ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

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第9夜「ふたりきりの行進曲」

 とあるドーム状の建物に併設された駐車場に、やたら高級そうな車が停車し、その場に居合わせた人々の注目を集めた。その運転席から出てきたのが、褐色の肌に、灰色の髪をひっつめにして束ねた、精悍な顔立ちの美青年ときたものだからなおさらだ。

 その燕尾服を着た執事然とした男が、後部座席を開けて、中の女性をエスコートする。そちらもまた天の川のように煌めく白髪をハーフアップにまとめ、青薔薇のコサージュで飾った絶世の美女であった。夜色のゴシックドレスが、雲ひとつない晴天の青空に映える。

 さらに、彼女の後を追うようにしてもうひとり、後部座席からゆっくりと姿を現した者がいる。それはどこにでもいるような平々凡々とした少年だった。堂々とした立ち振る舞いの、先のふたりと違い、落ち着かない様子できょろきょろと視線を彷徨わせている。

 美形の執事と、美貌の淑女という、ロマンスのような光景から一転、現実に引き戻されたギャラリー達は、まるで示し合わせたかのように自然と解散していった。

 

 

「私がお供できるのはここまででございます」

 執事服の男、大神(おおがみ)ロウがいつも通り慇懃に。だがどこか無念そうに深々と頭を下げた。

「ありがとう。今日は予定が詰まっているだろうに。悪かったね」

 ゴシックドレスの女、鈴導(りんどう)カミラがそれをねぎらう。

「もったいないお言葉。

 では、あとはよろしくお願い致します、リュート様」

「は、はいっ! まかされましたっ!」

 なんだか失礼なことを思われているなと感じて、周囲を見回していた少年、如月(きさらぎ)リュートが慌ててロウに向き直り、ごまかすように答える。

「それでは、私はこれにて失礼致します」

「しゃきっとしろ、間抜けが」と言いたげな視線を、カミラに見えないようリュートに向けてから、ロウは車に戻り、慌ただしく去っていった。

 瞬く間に小さくなる高級車を見送ってから、日傘を差したカミラが「さ、行こうか」とリュートに微笑みかける。

「はい! 行きましょう!」

 かくしてリュートは、事前に下調べしていたルートを通ってカミラを先道する。目指すは車に乗っている時から見えていた、巨大なドーム状の建物だ。全国でも有数の大きさを誇る、カードファイトに特化したスタジアムであり、ヴァンガードの大きな大会が催される場合、ここが会場となる場合がほとんどだった。本日実施されているヴァンガードの全国大会『ダイナミック』の決勝トーナメントも例外ではない。

 開場の2時間前から、この巨大なドームを取り囲むようにして長蛇の列ができていたらしいが、今、その周囲は閑散としている。この真冬にカミラを何時間も外に立たせるわけにはいかないので、あえて開場時間から1時間ずらして会場入りしたのだ。

 SNSによると、会場内はすでに人でいっぱいらしく、ドーム状の建物からは鼓動のような振動と、血潮のような熱が伝わってくるように感じられた。

「ふふ。いよいよだね……」

 常に堂々としているカミラも、この日ばかりは少し緊張しているようだった。無理もない。彼女自身がもっとも諦めていた夢が叶おうとしているのだ。

「ようこそいらっしゃいました!」

 ドームの入り口では、スタッフの女性が笑顔でふたりを出迎えると、入場特典のカードを手渡してくれた。ダイナミックの大会ロゴが箔押しされた、超トリガー《決意の精霊王 オルバリア》だ。

「いやあ、嬉しいねえ。こういったプロモカードをもらうのは、はじめてだよ。記念品を通信販売で手に入れるのも野暮だしね」

 会場へと続く通路を歩きながら、カミラがカードを照明にかざす。

「悪いけど、預かっておいてくれないかな?」

 そして、そのカードをリュートに手渡してきた。彼女は基本的に、荷物は執事のロウに持たせている。今日はリュートがその代わりというわけだ。

「わかりました」

 リュートは慎重な手つきをそれを受け取り、自分のプロモカードと一緒にデッキケースの隙間に差し込んだ。

「ありがとう。それじゃあ、行こうか」

 これまでリュートに先道を任せていたカミラが、待ちきれないとばかりに歩き出し、リュートも慌ててその後を追った。

 ふたりは並んで通路を抜ける。

 

 ――外の寒さを吹き飛ばす熱と、地鳴りのような歓声が、質量を伴って、どっとふたりにぶつかってきた。

 

「すごいね。これが全国大会の熱気というものか」

 これまで彼女が見たことの無かったであろう人の群れに、カミラが圧倒されたような声をあげる。

「はい。僕がプレイしていたFPSの全国大会もこんな感じでした」

「なんだ。ゲームは違えど、リュートはこの雰囲気の経験者なのか。同じ感動を味わえたと思ったのに」

 口を滑らせたリュートに、カミラがおどけたように拗ねてみせ、さっさと先へ進もうとする。

「あ、待ってください、カミラさん!」

 リュートは慌ててそれを呼び止めると、おずおずと手を差し出した。

「こっ、ここから先はっ、手を繋ぎましょう。ほ、ほら、はぐれると危険ですから」

 舌は噛み噛みになり、差し出した手は小刻みに震えてすらいる。顔は真っ赤になっていた。

 距離感の近いカミラと手が触れ合うことなど日常茶飯事なのだが、自分からそれを提案するのは、すごく照れ臭かった。

「それもそうだね。もちろん構わないとも」

 そんなリュートの気持ちを知ってから知らずか、カミラは平然と微笑みながら、華奢な掌を差し出す。ガラス細工のように脆く繊細なそれを、リュートはけっして離さないよう、きゅっと優しく握りしめた。

