囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
バン。バン。
俺はとなりの椅子に両足を置いた。
「ダメだな」
「兄様……」
「お前は黙ってろ、リン。金髪。話があるならまた次の機会に聞いてやる。だから今回は出直してこい。俺は飯の時間を邪魔されるのが嫌いなんだよ」
手をパタパタと振った。
女は無表情だった。
「あたしがAに上げてあげたんだけど」
「そりゃどうも。だがそれとこれとは別の話だな」
「あたしがAに上げてあげたんだけど」
「そりゃさっきも聞いた――」
言葉の途上で固まった。
女が頬を膨らませながら、俺のことをにらんできていたからだ。
何だ、こいつ……。
その時。
ガタン。
と、強引に、両足を置いている椅子を引かれた。
しかし、そんなことで退く俺じゃない。俺は退くのが嫌いなんだ。俺は足をそのままにして、女を見ていた。
すると女は、自分のお尻を撫でるようにして、スカートを太ももにつけた。そしてそのまま、俺が足を置いたままの椅子に、座り込んでくる。
「うお!!」
「兄様!!」
いきなりの生暖かい感触に、俺は倒れそうになるほど退いた。当然両足もどかしている。
ある意味有効な手段だったとはいえ、この女、アホなんか……。
ジト目で睨みつけるも、女は無視を決め込み、椅子を引く。
おぼんをテーブルの上におき、魔術師特有の白い指先で、テーブルの上に文字を書いた。
反射的に
『ここで話すか。別の場所で話すか。二者択一。選んで?』
空筆……。
「兄様……」
「黙ってろと言ったろ、リン」
「はい……」
シュンとした顔でリンがテーブルを見つめる。まあそんなことはどうでもいい。
こいつとの話は、間違いなく微妙なものになる。
知るとまずい情報。知ってしまうと、逃げられない情報。そして、知られると、困る情報。
教育という意味では、リンにも聞かせた方がいいが――
まあ、ちょっと早いかな。
「リン。お前はここにいろ」
椅子を引いて立ち上がった。
女は微笑して、おぼんごとリンに差し出す。
「じゃあリンちゃんにこれ。対価」
「え」
「清流派魔術師は対価で返すのが常識だから」
「ど……どうも。ありがとう、ございます」
困った様子でリンが言った。
そりゃそうだろう。
おぼんの上に乗ったドンブリの中身は、うどんと呼ばれるものだった。東尾の鍋に入れてよく食べられるものではあるが、飯の後にそんなもの貰っても――
「あ、これ美味しいです!!」
リンの言葉と共に、俺の肩が下がった。
「お前っさー」
「あ、いえその申し訳ありません。このような料理は初めてで、つい……」
両手で口元を隠し、リンが言った。
「うどんは
「そうですね。このようにお蕎麦だけ出てくる料理を初めて見ました。最初はビックリしてしまいましたが、食べてみると、すごくおいしかったです。世界には、自分が知らないことがたくさんある。そう改めて思いました」
「ふふっ。喜んでくれたならよかったよ。いいリアクションもとれたしね。さて」
ガタン。
金髪女が立ち上がる。
「ああそうだ」
「何だよまだあんのかよ。俺は待つのが嫌いなんだぜ?」
「ヒョウ君への対価も考えないとね。一応時間を貰うわけだし」
「別にいらん」
「そうもいかないよ。与えただけの対価を貰い、貰った分の対価を返す。それが清流派魔術師の教えだから」
「そうか。しかし俺は、助けたい奴は助け、見捨てたい奴は見捨てる濁流派なんだ。そんなものは必要ない」
「うーん、そういうわけにもなー。あ、でも大丈夫か。君には足の上に座ってあげたしね」
「は?」
「だから。足の上に座ってあげたでしょ?」
「だから何だ」
「え? 嬉しいでしょ? あたし、十七歳だよ?」
ダメだこりゃ。会話になりません。
呆れ切った俺は、両掌を天井に向けて、頭を振った。
「じゃあ行こっか?」
椅子を机の中に入れながら、女が言った。
「ああ。――リン」
一歩踏み出してから、俺はリンに向かって呼びかけた。
「え? あ、はい」
相変わらず、俺のことを見ていたリンが、両手で口元を隠して言った。
その仕草に俺は微笑み、口を開いた。
「何かあったらすぐ俺を呼べ。いいな」
「は、はい……」
視線を外しながら、リンが言った。
「いってらっしゃいませ。兄様」
背中でリンの言葉を受けた。
カランコロン。
「ふふ」
食堂の扉を閉めた後、隣で女が冷笑する。
「なんだ?」
「信頼関係とは違うんだね」
「信頼していたいから置いていくんだ」
「ふーん。中々深いこと言うじゃん」
「そりゃどうも」
「でも、残念だけど、ちょっとズレてるね。君たち二人」
「お前に言われちゃおしまいだぜ」
「ふふふ」
目を背ける俺。
笑う女。
食堂から本館に戻り、階段へと足をかけた。今更だが、食堂は別の場所にそれ専用の建物として、設けられていた。
「そういえばさ」
「何だよ」
「自己紹介がまだだったよね?」
「いらねえな」
「どうして? 少なからずあたしの情報を持っていた方がいいと思うけど?」
「いらねえ」
「いいのかなー? 君にとって必要のない情報だと思ったとしても、隊にとっては違うかもしれないよ?」
あんな隊どうなっても構わん。
――と言おうと思ったが、その情報を抜かれるのもやや問題かと思った。
「……言ってみろ」
「ふふっ。立場は言わなくてもわかってるよね? あたしの名前は、アイリス=クーパ。年は十七で、好きな食べ物はパンナコッタ。好きな色は白。口説くときはそのへんよろしく」
「そんな機会は永遠に訪れないから安心しろ」
「こうやって並べてみると、ちょっと味気ないね。他に男の子が気になる情報ってなんだろ。スリーサイズとか?」
「気になる相手ならそうなんじゃないか?」
「じゃあリンちゃんのこと以外、興味ないってことか」
目を向ける。
その時の俺の表情がそんなにおかしかったのか、女は今日一番の顔で、笑った。