囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
白魔術室。
煙草をふかしながら、ホイットニーはアイリスのことを見つめていた。
「で、報告は?」
尋ねると、アイリスが、自分も他者も嘲るように冷笑した。
「語学研修」
「は?」
口から煙草を離して尋ねた。
アイリスは無表情のままだ。一流の魔術師は感情を表に出さない。
笑っているように見えても、アイリスのそれは九割愛想笑いだ。アイリスが素で笑うとしたら、よっぽどのことである。
「語学研修だそうですよ。彼ら二人の目的は」
「……あんた、それを真に受けて戻ってきたの? 他にわかったことは?」
「ないですね。本人がそう言っていましたから。それ以上の問答は無意味と思って、切り上げました」
ホイットニーはガリガリと頭をかいた。
ガキがと思う。
年々若い奴が入ってくるが、年を経るごとに使えない奴が入ってくる。
そんなことを言うと老害と思われそうだが、実際そうなのだから仕方がない。これを見れば明白であろう。
イライラして、まだ半分も吸っていない煙草を、灰皿の上に押し潰した。
「まあいいわ。次はあたしがやる。もう帰っていいよ」
犬でも追い払うように手を振った。
まあそんなに難しい仕事じゃない。確かにヒョウは強いのだろう。だが
(任務は最低二人一組で動くのはどこの国でも同じ。だけどあんたらバランスが悪すぎるよ。これなら刺せる。ただ、策を打つとするならば――)
ガン!! カランカランカラカラカラカラカラン。
そんな時、灰皿が突如飛び上がり、震えながら机の上に着地した。
ホイットニーも相当場数を踏んでいる。だから特に動揺することなく、目を向けた。
アイリスは、人の机の上に土足を乗せながら、こっちを見下ろしてきていた。
「そうそう。もう一つわかったことがありましたよ。あの二人の間にあるものは、確かな絆です。それは、あたしが十七年、右を向いても左を向いても、絶対に見つけられなかったものです」
一流の魔術師らしく、アイリスは怒っていても無表情だ。
「理由を聞くだけなら結構。彼らが凶行に走るようなら、喜んで止めましょう。説得になるのか、腕ずくになるのか、それはわかりませんがね」
口調の抑揚も一切変化なし。
だがしかし。
アイリスが続く句を結ぼうかというその時、ホイットニーの総毛が、ゾッと逆立つ。
アイリスの蒼い瞳が、これでもかというほど、見開かれていたから。
「しかし、万が一あの二人の絆を断つようなマネをしたら。あるいは、利用するようなマネをしたら。ホイットニーさん。あたしはあんたら全員――潰すよ?」
バキバキと、周囲の鉱物にヒビが走る。台の上に置いた花瓶が砕け、床の上にヒタヒタと水を零している。
これはつまり、アイリスの力を物語っている。
アイリスは魔術の腕だけなら自分より上なのだ。いや多分、アーサーよりも上手だろう。伊達に魔術師名家を出ていない。
しかし子供だった。
なまじ腕が立つ分、アイリスという存在はシンプルに危険物に過ぎない。それでも上が使えと言えば使わなければならないのだから、ほんとこの国の人事部はゴミしかいない。
「花瓶が割れちゃいましたね。あたしが力を入れるとすぐこうなっちゃうんですよ」
パチン。
アイリスが指を鳴らす。
呪に反応して、零れた水が宙に浮く。大小様々な水泡が砕けた花瓶と花を包み込み、それらをアイリスの元へと運ぶ。
浮遊する水泡から、アイリスがスッと花を抜き取る。そして、その薄紫の花弁を、口元に当てた。
アイリスは美人である。というか魔族は皆綺麗なのだ。だから、その紫陽花が嫌味なほど似合っていてムカついた。
「この花は、花瓶と一緒に今度弁償しに来ます。だから、また優しくしてくださいね? ホイットニー曹長」
バタン。
『表情』に似合わずぬいぐるみをジャラジャラつけた鞄を背負って、アイリスが白魔術室から退出した。
ホイットニーはポケットから煙草を取り出し、先端に火をつけた。
「まあいいか」
ホイットニーが笑う。
「いずれにせよ、相手も知らずに策を打つのは下策中の下策だからね」
紅を縫った口から煙を吐き出す。
「だからまずは、あんたのことをもう少し教えてもらおうかな? リティシア=ヒョウくん。いや――決死組!」
◇◇◇◇◇◇◇
夜の二十二時。
「しっ、しっしっしっしっし、しっ!!」
本日ヒョウにやられたボーズ頭のチンピラこと、マルコは拳をふっていた。
庭におっ立つ巨木には、拙い絵が張りつけられている。黒い髪に眼鏡。そう。ヒョウの似顔絵だった。
それは殴られすぎて、グシャグシャになっていた。
「しっしっし、ししししししし――」
一心不乱に拳を振るい続けるマルコ。
その後ろには、マルコの見目からは想像もつかぬほど、大きな家があった。
マルコは金持ちの家の息子であった。というより、ヴァルハラ学園自体金持ちご用達の学園だから、当然でもあった。(特待を勝ち取ればその限りではない)
しかし、その家は誰も住んでいないかのように、真っ暗であった。
「しっ!!」
ダン!!
巨木を殴りつける。
手を離した時、ヒョウの似顔絵は散り散りになっていた。
拳を口元にまで持っていく。
気の充実が、己が魔力を炎のように揺らめかした。
「この借りは必ず返すぜ……眼鏡野郎……っ!!」
高ぶった思いが声に出る。
そんな時であった。
カタン。
郵便受けから音がして、駆け寄った。
しかしそこには誰もいない。
(こんな夜遅くに誰が……)
投函された様子の郵便受けを開いて中を見た。
一通の手紙が入っていた。
妹宛てであったが、あまりにも不穏であった。
キョロキョロと辺りを見回してから、中を見た。
そしてマルコは、目を見開いた。
◇◇◇◇◇◇
夜。
ホイットニーは笑いながら、手を振るった。
コロンとテーブルの上を転がる鉄の塊。
ホイットニーが笑って白魔術室の明かりを落とす。
暗闇の中、月明かりでうっすら光る、鉄の塊。
それは――
ヒョウがあの時撒いた、マキビシであった。
《あの時言えなかった言葉 了》