囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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鏡に映る俺を見ろ

「……つまり、やめる気はない、ということなのですね」

 

「――当然だ」

 

「そうですか。残念です。――と、そう言えば、たくさん話してしまいました。申し訳ありません。三回という約束でしたのに」

 

 

 口元を隠して、リンが言った。

 

 その姿を見て、マルコが吹き出すようにして、笑った。

 

 

「あっはっは。お前本当にあいつの妹か――おっと、これはお前にとっての侮辱になるんだったか? それはさておき、別に構わねえよ。どうせガバルールだし。さてどうするかな。もう一回やるか? つってもお前にとってはもうメリットないか?」

 

「そうですね。あたしから言いたいことはありません。ただ……」

 

「ただ?」

 

「マルコさんに言いたいこと、聞きたいことがあるのなら、言っていただいても構いません」

 

「え」

 

「あたしは元々、公平な話し合いをするつもりでした。結果は残念でしたが、マルコさんへの裁きを、あたしがどうこうするのも、おかしな話ですから。何か聞きたいことがあるのなら、おっしゃってください。ただ、あたしに答えられること、言えることは、限られているかもしれません。それに関しては、先にお謝りしておきます。申し訳ございません」

 

「変わってるな、お前」

 

「そうでしょうか?」

 

「何の得にもならないだろう?」

 

「そのようなことはありません。情けは人のためならず、とも申しますし」

 

「東尾の格言か。聞いたことあるな。確か、情けは相手のためにならないから助けるなってことじゃないのか?」

 

「ち、違います。情けは人のためならずとは、誰かのために何かをすれば、一周回って自分のためになるから、積極的に助けていきましょう、という意味です」

 

「なるほど。つまり自分のためか」

 

「はわ!! そ、そのようなことはありませんが……」 

 

 

 目を伏せながらリンが言った。

 否定しようと思ったが、言われてみると確かにその通りでもあるのだった。

 

 

 そんなリンを見て、マルコが『ガハハ』と大笑する。

 そうやって笑われると、実はすごくいい人ではないのかと、思えてしまう。

 もしかしたら自分は、よく笑う人が好きなのかもしれない。

 

 

(もちろん、兄様への想いが消えてなくなってしまうわけではありませんが……)

 

 

 居住まいを正しながら、リンは思った。

 

 

「そうだな……じゃあお前の兄貴について。お前の兄貴は、今どこで何してんだ? お前ら留学生だろ。北頭(ほくとう)が平和とはいえ、お前みたいなガキを異国でいきなり一人にするとか中々だぜ。まだ来て一週間と経ってねえだろ」

 

「兄様は今、とても大事な仕事をしている最中ですから。それが何とは申し上げることができないのですが……」

 

「ふーん、つまり、この国を亡ぼす破壊工作している最中ってことか。お前ら決死組ってやつなんだろ?」

 

「はわ!! ち、違います!! 兄様は今、ミーティアさんを守るために護衛を――あ!!」

 

 

 リンが両手で口元を押さえるが、時すでに遅し。顔を赤くして、マルコを見つめるリン。マルコはそんなリンを見て、また笑った。

 

 しばらくして、マルコが立ち上がる。

 

 

「悪いけど、ちょっとトイレ」

 

 

 マルコが『鞄を持って』離席した。常識的に考えれば中々怪しいが、リンは疑うということを滅多にしない。だからその行動を、プライバシーを保護のための行動と思い込んだ。

 一人でちょこんとその場に座るリン。一人でいると、色々考えてしまう。リンが考えることと言えば、大抵ヒョウのことである。

 

 

(そういえば、兄様から何か返信とかきたりしていないのだろうか)

 

 

 伝書に手をかけた、その時。

 

 

 ガタンガタン。ガタンガタン。

 

 

 手の中で伝書が暴れた。

 

 

「はわわ」

 

 

 思わず声をあげる。伝書を手の中で跳ねさせながらも、捕まえて、開いた。

 

 

 文面は――

 

 

『お前今どこで何してる?』

『お前今どこで何してる?』

 

 

 同じ言葉が、二つ重なっている。つまり、一件見逃していた。

 

 

「はわ!!」

 

 

 リンはまたまた声をあげていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 マルコは洗面所に立っていた。

 

 足元には鞄。手には伝書を持っている。

 

 当たり前だが、マルコはリンとカードゲームで遊ぶためにこんなところに連れ込んだわけではない。

 マルコの目的は、リンの軟禁。つまり、リンはヒョウを釣り出すための餌なのだ。

 

