニーでヴァンガードにアタック!」

「リリミとララミでインターセプト! この2体はソウルへ!」

「インケーンでヴァンガードにアタック!」

「《フレアヴェイル・ドラゴン》でガード!」

「バロウマグネスでヴァンガードにアタック!! 1枚引き、バロウマグネスのパワー+10000! ★+1! すべてのユニットをソウルへ置き、あまんでぃーぬ2体をスペリオルコール! パワー+10000!

 さらにインケーンのスキルで、このターン、バロウマグネスのパワー+5000! ドライブ+1!」

「《焔の巫女 ローナ》と《焔の巫女 ゾンネ》でガード! 1枚貫通です!」

「……終わらせる前に聞いておこう。お前の望みはなんだ、如月リュート? お前はカミラ様に何を求めている?」

 山札に手をかけ、カードをめくる寸前になってロウが尋ねた。

「僕はカミラさんに幸せになってほしいだけです!」

 リュートが即答する。

「それは俺も同じ。あの方は誰よりも幸せにならなければならないお方だ。

 だからこそ……」

 

「あの方に平穏無事な一生を送って頂く! それが俺の使命!!」

「あの人のやりたいことはすべて叶える! それが僕の望みだ!!」

 

 互いの咆哮が重なり合う。

 同じ女性の幸福を願いながら、けっして相容れることはない、ふたつの祈り。

「やはり貴様は危険だ、如月リュート! お前の存在はカミラ様を惑わせる! 貴様が現れなければ、カミラ様が無謀な夢を抱くこともなかった!

 トリプルドライブ!!!

 1枚目! トリガー無し!

 2枚目! ★トリガー!! 効果はすべてバロウマグネスに! この時点でダメージ貫通だが、それではまだ生ぬるい!!

 3枚目! 超トリガー!! 《怨恨の竜神王 ゴルマギエルド》!! バロウマグネスのパワー+1億!! さらにバロウマグネスのパワー+10000!! ★+1!!

 潰れて果てろ、如月リュート!!!」

 怨嗟を司る竜神の力を得て、バロウマグネスの力が暴走する。光すら逃れられぬ超重力の闇が彼を中心に増大し、世界が暗黒に閉ざされていく。

(……ああ、月が落ちてくる)

 滅びの光景を幻視しながら、タマユラの意識も闇へと沈んだ。

「ダメージチェック……僕の負けです」

 6点目で治トリガーは引けたものの、4ダメージを覆すには至らず、リュートの負けが確定した。

「今一度、問う。如月リュート」

「……はい」

「それでもなお、貴様の信念に揺るぎはないか」

「もちろんです」

 リュートは再び即答した。

「僕はカミラさんの夢を叶えたい。そのためにあなたを倒さなければならないのなら、この場で再戦を申し込みます」

「……いや。その言葉だけで十分だ」

 ロウが諦めたように首を振りながら言った。

「もしお前が腑抜けた言葉を返そうものなら、覚悟不十分として、すぐさま落第させてやれたのだがな」

「いや、休憩時間中にテストしないでくださいよ!?」

「俺はカミラ様の命には逆らえん。お前の能力が俺の求める水準にある以上、落とすことはない。その点だけは安心してくれていい。せいぜい励めよ、如月リュート」

「……は、はい!」

「……それでは授業を再開しましょうか。リュート様」

 手早く髪を整え直したロウが、執事に戻って立ち上がる。

「へ? ぼ、僕の休憩時間は?」

「これは異なことを。楽しいファイトの時間を過ごしたではありませんか」

 ロウは真顔でしれっと言ってのけた。本気で言っているのか、彼なりの嫌がらせなのか、判断しにくい。

(やっぱり前者かな? あの人の執事だし……)

 ファイトが別腹なのはロウも同じなようだった。

 一方で、今までに経験のない、感情をぶつけ合うようなファイトをしたからか、リュートはかつてないほど疲労していた。それでもリュートはデッキをしまうと、脇に置いてあったノートを広げ直した。

「よろしくお願いします、ロウさん!」

 条件はロウも同じ。ならば彼には負けたくなかったし、少なくとも弱みは見せたくなかった。

「はい。よろしくお願い致します」

 ロウは満足そうな笑みを浮かべると、完璧な一礼と共に授業を再開した。

 

 

「やあ、リュート。今月もこれで終わりだね」

 それから幾度目かの夜が過ぎた、とある夜。カミラが出合い頭にそんなことを言ってきた。

「来月はいよいよダイナミックだ。そろそろ答えを聞きたいな、ロウ。リュートは私を支えるに足るようになったのか」

「かしこまりました」

 影から現れたロウが一礼する。

「……合格でございます。リュート様は、私の教えをすべて学習されました。日帰りの遠出くらいなら、もはや問題はありますまい」

 告げる彼はいつも通りの無表情だったが、どこか面白くなさそうに見えるのは、リュートが彼の本心を知ってしまったからか。

「おめでとう、リュート。ロウに認められるなんて、すごいことなんだよ。とは言え、あまり心配はしていなかったけどね」

 実際は色々とギリギリだったのだが。相変わらず信頼が重い。

「ロウもご苦労様」

「もったいないお言葉。私は務めを果たしただけでございます」

 ロウはいつも通り、慇懃に頭を下げた。

「それでは、今日のファイトをはじめようか」

 カミラがいつものベンチまで歩きだし、リュートもそれに続こうとする。

 そしてロウとすれ違った瞬間――

「絶対にカミラ様を無事に連れて帰れ。あの方に何かあった場合、お前を殺す」

 ロウが耳元で囁いた。

「万が一にでもそんなことがあれば、そうしてくれた方が気が楽ですよ」

 すぐさまリュートが言い返す。

「……ふん。ガキが命を粗末にするな」

 先に物騒なことを言いだしたのはそちらだろうに、説教するような口調になってロウが言った。

「どうしたんだい、リュート? ずいぶんとロウと仲良くなったんだね」

 ベンチに腰かけ、ファイトの準備を始めていたカミラが、どこか嬉しそうに声をかけてくる。

「早くいけ。あの方にくだらん勘違いをされてはたまらん」

「はいっ!」

 リュートはそのどちらにも届くよう威勢のいい声を返すと、小走りにカミラの下へと駆けだすのであった。




はい!
ダークステイツ枠はもちろん、カミラ様の忠実なる執事、大神ロウでした!
エースユニットはもちろんバロウマグネス!
初期メンバーでありながらアニメでの扱いが不遇な、ユージン、六角宝珠、バロウマグネスは必ず活躍させると決めていました。
むしろ、この3体のためにゴシックを書き始めたと言っても過言ではありません。

……といいつつも、このお話を書き始める直前に公開されたバフォルメデスが、見た目も能力もツボだったので、バロウマグネスと入れ替えようか、割と真剣に悩みました。
いつか絶対どこかで書きたい。

次回はいよいよダイナミックの開催です。
お楽しみにして頂ければ幸いです。
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