囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
愛の手紙だけをリンに返して、俺は言った。
リンが黙って、向けられた手紙を受けとる。
俺はため息を一つついた。
「お前っさー、俺のなんかどうでもいいから、自分の先に片付けてこいよなー。可哀想だろー。せっかく勇気出して書いたんだからさー」
「ですが……」
「あ、もしかして、行った先で変な奴が待ってたらとか思ってる?」
「えぇ!?」
「いやいや、お前の場合、待っている相手がガキなら健気ですむが、大人ならかなり危ない男ということになってしまうからな。どうするよ、駆けつけて、待ってるのが結構年いってるのだったら。年いった用務員がお前の魔力操育の姿見てとかさ。あっはっは。傑作だ。なあリン」
尋ねると、リンは眉を鋭角にして俺を睨み付けていた。リンが俺に歯向かうことはかなり珍しい。あるとしたら大体誰かのため。
とはいえ、それで折れる俺じゃない。当然だ。義妹相手に折れる道理がない。
だから俺は、そんなリンを笑って見つめ返した。
するとリンは、怒っても無駄だと察したか、何も返さず目を伏せる。
「その……」
「何だよ」
「こういったものは、お断りしてもよいものなのでしょうか?」
「え!! 何で断る前提なんだよ。ひっでーやつだな、お前。会ってみたら、意外といいかもなって、思うかもしれないだろ?」
「いえ。リンは絶対に思わないと思います」
「え? 何で?」
「いえその……何でも、です」
「ふーん。じゃあそう言ってやればいいんじゃね?」
「どう言えばいいですか?」
「お前とは合わないと思います。ごめんなさい」
「えぇ!?」
「何だよ。事実だろ?」
「ですが、もう少し言い方というものがあると思います」
「そこまで言うなら自分で考えろ。何もしない優しさほど周りにとって迷惑なもんはねえぞ」
「……はい」
リンがシュンとした顔で目を伏せる。
余談だが、リンが俺を見ていない時というのは、大体俺がやりすぎている時である。
今回もリンは俺を見ていない。もしかしたら、またやりすぎたのかもしれない。
「リン!!」
どんよりと歩くリンの背に、声をかけた。
リンが振り返る。
俺は、呼びかけたはいいものの、実は何も考えてはいなかった。
目を上向け、紅い空と、流れる雲を見つめた。
「あーっと、兄様は、人を待つのが嫌いなんだ」
この話の出だしはまずいと、自分で思った。
だがここで切ったら、この話はここで終了である。
何より――
どうして俺が恥ずかしがることがあるというのか?
相手はただの十一歳。
仮に俺が『好きだ』とこいつに言ったところで、冗談にしかなりえない。
その程度の小童ではないか。
いつからこんなに意識をし始めたのか?
わからない。
そもそも、意識しているのかどうかも、わからない。
多分ありえない、いや、あってはならないことだからだろう。
「まあ待たなきゃいけない時は待つけどな。それでも、いつまでも待っていたくないってのが本音だ」
「……」
「――断る理由にしてくれていいぞ」
空を見ていたので、リンの顔は見えなかった。
無言だったので、リンかどう思っているのかはわからなかった。
ただ静かに、時が流れる。
「待っていて……いただけるのですか……?」
目を向ける。
リンが口元を押さえながら、俺のことを見上げている。
頭をガリガリとかいた。
「俺は――待つのは嫌いだが、お前を待つのは、嫌いじゃねえよ」
本音であった。
はぐらかそうかと思ったが、はぐらかすことそのものが、恥だと思った。
さっきも言ったように、俺がリン相手に照れる理由はどこにもない。
「はい!!」
いつものように、リンがくすぐったそうに笑う。
その笑顔を見て、俺はまた目を上向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
手紙の指定場所に誰もいないことを、高い位置から双眼鏡で確認した俺は、校門の前に立っていた。
リンには今日の朝、俺の魔力を込めた指輪を渡している。
銀具化してないので持続時間こそ短いが、魔力が切れないうちは、リンの居場所がわかるようになっている。
五。四。三。
頭の中で数える。
二。一。
校門から飛び出してきた女が一人。
長い栗色の髪が、後ろに伸びていた。
「よー」
夕焼けを見ながら、リンに声をかける。
「兄様!!」
目を向ける。
顔が上気している。
表情で、嬉しさを目一杯表現していた。
俺は目を上向けて、空を見つめた。
じゃあ帰るかと言って、しめてもよかった。
だがその前に、どうしても言っておきたいことがあった。
「リン」
「は、はい!!」
「よかったのか?」
歓迎会の件。告白の件。
俺は、リンには陽の当たる生活が相応しいと、確信している。
それでも、行けよ楽しいからと、強制するものでもないと思っていた。そんな奴がいたら、ただただ
道は、自分で選ぶもんだ。自分が求めていることを一番知っているのは、自分しかいないのだから。
しかし他者から見て、大人から見て、本当にそれでいいのかと、聞きたくなる時ってのは、あるもんだ。
俺にとって、それが今だった。
「……よかったです」
「そうか」
「兄様と一緒に帰ることができて」
「え?」
振り返る。
リンが、いつものように、くすぐったそうに笑っている。
「だって、兄様との初めての登下校ですから」
何言ってんだ、こいつ……。
不覚にも、顔が緩んだ。
そんな自分に腹が立った俺は、リンの頭に、置くようにして、手刀をお見舞いした。
頭に手を置きながら、リンが俺のことを見上げてくる。
俺は目をそらしながら、口を開いた。
「アホなこと言ってんな。とっとと帰るぞ、リン」
「はい!!」
リンが後からついてくる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――リンが、俺に好意を持っていることは知っていた。
そりゃそうだろう。
これで気づかないようなら脳みそが溶けている。
だが、これで受け入れるようなら、そいつはもっと、脳みそが溶けている。
俺は二十二。リンは十一。
いつかはぶった切れる関係だ。
ぶった切れなきゃいけない関係でもある。
歩道を二人で歩く。
特に会話はなかった。
俺は別に話すことが得意なわけではない。得意になろうとも思わない。
視界を上げた先。真っ赤な夕焼けが広がっていた。眩しいからか、目を細める。
俺は、基本的に人の名前を呼ばない。
呼んでも、どうせ消えるならと、いつの間にか人の名を呼ぶのをやめていた。
リンのことはいつかは消えると知りつつも、呼んでいる。
何より、こんなガキ消えたところで何とも思わないであろうと、当時の俺は思っていたのだ。
だが、今は――
「なあリン」
「え? はい」
リンが振り返る。
夕焼けの神秘性がそうさせるのか、こいつも夕焼けと一緒に消えてしまうんじゃないかって、そう思った。
だからだろうか。
「覚えてるか? 今日の朝言った、夢の話」
「え、えと……はい」
視線を伏せながら、リンが答える。
リンはこのことを蒸し返されたくないらしい。
しかし、俺は続けた。
「お前……初めて俺に会った時、何て言ってたんだ?」