「そ、それじゃあ、まずはどこに行きましょうか!」

 リュートの声が不自然に大きくなっている。

「経験者のリュートにお任せするよ」

「僕もヴァンガードの大会は初めてなんですけど……。

 とりあえずここから近い物販コーナーに行ってみましょうか。僕の都合ですけど、欲しいアイテムがあるんです」

「ああ。ユージンのスリーブが販売されているのだったね。異論は無いよ」

 こうしてふたりは物販コーナーへと向かう。物販コーナーは、会場直後こそ満員だったらしいが、その反動か、今は空いていた。

 テーブルに並べられた限定品の数々はどれも輝いて見え、カミラの瞳も同じようにきらきらと煌いていた。

「さっきのPRカードもそうだったけど、こういった商品を買う機会が私には無かったからね。せっかくなので私もひとつ記念に買っておこうか。

 このダイナミックのロゴスリーブなんかは、どんなデッキにも使えそうでいいね」

「あ、格好いいですね。僕も買っておこうかな」

「……とそこで、ひとつ問題がある」

 カミラが両手を広げて、リュートに見せつけるようにしながら言った。まるで手札を無くしたカードゲーマーだ。

「私は現金やカードを持ち合わせていないんだ」

「さすがお嬢様……」

 そう言えば、カードショップ『ニアミント』でカードを買った時も、代金はロウが事後に払っていた。彼女にとって買い物とは、誰かにしてもらうことが当たり前なのだろう。

「悪いけど、私の分も立て替えておいてくれないかな?」

「わかりました!」

 威勢よく答えたものの、リュートの小遣いは結構ギリギリだ。脳内で今月の買い物プランを立て直しながら財布を開き、ふと閃いたことがあって、取り出した千円札をおもむろにカミラに手渡した。

「? 代わりに買っておいてくれるだけでいいんだよ?」

 カミラが愛らしく小首を傾げる。

「けどカミラさん、自分で買い物とかしたことないでしょう? こういう初めての経験って、カミラさんやってみたいと思ったんですけど」

 カミラは一瞬だけ面食らったように目を丸くするが、すぐに相好を崩した。

「たしかにリュートの言う通りだ。ここは経験を私の血肉とさせてもらおうか」

 カミラは大仰に宣言すると、店員と数度の言葉を交わして、お金と引き換えに商品とお釣りを受け取った。

「ああ……。これが買い物か。自分の手で買った商品はいつも以上に輝いて見えるよ。貴重な体験をありがとう」

「おおげさだなぁ……」

 恍惚とした表情のカミラから商品とお釣りを受け取りながら苦笑する。

 リュートも買い物を終え、ふたりは物販コーナーを離れると、そこから近いフリーファイトスペースへと足を運んだ。

 そこはダイナミック会場の中でも、もっとも活気に満ちている場所だ。

「ふふ。ファイトに飢えたファイター達がうようよしているね。私もうずうずしてきたよ」

「ダメですよ、カミラさん」

 カミラがロウと交わした約束のひとつに『けっしてファイトをしないこと』がある。ファイトは彼女にとって、負担が大きすぎるからだ。念のためデッキも持たせていないが、今の彼女なら、リュートからデッキを借りてでもファイトすると言い出しかねない。

「リュートがファイトするのを見ているだけでも、私は構わないのだけどね」

「い、いやっ! けど、ファイトスペースは満員みたいだし、難しいんじゃないですかねぇ!」

「『知らない人に声をかけるなんてまっぴらごめんだ』と顔に書いてあるよ」

「ソ、ソンナコト、オモッテナイデスヨ」

 知らない人に声をかけるなんてまっぴらごめんだと思っていたリュートが、カタコトになりながら言う。

「やれやれ。人見知りは相変わらずだね」

 カミラが呆れたように言うが、事実、ファイトスペースは満員だったので、これ以上ふたりがここで何かをするのは難しそうだ。

「少し早いですけど、お昼ごはんにしませんか? 今の時間なら空いていると思いますし」

「いい考えだ。私達が昼を食べ終わる頃には、ファイトスペースも空くかも知れないしね」

「そ、それはまあそうですね……」

 そうならないよう祈りながら、リュートはカミラの手を引き、飲食スペースへと向かう。

 飲食用のテーブルが並べられたその空間では、その奥にカウンターがあり、『コーラルが楽屋で食べるハンバーガー』だの『地面の味を教えてやるよサラダ』だのユニットやキャラクターをイメージした商品が販売されていた。

