囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
二人の力
カッカッカッカッカ――カッ!!
解まで書き切って、チョークを放った。
魔術力学を担当している魔導師が、あわくって、教科書と黒板を何度も見やる。
「正解か?」
「せ、正解です……っ」
魔力力学担当のデブ魔導師が、悔しそうに言った。
というのも、俺がここに晒し物にされている経緯は、俺がろくすっぽ授業も聞かずに寝ていたからだ。そんな俺にチョークが投擲され、難なくつかんだ結果、この明らかに学生基準じゃない問題を解け、という喧嘩に至ったわけだ。
結果は御覧の通りである。
ま、相手が悪かったな。
俺は目に入れた情報は一秒弱で記憶できるという特技を持っている。
つまり、教科書に解が書いているなら、それをパラ見すれば大体のことはわかるのさ。まあ、その分どうでもいいことはすぐに忘れるけどな。
ガヤガヤと、教室内が色めき立つ。
俺は席へと戻る途中に、ふとリンを見た。
リンは相変わらず、赤い顔で口元を隠しながら俺を見ている。
俺はそんなリンを見て、肩をすくめた。
「ま、イージーだな」
「――はい!!」
リンがくすぐったそうに笑って言った。
俺は眼鏡を持ち上げながら、笑った。
◇◇◇◇◇◇
四限目。魔術体育。
体操服姿のリンがいた。正面には高跳び棒。一般人では絶対に飛び越えられない場所に、棒が設置されていた。
その高さ、五メートル三十。
飛脚法という青魔術がある。風が魔力に反発する性質を利用して、足の裏に魔力を集め、自身を矢のように飛ばす術。というより歩法だ。
これはそのための訓練のようだ。
挑む前に、リンがチラリと目を向けてくる。
あぐらかいて見ていた俺は、『何だよ』と、目を開いて尋ねる。
リンは言葉で答えず、ただ嬉しそうに笑った。
リンが高跳びに向き合った。そして駆ける。
踏み込むその前に、リンが前宙を三度組み合わせた。足の裏より、掌の方が魔力を放出しやすいからである。
前宙する度に、周囲の風がかき乱され、リンの身体をフワリと支える。
跳躍した。棒をギリギリのラインで飛び越え、旋回しながらマットの上に着地する。
「リンさん。五メートル三十……クリアです」
満座から注がれる拍手喝采。
リンが頬を紅潮させながら、荒く息をついている。
その顔はすこぶる嬉しそうだ。
まあリンは本来縦の飛脚法が苦手で、何気に新記録達成である。
普段オドオドしている割に、意外と勝負強いんだよなーこいつは。正直そこらの三番隊の奴と組むなら俺はリンと組むね。それほどリンはできる。
まあベストは一人でやることだけどな。ってのも、俺は一人でいる方が強いからな。
「すげえよ、あのミーティアちゃんに勝っちまったよ」
「あれで十一歳なんだもんなー。しかもふっつうに可愛いし」
「淑やかで清らか。東尾清女《とうびせいにょ》の話はよく聞くけど、マジだったんだなー」
おー、誉められてんなー。
思いながら、俺は周囲と一緒に手を叩いていた。
リンへと目を向ける。
リンもまた、俺に目を向けた。
誉めてくれ。
そう言わんばかりの顔だった。
俺は声に出さずに笑ってしまった。
手で力一杯褒め称える。
よくやったなと思う。強くなったなとも思う。
三年前。あの時、あの場所に囚われていたお前じゃ、絶対にできなかっただろう。
『強くなりたいんです。自分以外の全てを守れる強さがほしい』
決死組に入った理由を尋ねた時、お前はそう言った。
それが半分嘘であったことを俺は知ってる。
だけど、半分が本当であるのなら、それでいいじゃないかと思った。
半ば自暴自棄ではあっても、家族も幼馴染も、全てを失った少女の言葉としては、十分に過ぎた。
そう。
リンは十分に過ぎるほど強くなった。
あの時の願いは、リンの血反吐を吐くほどの鍛錬と、類まれなる才能によって、叶えた。
後はリンの家族と幼馴染の仇。
リンを狙う
そうなったら、俺も――
「次、男子、前に」
見学のために座っていた男子一同が立ち上がる。男子って年じゃねえが、俺もまた立ち上がった。
キャーキャーと何やら騒がしい。てっきり俺に向けられているものと思いきや、それは後ろからきた男に向けられたものであった。
長い金髪をした男で、女と見間違うばかりの顔をしているが、どうやら男らしい。
「大したものだね、君の妹は」
「いやーそれほどでも」
「君はもっとすごいのかな? リティシア=ヒョウくん」
「いやーそれほどでも」
同じ言葉だが、言葉の抑揚と表情を変えて、俺は言った。
それに俺は負けるつもりだった。というのも、さすがにやりすぎかなと思っていたからだ。
俺はリンと違って、負ける時は負けることができる男なのさ。大人だろ?
リンとすれ違う。
特に声はかけなかったし、目も向けなかった。
言うまでもないことだが、俺だってリンを見てない時ぐらいあんのよ?
「ミーティアさんの仇討のつもりはさらさらないけど、勝たせてもらうよ。さすがに、この学園の副会長たる僕が、転校初日の君に負けるわけにもいかなくてね」
「ふーん」
そうか。
こいつが副会長なのか。
どうりでガキにしちゃ、中々の魔装しているなと思ったぜ。
とすると、やはり負けた方がいいな。さすがにいきなり学園のナンバー2に勝っちゃ駄目だろ。常識的に考えて。
「兄様」
「ん?」
背中から声をかけられて、振り返った。
振り返ると、リンが口元を隠しながら、俺のことをじっと見つめていた。
「あの……兄様相手にこんなことを言うのは、逆に失礼かもしれませんが――」
「なんだよ」
「頑張ってください」
「へ?」
しばしリンと見つめ合う。
そうしてから、俺は笑った。
「リン」
呼びかけながら、かけていた眼鏡をリンに向けて放る。
受け止めたかどうか見ることなく、俺はセミロングに伸ばした髪を、後ろで縛った。
「兄様のこと、よく見とけ」
足を踏み出すその前に、リンのいつもの声が、後ろから響き渡った。
「――はい!!」