囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

26 / 65
お前だろ

「西を手薄にですか?」

 

 

 ヒョウの提案に、ミーティア家を守護する守衛隊長が答えた。

 

 ヒョウはリビングのソファーに腰掛けており、スカイプは守衛隊長の近くに立って、同席している。

 

 ミーティアは今はいない。犬の散歩に行っているからだ。無論監視はついているが、まあ釣れないだろうなと、ヒョウは思っていた。

 

 

 何故ならもう、目星はついた。

 

 

「そうだ。ここの守衛はガチガチすぎる。これじゃ外からちょっかいをかけることがまず不可能になる」

 

「そのための守衛です」

 

「犯人を釣りだした方が早い。西は高い木が茂っていて、比較的侵入しやすい。またこのリビングとも近い。というか、すぐそこだ」

 

「囲した敵には、あえて逃げ道を開けておく。斎の兵法書にある囲師必闕(いしひっけつ)の応用なのだと思いますが、そんなにうまくいきますかね。犯人の気質は今までの行動からいって、かなり奥手といっていいでしょう。突然そのような奇行に出るとは思えませんが。失礼ですが、奇策を練ればよいと思っておられませんか?」

 

「今までとは違うことが起きている。だから手順を変えるのさ」

 

「今までと違うこととは? あなたがこの屋敷にいることですかね」

 

「煽るな」

 

「失礼。失礼ですがという一文をつけそこねましたか」

 

 

 ヒョウは鼻で笑った。中々に言ってくれるが、こいつは相当できる。ジョニーとロナウドがA級猛者なら、この守衛隊長はS級猛者である。

 

 

 ヒョウはおもむろに、ポケットから例の脅迫状を取り出した。

 

 

「何ですかそれは?」

 

「猫耳あてに脅迫状がきてたのさ」

 

「脅迫状?」

 

 

 守衛隊長が、スカイプに目を向ける。

 

 

「いえ、私も今知ったのです。いやはや困ったことになりましたな」

 

「ちょっと拝見させていただいてもよろしいですか?」

 

「読んだら返せよ」

 

 

 ヒョウは手首のスナップだけでそれを放った。守衛隊長がそれを受け止める。瞳の色を深くした。見鬼(けんき)を用いたからである。訝しげに眉を持ち上げてから『裏面』を見た。

 

 

 その時、守衛隊長の目が、スカイプの時と同様に――スカイプとは違って、威圧的ではあったものの――見開かれた。

 

 

 口元に手を当てる。

 

 

「わかるか? 犯人は動く気満々なんだよ。ここで罠張らないでどこで張る」

 

「……いずれにせよ、今日と言い切れるものではないですね。今日は台風だ。夕方には雨も降るという。まず現れないでしょう」

 

 

 守衛隊長が、ソッと脅迫状をテーブルの上に戻した。

 表向きで。

 

 

「三日は試すさ。これで来ないようなら、内部犯を一から洗った方がいいな」

 

「……なるほど。手荒そうだ。いいでしょう。やっても構いませんが、ただし、条件一つ。一時間に一度、ミーティングの時間を作って下さい。不手際だ何だと後々騒がれたくないもので。それでよければ、ご随意にいたしましょう」

 

「……そうだな。じゃあそうしてくれ」

 

「それではまた一時間後」

 

 

 頭を下げて、守衛隊長が去っていく。

 

 ヒョウは鞄から伝書を取り出し開いた。リンからの連絡は未だない。

 

 ヒョウは口元を押さえた。

 

 リンは北翼(ほくよく)の人間に狙われている。もしもは十分に考えられた。しかし――

 

 

(あのリンが、そんなに簡単に負けるはずないんだけどな……) 

 

 

 アイリスにも言ったがリンは強い。今のリンを誰にも気づかれず、かつ殺さずに捕らえるのは困難極めるはず。それだけの調練は積んできた。だがしかし、唯一の懸念があるとすれば、それは――

 

 

(バカなんだなこれが。あいつの動きはこの俺でさえ読み外す。まあ位置ぐらいは把握しとくか)

 

 

 目を閉じた。魔力探索。リンには、常時ヒョウの魔力が維持されるような指輪を渡している。魔力の位置と、この町の地図を照らし合わせると――

 

 

(結構不穏な場所にいるな。意味不明な返信内容も含めると、見過ごすのはやり過ぎか。ただその場合、こっちの手順が限定されることになる)

 

 

 ヒョウはため息つきながら、目を上向けた。

 

 

(詰むまで後数手ってとこまできてるが、後一手足りないってのも事実ではある。少なくとも後一人いる。終わらせてから行くってのは、さすがに理想を求めすぎかな)

 

 

「それでは私も、仕事がありますから、この辺で」

 

「じぃさん」

 

 

 立ち去ろうとしたスカイプを、ヒョウが呼び止めた。

 

 

「は、はい。何でしょう」

 

「何でしょうじゃねえよ。俺は部外者だぜ? 俺を一人にしていっていいのかよ?」

 

 

 振り返って、ヒョウが言った。

 

 

「おっと……確かにそうですね。ではお嬢様が戻られるまで、ここに留まらせていただきます」

 

 

 スカイプが両手を前で重ね、その場て直立する。

 