「ふむ。私は『フェルティローザのトマトジュース』を頼もうか」

 G0のフェルティローザが手にしている例のアレだ。

「それだけでいいんですか?」

「ああ。後は、悪いけどリュートが多めに注文して、私に少し分けてくれないかな? ひとりで一品を食べ切る自信が無くてね」

「わかりました」

 事前にロウから聞いてはいたが、カミラはかなり少食なようだった。

 カミラとは毎日のように会っているが、こうして一緒に食事をするのははじめてで、たったそれだけのことが、リュートには嬉しかった。

「じゃあ、『カートン買いは常識だよポテト』と『ヘイヨー・パイナッポーのフルーツ盛り合わせ』をひとつずつで」

 注文した商品をテーブルに運び、そこでカミラと向かい合う。

「……ふむ。教授の出場する本戦は2時からか。それまで体がもつといいが」

 トマトジュースを飲みながら、テーブル脇に置かれたパンフレットを見て、カミラが呟いた。

「そのためにも食べて体力をつけましょう」

「そうだね。それじゃあ、それをひとつもらおうか」

 カミラがテーブルの真ん中に置かれた、カートンをイメージした箱に入ったフライドポテトへと手を伸ばす。それを何とはなしに口へと運んだ瞬間。

「!?」

 カミラは雷撃に打たれたかのように、その全身をビクンと跳ねさせた。

「カミラさん!?」

 ポテトにアレルギーとなる物質でも入っていたのだろうか。そんな話はロウからは聞いていなかったが。

「な、なんだこの食べ物は……」

 身を乗り出すリュートに向かって、カミラが呟く。

「すごく、おいしい……」

「それだけ!?」

「こんなおいしいもの、使用人の皆は何故、私に食べさせてくれなかったのだ……? あまりにもおいしいから独占したかったのか? 私のような長生きできない人間に食べさせるのはもったいないと……」

「いや、カミラさんの家では、出されなかっただけじゃないですかね」

 このようなジャンクフード、自分で買い物もしたことのないようなお嬢様の食卓には出てこないだろう。

 リュートも一口食べてみるが、何の変哲もないフライドポテトだった。それだけに彼女にとっては新鮮だったのか。

「いや。これは本当においしいね。手が止まらないよ」

 少食設定はどこへやら、カミラが次から次へとポテトを手に取って口へと運ぶ。リュートはそれをじっと眺めていたが、カミラが11本目のポテトに手を伸ばそうとした瞬間、リュートはさっとポテトを箱ごと取り上げた。

「な、何をするんだい!?」

「油っこいものは、カミラさんに食べさせすぎないよう、ロウさんから注意されています」

「なっ!? おのれロウ! やはりポテトを独占しようという魂胆か……!!」

 ポテトがカミラの人格まで変えてしまっている。食べ物は恐ろしい。

 仕方なくカミラはフルーツも少しだけもらい、残りをリュートが平らげた。

「さて。飲食スペースも混んできたし、そろそろフリーファイトスペースが空いた頃合いかな」

 さっきまでの取り乱しようが嘘みたいに、いつもの調子でカミラが言った。

「……そうですね」

 気が乗らないが、腹をくくるしかなさそうだ。それに、自分も熱気に当てられたのか、ファイトしたいという気持ちもやはりある。

 そんなことを思いながら、リュートが立ち上がろうとした、その時。

「あれっ、リュート!?」

 背中に声をかけられ、リュートが振り向くと、そこには短い髪をサイドテールにした女の子が、お行儀悪く『オモチャみたいな炎で焙った串焼き肉』の串をくわえたまま立っていた。

「メイちゃん!?」

「それにカミラお姉様!? わー、病気は治ったの!?」

 その女の子――高槻(たかつき)メイは、串をゴミ箱に投げ捨て、リュートの隣を素通りすると、カミラへと駆け寄った。

 メイはかつて、深夜のショップ大会でカミラに大敗し、それ以来、カミラのことをお姉様と呼んで慕っていた。

「そういうわけではないが、今日は特別に。リュートに付き添ってもらってね」

「そうなんだー。あたし、カミラお姉様とまた会えて嬉しい!」

「私もだよ、メイちゃん」

「リュートもやるじゃん!

 ね! これからふたりはどうするの? あたしは教授のファイトが始まるまで、フリーファイトスペースでファイトしていくつもりなんだけど」

「奇遇だね。私達もそのつもりだった」

「じゃあ、一緒に行こうよ!」

「もちろん構わないよ。そうだろう、リュート?」

「う、うん……」

 少しモヤッとしたものの、リュートに断る権利は無い。

 メイもカミラと手を繋ぎたがったため、3人は仲良く並んでフリーファイトスペースへと移動した。

 果たして、カミラの目論見通り、フリーファイトスペースにはいくつかの空きが見られた。

「ねえ、カミラお姉様! ファイトしようよ!」

 メイがカミラの腕を掴みながら、ねだるように提案する。

「ごめんね、メイちゃん。今日、私は体調を鑑みてファイトしないようにしているんだ」

「あ、そっかー」

「じゃ、じゃあ僕とファイトしようよ」

 ここぞとばかりにリュートが手を挙げるが。

「えー? リュートとはいつでもできるからパス。それよりも、知らない人とファイトしたいなー」

 一刀両断に斬り捨てられ、メイはきょろきょろと周囲を見渡しはじめる。カミラが「君も見習いなよ」と言いたげにリュートを見た。

 とその時、スペースの一角で歓声があがった。

「すごい、また勝ったぞ!」

「これで9連勝か!?」

 などと聞こえてくる。

「何だか強い人がいるみたいだね。行ってみようよ!」

 メイに手を引かれ、声のあがった方へと向かう。

 そこでは、よく知らない人ががっくりと項垂れており、その対面にはリュートのよく知る少女が踏ん反りかえるように腰かけていた。

「…………ジュジュ」

「あらぁ、リュートじゃない。メイちゃんに、カミラさんまで。おひさしぶりねぇ」

 クセのある黒髪に、目の下に大きなクマを作った不気味な少女。リュートの同級生である雨宮(あまみや)ジュジュがひらひらと手を振った。

「ひさしぶりだね、ジュジュさん。さっきは9連勝とか聞こえたけど、君のことかな?」

 カミラが3人を代表して尋ねる。

「ああ、これのこと?」

 ジュジュが傍らに置いていた紙を差し出す。

 それはフリーファイトスペースの一角で配られている勝敗表で、勝敗に関わらずファイトした回数に応じて景品がもらえるキャンペーンのようだ。勝ちを示す上の段に「〇」が9つ並んでいる。

