囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
マルコに案内された場所は、いかにも裏道といった場所であった。
建物に挟まれているためいかにも薄暗く、道が狭い。
「この家の二階だ。ついてきな」
階段を上るマルコの後に、リンがついていく。
ふとマルコが振り返る。
多分自分が足音を立てていなかったからだろう。
リンは無表情で応じた。
マルコは何か言いたげな顔を見せて、何も言わず、先に進んだ。
ガチャリ。
マルコが扉を開いた。
リンは反射的に、新月布で見えなくしている刀をつかむ。
漏れ出してくる明かり。和気あいあいとした声。
音だけでも、リンが予想していたものとまるで違う。
もっと、暗闇、煙草の煙、いかつい殺意などなどを予想していたのだ。
リンは動揺を悟られぬよう、ソッと身体を傾け、中を覗き見た。
「ローン。トイトイドラ三。マンガーン!!」
広がっていたのは、あまりにも予想外すぎる場所だった。
リンは両手を口元にあて、動揺を隠す。
反射的にしてしまうその仕草、表情は、狼ではなく、いつもの十一歳のリンであった。
「あ、兄貴じゃないですかー!!」
麻雀を打つことなく、椅子に座っていた男が言った。
立ち上がって、近づいてくる。びっこをひいていた。どうやら片足を怪我しているみたいだ。頭にも包帯を巻いている。
「どうしたんですか? 今日は。そんなちっちゃい子捕まえて。もしや彼女ですかい?」
「んなわけあるか。それよかお前」
ガバリと男の肩に手をかけて、背を向けるマルコ。
やはり何かあるのかと、リンが目を細くする。
しばらくして。
「あっはっは」
男が笑った。
「心配しなくても大丈夫ですよー。オヤジは下で寝てますし、何かあったらガツーンと俺が言ってやりますから」
「そ、そうか?」
「それにしても兄貴も大変っすねー。俺も親父に言ってやったんすよ。ここで姉さん見捨てたら兄貴じゃないだろうって。でもまあ大人ってのはどうもねえ。何でこう、乾いた意見ばっか出すんですかねえ。ネイファ姉さんの気持ち考えたら、兄貴は絶対正しいっすよ。今姉さんに必要なのは、自分を見てくれる人が少なからずいるっていう事実です。間違いないですって」
「お、お前ー。相変わらず口がうめえなー。さすがは接客業の店員だ。すげえよお前」
「おべんちゃらはやめてくださいよー。事実言ってるだけっすよー。で? 今日は何の用で?」
「ああ。あの部屋なんだが、今は空いてるか?」
「ああ。俺の部屋っすか? そりゃ開いてますよ。そもそも俺の部屋を客に使わせる方がどうかしてますからね。鍵はあいてますよ」
「サンキュ」
「ちょっと待った。その前に、マジで誰なんですか? この子。さすがの俺でも子供に乱暴は擁護できません――いて!!」
マルコがポカンと男を殴る。
「んなことするかバカ!! こいつはあれだ。あの眼鏡野郎の妹だよ」
「え!! あいつの!! てんめえ!! 俺様はなあ、お前の兄貴に足と頭を――いでででで!!」
今度はマルコが男の鼻をつまんだ。
普通に痛そうで、リンは少し心配した。
「自分が一秒前に言ったこと忘れてんじゃねえバカ!! とりあえず、酒持ってこい酒。後、こいつにはジュースな」
「へい」
「いえ、あたしに気遣いは無用です」
被せるようにして、リンが言った。表情はガラリと消えている。
敵地で出たものを口に入れるほど、リンもバカではなかった。
もっとも、リンは薬に対して耐性があり、よほどの量でなければ、大事になることはないが。
マルコと男が顔を見合わせる。
「クシム。コップ二つとピッチャー持ってこい。水でいい」
「いえ、あたしは――」
「別にお前のためにしようってんじゃねえ。こっちもムダ金使わなくて済むと思っただけさ。ついてきな」
「……はい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カッカッカッカッカ。
六畳ほどの小さな部屋で、マルコが手際よくトランプを切っていた。テーブルを挟んだ先で、リンが正座して座っている。
テーブルの上にはピッチャーとコップ。お互い口をつけてはいなかった。
「お前は俺に話があると言っていたな」
「はい」
「偶然にも、俺もお前に話がある。ただ普通に話してもつまらねえ」
「いえ、あたしは別につまらないとは思いません」
「俺がつまんねえの!!」
「はい……」
マルコに吠えられ。リンはシュンとしてうつむいた。
年齢に関係なく、リンは押しに弱い女であった。
「さてゲームは何にするかな。お前、ブラックジャックは知ってるか?」
「武具の中にはそういったものはある、ということは存じておりますが」
「……マジに言ってる? それともギャグか?」
「えっ?」
反射的に声が裏返り、そんな自分を隠すように、両手を口元にあてがった。
多分自分の顔は赤くなっているだろうと思ったが、抑えようと思ってどうにかできるものでもなかった。
