囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
ヴァルハラ学園白魔術室。
そこは言うまでもなく、体調不良の生徒が一時的に休む場所なのだが――
そんな場所に、明らかに体調不良でない生徒がいた。名をアイリス=クーパ。紙パックの野菜ジュースを口に含みながら、伝書にペンを走らせている。
誰がどう見てもサボりなのだが、白魔術室室長、ホイットニー=ウィキマンは、何も言わなかった。煙草をふかしながら、その行動を受けれいている。
怠惰からではない。彼女もまた、少女の仲間であったからだ。
パタンと少女が伝書を閉じる。
「ジジィども、なんて言ってた?」
ホイットニーが尋ねた。
アイリスはストローからジュースを吸い出す。
「とりあえず目的を聞いてみてくれって言ってましたよ。後、リティシア=凛。リティシア=豹。この二人のことも外務省を通じて徹底的に調べてみるそうです。目的がわからないそうなので」
目的がわからない。多分に嘲りを込めて、二度言った。何故嘲りを込めたのか。普通に考えればわかるだろうと思ったからだ。
「まず間違いなく、ファルコ=ルドルフ関連だと思うけどねー」
「まあ、そうでしょうね」
「ただちょっと正体を表しすぎだね。隠密には程遠すぎる。そして、三番隊がこの問題に関与する意味がなさすぎる」
「東尾に得する取引をしたんでしょ? あいつらも、この国でのさばっている奴らも、そういう奴らばっかりじゃないですか」
右を向いても左を向いてもクズばかり。
どこを向けば綺麗なものが見えるのか。
考えても無意味だから、いつしか考えるのをやめた。
「そうなると、依頼主がどこかってことになってくるんだけど……まあいいか。あんたあいつのこと、Aに上げたんだっけ?」
「はい。三佐のホルダーから連絡がきたので。これが送られてきた文面です。『そっちで俺をAに上げる手続きしといてくれる? でないとこの学園でハゲてるやつから順に殺しちゃうので。特に往生際悪いすだれハゲから順に殺します。
「盗賊王なのか決死組なのか。よくわからない男ねー。まさかあの決死組が、他国の人間を雇うとも思えないけど」
「まああたしも火のAクラスの人間ですから。どこかまとまった時間……そうですね、次の昼休みまでには、聞きだしてきますよ」
「あ、何だったらあたしが聞こっか?」
面倒くさがりのホイットニーにしては珍しかった。
アイリスが目を向ける。
「多分こいつは魔族だね。魔族はあんたもそうだけど、美形に産まれてくるんだよねー。一説によれば、赤子の時に親から殺されないようにするためだとか何とかって聞くけど」
その言葉を聞いて、アイリスは冷笑した。
確かに魔族は美形が多い。だから自分も美人らしい。しかしそれは、一つの事実を確定させる。
魔族は百パーセント親の遺伝子を継いでいない。どの親でも美形に産まれるということは、つまりはそういうことなのだ。
「そうですよね。顔は大事ですよね。女も男も生き物問わず。実質それ以外測るものなんてないですから。世の中には」
同意してやったというのに、ホイットニーは苦笑いを零している。
どうすればこの女は納得したのか。
なんて、本当は興味の欠片もないけれど。
そう、思うフリをした。
バタン。
扉を閉める。
子供の頃からの癖で足音を消しながら歩いていると、自分のホルダーに連絡がきた。アーサーからだった。
『お前か? ホイットニーか? ヒョウを上に上がれるように画策したのは。何故勝手なことをした。これじゃあいつの思うつぼだ』
アイリスは、返事を書くことなくページをめくる。この手の輩は無視するのが一番きくことを、アイリスは知っていた。
ホルダーをパラパラとめくって、ビッシリ文字が詰まったページにたどり着いた。
そこには二枚の写真。青年と少女の写真が添付されていた。
リティシア=リン。
今年度の特待S。子供にしては相当腕が立つ。何より魔力容量が十一位と破格である。
『兄様あああああああああああああ!!』
ヒョウが拳を向けられた時、リンは立ち上がってまでして叫んでいた。あの二人の実力差から見ても、あんなもの何でもないことぐらいわかっただろうに。
つまり、それだけあの義兄が大切である、ということだ。
リティシア=ヒョウ。
『さっきも言ったろ? 初手見鬼は魔術師の基本であり挨拶だ。腹が立つなら、お前も俺の心を覗いてくれても構わんぞ。まあ、無理だろうがな』
あいつはあの時、
見鬼は目に魔力を集めて魔力の流れを読む。しかし、目と脳は直結しているため、見鬼中に魔力を叩きつけられると、脳に思念が流れ込み、感情が増幅かつ錯乱させられてしまう。その青魔術のことを、
そして魔力誘導は思念を
恐ろしく鮮やかな手並みと言わざるおえない。ヒョウは魔術戦の何たるかを熟知している。それでいて非情だった。目的のために手段を選んでいない。
だが。
ヒョウはあの時、空筆を用いた。空間に、消化とだけ描いて、リンに意思を伝えた。あの時あいつは、リンを見ていなかった。
合図さえ送ることもなく、ただチンピラだけを見据えて、笑っていた。
わかっていたのだ。リンならば、自分を見ているであろうと。そう確信していた。
非情ではある。しかし、ヒョウはリンに対して、絶大な信頼を持っている。
この二人にあるのは、絆だった。
「ふっ」
口にこそ出していない。
しかし、あまりにも臭い台詞だ。
だからアイリスは、独り言ちに、つぶやいた。
「笑える」
カコン。
一方その頃、東尾では――
十狼刀決死組三番隊組長、カルロ=惣一郎が、春起こしの音を聞きながら、あぐらをかいていた。
手は口元、正面には駒の並んだ将棋盤が置かれている。相手の手は穴熊であった。しかし対戦相手はいない。
カコン。
また春起こしの音が響いた。
そんな中、カルロもまた、つぶやいた。
「まず――二カ月」
< ほらな 了 >