「すごい! ジュジュって強かったんだ!」

 大きな声をあげたのは、メイだ。

「どうやらそうみたいねえ。……ひひっ」

「ねえ! 次はあたしとファイトしようよ!」

「メイちゃんと? 景品を最大数もらうには9回ファイトできれば十分だったのだけれど……そうね。キリよく10連勝させてもらって、気分よく締めようかしら」

「むっ! 簡単に勝てると思わないでよね! あたしは子どもじゃないんだから!」

 どうやらメイとジュジュがファイトすることになったらしい。僕に出る幕は無さそうだなとリュートが胸をなでおろしていると。

「あの、よかったら自分と対戦しませんか?」

 ジュジュとさっきまで対戦していた見知らぬ人に声をかけられた。

「えっ!? あ、いや、その……」

 リュートがどもっていると、カミラに「行っておいで」と視線で発破をかけられる。

「……はい。よろしくお願いします」

 リュートは項垂れるようにして頷き、そのまま見知らぬ人に連れ去られていった。

「ねえ。ジュジュってリュートと毎日ファイトしてるんでしょ? リュートより強いの?」

 ファイトが始まる寸前で、メイはそんなことを尋ねた。

「あら。リュートから聞いていないの?」

「うん。だってあいつ、カミラお姉様の話しかしないし」

「それもそうねぇ」

 メイの隣では、カミラがこっそりと眉間のあたりを押さえていた。。

「リュートとは互角……と言いたいところだけど、最近は私の方が少し負け越してるかしら。……ひひっ」

「……わかった。それだけ聞ければ十分。始めましょ」

「ええ。よろしくね」

 こうしてふたりはファーストヴァンガードに手をかける。

「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」

「《三角連想の女魔術師》!」

「《バイオロイドの少年 ロロワ》」

 

 

「《眠りからの目覚め ロロワ》にライド。後攻なので1枚引いて、効果でプラント・トークンをスペリオルコール」

 バイオロイドの少年が手にした剣を地面へと向けると、そこから全身が菌類で覆われた異形の人型が現れ「マタンゴーッ!!」と奇声をあげた。

「ちょっと待って! 何それ!?」

 ファイトがはじまって30秒。たまらずメイが待ったをかけた。

「何って……? プラント・トークンだけれど」

 ジュジュが手描きと思しき、やたらリアルなタッチで描かれたキノコ人間のトークンを見せつけながら、コキッと180度首を傾げた。

「いや! どう見てもマタンゴ・トークンなんだけど!? ていうか名前欄に『マタンゴ』とか書いてるじゃない!」

「プラントと分かれば、それでいいでしょう?

 ほら、プラントのブースト。ロロワで《四角重層の女魔術師》にアタックよ」

「うう……見た目が気持ち悪い。……ノーガード」

「ドライブチェック……(クリティカル)トリガー。効果はすべてヴァンガードに」

 メイのダメージゾーンに2枚のカードが置かれていく。

「あたしのターン。スタンド&ドロー!

 ライド! 《五角閃光の女魔術師》! 四角重層の効果で1枚ドロー!

《短形詠唱の女魔術師》をコール! 山札の上から2枚見て……位置を入れ替えてからソウルチャージ!

 さあ、バトルよ!

 五角閃光でヴァンガードにアタック!」

「《憧憬の乙女 アラナ》でガード」

「ドライブチェック! ★トリガー! 効果はすべて短形詠唱に!

 短形詠唱でヴァンガードにアタック!」

「ノーガード。ダメージチェック……あらあ? ついてなぁい」

 ダメージゾーンに置かれた2枚のカードは、いずれも完全ガードだった。だが、その言葉とは裏腹に、ジュジュはさして気にした様子もなく、不気味に微笑みながらファイトを続けている。

「《3000年後の世界で ロロワ》にライド。

 マタ……プラント・トークンを退却。プラント・トークンを2体、前列にコール」

「今、自分でもマタンゴって言いかけたよね!?」

「何のことかしら?

《感銘の乙女 ウルジュラ》をコール。これで私はユニットを横列にも動かせるようになったわ。

《パフォーミングペタル ディアンサ》をコールし、その効果でドロップの《樹角獣 クースィー》を蘇らせ、ウルジュラと位置を入れ替える」

「うっ……もう盤面を埋めてきた。で、でもラディリナは引けなかったようね……」

 ジュジュが使っているロロワデッキは《炎華のドラグリッターガール ラディリナ》による速攻が持ち味だ。当然、メイもそれを最大限に警戒していた。

「ええ。とても残念ねえ。さあ、バトルよ」

 だが、ジュジュはどこ吹く風でファイトを進める。

「ウルジュラのブースト。ロロワでヴァンガードにアタック」

「ノーガード!」

「ドライブチェック……(フロント)トリガー。前列のパワー+10000よ」

「うげっ」

 メイの口から思わず品の無い悲鳴が漏れる。

「ダ、ダメージチェック……トリガーじゃない」

「ディアンサのブースト。マタンゴでヴァンガードにアタック」

「もう普通にマタンゴって言っちゃってる!」

「そんなことより、受けるの? 防ぐの?」

「ノーガード! ダメージチェックは……よかった、★トリガー! パワーは五角閃光に!」

 続くもう一体のプラントのアタックは、★トリガーでガードした。

「ここまでで4ダメージ。上々の成果と言えるかしら。私はこれでターンエンド」

「あたしのターン! スタンド&ドロー!

