囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
ベルの音が響く。
終礼を告げる音だった。
「どうすんだ? リン。俺は帰るけど」
荷物を背負いながら、俺は尋ねた。
「リンは……その」
シュンとした顔で、リンが視線を伏せる。
余談だが、リンが自分のことを名前で呼ぶときは、誰かに甘えたいときである。
しかしそれがわかったからといって、対応方法がわかるわけでもない。
この女は、よくすねるわりに、どうしてほしいかはあんまり言わない女だからな。
「あー、一応言っておくけど、別に強制しているわけじゃねえぜ? 嫌なら行かなくてもいいと思うが」
「あ、いやその、嫌とかではなく――」
「じゃあどっちなんだよ」
「あの、リンは、それとは別に、やりたいことがあるので――」
「ふーん」
「……」
「……なら俺は先に帰るぜ」
「……はい」
視線を伏せながら、リンが言った。
結局、どう言えば正解なのかわからなかったな。
出る前に、リンを誘ってきた男らに目を向ける。
ワイのワイのと女らと盛り上がっている。
目を細めた。
ああいう世界に飛び込もうと思えば、飛び込めるだろう。
誰かに化けることは得意だ。人間らしく装うことは容易い。だがそんなことに意味はない。堅気の生活を、心から楽しめなければ意味などないのだ。そしてそれが一つの線引きでもあった。
人間か、獣か。
俺は、野良犬だ。
人として欠ける何かを埋めるために盗みまくったが、結果的に何も埋まらなかった。
いつしか盗賊王と呼ばれ、周りの人間が全員消えた後、廃業した。
自分が求めているものは、きっと自分を殺せる相手なんだろうと気が付いたからだ。
だから単身、決死組を襲撃した。
そこになら、俺を殺せる相手がいるのではと思ったからだ。
人間の生き方とは程遠い。
その日暮らしに生き、いつしか誰か、自分を殺してくれる者を待つ、獣の生き方だ。
ガラガラ。
引き戸を開いて、廊下に出る。
「いいの?」
隣に並んできたアイリスが言った。
「何が?」
「リンちゃん行っちゃうよ?」
「バカだなお前」
「……どういうこと?」
「心配するなら向こうの連中を心配した方がいいって言ってるのさ。リンは俺の妹だ。あいつらにどうこうされるようなことがあれば、腹切って死んでもいい。素の殴り合いならお前よか強いよ、リンは。加えて言えば、あいつはな――」
「はあ」
話を遮るように、アイリスが大仰にため息つく。
何だよと、俺は目を向けた。
「はぁ~~~~~~~~~~」
両手をほっぺに添え、心底相手を哀れむような目を向けてくるアイリス。
何だこいつ……。
短い付き合いだが、こいつがズレていることは先刻承知している。
こいつに真っ当な答えを期待しても意味がない。
とはいえ、こんなぶっといため息をつかれる謂れはない。
『何だよ』とそう尋ねようとした、その時。
「あ、ヒョウくんだー!!」
女が二人走ってやってくる。
反射的に
「あのさ、あたし達、二人の歓迎会しようってことになってるんだけど――」
女を
見えた感情は、喜と楽。若い女の典型のような感情構成。
「俺も呼んでくれるのか?」
「当然じゃん。二人の歓迎会なんだからさ」
なるほど。
やっぱり、リンをどうこうしようということではないな。この手の歓迎会で女を喰う常套手段は仲間に女を引き込んでおくことだが、さすがにこの手順と感情構成で疑うのは疑心暗鬼にすぎる。
学生として、盛り上がるイベントがほしいってことなのだろう。
嫌いじゃないんだけどな。その考え方だけは。その場にいたいとは、思わないだけでな。
俺はギャーギャー騒がしいのが好きじゃないのさ。
ガラガラガラ。
俺は隣の窓を開いて、そこから身を乗り出した。
「え、ちょっ!! ――ええええええええええええええええええ!!」
女の声が聞こえる。ここは五階だった。
五階から飛び降りた後、見上げた。
女とその他の生徒も、俺のことを見下ろしていた。
その中には、リンもいた。
俺は二本の指を立てて、挨拶した。
そのまま一人校門に向かう。風が吹く。その流れに乗って、俺は姿を消した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――ま、とは言ったものの」
俺はミドルストリートという、学園を一望できる場所から、棒付き双眼鏡で、学校の入り口を覗いていた。
リンが負けることは百パーセントありえない。
十一歳のリン相手に、そんなことをするのはありえない。
しかし、リンを狙う
まあこの機会に、あいつが堅気相手にどういう対応するのか見せてもらおうじゃないの。
距離はあっても俺には唇の動きで相手が何を言っているのか十割わかる。
場合によっては変装して忍び込むってのもありだな。
盗賊王であるこの俺は、老若男女問わず、誰にでも化けれるからな――お。
双眼鏡の縁を強く目に押し付ける。
学習棟からリンが一人で出てきた。
後から誰かが出てくるという様子もない。
キョロキョロと周囲を伺い、一人校舎裏へと駆けていく。
『あの、リンは、それとは別に、やりたいことがあるので――』
そういやあいつ、そんなこと言ってたな。
あの時は深く考えなかったが、あいつのやりたいことってのは、何だ?
双眼鏡を目から離して、腕を組む。
頭の中で、朴訥の音が聞こえたような気がした。
そして――一つの解答に思い至った。
「まさかあのバカ!!」
俺は双眼鏡を鞄に詰め込み、学園に向けて跳躍した。