 

「あんたさあ」

 

「はい」

 

「これは俺が、あんたを疑っているから言うんだが――」

 

「え?」

 

 

 ヒョウはかけていた眼鏡を机の上に置いた。そして――

 

 

「この脅迫状について、心当たりはないよなあ?」

 

 

 二本の指で脅迫状を挟んで、ヒョウが言った。瞳の色は深い。見鬼(けんき)を用いて、精神世界(アストラルサイド)からスカイプを見据えているからだ。

 見鬼(けんき)で読める感情は、喜怒哀楽愛嘘信憎恐の九情。つまり、今のヒョウに嘘は通用しない。

 

 

「まさか!! ありません、断じて!!」

 

「なら、文面は」

 

「文面?」

 

「そろそろお金がなくなりそうなので、いただきにまいろうと思います。この文面に、心当たりはないか?」

 

「そ、そうですね。見たことがあるような気もします。ただ特にひねりがある文でもないですから」

 

「なるほどな。確かにそうだ」

 

 

 ヒョウが投げかけた二つの質問に対し、スカイプは嘘をつかなかった。しかし後者に関しては、見鬼(けんき)の逃げ方としてはよくある形だった。

 こうやって曖昧に語っておけば、真実を言っても断定することはできない。

 

 一番手っ取り早いのは『お前が犯人か?』と聞くことである。証拠はないが――見鬼(けんき)で得た情報は証拠として扱われない――断定させることに意味はある。しかしそれは同時に危険でもあった。百パーセント追い詰めることと、九十九パーセント追い詰めるのは、違う。人は希望を追う生き物だからだ。政治の世界に『生かさず殺さず』という言葉があるように、こういう時は、ほんの少しでも隙間を開けておいた方がいい。完全に殺してしまえば、政界を追われる可能性が高くなる。この場合で言えば、牙を剥く可能性が高くなるからだ。

 

 

 加えて言えば、仮に証拠があっても、犯人がしてることは犯罪とは言い難い。

 

 

 ミーティアを喜ばせるためにやったと言われて、法がどれほどの裁きを犯人に与えられようか。ヒョウ自身そのオチの可能性は多分にあると思っている。

 

 しかし、スカイプがミーティアに向ける感情分布は、愛と憎が半々というところだった。憎んでるじゃないかと思われるかもしれないが、執事やってれば嫌なことの一つや二つあるだろう。ましてやミーティアはあんな性格だ。イライラするなという方が難しい。

 

 整纏(せいてん)もあるだろうが、スカイプは、正にも負にも吹っ切れていない。極めて正常な感情分布と言っていいだろう。現状は、だが。

 

 

(とはいえ、こいつが何かをしようとしているのはまず間違いない。だが、親が親だからな。別件と今回の一件が同時進行している可能性はゼロじゃないな。だがここは、潰すか。一応)

 

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「トイレに立たせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ。だが最後に一つ、これだけは言っておく」

 

「はい。何でしょう?」

 

「お前だろ」

 

 

 振り返って、ヒョウが尋ねた。

 

 

「え……」

 

「心配すんな。見鬼(けんき)は使っていない。だからこれは俺の独り言と思ってくれていい。俺はお前を疑っている。理由は言わない。だが、今後猫娘の身に何かあったら、証拠があるなしにかかわらず、俺は真っ先にお前を死界に落とす。犯人でないなら何事もないことを祈れ。犯人ならここで思いとどまれ。お前が何を企んでいるのか知らないが、ここまでならまだ引き返せる。残念だが、俺と敵対した時点で、お前の運は尽きてんだよ。以上だ。行っていいぞ」

 

「わ、わかりました」

 

 

 バタン。

 

 

 扉が閉められる。

 

 

 ヒョウは足を組み、足元に置いていた鞄を持ち上げた。

 机の上にそれを置き、中から小さな女神像を取り出した。逆さにして、足元から伸びた輪に指を入れ、引き抜く。

 輪の先から伸びる黒刃。輪の部分も黒い。ヒョウはそれを自分の身体に押し当てた。見鬼(けんき)で見ると、そこだけ自分の魔力が()き止められている。

 

 

(まさかまた、昔の商売道具を使うことになるとはなー)

 

 

 黒刃を、女神像を模した鞘に納め、それをポケットに忍ばせる。ちなみに鞘がこんな形なのは、暗器であることが一つと、この形が一番神意を溜め込みやすいからである。

 

 表に出していた脅迫状は、ポケットにしまっていた校章の入った封筒に詰め、それをまたポケットにしまう。

 

 

 返信がきていないと知りつつも、伝書を開いた。やはり返信はきていなかった。伝書が揺れていなかったので、きていないのは知っていたけど。

 

 

 羽ペンを手に取り、サラサラとメッセージを(つづ)る。

 

 

 伝書を閉じ、腕を組み、目を閉じた。

 

 

(後三十分待って返信がないようなら、一度リンの元に出向いた方がいい。その場合、フェイクを噛ませるか、あるいは――)

 

  

 頭の中で、幾通りのもの計画を練り上げる。

 

 

(ま、いずれにせよリン次第か)

 

 

 薄目を開き、ヒョウは思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。