 ライド! 《六角宝珠の女魔術師》!!」

 薄暗き森の帳を斬り裂くように翠緑の光が差し込み、黒髪の女魔術師がその大地に降り立った。彼女の周囲をいくつもの宝石が衛星のように周回し、その美貌を怜悧に照らし出す。

「五角閃光のスキル発動! 山札の上から3枚見て、順番を入れ替えさせてもらうわ。

《イーズロッド・エンジェル》をコールして、山札の上から1枚を同じ縦列にスペリオルコール! 《四辺瑞光の女魔術師》!」

「あら? せっかくデッキトップを操作したのに、G2しかめくれなかったの? 運が無かったのねえ……」

「ううん! これでいいのよ! これがあたしの切り札! 《卓絶の天衝 ラグレール》をコール!」

 そのカードを見た瞬間、ジュジュの表情が僅かに陰り、カミラも楽しそうに「ほう」と呟いた。

「《転変の魔法 メメルル》もコールして、ラグレールと短形詠唱の位置を入れ替え、バトルよ!

 ラグレールでヴァンガードにアタック! アタック時、CB2と、リアガード2体をレストしてスキル発動! そのスキルは――」

「このカードはドライブチェックを行える、よね?」

「あとパワー+5000もね! さあ、どうする!?」

「……ノーガードよ」

「ラグレールのツインドライブ!! ……2枚ともトリガーは無しっ!」

「ダメージチェック……引トリガーだったので、1枚引かせてもらうわ。パワーはヴァンガードに」

「ラグレールの効果で、手札を3枚捨てるよ。

 メメルルのブースト! 六角宝珠でヴァンガードにアタック!」

「ノーガードよ」

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……引トリガー! 1枚引いて、パワーは四辺瑞光に! 六角宝珠の効果でさらに+10000!

 さらに! 四辺瑞光が六角宝珠の効果の対象になったので、カウンターチャージ! パワーがトリガー効果でも増加しているので1枚ドロー!」

「ダメージチェック……」

 続けて、ジュジュのダメージゾーンに4枚目のカードが置かれた。これも引トリガーで、ジュジュは1枚カードを引く。

「それでもアタックは通るわ! 四辺瑞光でヴァンガードにアタック!」

「《影纏い》でガード」

「あたしはこれでターンエンド!

 どう!? デッキトップ操作に頼らず、ドライブチェックの試行回数を重ねてトリガーを引く!

 これがあたしの新しい六角宝珠よ!」

 早くもメイが勝ち誇り。

「うん。いいデッキだね」

 とカミラにも褒められ、さらに有頂天になる。

「ふぅん。じゃあそろそろ私も、このデッキの真の姿を見せてあげようかしら」

 ジュジュは魔女のように妖しく微笑むと、山札からカードを引き、ライドデッキに残る1枚のカードを高々と掲げた。

「さあ! 我が霊魂を宿し、蘇れ! 《鉄錨の憤竜》!!」

 森の奥深くから怒号の如き咆哮があがったかと思うと、急速で飛来してきた巨大な影がバイオロイドの少年を踏み潰した。

 その全身を鎖で縛りつけた腐れし竜は、依り代を失い霊体へと戻ったジュジュをも鷲掴みにすると、無造作に握り潰す。

「なっ、何よそれえっ!?」

 メイが悲鳴じみた声をあげる。

「あら? 《鉄錨の墳竜》をご存じなかった? 墳竜は手札とドロップの同名オーダーを魔合成……」

「いや! 知ってる! 知ってるけど! ロロワデッキじゃなかったの!?」

「そんなこと、私は一言も言ってないわよぉ? ……ひひっ」

「うっ……。それもそうだけど……」

 となるとまずい。ジュジュはラディリナを引けなかったのではなく、そもそもプランに無かったのだ。そして彼女のコンボは既に完成している。

「ひいっひひひいひひっ!!

 私は手札の《Fun Fun Marching!》と、ドロップの《Fun Fun Marching!》を二重魔合成!!」

 世界樹の音楽隊が陽気な音楽を響かせながら戦場に現れた。

 腐竜はその先頭に立つリアノーンを蹴り飛ばすと、自らが先頭に立ち、喉奥からゴボゴボと毒沼のような音をたて瘴気を撒き散らす。

 音楽隊に参加していたバイオロイドや樹角獣達は、次々にアンデッドへと姿を変え、蠢く死者と化した群れは、不協和音を奏でながら、世界を死で染め上げんと行進を再開した。

「ひ、ひどい……」

 眼前で繰り広げられるおぞましいイメージに、メイは口元を押さえた。

「この世のあらゆる美しいものに唾吐くような、退廃的で背徳的なデッキだねえ。よくもまあこのようなデッキが組めるものだ」

 カミラも妙な感心の仕方をしている。

「《Fun Fun Marching!》2枚分の効果で、G1以下のユニットすべてのパワー+10000!

