囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
ヒョウとリンが別れた後、リンは一人で帰り道を歩いていた。
寂しいが、ヒョウは仕事だ。ミーティアのことを考えたら、駄々をこねるわけにはいかない。自分にできることは、二人の無事を祈ることだけ。
目蓋を下ろして、両手を合わせた。
祈りは心だと、リンは思っていた。
だから、祈ろうと思えば、どこでだって祈れる。
『リン。調練だ。お前に命を言い渡す』
祈っているとき、聞こえてきたのは、ヒョウの言葉だった。
『お前が願うのはなー、相手じゃなくて自分の幸せだ。だから次に兄様と会うまでに、自分の願い事を考えておけ』
目を開く。
そういえば、ヒョウが言っていた。
願い事。何かあるだろうか? 次というのはいつになるのだろう? ヒョウは一日でこの仕事を終えると言っていた。
あの人は一度言ったことは絶対に外さない。だからあの人が一日で終えると言ったなら、今日の夜には会えるはずだ。
だから、それまでには、ちゃんと考えておかないと。
「ふふっ」
考えて、笑った。今日の夜が楽しみになってきたからだ。
何を話そう。どんな願い事にしようか。
大人になりたい。背を伸ばしたい。こんな実現不可能な願い事では、笑われるだけだろうか?
帰り道にある噴水広場。
本来ここは涼やかな場所で、リンのお気に入りだった。
だが今日は、違った。
「この野郎ふざけやがって!! ぶっ殺されてえか!!」
ドスの利いた声が響く。
見ると、前にヒョウと喧嘩をしていた禿頭の男、マルコが、肥満気味の男の胸倉を持ち上げていた。
彼女なのか、そばにいるツインテールの女性はどうでもよさそうな顔であくびをしている。
周囲の取り巻きはたくさんいるが、助ける気配は一向にない。責める気はなかった。誰だって人のために怪我をしたくない。
だが自分は、そんな自分が嫌だから、自分の目に映る人が傷つくのを見ていたくなかったから、強くなったのだ。
だからここで退く道理は微塵もない。
「やめてください!!」
声を上げた。
禿頭の男が振り返る。
リンは片足立ちになり、跳躍した。
踏んでいるのは地ではなく、空。風は魔力に反発する。しかし、この場にいる全ての者に、自分の歩法を見破られない自信がリンにはあった。
「なんだてめえは?」
「それ以上暴力を振るうようなら、あたしが相手になります。狼の牙を、人の身で受ける覚悟があなたにありますか?」
「はぁ? 狼? 何言ってんだお前? まあ、いいや。いいかゴミ野郎。次ネイファにこんな意味不明なもの出したら、今度こそぶっ殺す!! わかったな!!」
マルコが紙をビリビリと破り捨て、その場に放った。
今日は台風らしく風が強い。まかれた手紙は風に流されいずこがへと飛んで行った。
二人が去っていく。それに伴って、取り巻きもまた散り散りになっていった。
「ふぅ」
足の動きを止め、一息ついた。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
リンが腰を下げて、尋ねた。
男が顔を上げる。
顔が青くなっている。既に殴られていたのだろう。格好はヴァルハラ学園の制服で、年は十六から八ぐらいだろうか。
先述したように、やや肥満ぎみの男である。
「あ、ありがとう。助かった――あれ? もしかして、リティシア=リンちゃん?」
「え……」
リンが口元を隠して、そそそと、後ろに下がった。見ず知らずの人間に名を知られているというのは、わりと怖いところがある。
心技体鍛えていても、リンはお化けが大の苦手だった。それとまあ同じような理屈だ。違うかもしれないが。
「ああその、誤解しないでくれ。君と君のお兄さんはほら、有名人だからさ。知ってたんだ」
「ああ、そうでしたか。確かに兄様は、目立つ方ですから」
自分のことを完全に棚上げして、リンが言った。
余談になるが、特待Sであっても本来はD、あるいはEからのスタートである。
即A編入は今年からで、リンが物珍しがられていたのもその辺が大きい。
そしてこれが一つの布石であったことを知るのは、もう少し先の話になる。
「……あの、リンちゃん」
「は、はい……」
(初対面でリンちゃんと呼ばれるのはちょっと嫌だな……)
「ちょっとだけ話を聞いてほしいんだけど、時間もらえないかな?」
「え、えっと……」
散々目立つことをしてきたリンであるが、本人自体はさして目立ちたくはなかった。
だが、ここで被害者を放っておくというのはどうだろう?
目を閉じ耳を塞げば、どんな悪もないのと同じ。そんな発想はいけないことではなかろうか。
だが、目に映る、あるいは耳でとらえた悪を、全て根絶していくというのも、また違う気も――
「いやあの、大した話じゃないんだ。あの男、マルコの悪行について、少し知ってほしいことがあるだけなんだ」
リンは滅多に
だからリンは、大した話じゃない、知ってほしいことがある、だけなのだろうと、信じた。
「……わかりました。ただあたしでは、力になれるかどうかは、わかりかねますが」
一応念押しして、リンは承諾した。