 

(ヒョウの場所は聞き出せた。今はミーティアといるらしい。つまり、ダチをミーティア邸に走らせ『お前の妹はこっちで預かっている』という手紙を本人、あるいは執事等に伝えれば、普通に考えればまず来るはずだ。来なければ人間ではない。悪魔だ)

 

 

 しかし、どうだろう? 本当にいいのか? それで。

 

 

『あなたの道は裏に通じています』

 

 

 リンの言葉。

 頭の中に、静かに響いた。

 

 

『あなたは多分覚悟をしているのでしょう。全てを失うことを。理解もしているのでしょう。それがどのような結末をたどるのか』

 

『このまま同じことを続けたら、あなたの仲間も同じ報いを受けることになるでしょう。現に、先程の人は、足と頭を怪我していました。あれがあなたのせいではないと言い切れますか? 巻き込んでいない。そう断言できますか? 次は、あなたが守ろうとしている、妹さんの番かもしれないのですよ?』

 

 

 リンは子供だ。しかしリンの言ったことは、一理どころか百理ある。だがそんなことは、重々承知した上で、今の今まで罪を犯してきたのだ。

 

 

 何だったら、ネイファに災厄がかかってもいいとさえ、思っていた。『いつもの』ネイファなら絶対に打ち払える。そんな勝手な期待を、ネイファの双肩に乗せた。

 重ねていたんだ。妹であるはずのネイファに、『殺された』母親の姿を。子供のように、無垢に期待して、信頼した。しかしネイファは、自分より二歳も年下の、十四の妹だ。

 だから結果は惨憺たるもので、底のない沼に、どこどこまでも、沈んだ。

 

 

『あたしは元々、公平な話し合いをするつもりでした』

 

『ち、違います!! 兄様は今、ミーティアさんを守るために護衛を――あ!!』

 

 

 リンは子供だ。

 どれだけ大人びていても、それは間違いない。

 

 

(子供にここまで真摯に向き合われて、それでも裏切るというのか。いや、そもそも、子供を利用して、本当の目的を釣り上げる、その手段こそ、クソじゃないか。そんな考えに至れないほど、今の俺は堕ちているのか……)

 

 

 鏡に映った自分。

 染めていた髪も、縛れるほど伸ばしていた髪も、今ではない。

 青少年保護プログラムの禿頭刑を受けたからだった。

 

 

 だからどうしたと思っていた。

 ネイファのためならどうなってもよいのだと。

 それが本当は、ネイファのためになっていないことも、『実は』知っている。

 それでも、やった。

 何故か。

 それはつまり――

 

 

 自分のためってことだ。

 ネイファのためじゃないなら、当然そうなる……。

 

 

『ここであたしと出会ったのも(えにし)――いえ、きっかけと考えて、今後のことを、ほんの少しでも、一考していただけませんか?』

 

 

(きっかけか……)

 

 

『ち、違います。情けは人のためならずとは、誰かのために何かをすれば、一周回って自分のためになるから、積極的に助けていきましょう、という意味です』

 

 

 ミーティアは、知らぬ仲じゃない。ミーティアは実はあれでかなり賢い。かなり意外と思われるだろうが、マジでそうだ。

 しかし自由奔放すぎて、毎度何かに巻き込まれる。

 

 

(眼鏡野郎が護衛についているということは、また何かに巻き込まれたということだ。ここで邪魔をすれば、ミーティアの身に何かが起きるかもしれない。まあ、こんなことが、誰かのためにとは、ならないだろうが……これが今の俺にできる、精一杯なんじゃないのか……?)

 

 

 伝書に何も記さず、閉じようとした、その時。

 

 

『いいことを教えてやろう』

 

 

 今度はヒョウの言葉が頭に響いた。

 

 

『裏道ばかり歩く人間は、いつか必ず、同じ道を歩むものに潰される。誰も通らない道だから文句も言えない。一言で言えば――因果応報ってやつだ』

 

 

 笑った。

 確かに、どれだけ善行を積もうが、自分の末路は滅びなのだろう。

 それだけのことはしてきた。

 今更何かをして、許されるとは思っていない。だが――

 

 

(それでも、曲げられねえところってのは、あるもんなんだよ。男だからよ)

 

 

 パタン。

 マルコは誰に連絡することもなく、今度こそ、伝書を閉じた。

 

 

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