囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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説得

 マルコが笑って、両手をあげる。

 

 

「……見破れねえな。完敗だわ」

 

 

 グラスに水をいれる。二ついれて、片方をリンに渡した。

 グビグビと、マルコが水を飲む。リンはやはり、手をつけなかった。失礼とは、思いつつも。

 

 

「かーっ。やっぱサマ用のトランプ使うべきだったぜ。正々堂々なんて、甘いことした。で、話したいことってのは? 言っとくけど、三つまでしか受け付けないからな?」

 

「ではまず一つ」

 

 

 リンが目蓋を下ろす。敵地においてこれも失策だが、少なからずマルコに心を許している証拠だった。そしてそれとは別の話で、リンは――

 

 

 目蓋を開く。居すまいを正した。

 

 

 ――リンは、怒っていた。

 

 

「あたしが二枚のエースを引いた時、あなたは、さすがあいつの妹だ、と言いましたね。撤回しろとは言いません。ただ覚えておいてください。兄様は、そのような人ではありません」

 

「……」

 

「仮に兄様があたしと同じなら、あなたは絶対に兄様には勝てません。あたしを打ち破ることができないのに、どうして兄様に勝てるのですか? 兄様であれば、例えどのような勝負でも、あたしなんて簡単に打ち破ります。恐らく兄様への再戦を望んでいるのでしょうが、やめた方がよろしいかと。怪我をするだけです」

 

「……ふん。ずけずけと言いたいこと言ってくれるじゃないか。まあそういうゲームだからしゃあねえか。他に言いたいことは?」

 

「二つ目です。あなたはクラスの人間を襲撃しているそうですね。妹さんのために」

 

「……」

 

「詳しい事情は聞きません。やめろとも申しません。ただこれは忠告です。やめた方がいいと思います。このような遊戯とは訳が違います。被害者がいて、加害者がいる。いつか必ず、報いを受けることになると思いますよ」

 

「へっ。報いならもう受けてるよ。この頭もそうだし、停学もされてる。ま、次は退学だろうなー。お前、死聴と死幻は知ってるよな? いってもお前の瞳の色は紫暗(しあん)。つまり、魔力量十一位の超々高魔力魔術師なんだからよ」

 

 

 死聴とは、高魔力魔術師と先天性魔術師が聴く、悪意ある幻聴のことである。人を見る、ただそれだけのことで、脳内で誰かが悪意を囁く。殺せ滅ぼせと。聞かなければ、強烈な頭痛がその者を襲う。

 これは、死念が与えた力の代償だった。死念は生者のために力を与えいるのではない。寂しくて、死界に生きとし生ける者を引きずり込みたくて、生者に破壊の力を与えているのである。

 死幻もそれと同じようなもので、悪意ある幻が、ふっと気を抜いた時に、突如見えたりするのだとか。

 

 他人事のような言い方をしたが、リンも同じく高魔力魔術師である。しかし、死聴も死幻も、聴いたことも見たことなかった。

 これは先のエース連続引きと同じく、リンの幾つかある特殊能力の一つであった。

 

 

「ああ、悪い悪い。女は死聴、死幻を聴かない見ないとするのがマナーだったか? まあいいや。とにかく俺たちってのは、そういう危険極まりない存在だ。仮に俺みたいな低魔力魔術師でも、一般人はみんな怯える。こいつも死聴を聞いてるんじゃないか。死幻を見てるんじゃないかと。だから、みんな魔術師学園に入る。そして、最低限の教育を受けきれなかった、いわゆるドロップアウト魔術師は、犯罪予備軍どころか、人殺し予備軍だ。もちろん、差別は犯罪だ。だから、誰も口に出しては言わない。が、誰もそんな奴を雇ったりはしない。つまり、次に何かをしでかし、退学になってしまえば俺は、晴れて人生の終わりってわけだ。特に北頭は、お前らが思っている以上に村社会だからな。ははは」

 

「で、あるならば、なおのこと卒業に努めるべきではないのですか? 今はまだ退学ではないのでしょう? 捨て鉢になるには早すぎます。そしてそれが難しいことだとは、あたしには思えません」

 

「百パーセントその通りだな」

 

「ならば」

 

 

 リンが言った。

 マルコは何も言わず、目を伏せて笑った。

 

 

(この人は未だ暴力に訴えてはいない。それが自分に勝てないからだとは思わない。根は悪い人じゃないのだ。だったらまだ――引き返せる)

 

 

 リンが、その小さな手を広げた。

 

 

「あなたの道は裏に通じています」

 

「……」

 

「あなたは多分覚悟をしているのでしょう。全てを失うことを。理解もしているのでしょう。それがどのような結末をたどるのか。それだけの想いを込めて、どうしてこんなことをするのか、あたしにはわかりません。探ろうとも思いません。ですが、覚えておいて下さい。あなたが正道から外れれば外れるほど、あなたの姿は周囲から消えていく。あなたを愛し、追おうとするなら、その者もまた、その闇の道に入るしかない」

 

「……何が言いたいんだよ」

 

「このまま同じことを続けたら、あなたの仲間も同じ報いを受けることになるでしょう。現に、先程の人は、足と頭を怪我していました。あれがあなたのせいではないと言い切れますか? 巻き込んでいない。そう断言できますか? 次は、あなたが守ろうとしている、妹さんの番かもしれないのですよ? ここであたしと出会ったのも(えにし)――いえ、きっかけと考えて、今後のことを、ほんの少しでも、一考していただけませんか?」

 

「お前は勘違いしてるな」

 

 

 マルコがグラスにいれた水を、グビグビと飲み込む。

 

 

「ネイファはな、最強なんだよ。報いを受ける? あいつがその気になれば、報いなんて簡単に払えるよ。あいつにできないことなんかない。ガキの頃からそうだった。何だったら『産まれた時から』そうだったんだ」

 

 

 先天性魔術師は、産まれた時から自我を持ち、泣くことさえしない。多分ネイファは、先天性魔術師なのだろう。

 ちなみにリンは人間だが、同じく産まれた時から自我を持っていた。理由は不明である。

 

 

「だが今は、弱ってる。殻に閉じこもって、自問自答してるんだ。本当にこのままでいいのか。この道を歩み続けて、本当にいいのかってな。俺はな、許せねえんだよ。あんなことがあったのに、ネイファを落そうとしているあいつらが。人間ってのは容赦ないもんだぜ。強者の時はヘコヘコ笑い、いざ落ちたら全力で落とそうとしてきやがる。だったらな!!」

 

 

 ガンと、マルコが机の上を叩いた。

 

 

「俺が相手になってやるって言ってるんだ!! 俺程度に勝てない奴が、あのネイファに勝てるわけがない!! あいつが立ち直りさえしたら、あいつが……っ」

 

 

 自分の拳を力一杯握りしめる。

 爪を立てていて、見ているだけで痛々しい。

 リンは目を閉じた。

 

 

 この人は悪だ。間違いない。実際アイクは攻撃された。他の学園の生徒達も。本人が証言しているし、自分も見てもいる。これらの事実を否定することはできない。それでも――

 

 

(申し訳ありません。これ以上は、立ち入れない)

 

 

 リンが瞳を開いた。

 

 

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