 可愛いものも、綺麗なものも、やがては老い衰え枯れ落ちるもの。すべてが腐れ果てた深淵の奥底にあるものだけが真実。

 さあ、あなたも本当の姿を曝け出しなさい」

 ジュジュが手招きするように手を差し伸べ、それに呼応した腐竜も女魔術師に手を伸ばす。

「バトルよ! ウルジュラのブースト! 憤竜で六角宝珠にアタック!!」

「《四精織り成す清浄の盾》で完全ガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……引トリガー! 1枚引いてパワーをディアンサに!

 2枚目……はトリガー無し!」

 腐竜の巨大な掌が、女魔術師を圧し潰す。

 女魔術師は周囲に宝珠を展開し、結界を張り巡らせ、どうにか自身が潰されることだけは免れたが、力の源である宝珠のほとんどが、今の一撃で破壊されてしまった。

「クースィーのブースト! マタンゴでヴァンガードにアタック! 合計パワーは40000!」

「これ以上はさせない! 《円環の女魔術師》、《加護の魔法 プロロビ》でガード! 四辺瑞光でインターセプト!」

「ディアンサのブースト! マタンゴでヴァンガードにアタック! こちらの合計パワーは48000!」

「ノーガード! ……トリガー無しっ」

「……ひひっ。私はこれでターンエンドよ」

 余裕の笑みを浮かべながら、ジュジュが宣言する。それもそのはず、彼女はまだペルソナライドすらしていないのだ。

(次のターンも《Fun Fun Marching!》を魔合成されるか、ペルソナライドされたら防ぎ切れない。このターンで決めなきゃ……!)

 手札1枚のメイに対し、ジュジュの手札は8枚。覚悟を決めて、メイがカードを引く。

「スタンド&ドロー! 《六角宝珠の女魔術師》にペルソナライド!

 イーズロッドを前列に移動!

 メメルルを退却させ、ドロップの★トリガーを手札に加えるよ。

 そして、六角宝珠のスキル発動! 手札の★トリガーを山札の上に置いて、ドライブ+1!

《再来の魔法 ララリタ》もコールして、バトル!

 まずはラグレールでヴァンガードにアタック!! スキルは発動するけど、ユニットはレストしない!」

「ふぅん。その場合、ラグレールのアタック終了時に、5枚の手札を捨てることになるけれど……」

「あたしの手札は1枚だもん。たいして変わんないよ」

「それもそうね。じゃあ《狂乱の令嬢》2枚でガードよ」

「ツインドライブ!!

 1枚目はもちろん★トリガー! 効果はすべてイーズロッドに! 六角宝珠の効果でさらに+10000!

 2枚目はトリガー無し!

 ラグレールの効果で、手札をすべて捨てるよ。

 イーズロッドでヴァンガードにアタック!」

「《メロディア・ポメラ》、《リズミカ・キウイ》、《晴朗の乙女 レェナ》でガードよ」

「ヴァンガードはアレなのに、出てくるユニットがいちいちかわいい!」

 ともあれ、これでジュジュの手札は3枚。そのうちの1枚は、先のツインドライブで引いた完全ガードだが、残りの完全ガードはダメージゾーンに2枚も置かれている。

(トリガーを1枚でも引ければ、ララリタでイーズロッドをスタンドできる。トリプルドライブだもん。そのくらい楽勝よ!)

 などと楽観しながら、メイがカードを傾ける。

「ララリタのブースト! 六角宝珠でヴァンガードにアタック!!」

「《天恵の源竜王 ブレスファボール》でガード」

「……え?」

 想定外のカードに、メイが目を丸くした。

「え、えと、合計パワーは? な、何枚貫通?」

 頭がうまく回らず、ジュジュに尋ねる。

「そちらが31000。こちらは63000だから、六角宝珠なら2枚で貫通できるわね。もっとも私のダメージは4点だから、★トリガーも含まれていないと勝ちきれないけどね。

 まあ、トリプルドライブなんだから、そのくらいは楽勝よねぇ? ……ひひっ」

 まるでメイの思考を読み取ったように言ってくる。

 分の悪い賭けではないはずなのに、ジュジュは余裕綽綽で、メイは完全に追い詰められていた。

「ト、トリプルドライブ……」

 震える手が山札に触れる。取り落とすようにトリガーゾーンに置かれたカードは、トリガーでは無かった。

「つっ!? 何で引けないのよ……!!」

 メイが拳を膝に叩きつける。

 これで、ツインドライブで2回トリガーを引かなければ勝てなくなってしまった。

(やだ……。負けたくない……)