「ああいや、そうだな。お前外人だもんな、うん」
「申し訳ありません」
シュンと俯く。
台無しであった。
やはりヒョウのように上手くいかないものだなと思う。
自分を偽るのは、難しい。
「いや、別に悪くはないけど、調子狂うな。じゃあ物凄く簡単なゲームにするか。お互いに一枚引いて、カードが強い方が勝ちな。ただ、強いのは、ジョーカー、エース、キングの順な。エースはやっぱり一番じゃなきゃな。これは譲れない。三回勝負して、勝った方が聞きたいこと、言いたいこと、三つ質問。どうよ、シンプルでわかりやすいだろ? お前もカットしてくれていいぜ。俺の経験上シャッフルから入るサマは大体リフルシャッフル系を使うが、上手い奴ならこのヒンズーシャッフルでもできるだろう。まあシャッフルした後のイカサマだってごまんとあるから、完全なイカサマ防止とはならないだろうが、そこはまあ、信用だな」
「……」
「何だよ、嫌なのか? しかしこれ以上簡単な勝負となるとなー。あ、お前麻雀打てるか?」
「あ、いえそういうわけではありません。お心遣いには感謝しております。ただあの……この勝負はやめた方がよいと思います」
「え、なんで?」
「イカサマがないこと前提ですが、この勝負はきっとあたしが勝ってしまいます。お互いに、話したいことを一言ずつ告げる。そういうわけには参りませんか?」
「どうして勝てると断言できる」
「少しカードを引かせていただいてもいいですか?」
「は? 別にいいけど?」
三枚ほどリンはカードを引いた。顔を曇らせる。引いたカードは、3、10、7。とりわけ、特筆すべきこともない、カードの並び。
リンはそのカードを、デッキの一番上に戻した。
「申し訳ありません。もう一度混ぜていただいて構いませんか? あたしはその……混ぜることができないので」
「あ、ああ。別に構わねえけど」
マルコが今一度シャッフルする。
そして、デッキを今一度真ん中に置いた。
「再三になりますが、この勝負はきっとあたしが勝ちます。ただ証明することができません。ここは、信用です。信じられるかどうかは、お任せします」
「言ってる意味がわからなすぎるな。そして信用しないな。何故なら意味不明だから。そしてこれ以上ルールを簡単にすることもできない。だかれこれをやる。以上。先攻後攻どっちにする?」
「……あたしはどちらでも構いません。ご自分が勝てると思う方を、選んでみてください」
「主体性がないやつだなー。本当にあいつの妹か? まさか嘘ついてんじゃねえだろうな」
「……」
「……じゃあ俺が先手な」
マルコがため息一つ、カードをめくる。
「……ではあたしは後手を。あ……」
めくってすぐ、リンが顔を曇らせた。
それを見て勝ちととったか、マルコが嬉しそうに笑った。
「アッハッハ。だから言ったろ? 勝負はやってみないとわからねえんだよ。まあ――俺も七だったわけですが。お前は?」
「いえあの、申し訳ありません。こちらです」
リンがカードを提示する。
表示されている文字は1。つまりはエース。
実質最強と言ってもいいカードだった。
マルコは狐につままれたような顔をしていた。
考えてみると、ほぼほぼ勝てるカードでもったいぶった反応をしてしまった。
だから目を伏せながら言葉を発した。
「……あの、申し訳ありません」
「……お前恐ろしくカード運強いな。まあいいや。まだ初戦だし。次は? 先手後手、どっちにする?」
「どちらでも構いません」
「じゃあ次は、お前が先手にしろ」
「わかりました」
承諾しながら、カードをめくる。
カードの数字を見て、またリンは顔を曇らせた。
「よしきた、クイーンだぜ。お前は」
「あの……申し訳ありません。エースです」
「……」
「あの……今からでも公平なルールに変えませんか? リンは別に、その方が……」
「いや、なるほど。これは俺が悪い。確かにお前は、あいつの妹だぜ」
「……」
「次はどっちにするんだよ。またどちらでも構いませんか?」
「はい……」
「ならお前が先手だ。悪いけど、こっちで配らせてもらうぜ」
「はい……」
配られたカードをリンがめくる。その間、マルコはリンのことをじっと見つめていた。
イカサマを疑っているのだろう。そしてそれは、誰でも思うことでもある。だが――
札を確認して、リンは笑った。皮肉だなと思ったからだ。
リンはイカサマをしていなかった。何もせず、エース二枚を引き、今またこのカードが手札に配られた。
何故か? 飾らぬに言えば、運がいいのだ。
親が死んだ。兄姉が死んだ。幼馴染も死んだ。自分だけが生き残った。ハッキリとわかる。運がよかったから、人の運命を喰らったから、生き残ったのだと。
そんな自分はまさに――
「マルコさん」
マルコが眉を持ち上げた。
「新しくカードをめくる必要はありません」
リンは持っているカードを、マルコに向けた。
リンが引いたカードは――
「