囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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考えとけよ

「なるほど。そういうことだったんですね」

 

 

 あの後、リンを屋上に呼び出して、ことの事情を説明したヒョウは、安堵の息をついた。

 

 

 何でって、このバカもといリンが頭を上げたのは、話が七合目を過ぎたあたりだったからだ。

 

 

 それまでリンはずっと顔を俯けていて、ヒョウはずっと慌てていた。何故かわからぬまま。

 

 

「ですが、ミーティアさんも大変ですね。その……誰かよくわからない人に、付きまとわれるというのは」

 

「……そうだな」

 

 

 リンは、北翼(ほくよく)の人間に狙われている。しかもその過程で、家族と幼馴染を殺されている。

 

 重みこそ違えど、リンには思うところはあるだろう。

 

 

「まあってなもんで、俺は今日一日あいつに付き合わなきゃいかん」

 

「一日で大丈夫なのですか?」

 

「俺は一日で片付けるつもりだ。ダラダラ長ったらしいのは嫌いだからな」

 

 

 まあ理由はそれだけじゃないけど。と、ヒョウは思ったが、口には出さなかった。

 

 

「ふふ」

 

「なんだよ」

 

「いえ。嫌いだからという一言で望みを叶えてしまうのが、兄様らしいなと思って」

 

 

 ヒョウはシニカルに笑いながら、目をそらした。ガリガリと頭をかく。

 

 

「あ、いえ申し訳ございません。その、困らせるつもりは、なかったのですが……」

 

「え?」

 

 

 ヒョウはリンに目を向けた。

 

 確かにヒョウは困っていた。というか、どう答えたらいいかわからなくなったのだ。

 

 ヒョウは先天性魔術師で、俗にいう魔族と呼ばれる存在だった。

 

 魔族は賢い。どれぐらい賢いのかは、九歳で三番隊の副長だった(らしい)、カルロを見ればわかるだろう。

 

 差別だと、騒いでいるわけではない。ただ時折、人間(リン)にできることと、魔族(じぶん)にできることの境界線がわからなくなって、戸惑う。

 

 そしてそんな時、不思議と笑みが零れるのだった。

 

 ただまあ、そんなことはどうでもよくて。

 

 

「どうして俺が困ってるって思うんだよ」

 

 

 ヒョウが尋ねた。そんなに態度に出ていただろうかと思ったのだ。確かに目こそ逸らしていたが、笑ってはいた。

 

 見破られる道理はないと思うのだが。

 

 

「あ、いえその、なんとなくで、言っただけなのですが……」

 

「何となくかよ」

 

「何となくですが、兄様のことはわかります。二年間その……見てきましたから。兄様のことを」

 

 

 両手で口元を隠しながら、リンが言った。

 

 ヒョウはまた目を背けて頭をかいた。だったら今の気持ちも読んでみろと言いたいが『じゃあ』とばかりに正答されても困るので、何も言えなくなった。

 

 そんな時。

 

 

 コンコン。

 

 

 扉が叩かれた。

 

 

「ねえまだー? そろそろ一緒に帰ろうよー」

 

 

 ミーティアの声が聞こえた。

 

 

「兄様」

 

「んー?」

 

「ミーティアさんのこと、どうかお救い下さい。リンには、お願いすることしかできませんが」

 

 

 ヒョウは一度目を上向けた。

 

 

『強さが欲しいんです。自分以外の全てを守れる強さが』

 

 

 昔リンに、三番隊に入った理由を聞いたことがある。その時の言葉がこれだった。

 

 

 立派な言葉だと思った。自暴自棄であっても、中々言える言葉じゃない。

 

 

 リンは、親兄弟幼馴染を、他国の人間に皆殺しにされている。そしてその後、門を叩いたのは、外交兼外攻部隊の三番隊。

 思うことは少なからずあったはずだ。消しようのない(ぞうお)が、リンの心の奥底でくすぶっているのが見てとれる。それでも、リンが嘘を言っていないこともまたわかる。

 

 

 それが、リンに使った最後の見鬼(けんき)。リンには使わない方がいいなと思った。他者のために生きる。それが嘘じゃないって言うのなら、それでいい。   

 それ以上の気持ちは、他者が触れていいものじゃない。

 

 

 あれから二年経った。少しは変わったかと思ったが、こいつは未だに他者のこと『ばかり』を考えているようだ。

 それは確かに美徳だった。

 

 

 他者から見てリンは、誉められるべき存在だ。手本にしろと言いたくなるような存在なのは間違いない。

 

 

 だが義兄である自分が願うのは、他者じゃない。リンの幸せなのだ。

 

 

「リン」

 

 

 腰を下ろして、リンの頭に手を置き、顔を近づける。

 

 

「え?」

 

「調練だ。お前に命を言い渡す」

 

 

 リンが両手で口元を隠す。

 

 ヒョウは続けた。

 

 

「お前が願うのはなー、相手じゃなくて自分の幸せだ。だから次に兄様と会うまでに、自分の願い事を考えておけ」

 

 

 腰を持ち上げる。

 

 今も口元を隠し続けるリンを見て、笑ってから、扉を開けた。

 

 

「は――」

 

 

 リンが言葉を結ぶ、その前に。

 

 

「あーもう遅いってヒョウさーん。早く行こうよ、ボク待つの好きじゃないんだからさー」

 

 

 ヒョウの手を取って、ミーティアが外に引っ張っていく。

 

 出る前に、ミーティアが振り返った。リンと目が合う。

 

 手を立て『ゴメンね』と合図を送るミーティア。

 

 リンは――

 

 

「行ってらっしゃいませ、兄様」

 

 

 静かに見送った。

 

 

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