 歯がガチガチと鳴り、目尻には涙が滲む。

 実はここ最近、リュートとの勝率が悪くなってきているのを、メイは気にしていた。

 リュートは着実に強くなっている。だが今の自分は伸び悩んでいることをはっきりと自覚していた。

 今のデッキもそんな状況を打破するために組み直したものだが、それでもリュートの同級生にすら負けようとしているのだ。

「大丈夫だよ」

 そんな言葉と共に、真っ白になったメイの手を優しく包み込む感触があった。カミラだ。

 血の気の引いたメイの手より、一段と冷たく感じるひんやりとした手だったが、どこか安心させてくれる不思議な手だった。

「そのデッキはメイちゃんが丹精込めて組み上げたデッキなんだろう? そういったデッキは、必ず持ち主に応えてくれるものさ」

 そんなの何の根拠も無い。メイの理想は、キョウジのような、一切の不確定要素を排した理詰めのファイトだ。

「そして何よりも……私が見ている」

 だが、目の前にいるこの女性は、その無根拠な絶対の自信で、教授すら打ち破ったのだ。

 ならば、それが何よりの根拠だ。

「あらぁ? カミラさんはメイちゃんの味方なの?」

 ジュジュがおどけたように言う。

「少し不公平だったかな? けど、この子の『お姉様』としては、放っておけなくてね。見逃しておくれ」

 そんなことを言うカミラの手を、メイはぎゅっと強く握り返した。

「ありがとう、カミラお姉様。あたしはもう大丈夫!」

 涙をぬぐい、自らの信頼するデッキに指をかける。

「2回目のドライブチェック! ……(ヒール)トリガー!! ダメージ回復して、パワーは六角宝珠に! 六角宝珠の効果はララリタに!」

「……ひひひっ」

 追い詰められてなお、ジュジュが歯を見せて楽しそうに笑う。

「そしてこれが! 最後のドライブチェックだぁっ!!!」

 

 

 見知らぬ人とのファイトを終えたリュートは、カミラ達の下へと急ぎ足で戻ってきた。

「おや? お帰りだね、リュート。ファイトの結果はどうだった?」

「勝ちましたよ。カミラさん、見に来てくれなかったんですね」

「君が勝つと信じていたからね」

 信頼が重すぎて、逆に冷たい。

「……そんなことより! メイちゃんとジュジュのファイトはどうなりました!?」

 リュートが勢いこんで尋ねると、カミラが見ればわかるとばかりにテーブルをあごでしゃくる。

 その盤面は、女魔術師が一度は砕けた宝珠をひとつに集め、そこから放つ翠緑の閃光で腐竜を焼き払い、不死者と化した森の住民をも蘇生させる奇跡の光景を、リュートに幻視(イメージ)させた。

「……ダメージチェック」

 ジュジュが6枚目のカードをダメージゾーンに置く。

「ノートリガー。私の負けね。……ひひっ」

 そう言って、ジュジュはいつもより渇いた笑い声をあげた。

「やった……。やったやった! 勝ったよ、カミラさん!!」

「見ていたとも。おめでとう、メイちゃん」

 メイがカミラに飛びつくように抱き着き、カミラも優しく抱き返す。

「ジュジュさんもナイスファイトだったね。実に見ごたえのある一戦だった」

「楽しんで頂けたようで光栄だわ。……ひひっ」

 笑いながら、ジュジュがゆらりと立ち上がった。

「どこいくの?」

 リュートが尋ねる。

「景品をもらいに。あとはお昼ご飯ね。波に乗って9連勝もしちゃったものだから、食べにいく機会がなくて、おなかペコペコなのよ」

 そう言って、ジュジュはフラフラと危なっかしく揺れながら去っていった。

「メイちゃんはこれからどうする?」

「うーん。もう少し今のデッキを調整したいし、教授のファイトが始まるまで、ここでファイトしていたいかな」

「そう。それじゃ……」

 カミラと視線を交わし、互いの意思を確認する。

「僕達はまだ見てないところがあるから、ここでいったんお別れかな」

「そっかー。カミラさん、今日はありがとう! おかげで勝てたよ!」

「私は何もしていないさ。君と、君のデッキが応えてくれた結果だよ」

 席を立つふたりに、メイは名残惜しそうに、いつまでも手を振っていた。

「高槻メイちゃんに、雨宮ジュジュさんか。ふたりともいいファイターだね」

 リュートと手を繋ぎ直しながら、カミラがそんなことを言ってきた。

「メイちゃんは強くなろうと真剣にファイトしているし、ジュジュさんはファイトを誰よりも楽しんでいる。

 方向性は違えど、ふたりともヴァンガードのあるべき理想を体現していると私は感じたよ」

「はい。ふたりとも、僕にとって自慢の友人です!」

 そう言って、リュートは誇らしげに胸を張るのであった。

 

 

 それからもふたりはダイナミックの会場を巡った。

 カードイラストの原画が展示されているコーナーでは、ふたりして美麗なイラストに酔いしれた。

 カミラはフェルティローザの原画の前で記念撮影をし、宝物がまたひとつ増えたと喜んでいた。

 1時には、プロファイターがステージに登壇するということで、それを見に行った。

 そこでは最新のパックに収録されるカードも公開され、プロの解説も分かりやすかった。

 来月の楽しみがまたひとつ増えたと、カミラは笑っていた。

 プロファイターのステージも終了し、時計は1時50分を指している。

 もうすぐキョウジの参加する、決勝トーナメントが始まろうとしていた。

「カミラさん、体調は大丈夫ですか?」

 リュートが確認する。

「もちろんだとも。これから始まるファイトを見逃すわけには……」

 カミラはそのように即答しかけたが、リュートの真摯な瞳にまっすぐ見つめられ。

「……いや。少し疲れたようだ。休ませてくれないかな」

 と訂正した。

「わかりました。あそこで休みましょう」

 人気の少ない離れたところにベンチがあったので、カミラを支えながらそこまで連れていく。ベンチに辿り着いたカミラは、そこに崩れるように腰かけた。普段はお嬢様らしく、頭の上に本を乗せられそうなほど姿勢よく椅子に座るカミラだが、弱みを見せなかっただけで、限界が近かったようだ。

