囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
「許せません!!」
噴水広場のベンチに腰掛け、リンは語気を強くして怒っていた。
話によると、あのマルコという人は、妹のネイファという女性が降格しないように、昇級試験の相手を闇討ちし続けているのだとか。
彼ことアイク=バルカンもその闇討ちされた一人らしい。
「そうなんだ。ヴァルハラ魔術師学園の昇級試験内容は、闘ばかりじゃない。闘見探錬呪治体屍陣の九分野、全てを無視して、あいつは相手を潰していく。あいつ以外の誰も得しない行為さ」
「その通りです。そんなことをされても妹さんは喜ばないと思います」
「やっぱり君もそう思うかい?」
「思います」
「じゃあここからが本題なんだけど」
「え?」
声が裏返る。知ってほしいだけ、と言っていたので、あくまで部外者で終われる、と、虫のいいことを考えていたからだ。
「君か君のお兄さんに、彼への更正を頼みたいんだ」
「えぇ!?」
リンが大きな声を上げる。
パンと、アイクが手を合わせて頭を下げた。
「お願いだ。ご覧の通り、僕の力ではあいつを押さえられない。階級、知性、実力。その全てが彼より遥かに上でも、僕は技術系の魔術師だから、武闘派の彼には敵わないんだ。しかし君かお兄さんならあいつに勝てると思うんだ」
「……勝つことは容易いと思います。実際兄様は、あの方に勝たれていますし」
「だったら!!」
「ただ……」
今現在ヒョウはミーティアの護衛中。大切な仕事だ。巻き込むわけにはいかない。
一日で終わる仕事だとは言っていたけれど、仮に後日ヒョウに話したところで、協力してくれるとは思えない。ほっとけと言うのが関の山だ。
この一件について、同情を感じているのは事実だ。
しかし、この一件をどうにかするために、ヒョウに迷惑はかけたくない。というより、嫌われたくない。じゃあ見過ごすのかというと、そんな自分にもなりたくない。
で、あるならば答えは一つしかない。
「……わかりました」
「ほ、本当かい!?」
「ただ、あくまで説得してみるだけです。兄様は話しても多分動かないでしょうし、あたしは暴力が好きではありませんから。結局、同情以上のことができなくて、申し訳ないとは思っていますが……」
「いや、いい、いい。十分すぎるぐらいさ。君ならあいつも話を聞くだろう。あいつの居所は――」
パン。
アイクが双方の手を握り込むようにして合わせた。魔術師には、自分だけの集中しやすい印というものがある。彼の印はそれなのだろう。
「魔力探索ですか?」
リンが尋ねた。魔力探索は相手に魔力を取り憑かせ、相手の位置を探る青魔術。そんなものを、どうしてつけていたのかと、詰問するのがプロ以前の普通の感覚。だが、リンは人を疑うことを滅多にしない。だからこれも、ただの興味本位の一言であった。
「ああ。こんなこともあろうかと、つけておいたんだ。功を奏したみたいだね」
「そうでしたか」
リンは特に疑うことなく、納得した。
「うん、わかった」
「どこですか?」
頭の中を切り替えて、リンが言った。頭の中に地図を広げる。人を疑わないとはいえ、リンとてプロである。地図ぐらいは頭にいれていた。
「ここから南南西1、3キロ先」
「わかりました。方向と距離さえわかれば、後は高みから追えますね。地図は頭に入れていますので。それでは――」
アイクを見た。どう言えばいいものかと思って、言葉に詰まった。
すると、悟ったのか、アイクは正面で両手を振った。
「あ、いい、いい。僕がいても足手まといなだけだろ?」
「あ、いえその、申し訳ありません。不愉快にさせてしまったなら、謝ります」
「いい子なんだね、君は。君のような子供に託すのは申し訳ないけれど、僕らではどうすることもできないんだ。任せていいかな?」
「どこまでできるかはわかりかねますが、やれるだけのことはやってみようと思います」
そう言い残して、リンはその場から姿を消した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「マルコさん!!」
街中を歩く二人に向かって、リンは呼びかけた。
マルコとネイファが振り返る。
「あぁ? あ、お前はさっきの。どうしてここが――」
「そんなことよりマルコさん。あなたに、お話があります。少しお時間をいただけますか?」
「え、そんなもん、嫌に決まってんだろ」
「はわ!!」
声を跳ねさせて、リンが驚く。
てっきり無条件で聞いてくれると思ったのに、そういうことではないのか。
「いや、そんなに驚かれても困るな。百人いたら九十人はこう答えると思うぞ? 俺と話がしたいなら、そうだな。十万ルートは包んでくるんだな。それなら考えてやるよ。貰った上でな。あっはっは」
笑って、マルコが背を向ける。
紫の髪をした人は、何かを測るようにリンを見据え、やがて同じく背を向けた。その時、
リンはポケットの中を引っ張ってみた。お金は入っていない。スカートの生地だけが、表に出ている。
親指と人差し指の間であごを支え、リンは少し考えてみる。
正直マルコの言葉は正論である。しかしアイクは自分ならいけると言っていた。きっと、自分だけが見落としている何かがあるのだ。
周囲にとってはわかりやすく、自分にとっては見えづらい。そんな、灯台もと暗し的な、何かが――
(あ!! そっか!!)
ポンと、リンは掌を叩いた。
「――あたしは、リティシア=ヒョウの妹ですよ」
(ここの情報を詰めておけば、多分大丈夫なはず)
マルコが足を止め、振り返る。
その顔には無数の青筋が浮いていた。
それでもリンは微塵も動揺しない。
本当に怖い人間は底が見えない人間である。
怒りをまき散らし自分の力を誇示する人間に、素人は騙されても、決死組には通用しない。
「へー、そうなのか」
「少しは興味がわいてこられましたか?」
「ああ。血管ぶち切れそうなぐらいにな。ネイファ。先に帰っててくれ。俺はこいつと、少し話があるからよ」
ネイファはため息一つ。
スッと細めた瞳でリンを見据える。
何かを探っているように見えるが、やはり
少女がツインテールにした髪をかき上げる。
そして一人スタスタと帰路(?)についた。
「ついてきな。話すのに絶好の場所に連れていってやるからよ。くくく」
マルコもまた、背を向けて歩き出す。
リンは目を上向けた。
(兄様の名を勝手に使ってしまった。後で報告しておかないと……)
思いながら、リンは足早に、マルコの後についていく。
前を歩くマルコは、狂気を