囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
「西を手薄にですか?」
ヒョウの提案に、ミーティア家を守護する守衛隊長が答えた。
ヒョウはリビングのソファーに腰掛けており、スカイプは守衛隊長の近くに立って、同席している。
ミーティアは今はいない。犬の散歩に行っているからだ。無論監視はついているが、まあ釣れないだろうなと、ヒョウは思っていた。
何故ならもう、目星はついた。
「そうだ。ここの守衛はガチガチすぎる。これじゃ外からちょっかいをかけることがまず不可能になる」
「そのための守衛です」
「犯人を釣りだした方が早い。西は高い木が茂っていて、比較的侵入しやすい。またこのリビングとも近い。というか、すぐそこだ」
「囲した敵には、あえて逃げ道を開けておく。斎の兵法書にある
「今までとは違うことが起きている。だから手順を変えるのさ」
「今までと違うこととは? あなたがこの屋敷にいることですかね」
「煽るな」
「失礼。失礼ですがという一文をつけそこねましたか」
ヒョウは鼻で笑った。中々に言ってくれるが、こいつは相当できる。ジョニーとロナウドがA級猛者なら、この守衛隊長はS級猛者である。
ヒョウはおもむろに、ポケットから例の脅迫状を取り出した。
「何ですかそれは?」
「猫耳あてに脅迫状がきてたのさ」
「脅迫状?」
守衛隊長が、スカイプに目を向ける。
「いえ、私も今知ったのです。いやはや困ったことになりましたな」
「ちょっと拝見させていただいてもよろしいですか?」
「読んだら返せよ」
ヒョウは手首のスナップだけでそれを放った。守衛隊長がそれを受け止める。瞳の色を深くした。
その時、守衛隊長の目が、スカイプの時と同様に――スカイプとは違って、威圧的ではあったものの――見開かれた。
口元に手を当てる。
「わかるか? 犯人は動く気満々なんだよ。ここで罠張らないでどこで張る」
「……いずれにせよ、今日と言い切れるものではないですね。今日は台風だ。夕方には雨も降るという。まず現れないでしょう」
守衛隊長が、ソッと脅迫状をテーブルの上に戻した。
表向きで。
「三日は試すさ。これで来ないようなら、内部犯を一から洗った方がいいな」
「……なるほど。手荒そうだ。いいでしょう。やっても構いませんが、ただし、条件一つ。一時間に一度、ミーティングの時間を作って下さい。不手際だ何だと後々騒がれたくないもので。それでよければ、ご随意にいたしましょう」
「……そうだな。じゃあそうしてくれ」
「それではまた一時間後」
頭を下げて、守衛隊長が去っていく。
ヒョウは鞄から伝書を取り出し開いた。リンからの連絡は未だない。
ヒョウは口元を押さえた。
リンは
(あのリンが、そんなに簡単に負けるはずないんだけどな……)
アイリスにも言ったがリンは強い。今のリンを誰にも気づかれず、かつ殺さずに捕らえるのは困難極めるはず。それだけの調練は積んできた。だがしかし、唯一の懸念があるとすれば、それは――
(バカなんだなこれが。あいつの動きはこの俺でさえ読み外す。まあ位置ぐらいは把握しとくか)
目を閉じた。魔力探索。リンには、常時ヒョウの魔力が維持されるような指輪を渡している。魔力の位置と、この町の地図を照らし合わせると――
(結構不穏な場所にいるな。意味不明な返信内容も含めると、見過ごすのはやり過ぎか。ただその場合、こっちの手順が限定されることになる)
ヒョウはため息つきながら、目を上向けた。
(詰むまで後数手ってとこまできてるが、後一手足りないってのも事実ではある。少なくとも後一人いる。終わらせてから行くってのは、さすがに理想を求めすぎかな)
「それでは私も、仕事がありますから、この辺で」
「じぃさん」
立ち去ろうとしたスカイプを、ヒョウが呼び止めた。
「は、はい。何でしょう」
「何でしょうじゃねえよ。俺は部外者だぜ? 俺を一人にしていっていいのかよ?」
振り返って、ヒョウが言った。
「おっと……確かにそうですね。ではお嬢様が戻られるまで、ここに留まらせていただきます」
スカイプが両手を前で重ね、その場て直立する。
「あんたさあ」
「はい」
「これは俺が、あんたを疑っているから言うんだが――」
「え?」
ヒョウはかけていた眼鏡を机の上に置いた。そして――
「この脅迫状について、心当たりはないよなあ?」
二本の指で脅迫状を挟んで、ヒョウが言った。瞳の色は深い。
「まさか!! ありません、断じて!!」
「なら、文面は」
「文面?」
「そろそろお金がなくなりそうなので、いただきにまいろうと思います。この文面に、心当たりはないか?」
「そ、そうですね。見たことがあるような気もします。ただ特にひねりがある文でもないですから」
「なるほどな。確かにそうだ」
ヒョウが投げかけた二つの質問に対し、スカイプは嘘をつかなかった。しかし後者に関しては、
こうやって曖昧に語っておけば、真実を言っても断定することはできない。
一番手っ取り早いのは『お前が犯人か?』と聞くことである。証拠はないが――
加えて言えば、仮に証拠があっても、犯人がしてることは犯罪とは言い難い。
ミーティアを喜ばせるためにやったと言われて、法がどれほどの裁きを犯人に与えられようか。ヒョウ自身そのオチの可能性は多分にあると思っている。
しかし、スカイプがミーティアに向ける感情分布は、愛と憎が半々というところだった。憎んでるじゃないかと思われるかもしれないが、執事やってれば嫌なことの一つや二つあるだろう。ましてやミーティアはあんな性格だ。イライラするなという方が難しい。
(とはいえ、こいつが何かをしようとしているのはまず間違いない。だが、親が親だからな。別件と今回の一件が同時進行している可能性はゼロじゃないな。だがここは、潰すか。一応)
「あの……」
「ん?」
「トイレに立たせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。だが最後に一つ、これだけは言っておく」
「はい。何でしょう?」
「お前だろ」
振り返って、ヒョウが尋ねた。
「え……」
「心配すんな。
「わ、わかりました」
バタン。
扉が閉められる。
ヒョウは足を組み、足元に置いていた鞄を持ち上げた。
机の上にそれを置き、中から小さな女神像を取り出した。逆さにして、足元から伸びた輪に指を入れ、引き抜く。
輪の先から伸びる黒刃。輪の部分も黒い。ヒョウはそれを自分の身体に押し当てた。
(まさかまた、昔の商売道具を使うことになるとはなー)
黒刃を、女神像を模した鞘に納め、それをポケットに忍ばせる。ちなみに鞘がこんな形なのは、暗器であることが一つと、この形が一番神意を溜め込みやすいからである。
表に出していた脅迫状は、ポケットにしまっていた校章の入った封筒に詰め、それをまたポケットにしまう。
返信がきていないと知りつつも、伝書を開いた。やはり返信はきていなかった。伝書が揺れていなかったので、きていないのは知っていたけど。
羽ペンを手に取り、サラサラとメッセージを
伝書を閉じ、腕を組み、目を閉じた。
(後三十分待って返信がないようなら、一度リンの元に出向いた方がいい。その場合、フェイクを噛ませるか、あるいは――)
頭の中で、幾通りのもの計画を練り上げる。
(ま、いずれにせよリン次第か)
薄目を開き、ヒョウは思った。