「はい、カミラさん。お水です」

「ありがとう」

 近くにある自販機で買ってきたペットボトルを手渡し、リュートもその隣に腰かけた。

「ああ、しかし残念だ。教授のファイトを見ていきたかったのだけど。心苦しいが、ひと休みしたら帰ろうか……」

 カミラがそう提案しかけた時、リュートは「それならいい方法がありますよ」と言って、自分のスマホを取り出した。

「ダイナミックの決勝大会は、動画サイトでも生放送されているんです」

 リュートが手慣れた様子で動画サイトを開くと同時、会場全体から万雷の歓声があがった。いよいよ決勝トーナメントが始まったのだ。リュートのスマホにも、盤面の様子が映し出される。

「なるほど。会場の雰囲気はここからでも十分に伝わってくるし、ファイトの様子は手元で確認できる。いいアイデアだ」

「でしょう? あ! 1回戦はさっそく教授がファイトするみたいですよ!」

「どれどれ?」

 カミラがリュートに肩を寄せ、スマホを覗き込んだ。その際、コツンとカミラの頭がリュートの頭に軽く触れあう。

「え、あ、カミラさん……?」

 柔らかい髪の感触と、どこからともなく漂ってくるいい香りに、リュートは危うくスマホを落としそうになった。

「なるほど。教授はこのタイミングで完全ガードを切るか。相変わらず、この人のプレイングは参考になるね」

 リュートの控えめな抗議に気付かずか無視してか、カミラが楽しそうな声をあげる。

 ファイトは、序盤はキョウジ優勢で進んでいたが、対戦相手もさすがベスト8まで勝ち残ったファイターである。一進一退の攻防にもつれ込み、最後はキョウジが序盤のリードを守り切る形で競り勝った。

「1回戦から見ごたえのあるファイトだった。やっぱり教授はすごいね」

 続く準決勝でも、キョウジは接戦を制し、決勝進出を決めた。

「教授すごい! このままだと本当に優勝しちゃうかも……」

 リュートがまるでメイのようにはしゃぐ。今なら彼女がキョウジを熱狂的に応援する理由がよくわかった。

 そして決勝戦。対戦相手の猛攻に押されるキョウジだったが、どうにか耐え抜いて反撃に移る。だが、最後は1枚貫通で出したガードを貫かれ、惜しくも敗北した。

「ああ! あそこで耐えていたら、間違いなく教授が勝っていたのに!」

「準優勝。大会に出場したことのない私が言うのも何だけど、素晴らしい戦績だと思うよ。彼に勝てたことが誇らしいね」

「あ、そうか。カミラさんは教授に勝ったんですよね。もし、カミラさんが健康なら、きっと今頃あの場所に立っていたんだろうな……」

「どうかな。私はどちらかと言うとジュジュさん側だからね。フリーファイトスペースで遊び惚けていたかも知れないよ?」

 表彰式まで見届けた――キョウジの晴れ晴れとした笑顔に、一抹の悔しさを滲ませたような表情が印象に残った――カミラが、ようやくリュートから離れ、立ち上がる。

「おかげさまで体調もだいぶ回復したよ。また歩けなくなる前に帰ろうか」

「はい。ロウさんに連絡しますね」

 帰りは、ロウの部下が車で迎えに来てくれることになっていた。

「リュート。今日は助かったよ。おかげさまでまたひとつ、最高の思い出を作ることができた」

「そんな。僕だってカミラさんにたくさんのものをもらっているので、おあいこですよ」

「君が私を助けてくれたからというだけじゃない。たとえ私が健康であっても、リュートと一緒でなければ、これほど楽しい時間にはならなかった。だから、本当に……思い出をありがとう」

 曇りひとつないまっすぐな言葉に、リュートが照れたように視線を逸らし、誤魔化すようにしてロウに電話をかけはじめる。

『本日のダイナミックは全行程を終了しました。ご来場ありがとうございました。お気を付けてお帰りください。本日のダイナミックは全行程を終了しました――』

 アナウンスが繰り返され、ファイター達が会場を後にしていく。

 ほとんどの者が笑顔だったが、中には思うような結果を残せなかったのだろうか、悔しそうな顔をした者もいる。

 多くの来場者を楽しませた催し物が手際よく片付けられていく様を、カミラは名残惜しそうにじっと眺めていた。

 いつまでも、いつまでも。




第7夜から続く、ダイナミック編とも言える一連のお話、その最終章をお送りさせて頂きました。

メインとなるファイターは、メイとジュジュ。
このふたりはもともと本筋には関わらない立ち位置のキャラクターを想定していて、リュートとファイトさせた後は、私の書きたいユニットを使うゲストキャラクター相手に、1回ずつファイトをさせる予定でした。

実際、ジュジュは第7夜で登場した、廃滅の虚竜を使う幽霊少女とファイトさせることができました。
ではメイはと言うと、メガコロニー(インセクト)のライドラインが登場した時、そのライドラインを使うファイターとファイトをさせる予定だったのです。
が、ゴシックを連載している間にメガコロライドラインが登場する気配は無く。
そのための準備も進めていたのですがお蔵入りとなり、消去法で急遽ジュジュと対戦させることになったのです。
※メイを勝たせたかったので、カミラ、ロウ、教授とは対戦できない。リュート@ユージンは2回目になるし、リュート@タマユラは考えたけど、今度はタマユラばっかり3連敗になるのが嫌だった

こんな書き方をすると渋々書いていたようにも見えますが、ふたりとも気楽に書けるキャラクターなので楽しかったです。
読者の皆様にもお楽しみ頂けたら幸いです。

次回から、いよいよヴァンガード・ゴシックはクライマックスに向けて動き出します。
どうかカミラとリュートの物語を最後まで見届けて頂きますよう、よろしくお願い致します。
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